叶わぬ祈り −離愁の月−

作:早川ふう / 所要時間25分 / 2:0:1

HLUG様企画「Dear Junk Cracks I」用に書き上げたボイスドラマ脚本を加筆修正して声劇用に直しました。
利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2019.05.13.


【登場人物紹介】

清丸(きよまる)
  そこそこいい家の生まれだが、母が身分も低い側女(そばめ)ゆえに苦労をして育つ。
  父の正室の放った刺客に母を殺され、命からがら逃げ出し、
  川に転落したところを紫蘭に助けられる。
  そんな生い立ちではあるが、心根のまっすぐな、まだあどけなさの残る少年。14〜5歳程度。

白花(しらはな)
  人ならざる者。
  天狗に気を付けろとわらべうたが村に伝わっているほど、人に知られた大きな存在で
  正体は、このあたり一帯の山の神「白花之山神(しらはなのやまがみ)」
  外見は、身目麗しい青年で年をとらない。
  何百年、何千年と生き続けているが故の孤独と、人ではない故の不器用さがある。
  「そうあれかしと月に祈る」の常盤と同一人物で、時系列ではこちらが先です。

紫蘭(しらん)
  人ならざる者。
  正体は、このあたり一帯の川の神「紫蘭之水神(しらんのみなかみ)」
  外見は、男性とも女性ともとれる不思議な雰囲気。
  何百年、何千年と生き続けているが故の孤独と、人ではない故の不器用さがあるが
  白花よりも、達観している。


 ※神や天狗、人ならざるものの扱いについて
場所は仮想倭国みたいな設定です。当方の鬼姫シリーズなどと同じ世界のお話なので、
宗教だったり妖などの扱いは、日本のものと考えると混乱しますのでご注意を。


【配役表】

清丸・・・
白花・・・
紫蘭・・・




 (雨の中、泣きながら川辺を歩く子供がひとり)

清丸 「……父上、……母上……(足を踏み外す)
    あっ、わあああああっ!!」

 (足を滑らせ、川に飲み込まれる)



 (朝。屋敷の門からではなく、庭園から雅な雰囲気の客人が入ってくる)

紫蘭  「よう、白花の」

白花  「これはこれは。
     水の神であられる紫蘭殿が、
     このようなむさくるしい場所にいらっしゃるとは」

紫蘭  「また謙遜を。
     白花の山はとても気持ちの良い澄んだ空気だ。
     俺の水も喜ぶ」

白花  「今、茶など用意させましょう」

紫蘭  「いや、それには及ばぬ」

白花  「……何かございましたか」

紫蘭  「うむ。
     他言無用に願いたい」

白花  「仰せのままに」

紫蘭  「……昨晩は、気が乱れ、雨風が強かった」

白花  「そうでしたね」

紫蘭  「俺の水も大雨で勢いを増し、土を削り流れていた。
     そんな中俺の水が、人の子を一匹、飲み込んだ」

白花  「ほう、人の子を」

紫蘭  「いつもは捨ておくのだが、
     昨夜の俺はどうかしていたのだろう。
     どうにも、気が向いて、その者の命を救ってしまった」

白花  「それは珍しい!
     うむ困った、紫蘭殿のせいで明日は雪が降りますぞ」

紫蘭  「ほざけ。
     まぁ、しかし、命を救ったはよいが、
     水の館では人の子は生きてゆけぬであろう。
     故に、此処に連れてきたというわけだ」

白花  「……連れてきた?」

紫蘭  「もとは昨夜で終わっていた命だが、
     煮るなり焼くなり、采配は白花に任せる」

白花  「そう仰られても……」

紫蘭  「気まぐれなど、起こすものではないな。
     身に染みたわ。……また近いうちに詫びに参るゆえ、許せ。ではな」

 (紫蘭の姿が、風に消える。その跡に、気絶している一人の男の子が横たわる)

白花  「……斯様に痩せ細って、かわいそうに……。
     さて、寝所を整えるか。朝餉の支度もしてやらねばのう」



 (布団の音。目覚める清丸)

