そうあれかしと月に祈る

作:早川ふう / 所要時間30分 / 1:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2017.06.10.


【登場人物紹介】

さと(くま)
  弟を産むときに母親が亡くなり、
  祖母が亡くなった後、家を守り、畑も手伝っていたのだが、度重なる飢饉で畑は散々。
  父親が山へ連れてくるが、捨てられたことを理解していた彼女は、
  そのままひとり山にいたところを常盤に拾われる。
  年の割に聡い子だというところから、さとと名付けられた。
  健気な努力家。
  やれること、やりたいことは、常盤相手だと大体が無意味なのでむなしい。
  けれどやさぐれることなく、尽くし続ける。
  劇中、7歳〜13歳〜おばあちゃんと、年齢が変わってゆきます。

常盤(ときわ)
  人ならざる者。
  天狗に気を付けろとわらべうたが村に伝わっているほど、人に知られた大きな存在で
  正体は、このあたり一帯の山の神「白花之山神(しらはなのやまがみ)」
  外見は、見目麗しい青年で年をとらない。
  何百年、何千年と生き続けているが故の孤独と、人ではない故の不器用さがある。


 ※わらべうたについて
劇中のわらべうたは、オリジナルですので正確なメロディはありません。
数え唄「一番はじめは一宮」っぽいリズムがあてはめやすいかと。
「大ちゃん数え歌」のAメロとかでもいいです。
厳しいと思ったら、ラストのわらべうたは省略しても構いません。


 ※神や天狗、人ならざるものの扱いについて
場所は仮想倭国みたいな設定です。当方の鬼姫シリーズなどと同じ世界のお話なので、
宗教だったり妖などの扱いは、日本のものと考えると混乱しますのでご注意を。


【配役表】

さと・・・
常盤・・・



(山の中。か細い声でわらべうたを歌う幼子の声に、空から舞い降りる天狗)

さと   「(わらべうたの調子をとって)
      ひとつ人里から離れ
      ふたつみっつと山を越え」

常盤    初めて聞く調べに誘われ、我は声のもとに舞い降りた。

さと   「(わらべうたの調子をとって)
      よっつ夜中にあらわれる
      いつついつもの足音に」

常盤    そこにいたのは、痩せ細った幼子がひとり。

さと   「(わらべうたの調子をとって)
      むっつ向こうから聞こえた……   
      ……ぁ……じっちゃ……?」

常盤   「……我は、孫を持った覚えはないな」

さと   「……ぁ……」

常盤   「……娘。そなたいくつじゃ」

さと   「……7つ」

常盤    食うにはまだ早いと思うた。
      せめて3年、好みで言えば5年は待った方が、美味くはなる。
      しかし……我は……

さと   「ごめんなさい……」

常盤   「何がじゃ」

さと   「……」

常盤   「我の住処(すみか)で行き倒れるのも、何かの縁(えにし)か」

さと   「えにし?」

常盤   「……そなた、迷い子か? 親はどうした」

さと   「おっ父と一緒にきた。
      でも、……おっ父が迎えに来るまで、ここで待ってろって……」

常盤   「成程。……(ぼそっと)口減らしか。
      それで、ずっと此処で待っておるのか?」

さと   「……うぅん。
      おっ父、戻ってこないのは、なんとなく、わかる……」

常盤   「ほう」

さと   「でも、他に行くあてもないし……ここにいるしかないから」

常盤   「聡い子よ。
      ……悲しくないわけではあるまいに」

さと   「……戻ったら、おっ父、きっと困るから、」

常盤   「……童は泣くのが仕事じゃぞ」

さと   「七つはもう赤ん坊じゃないっ……」(言いながら泣く)

常盤   「泣いてよいのじゃ。
      大体のう、我から見れば、人なぞみぃんな童じゃて」

さと   「……え?」

常盤   「聞いたことはないか?
      この山に誰が棲んで居るのか」

さと   「……!
      てんぐ、さま、……?」

常盤   「我をそう呼ぶ人も多いの」

さと   「……ほ、ほんとうに……?」

常盤   「疑うか?」

さと   「だって、ばっちゃは、天狗様は赤くておっかない顔してるって言ってたから……」

常盤   「人は、我らのようなものを異質にしたがるだけじゃ。
      同じであればあるほど、異質が身近にあるかもしれぬ恐怖がある。
      自らと違うものであると認識せねば、動けなくなる臆病さじゃ。
      まこと、人とは童よ、クックック……」

