外に出て、あくびをひとつ。
金木犀に混じって、雨の匂いがした。
朝方、少しだけ雨が降っていたようで、
色づき始めたイチョウの端っこから、雫がひとつ。ふたつ。
軽く朝食をとって、化粧もそこそこに、自転車に乗ってひとり、
カフェに出かけるのが、ここ最近の休日のルーティン。
カフェといってもお洒落なそれではなく、
向かうのは無機質な建物の中にある、薄暗いネットカフェ。
仕事が少しだけ残ってしまった時でも、パソコンで片づけられるし、
ドリンクも飲み放題だし、お腹がすけばごはんも食べられる。
雑誌を眺めたり、昔買っていた漫画の続きを読んだりもできる。
気が向けばゲームやダーツなんかもしてみたりして。
家ではできない遊びに興じることができるこの特別な空間。
誰の目を気にすることもなく、
自分ひとりの時間を贅沢に、
まさに満喫できるというわけだ。
今日着ているグレーのパーカーはもう4年目になる、休日のラフな服装の定番選手。
バーゲンで購入したので、値段もお手頃中のお手頃だった。
今日のようにジーンズとでも、
スカートとでも合わせられるこの丁度良さに加え、
着ている感じが身体に馴染みすぎて離れられない。
そう、この肌触り。この感じがよかったんだ。
流行りの可愛い服を着てテンションをあげる。
足が疲れるヒールの靴も、お洒落ならよかった。
そう素直に思えたのは、最初だけだったなあ。
一人暮らしを始めて、
日々の生活をたった一人でこなしていくようになると、
とたんに、お洒落よりも大事にしたいことが増えたのだ。
たとえば仕事。
日々の仕事には、自分自身の生活がかかっている。
だから、少しでも気分よく仕事ができるように、
通勤用のバッグや、靴、文房具など、
可愛さと同じくらい、機能を重視するようになった。
たとえば食事。
毎日のようにカフェに通って、モーニングやランチなんてしている余裕はない。
そんなことをしていたら、あっという間に体重と財布の中身が反比例してしまうだろう。
栄養バランスとカロリーと金銭事情を考えた食事は、結局手作りに落ち着くんだ。
家にいる時間が増えると、
部屋の模様替えをしたり、インテリアにこだわったり、DIYしたり、
いかに居心地のいい部屋を作るか、を極めるようになっていった。
ナチュラルカントリーな雰囲気にまとまった我が家は、友達にも評判がいい。
まぁ、めったに誰かを招くということはないけれど。
そうして家が綺麗になると、今度はだらっとしたくなった。
家の居心地よさを崩したくはない、
そうして行き着いたのが、この場所。
薄暗いネットカフェでの自堕落な時間。
でもね。不思議なの。
ここにいるとね、可愛い服を着て、お洒落なカフェにも行きたくなるの。
心に余裕が生まれるんだろうな。
ちょっとだけ疲れる贅沢が、してみたくなるの。
さっき雑誌で読んだお店は、電車とバスで、1時間ちょっとかかるけど、
内装も私好みだったし、お茶やスイーツも美味しそうだった。
ああ、きっと何を頼もうか迷っちゃうんだろうなあ。
季節限定メニューって、どうしてこう心をくすぐってくるんだろう。
全部は食べきれないから、友達を誘って行ってみようかな。
そうすればシェアだってできるからね。
仕事用にも使えるちょっと可愛いシャツに、
今年買ってまだ一度しか履いていないスカートを合わせて、
お気に入りの作家さんからお迎えしたピアスをしていくんだ。
お茶しながら友達と近況とか話してさ。
ちょっとお互い愚痴ったりもしてさ。
昔の話とかして、馬鹿笑いして、
周囲から冷たい目線をもらっちゃったりするんだろうな。
カフェのあとは買い物に行っちゃおう。
ほうじ茶がもうすぐなくなるから、お茶っ葉を見に行きたいな。
いつのものお茶屋さんの支店が、カフェの近くにあるみたいだから。
これは行きなさいって神様が言ってくれてると思うんだ。
まぁ、お茶屋さんをのぞいたらさ、
よかったらどうぞって、試し飲みさせてもらってさ、
カフェのあとでも別腹だから、
ありがとうございますーって飲んじゃってさ、
結局ひとつには絞れなくてさ、
ふたつみっつ、お茶っ葉を買っちゃうんだろうな。
帰り道に雑貨屋さんとか見つけちゃったらさ、
ちょっと覗くだけ、って思いながら入っても、
ついつい長居とかしちゃってさ、
可愛い紙袋を持って帰ることになるんだろうな。
地図を見ると、カフェの近くは雑貨屋さんが多いみたいだから、
紙袋は何枚持って帰ることになるんだろうね?
いやいやその為だけにマイバッグなんて、持って行かないよ私は。
ああ、なんて贅沢な悩み。
なんて幸せなんだろうね。
そうして帰ってきたら、さ。
彼氏にメッセージでも送るんだ。
付き合い続けるにしても、別れるにしても、もうどっちでも構わない。
そろそろはっきりさせるんだ。私が幸せなうちにね。