清丸  「ん……」

白花  「目覚めたか。よう寝ていたのう」

清丸  「えっ?!  こ、此処は……ッ(急に起き上がったので眩暈と怪我の痛みで顔を顰める)」

白花  「具合はどうじゃ。もう日も高いが暑くはないか」

清丸  「少し、まだ身体に力が入らないような気もいたしますが、
     大事は、ございません」

白花  「何よりじゃ。
     昨晩のこと、覚えておるか?」

清丸  「はい……暗闇と雨で足を取られ、川へ落ちたかと」

白花  「この程度の怪我で済んだのは、よほど運が良いとみえる」

清丸  「畏れながら、貴方様が私をお助けくださったのでしょうか」

白花  「いや、助けたのは我の古くからの友人じゃ。
     友人の館は手狭ゆえ、我がそなたの身を引き受けた」

清丸  「かたじけのうございます」

白花  「礼には及ばぬ」

清丸  「そういうわけには」

白花  「しかし解せぬ。
     そなた、身分ある家の子と見受けるが、
     何故そのように痩せ細り、大雨の日に川になど……」

清丸  「……」

白花  「我は滅多に外へは出ぬゆえ、そなたの家の事情は外に漏れはせぬ。
     安心いたせ」

清丸  「お心遣い、痛み入りますが、特に面白い話でもございませぬ。
     私の母は、もとの身分も低い側女(そばめ)でございましたゆえ
     父の正室からは疎まれておりました。
     正室に男の子が産まれてからは、父の関心も薄れ、
     それからたびたび身の危険を感じるようになりました……。
     昨夜、刺客があらわれ、母が斬られ……
     ……私は隙を見て、逃げ出して、それで……」

白花  「……そうか。
     それは、辛い目に遭うたの。
     幼い身でかわいそうに」

清丸  「私はもう元服しておりますが……」

白花  「はは、まぁよいではないか。
     しかし、それではどこにも行く当てがないのではないか」

清丸  「お恥ずかしながら……」

白花  「では……此処におればよい」

清丸  「えっ?」

白花  「広いだけが取り柄の館じゃが、不自由はさせぬ。
     此処で好きに過ごすがよいぞ」

清丸  「し、しかし……」

白花  「友人からも、そなたの身を頼まれておるゆえ、
     ここで追い出したとあらば我が叱られてしまう。
     これも巡り合わせと思うて、どうじゃ」

清丸  「……しかし、私などがお世話になりましたら、ご迷惑になるのでは?」

白花  「ならぬならぬ。
     俗世から離れた山奥の館で、そなたもゆっくり養生するがよい」

清丸  「本当に、甘えてよろしゅうございましょうか」

白花  「勿論じゃ。私の名は白花という。そなたは?」

清丸  「これは失礼を。私の名は清丸と申します」

白花  「きよまる、よい名じゃ」

清丸  「…………白花様は……それこそ、やんごとなき御身分の御方なのでは?」

白花  「なあに、我の身分などあってないようなものじゃ。
     世を棄てた者同士、此処でのんびり過ごそうぞ」

清丸  「……ありがたき……」

白花  「そなた、名のとおり、澄んだ目をしておるのう」

清丸  「え……?」

 (着物をひっぱって、抱き寄せるような格好に)

清丸  「わっ……」(驚いて)

白花  「まこと細い」

清丸  「は、はあ……」

白花  「まずは昼餉じゃな。しっかり食して、滋養をとれ」


清丸  まるで季節外れの白梅のような、柔らかな微笑みが印象的だった。
    白花様。
    白花様が、どの御家(おいえ)のどなたなのかもわからない、
    山奥といわれたここが、どこかもわからない、
    それでも、不思議なほどに、私は安堵していた。

白花  人の子のまっすぐな眼(まなこ)に、
    心が浮き立つのを感じた。
    孤独と退屈に慣れた神の身には、この力強いまなざしが眩しい。
    ……きっと、紫蘭殿もそれゆえ、我にお預けになったのかもしれなかった。

清丸  怪我が癒えても、手厚くもてなされ、
    書や和歌を嗜んだり、素振りをしたりと、
    満ち足りた日々にすっかり慣れた、ある夜のこと。


清丸  「ふっ……ふっ……」(庭で素振りをしている)

白花  「精が出るのう」

清丸  「白花様!」(白花に気づき礼をする)

白花  「何よりじゃ」

清丸  「ありがたき」

白花  「……(空を見上げて)ほう、今宵は月が綺麗じゃのう」

清丸  「月見の時分かと思われます」

白花  「月見?」

清丸  「白花様は、月見はお嫌いですか?」

白花  「いや……下々の風習には疎くてのう。
     月を愛でる宴とは聞いておるが……」

清丸  「左様でございますか」

白花  「清丸はどうじゃ、月見は好きか」

清丸  「はい。静かに月を眺めておりますと、心が軽くなるような気がいたします」

白花  「なるほど」

清丸  「御酒(ごしゅ)を嗜まれるようでしたら、御用意いたしますが」

白花  「下人(げにん)のような真似をせずともよい。
     酒など、月を愛でるには無粋じゃ」

清丸  「はっ」(控える)