さと   「……よく、わかりません」

常盤   「さすがに難しすぎたかの。
      すまぬな。
      ……我が、人ならざる者であることさえわかればよい」

さと   「……天狗様は……」

常盤   「天狗様と呼ばれるのは好かぬな」

さと   「では何と」

常盤   「……。
      そなたは?
      そなたにも名はあろう。何と申す?」

さと   「くま、です」

常盤   「熊じゃと?!」

さと   「はい」

常盤   「小熊じゃとしても、およそ似つかわしくはないのう。
      誰が名付けた?」

さと   「庄屋(しょうや)様が……」

常盤   「村の庄屋ごときではこれが限界か。
      ……おくま。
      これから我が申すこと、聡いそなたならわかると思うて問う。
      その名と命に未練はあるか」

さと   「…………」

常盤   「……どうじゃ」

さと   「…………っ?
      …………ぅ……(喰われると思い、ぽろぽろ震えながら泣く)」

常盤   「……今一度問う。
      今生に未練はあるか」

さと   「……っ……もう、帰るところは、ない、から……
      ここで、……」

常盤   「……答えよ、おくま。
      問はひとつ、答もひとつじゃ」

さと   「……ありま、せん……」

常盤   「森羅万象 更始一新
      白花之山神(しらはなのやまがみ)の名において、
      これなる娘おくまに、新字(しんじ)、聡(さと)を授け賜う。
      是を以って、嫁娶(かしゅ)とする!」

さと   「(突風に驚いて)わっ……」

常盤   「……さと」

さと   「……え?」

常盤   「……そなたのことじゃ。
      そなたはもう、我のものじゃ……さと」



(六年後。森の奥深くにある館にて。)

さと    そして、六年の時が流れた。
      山の神に嫁いだのだと、あとになってからわかったけれど、
      私自身が長寿や不老不死になったわけではない。
      あの時は食べられてしまうと思っていたのに、
      私はこの館で、ただただ大切にされている。


常盤   「……さと? 如何した」

さと   「いえ……。
      常盤(ときわ)様、夕餉(ゆうげ)の支度が整いました」

常盤   「ああ。今行こう」

(間)

常盤   「今宵の吸い物は味がよい」

さと   「ありがとうございます」

常盤   「さと。しっかり食すのじゃ。
      人の身のそなたは滋養をとらねばならぬぞ」

さと   「……はい」

常盤   「そして怪我や病に気を付けるのじゃ」(さとの台詞がかぶりますが気にせず言ってください)

さと   「……怪我や病に気を付けるのじゃ」(上にほぼかぶせてください) 

常盤   「……」

さと   「ふふっ。常盤様はそればかり。
      私ももう子供ではないのですよ?」

常盤   「……そうか」

さと   「そうですよ」

常盤   「……そなたが此処に来て、どれくらいじゃ」

さと   「もう、6年になります」

常盤   「そんなになるか……」

さと   「山で死を待つばかりだった私を拾っていただき、
      常盤様には感謝しかございません。
      ……ただ、……此処で私が何のお役に立てるのかと、
      ……それは毎日不安ではありますが……」

常盤   「美しくあればよい」

さと   「うつくしく……?」

常盤   「……さとは、それでよいのじゃ」

さと   「……よくわかりません」

常盤   「読み書きもよく励んだな。
      書もよく読み、見聞を広げ、よい歌を詠む心も育った。
      それでよい」

さと   「……食べるものも着るものも、
      すべて常盤様にいただいて、私はただ遊ぶだけ。
      それは心苦しゅうございます」

常盤   「炊事洗濯、身の回りのことはしておるではないか」

さと   「……それは……それこそ最低限すべきことであって……っ!」(下腹部に痛みを感じる)

常盤   「……さと?」

さと   「……あ……っ」

常盤   「……腹が、痛むのか?」

さと   「いえ、あの……」

常盤   「どうした?
      ……もしやそなた。
      そうか。そうなのじゃな。月事(げつじ)じゃな?」

さと   「……げつじ、……」

常盤   「めでたいな……。
      祝う前に、至急浅草紙(あさくさがみ)を用意させよう。
      食事はあとにして、まずは湯あみじゃ」

さと   「えっ、えっ……?」

常盤   「抱えてゆこう、力を抜いておれ、そら」 (お姫様だっこ!)

