「ねぇ。さくらスターって知ってる?」
小さな女の子の、最近の口癖です。
小さな女の子は、お父さんにも、お母さんにも訊きました。
「ねぇ。さくらスターって知ってる?」
勿論、それはどの本やテレビなどでも聞いた事のない言葉でした。
お父さんも、困ったように「知らないなぁ」と言いました。
お母さんは、優しく「それってなぁに?」と訊ねましたが、
女の子は「知らないならいいの」と口をつぐんでしまいました。
女の子には、5つ年上のお兄ちゃんがいました。
お父さんやお母さんに言えないことでも、
女の子は、お兄ちゃんにだけは何でも話していました。
「ねぇ。さくらスターって知ってる?」
お兄ちゃんもやっぱりその言葉を知りませんでした。
なので、「知らないよ」と正直に答えました。
「お兄ちゃんも知らないのかあ……」
女の子はとても残念そうです。
お兄ちゃんは、訊いてみました。
「さくらスターってなぁに? お菓子の名前?」
女の子は首をふります。
「違うよ、お菓子じゃないよ」
「じゃあ何なの?」
「パパにもママにも秘密だよ?」
「わかった約束する」
女の子は、お兄ちゃんと指切りげんまんをすると、
耳元でこっそり言いました。
「さくらスターってねぇ、お星様なんだよ」
「お星様?」
「そう。ピンクの綺麗なお星様なんだよ。
お隣のカナちゃんのお部屋で見たの」
「カナちゃんの部屋から見えるの?」
「もうないから探してるの。
さくらスターがあれば、またきっとカナちゃん笑ってくれるもん」
なるほど。
お兄ちゃんは、何となく事情がわかりました。
お隣のカナちゃんは、女の子より2つ年上でしたが、
女の子とよく遊んでくれた子でした。
女の子は、そのカナちゃんの為に、さくらスターを探しているのです。
「カナちゃんは最近元気ないの?」
「うん……」
「だからまたさくらスターを見せてあげたいんだね?」
「うん。お兄ちゃん、探してくれる?」
「わかった。任せとけ」
お兄ちゃんは、女の子の為に、さくらスターを探すことにしました。
お兄ちゃんは、星の図鑑を持っていたので、
早速調べてみましたが、さくらスターと呼ばれる星は見つかりませんでした。
「そんな星、ないじゃないか……」
でも、女の子が嘘を言っているとはとても思えず、
お兄ちゃんは、頭を抱えてしまいました。
女の子は、お兄ちゃんに会う度に、
「さくらスター、見つかった?」と、訊ねました。
お兄ちゃんは、その度に、
「ごめん、まだ見つからない」と、謝りました。
図書館の図鑑で調べても、
パソコンで検索してみても、
どうしてもわからなかったのです。
……春が過ぎ、夏が来ました。
暑い暑い夏。
女の子は白く涼しい部屋で、カナちゃんのことを思い出していました。
「さくらスターはね、とっても可愛いピンクのお星様だったの。
カナちゃん、さくらスターを見て、とっても嬉しそうだったの。
きっとカナちゃん、さくらスターみたいになりたかったんだと思うな……」
もう、女の子は、さくらスターを探して、とは言いませんでした。
「そっか。……きっとなれたと思うよ。さくらスターみたいに」
お兄ちゃんも、そう言って、女の子の手を握り締めました。
そうして、夏が過ぎ、秋が来て、冬が過ぎ、また、春が来ます。
幾度も季節を繰り返していくうちに、
お兄ちゃんはもう、さくらスター、なんて言葉は忘れていました。
さくらスターを探した日々は、もう何年前になるのでしょう。
それでも、……お兄ちゃんはそれを見つけた瞬間、すぐ思い出すことができたのです。
「これだったのか……」
そのお花屋さんには、色とりどりの綺麗なお花がたくさん並んでいました。
その中に、さくらのように綺麗なピンク色のカーネーションがありました。
色や形もさることながら、
きちんとお世話をしていれば2ヶ月は咲いてくれるので、
とても人気がある花なのだそうです。
スプレーカーネーションの「スターチェリー」。
女の子が言っていた通りの可愛いお星様のようなお花です。
もう、カナちゃんに届けることはできませんが、
せめて、女の子に、そのお花を見せてあげようと、
お兄ちゃんは、スターチェリーを買い、女の子に会いに行きました。
「久しぶり。
……さくらスター、やっと見つけたよ。
遅くなってゴメンな」
女の子は何も言いません。
「お前が、さくらスター、だなんて間違って覚えてるから悪いんだぞ」
「ごめん。お兄ちゃん。ありがとう」と、
女の子が言ってくれるといいなと思いながら……
お兄ちゃんは、さくらスターを女の子の前に、生けてあげるのでした。