白花  「そなたも畏まらず、楽にいたせ」

清丸  「はい」

白花  「まこと、美しい月じゃ」

清丸  「はい」

白花  「……諸行無常、ゆえに、うたかたの美しさを愛でる。
     そうか、人ゆえの風習よの」

清丸  「……あの、白花様?」

白花  「ん? 何じゃ?」

清丸  「白花様はよく、とても遠くをご覧になっているようなお顔をされますが
     何か憂いごとでもおありなのでしょうか」

白花  「はは、そう見えるか」

清丸  「……出過ぎたことでしたら申し訳ございません」

白花  「いいや。むしろ、そなたにどう見えておるのか興味がある。
     その目に我はどう映っておる?」

清丸  「……、……白花様は、お寂しいのではないか、と」

白花  「……何故じゃ?」

清丸  「出家されているわけでもなく、
     この山奥の館に、たったお一人で暮らしておいでというのは、
     御家柄を考えましても、私の家よりももっと大変なことがあったのではと」

白花  「ほう」

清丸  「それに時折、白花様の、常盤色の瞳が……揺らめいております」

白花  「我の瞳?」

清丸  「……失礼を承知で申し上げれば、
     来ぬ人を待つ母と同じ表情に感じました」

白花  「……そうか。清丸はまこと優しい子よの」

清丸  「滅相もございません」

白花  「……たとえばの話。
     そなたは、我が寂しいと申したら、
     ずっと傍(かたわら)にいてくれるか?」

清丸  「え……?」

白花  「……そなたの白い肌も、澄んだ瞳も、この月よりはるかに美しい。
     そなたがその生涯を我と共にと誓うなら、我は……」

清丸  「お、お待ちください白花様っ」

白花  「……なんじゃ」

清丸  「……私は、おなごではございませぬ」

白花  「些末なことじゃ」

清丸  「しかし……」

白花  「我には、子を成す必要もなければ、
     後継ぎすら必要がない、ただ此処で……朽ちてゆくだけの、時を、
     そなたと共に過ごせるのであれば、生涯苦労はさせぬと誓おう」

清丸  「……私は……、
     し、白花様は、……私などでよろしいのですか?」

白花  「口説(くぜつ)を二度も言わせる気か?」

清丸  「いえ、そんな、あの、でも、あの、たとえばの話では、」

白花  「寂しいかどうかはたとえばの話じゃ。
     しかしそなたが美しいのも、
     我がそなたを欲するのも、れっきとした現実ぞ」(抱き寄せて)

清丸  「あっ……」

白花  「清丸。……我のものとなれ」(口づける)

清丸  「んぅ……」(躊躇いながら口づけを受け入れる)

白花  「(唇を離して)愛いやつじゃ」

清丸  「……頭が、ぼーっといたします……」

白花  「それでよいのじゃ。さあ、寝所へ」

清丸  「えっ!? しかし、わ、私は、汗を……」

白花  「くく……何を申すか、これからもっと汗をかくのじゃぞ」

清丸  「えっ……!」

白花  「ほう、何をされるか、わかっておるのじゃな?
     ……期待でこう反応しておる、と……?」(下半身をさぐる)

清丸  「アッ……! し、白花様、お許しくださいっ……」

白花  「我のものとなれ……!」(縁側に押し倒し、首筋に口づける)

清丸  「あっ?! ……、あっ……」(押し倒され、着物を脱がされながら反応する)

白花  「わかるか清丸。
     そなたの肌が光り輝いておる。
     この月が霞むほどの美しさ、うたかたでは終わらすまい……」

清丸  「あっ、アッ……おゆるしくだ……あっ……あああっ……」



  (小鳥のさえずりが響く朝。
   清丸が素振りをしているところにやってくる紫蘭)

清丸  「ふっ……ふっ……ふっ……」

紫蘭  「む……? あれは……人の子?」

  (清丸、滅多にない客人に気づいて驚く)

清丸  「……えっ……、あ、このような姿で失礼を致しました。
     主に御用でいらっしゃいますか?」

紫蘭  「ああ、白花はどこに?」

清丸  「ただいま呼んでまいります、少々お待ちくださいませ」

  (にこやかに応対をし、白花を呼びに行く清丸。
   紫蘭は眉をしかめ、見つめている)

紫蘭  「……うぅむ……」

  (そしてにこやかに登場する白花。後ろには清丸が控えている)