さと   「きゃっ」

常盤   「……さとも、童から、おなごになったか……」

さと   「常盤様……」

常盤   「不安な顔をせずともよい」

さと   「あの、書の知識ではありますが、その……
      多少は、私も、存じておりますっ」

常盤   「そうか」

さと   「ですから、その、始末は自分で……!」

常盤   「遠慮は無用」

さと   「しかし常盤様にとっては穢れになってしまうのでは……!」

常盤   「多少はな。
      ……しかしそなたは我が嫁御前(よめごぜ)。
      この穢れは、我にとっても必要なのじゃ」

さと   「え……?」

常盤   「よいのじゃ。さあ湯へ」

さと   「あのっ、もしや常盤様もご一緒に入られるのですかっ?」

常盤   「無論」

さと   「そんな」

常盤   「そうじゃ。しばらくは食事の支度もよいぞ。
      我が食しやすいものを持ってまいろう」

さと   「……え……」

常盤   「もともと我に人の食事は必要ない故、我の心配は無用ぞ」

さと   「あ……そう、ですね……」

常盤   「しかしそなたはしっかり食さねば。
      おなごの身体は繊細故、これまでより更に厭わねばならぬぞ」

さと   「……それは、……その……
      常盤様の、御子(おこ)を、宿すために、ということでしょうか?」

常盤   「…………。
      我は神じゃ。
      ……人の腹を借りて子を生(な)すことはせぬ」

さと   「えっ……」





(そして更に数十年後。
 静かな寝息がひびく館の寝室。
 これまでの人生を振り返るような夢を見ていた年老いたさとが、目を覚ます。)

さと   「不思議な夢……。
      これまで……数十年と生きた道が、まるで回り灯篭のように……。
      ゴホッゴホッ……。
      綺麗で、懐かしい日々……。
      でも……。
      結局……私は、なんだったのでしょうねぇ……」

常盤   『そなたは、そのまま、我のそばにおればよい。
      決して悪いようにはせぬ。
      そなたの意にそぐわぬことも決してせぬ。
      神の言の葉が信じられぬか?』

さと   「ええ、ええ、なにひとつとして、ありませんでしたとも……。
      なにひとつ、なにひとつ…………ゴホッゴホッ」(軽く咳き込む。)
      (これより後、台詞の最中に軽く咳のアドリブがあってもいいです)

常盤   「……さと。起きたのか」

さと   「常盤様……」(無理に起き上がろうとする)

常盤   「無理をするな、そのままでよい。
      ささ、横になれ。
      冷えてはおらぬか?
      布団をかけるぞ」

さと   「……御手を煩わせ申し訳ございません……」

常盤   「何を申す。
      そなたは我が嫁御前(よめごぜ)じゃろう。
      堂々としておればよいのじゃ」

さと   「……あなた様はすぐそう仰る。
      私は……嫁として何ひとつ、お役になど立てなかったではありませんか……」

常盤   「そなたもまたそれを申すか。
      まあよい。我は何度でも同じ答を返すぞ。
      そなたはそのままであればよいのじゃ」

さと   「……何もせぬまま常盤様のおそばにおり、ただ朽ちていくことに何の意味がございますやら」

常盤   「……そなたは美しい」

さと   「美しいのはあなた様でございましょう。
      ……神であるあなた様はお歳を召されることなく……老いることもなく……
      出会った頃と同じ、まるで白竜が天に昇るかのように、長く美しい御髪(おぐし)……
      そして常盤色の瞳は、青い山々そのもののようで……」

常盤   「おだてても何も出ぬぞ」

さと   「それはこちらも一緒です。
      私はもう、こんなにも老いてしまったのですから」

常盤   「外見(そとみ)だけが美しさではない」

さと   「……神様の仰ることは、人の身の私には到底理解が及びません……」

常盤   「さと……」

さと   「……さと、と名をいただき、命を救ってくださった恩をお返しせぬまま、
      逝かねばならぬことが残念でなりません……」

常盤   「我は恩返しなど欲してはおらぬ」

さと   「ええ、そうでしょうとも……。
      私は……、私の命は……あなた様のもの。
      ……私は何かを望んではいけなかったのです」

常盤   「何故そのような……。
      望みを申せ。可能な限り叶えよう」

さと   「申して叶えていただくというのは……違うのです……。
      これは私のただの我儘です……」

常盤   「さと……」

さと   「お伺いしても、よろしいですか」

常盤   「何じゃ」

さと   「私の命は、お役に立ちますでしょうか……?
      あなた様が天狗なら、召し上がる為に私を助けてくださったのだと理解もできますが……」

常盤   「……人は、多くのものを食すじゃろう。
      野の草も、果実も、魚も、稲も……。
      動植物の命を食して生きておるわけじゃが。
      我も……人に近しい姿をしておる以上、命を喰ろうて生きては、おるな……」

さと   「では、あなた様が食す命とは、……人の身も、例外ではないのですね……?」

常盤   「……否定は、せぬ」

さと   「ではあなた様は私を……
      斯様にしわくちゃな身体でも、お召し上がりになれるのでしょうか?」

常盤   「……そなたが天寿を全うした後ならば、……そうなるやもしれんな」

さと   「……然様で、ございますか……。
      人の身で神に嫁ぐとは……そういうことだったのですね……」

常盤   「さと、……すまぬ。
      そなたの意にそぐわぬことはせぬと誓ったが……」

さと   「異を唱えるつもりはございません。
      ……この身がやっとお役に立てるのならば、むしろ、嬉しゅうございます……」

常盤   「……我も、問おう。
      あの時そなたを生き永らえさせたこと、
      そなたは、……後悔せなんだか?」

さと   「感謝こそすれ、後悔などは微塵も」

常盤   「うむ……」

さと   「けれど……あるとすれば……」

常盤   「何じゃ」

さと   「……私は……ゴホッ……ゴホッゴホッ」(激しく咳き込む)

