ピンクの手紙 −サンタさんにお願い−

作:早川ふう / 所要時間 10分

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2013.11.08.


小さな女の子は、毎晩空を見上げていました。
「早く寝なさい」とお母さんに言われても、
「風邪をひくぞ」とお父さんに叱られても、
それでも空を見上げていました。
寝る時間は決まっています。
勿論、外に出ていい時間ではありません。
それでも女の子は、毎晩空を見上げていました。
外に出られなくなると、カーテンを開けて、窓から空を見上げていました。

お母さんが、「何を見ているの?」と訊ねてみると、
「サンタさんにお願いをしたいの」と女の子は言いました。
お父さんが、「何か欲しい物があるのか」と訊くと、
「何もいらない。ただ、お願いがしたいの」と女の子は言いました。



女の子には、5つ年上のお兄ちゃんがいました。
お父さんやお母さんに言えないことでも、
女の子は、お兄ちゃんにだけは、何でも話していました。
だから、お兄ちゃんが
「ねぇ、サンタさんに何をお願いしたいの? 僕にだけ教えて」
とこっそり耳打ちしてみたのですが
女の子は、「これはお兄ちゃんでも言えないの」とほほえみました。

お兄ちゃんは、「ヒントだけでもちょうだい」と頼みました。
すると、女の子は、しばらく考えて言いました。

「このあいだ、本で読んだの。
 お星様って、すごーーーーく遠くにあるんだって。
 お兄ちゃん知ってた?
 窓から見えてるお星様の光は、すごーーーーく昔の光だって書いてあった」

「ずいぶん難しい本を読んだんだね」とお兄ちゃんは感心しました。
女の子は、お星様の本をいっぱいいっぱい読んだみたいです。

「お星様が好きなの?」と、お兄ちゃんは訊いてみましたが、
女の子は首を振って、「あんまり好きじゃない」と答えました。
「お星様の光は何万年もかけてここまで届くんだもん。
 ……意味ないよね」
と、女の子は悲しそうに言いました。
けれどすぐ女の子は、にっこり笑いました。
「だからサンタさんにお願いするの。ヒントはおしまい。またね、お兄ちゃん」



11月の終わりになると、お母さんはリビングにクリスマスツリーを飾ります。
ツリーの前には、カゴがおいてあります。
サンタさんにお手紙を書いてカゴに入れておくと、
クリスマスに、プレゼントと一緒にサンタさんからお手紙が届くことになっています。

小さな女の子は、サンタさんへのお手紙を、
いつもお兄ちゃんに書いてもらっていました。
でも、「今年は、自分で書くから」と、
ピンクの可愛いレターセットを持って、部屋でひとり、頑張りました。

けれど、小さな女の子が書いたお手紙は、
サンタさんに届くことはありませんでした。
お兄ちゃんは、女の子から「カゴに入れておいて」と頼まれたその手紙を、
隠してしまったのです。
お兄ちゃんは、自分の手紙だけをカゴに入れました。
11月になってから、
空も見えない、白い部屋にとじこめられてしまった女の子は、
それを知りません。
もう空を見上げることもできませんが、
サンタさんが、お願いを叶えてくれるのを楽しみにしていました。



ピンクの手紙は、女の子が大好きだった猫の絵本に挟んで、
今もずっと、お兄ちゃんの部屋の本棚にあります。
お兄ちゃんは、毎年クリスマスが近くなると、
その手紙を読み返します。

「おほしさまじゃなくて、みんなのいちばんちかくにいたいです」

あれからお兄ちゃんは毎年、女の子が使っていたピンクのレターセットで、
「妹がいつもみんなの一番近くで笑っていますように」
と、サンタさんへお手紙を書き続けています。
これからもずっと書き続けようと思っています。







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