白花  「紫蘭殿、お待たせして申し訳ない」

紫蘭  「ずいぶんと機嫌がよさそうだな、白花の」

白花  「そう見えるか」

紫蘭  「その節は面倒をかけたと詫びに参ったのだが、
     ……此処は年中春になったと見える」

白花  「皮肉を申されるな」

紫蘭  「……そこな人の子よ、名はなんと申す?」

清丸  「は、清丸と申します」

紫蘭  「……白花が甲斐甲斐しく世話を焼いたのだろう。
     ずいぶんと元気になったようだな」

清丸  「え……?」

白花  「清丸、溺れたそなたを助けたのはこの紫蘭殿だ」

清丸  「そうだったのですか!?
     お助けくださり、ありがとうございました。
     この御恩、一生涯忘れはいたしませぬ!」

紫蘭  「俺は何もしていない。
     その恩は、白花に返すがよいだろう」

清丸  「白花様にも大変よくしていただいております。
     紫蘭様にお助けいただかなければ、今の私はございません。
     まことに、ありがとうございました!」

紫蘭  「なんとも、熱い男だ」

清丸  「も、申し訳ございません、つい、その」

白花  「よいよい、それがそなたのよいところじゃ。
     清丸、恩人に茶を淹れてさしあげよ」

清丸  「畏まりました!
     では、茶器の準備などしてまいりますゆえ、失礼いたします」

白花  「頼んだぞ」

  (清丸、退室)

紫蘭  「……御伽噺よろしく、その後仲良く暮らしているというわけか」

白花  「ええ。良い子を預けてもらった。礼を申し上げる」

紫蘭  「……ふん、余程具合がよかったと見えるな」

白花  「っ!? 紫蘭殿、下世話な言い方はご遠慮願いたい!」

紫蘭  「ハッ、白花と俺の仲で何を今さら……」

白花  「……」(睨む)

紫蘭  「一体何があった?
     あれを預けてからまばたきひとつ分しか経っておらぬぞ」

白花  「我らにはそうでも、人の子には違います。
     日々をまっすぐに生きるあれの姿を見ていると、我も自然と笑みが浮かぶ、
     我らには手にできないものを、あれがくれる気がするのです」

紫蘭  「戯れに手を出すならまだわかるが、
     人の子にたらしこまれるとは、どうしたものか!
     山の神も落ちたものだなッ」(吐き捨てるように)

白花  「たらしこまれたわけではないッッ!!」

紫蘭  「よもや人の子などに本気になったと言うか白花!」

白花  「……本気だとしたら?」

紫蘭  「……目を覚ませ。
     人は、我らとは相容れぬ」

白花  「百も承知。
     が、……神の身で伴侶を求めるは、愚かか? 否!!」

紫蘭  「笑止千万!!
     愛されることを夢見るなどばかばかしい!
     我らの正体を、人の子の生涯隠し通せるわけもない。
     我らは人の子にとっては鬼や天狗と同じ、忌むべき異端と忘れたか!!」

白花  「黙れ!!!」

清丸  「……うわあっ(話を聞いていた清丸。暴風に驚き茶器を落とす)」

白花  「……!!」

紫蘭  「ふっふっふ……だから隠し通せぬと言っただろう……」

清丸  「っ……」

白花  「き、清丸っ……」

清丸  「……鬼……? 天狗……!?」

紫蘭  「今吹き荒れた風が、偶然と思うか?
     ただの人に斯様な真似ができるとでも?」

白花  「紫蘭殿!!」

清丸  「そんな……私は……鬼を、……鬼と……ッ……」(走り去る)

白花  「清丸!!」

紫蘭  「まて白花の! 神と人は相容れぬ。それは世の摂理ぞ」

白花  「神と神が交わるわけにもゆかぬのに……
     人とも相容れぬ……?
     神は生涯孤独であれと!?」

紫蘭  「……時節が到来したと考えよ。
     我らは……望んではいけない」

白花  「紫蘭殿は、諦めておるのか」

紫蘭  「ゆえに神は戯れる、違うか白花の」(寂しげに)

白花  「……我は……、諦めぬ!」



 (館を出て山道を走る清丸。白花は風に乗り追う)

清丸  「(必死で走る息遣い)」

白花  「待て! 清丸!」

清丸  「来るな!! 来るなあッ!!」

白花  「そちらは崖じゃ!! 危ない! 戻れ清丸!!」

清丸  「いやだあッ!!」

白花  「っ……!」

清丸  「……母上、どうかお許しくださいっ。っ……」

  (谷底に身を投げる清丸)

白花  「っ!
     ……きよ、まる……」

  (追いかけてきた紫蘭もその光景を見て)

紫蘭  「……あれは、助けられぬぞ」

白花  「……」

紫蘭  「今一度言おう。人にとって我らは鬼や天狗と同じ。
     愛されることを夢見るは、愚かぞ」

白花  「……あの澄んだ瞳で、笑いかけてほしいと、望むが愚かか……
     我が望むただそれだけさえも、……なにゆえ、なにゆえ……(泣き出す)」

紫蘭  「白花……」

白花  「あああ……っっっ(号泣する)」

紫蘭  「……それだけも叶わぬが、神というものだ」








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