常盤   「さと!
      ……白湯じゃ、飲めるか?」

さと   「……はぁ……はぁ……、ゴク……、う……」(ぜぇぜぇしながらも、やっとのことで白湯を一口飲む」

常盤   「何か口触りのよいものを……
      桃はどうじゃ、少しでもよい……」

さと   「……森に、」

常盤   「ん?」

さと   「私達が出会った、あの場所に、連れて行っていただけませんか」

常盤   「今は夜じゃ。外は冷える」

さと   「後生にございます。
      ……あの場所が、よいのです……」

常盤   「……では、あたたかくして参ろう」

さと   「はい……」



(森。)

常盤   「寒くはないか」

さと   「はい……」

常盤   「そうか……」

さと   「……ああ、……この場所でしたねぇ……」

常盤   「……その木の根元に、そなたはおった」

さと   「ええ……覚えておりますとも……」

常盤   「不思議な歌を歌っておったな」

さと   「よくばっちゃが歌ってくれていたんです……」

常盤   「そうか」

さと   「……あれは……
      ばっちゃは知っていたのでしょうか、私がこうなると……
      まるであの歌のとおりに……私は……」

常盤   「……まだ覚えておるか、あの歌を」

さと   「ひとつ、人里から離れ
      ふたつみっつと、山を越え……」(調子はとらず、台詞として)

常盤   「よっつ夜中にあらわれる
      いつついつもの足音に
      むっつ向こうから聞こえた、……
      そなたが歌っていたのはここまでじゃ」

さと   「……よく覚えていらっしゃること」

常盤   「忘れるものか。
      わらべうたなら続きがあるじゃろう。
      教えてくれまいか」

さと   「ななめうしろからそっと
      やっぱり、くわれて、とわになく……」

常盤   「……永久に泣く……。
      悲しい歌じゃの」

さと   「ええ」(すっと涙をこぼす)

常盤   「……そなたは……いまも、悲しいのか……?」

さと   「ああ……あの時、食べられてしまうのだと、とても恐ろしかったのに……
      あまりにもあなた様はお美しくて……
      あなた様に嫁いだのだとわかったとき、……嬉しかったのですよ……。
      こんなにも素敵な方のおそばにいられるのかと……」

常盤   「然様か……」

さと   「けれど、悲しくもございました……。
      神に嫁ぐというのは、夫婦(めおと)になったということではないのだと……」

常盤   「夫婦……」

さと   「でもやっと……やっとお役に、立てる……。
      ありがとうございました、白花之山神(しらはなのやまがみ)様……」

常盤   「その名を、覚えておったのか……」

さと   「……人の身には過ぎた願いなれど……
      あなた様と……夫婦(めおと)に、なりとうございました……」(さと、眠るように息絶える)

常盤   「……さと。
      さと。……眠ったのか?
      眠ったのじゃな。
      眠っただけじゃろう?
      この手もまだ暖かいではないか。
      冷えてはならぬ。館に戻ろう。
      もっと……あたためねば……。
      さと、さと……我の……我の、さと……!」 (大粒の涙を零す)

(間)

常盤    さと。そなたに全てを話さずにいたこと、きっと許してはくれまいな。
      そなたを喰らうつもりなど毛頭ない。
      ……喰らえば、我の命は続いてしまう。
      出会ったあの日。
      我は、そなたの手で、死にたいと思うた。
      わざと血の穢れを身に纏い、穢れの主を食さずおれば、
      我はその穢れにて、……死することができるじゃろうと。
      浅はかやもしれぬが、我に考えうる最良の方法じゃった。
      愛した者を看取るのも、
      愛した者を食すのも、もうたくさんじゃ。
      人でないということが、こんなにも呪わしい……!
      我は……我こそ、そなたと夫婦(めおと)になりたかったのじゃぞ……!

常盤   「月か……かの日と同じ、白く冷たい光よ……」

(遠くからさとの歌うわらべうたが聞こえてくるような気がする)

さと   『ひとつ人里から離れ
      ふたつみっつと山を越え
      よっつ夜中にあらわれる
      いつついつもの足音に
      むっつ向こうから聞こえた
      ななめ後ろからそっと
      やっぱり喰われて永久に泣く……』

常盤    この月が昇り沈むように、……人も生まれ死にゆくは道理。
      しかしせめて、もう少し、もう少し時があったなら…………。
      嗚呼、何故夜は明けるのじゃ……
      月がこの世を永久に照らし続ければ……或いは……






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