猫とペンギンとグレーのプルオーバーパーカー

作:早川ふう / 所要時間 10分

猫とペンギンと生姜入りビスケット と同じ女の子のお話。
利用規約はこちら。少しでも楽しんでいただければ幸いです。2020.10.07.


外に出て、あくびをひとつ。
金木犀に混じって、雨の匂いがした。
朝方、少しだけ雨が降っていたようで、
色づき始めたイチョウの端っこから、雫がひとつ。ふたつ。

軽く朝食をとって、化粧もそこそこに、自転車に乗ってひとり、
カフェに出かけるのが、ここ最近の休日のルーティン。
カフェといってもお洒落なそれではなく、
向かうのは無機質な建物の中にある、薄暗いネットカフェ。

仕事が少しだけ残ってしまった時でも、パソコンで片づけられるし、
ドリンクも飲み放題だし、お腹がすけばごはんも食べられる。
雑誌を眺めたり、昔買っていた漫画の続きを読んだりもできる。
気が向けばゲームやダーツなんかもしてみたりして。
家ではできない遊びに興じることができるこの特別な空間。
誰の目を気にすることもなく、
自分ひとりの時間を贅沢に、
まさに満喫できるというわけだ。



今日着ているグレーのパーカーはもう4年目になる、休日のラフな服装の定番選手。
バーゲンで購入したので、値段もお手頃中のお手頃だった。
今日のようにジーンズとでも、
スカートとでも合わせられるこの丁度良さに加え、
着ている感じが身体に馴染みすぎて離れられない。
そう、この肌触り。この感じがよかったんだ。

流行りの可愛い服を着てテンションをあげる。
足が疲れるヒールの靴も、お洒落ならよかった。
そう素直に思えたのは、最初だけだったなあ。

一人暮らしを始めて、
日々の生活をたった一人でこなしていくようになると、
とたんに、お洒落よりも大事にしたいことが増えたのだ。

たとえば仕事。
日々の仕事には、自分自身の生活がかかっている。
だから、少しでも気分よく仕事ができるように、
通勤用のバッグや、靴、文房具など、
可愛さと同じくらい、機能を重視するようになった。

たとえば食事。
毎日のようにカフェに通って、モーニングやランチなんてしている余裕はない。
そんなことをしていたら、あっという間に体重と財布の中身が反比例してしまうだろう。
栄養バランスとカロリーと金銭事情を考えた食事は、結局手作りに落ち着くんだ。

家にいる時間が増えると、
部屋の模様替えをしたり、インテリアにこだわったり、DIYしたり、
いかに居心地のいい部屋を作るか、を極めるようになっていった。
ナチュラルカントリーな雰囲気にまとまった我が家は、友達にも評判がいい。
まぁ、めったに誰かを招くということはないけれど。

そうして家が綺麗になると、今度はだらっとしたくなった。
家の居心地よさを崩したくはない、
そうして行き着いたのが、この場所。
薄暗いネットカフェでの自堕落な時間。



でもね。不思議なの。
ここにいるとね、可愛い服を着て、お洒落なカフェにも行きたくなるの。
心に余裕が生まれるんだろうな。
ちょっとだけ疲れる贅沢が、してみたくなるの。

さっき雑誌で読んだお店は、電車とバスで、1時間ちょっとかかるけど、
内装も私好みだったし、お茶やスイーツも美味しそうだった。
ああ、きっと何を頼もうか迷っちゃうんだろうなあ。
季節限定メニューって、どうしてこう心をくすぐってくるんだろう。
全部は食べきれないから、友達を誘って行ってみようかな。
そうすればシェアだってできるからね。

仕事用にも使えるちょっと可愛いシャツに、
今年買ってまだ一度しか履いていないスカートを合わせて、
お気に入りの作家さんからお迎えしたピアスをしていくんだ。
お茶しながら友達と近況とか話してさ。
ちょっとお互い愚痴ったりもしてさ。
昔の話とかして、馬鹿笑いして、
周囲から冷たい目線をもらっちゃったりするんだろうな。

カフェのあとは買い物に行っちゃおう。
ほうじ茶がもうすぐなくなるから、お茶っ葉を見に行きたいな。
いつのものお茶屋さんの支店が、カフェの近くにあるみたいだから。
これは行きなさいって神様が言ってくれてると思うんだ。

まぁ、お茶屋さんをのぞいたらさ、
よかったらどうぞって、試し飲みさせてもらってさ、
カフェのあとでも別腹だから、
ありがとうございますーって飲んじゃってさ、
結局ひとつには絞れなくてさ、
ふたつみっつ、お茶っ葉を買っちゃうんだろうな。

帰り道に雑貨屋さんとか見つけちゃったらさ、
ちょっと覗くだけ、って思いながら入っても、
ついつい長居とかしちゃってさ、
可愛い紙袋を持って帰ることになるんだろうな。
地図を見ると、カフェの近くは雑貨屋さんが多いみたいだから、
紙袋は何枚持って帰ることになるんだろうね?
いやいやその為だけにマイバッグなんて、持って行かないよ私は。
ああ、なんて贅沢な悩み。
なんて幸せなんだろうね。



そうして帰ってきたら、さ。
彼氏にメッセージでも送るんだ。
付き合い続けるにしても、別れるにしても、もうどっちでも構わない。
そろそろはっきりさせるんだ。私が幸せなうちにね。




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