あの夏の日の指切り

作:早川ふう / 所要時間 40分 / 比率 1:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2013.08.16.


【登場人物】

望月 優馬(もちづき ゆうま)
  18歳。高校3年生。演劇部。
  5年前に姉と別れてからもずっと、姉だけを想い続けている。

望月 麻央(もちづき まお)
  23歳。5年前、大学入学を機に上京。
  卒業して現在は就職しており、5年ぶりの帰省。


【配役表】

優馬・・・
麻央・・・



麻央   「……はぁ……あっつーい……」

優馬   「……はー、帰ったらアイス食おう。
      暑い……水風呂入りたい……暑すぎる……。
      あれ……家の前に誰かいる?」

麻央   「あっ」

優馬   「えっ……」

麻央   「……帰ってきた」

優馬   「……麻央ねーちゃん?」

麻央   「おかえり。せっかく帰ってきたのにだーれもいないんだもん。
      鍵も持ってないし、溶けるかと思った!」

優馬   「帰ってくるなんて全然知らなかった。
      何で連絡くれなかったんだよ」

麻央   「びっくりさせようと思ったからさ〜」

優馬   「玄関先で待ちぼうけするくらいだったら、諦めて俺に連絡しろよな」

麻央   「もう少し待っても帰ってこなかったら、電話しようと思ってたよ」

優馬   「いや、事前に連絡を……大体部活中は電話くれても出られないし」

麻央   「じゃあ3分に一回LINEする!」

優馬   「なんで既読つけないのよーって? 怖すぎるわ!」

麻央   「あはは! それにしても、こんな暑い中大変だねー。何部なの?」

優馬   「あれ、言ってなかったっけ?」

麻央   「知らないよー」

優馬   「あー、……演劇」

麻央   「おっ!? 高校でも続けてたんだ!?」

優馬   「つーか家入ってから話さねぇ? 暑い」

麻央   「そうだね。あ、お父さんとお母さんは?」

優馬   「二人とも仕事。夜まで帰ってこないと思うけど」

麻央   「そっか。……あれっ涼しい。優馬クーラーつけっぱなしにしてたの?」

優馬   「んなわけないだろ。タイマーだって」

麻央   「ああ、そっか。結構しっかりしてんじゃん」

優馬   「いつまでも何もできないガキじゃないし」

麻央   「そうだよね。うんうん、大きくなったねー!」

優馬   「だからガキじゃないっつってんだろ!」

麻央   「あはは、ゴメンゴメン!」

優馬   「姉ちゃんアイス食う?」

麻央   「んーアイスはいいや。麦茶あったらちょうだい」

優馬   「ほうじ茶ならあるけど」

麻央   「あ、そっか。お母さんほうじ茶好きなんだっけ」

優馬   「コーラもあるよ、飲む?」

麻央   「ほうじ茶でいいよ。ちょーだい」

優馬   「うん。……はい」

麻央   「ありがと。(一気に飲む)はーーー生き返るー!」

優馬   「オヤジみたいに飲むなよな」

麻央   「だって外暑かったんだもーん」

優馬   「何分くらい外にいたんだよ?」

麻央   「少しよ、少し。
      それより、あんたが演劇続けてるのは嬉しいなあ!
      どう? 部活楽しい?」

優馬   「んー、まぁそれなりに」

麻央   「その制服、佐久川東だよね?」

優馬   「うん。……演劇続けたかったし」

麻央   「そこまで優馬が演劇にハマるとは思ってなかったよ」

優馬   「え、なんで?」

麻央   「だって、元々中学で演劇部に入ったのって、無理矢理だったじゃない」

優馬   「あー、菅原な」

麻央   「そうそう、スガセン!」

優馬   「姉ちゃんの担任もしたことあって、演劇部で3年間一緒で。
      その菅原が俺の中1の時の担任で、演劇部強制連行……」

麻央   「しょうがない。スガセンに捕まったら、諦めるしかないんだよ」

優馬   「諦めたらそこで試合終了じゃねーのかよお!!!」

麻央   「あはは! あんた昔もそう言ってたよね!」

優馬   「だってさぁ……有無を言わせず入部だったし」

麻央   「スガセンにだけは当てはまらないんだよ、安西先生の法則は!
      私だって、中学の時はそれはそれはひどい目にあったんだから」

優馬   「そう言いつつも、スガセンからは姉ちゃんの武勇伝しか聞いたことないけど」

麻央   「武勇伝!?」

優馬   「文化祭の時、舞台セットが壊れて、アドリブで乗り切ろうとして、
      シリアス劇をコメディにしたとか……」

麻央   「……そ、そんなこともあったかなァ……」

優馬   「あと、姉ちゃんが佐久川東に推薦決まったのって、
      演劇コンクールで入賞したからだっていうのも聞いた」

麻央   「それは違うって。スポーツだったらともかく、公立高校の演劇部だよ?」

優馬   「でもこの辺だと、演劇やるなら佐久川東ってくらい、名の知れてる高校じゃないか」

麻央   「私より、あんただって現役の佐久川東演劇部員なんでしょ?
      ちゃんとやれてるんでしょうねぇ?」

優馬   「もちろん。柄にもなく部長やらされてる」

麻央   「へー、すごいじゃない!」

優馬   「よく言うよ。姉ちゃんだって部長だったろ」

麻央   「あら知ってたの?」

優馬   「中学でも高校でも、姉ちゃんの話は結構聞くから」

麻央   「悪目立ちした覚えはないんだけどなぁ」

優馬   「まぁ兄弟がいるヤツは大抵そうだよ。
      姉ちゃんがどうって話じゃなくてさ」

麻央   「ふーん」

優馬   「出来のいい姉に負けるな的な叱咤激励されてただけだし」

麻央   「なにそれ失礼だね! 優馬はちゃーんと出来る男だっつーの!」

優馬   「姉ちゃんが上京してる5年の間、俺がどうだったか知らないじゃないか……」

麻央   「それでもわかるもん。優馬は昔からしっかりしてる努力家だったから」

優馬   「そんなことないって」

麻央   「今文化祭の練習してるんでしょ? 役は?」

優馬   「まぁ、うん、もらえてるけど」

麻央   「あんた身長高いし、舞台映えするだろうねー羨ましい!」

優馬   「……そうかな」

麻央   「自信持ちなさいよ! 恵まれてるんだから!」

優馬   「技術や理解が足りなさすぎる。実力不足を痛感してるよ」

麻央   「それがわかってるならまだまだ伸びるよ。
      私が保証する」

優馬   「ありがと。頑張るよ」

麻央   「うん」

優馬   「あ、俺、着替えてくる」

麻央   「ねぇ、お昼ご飯は? 食べてきたの?」

優馬   「うぅん。何か適当にって言われてるから、ラーメンでも作ろうかと思って」

麻央   「じゃあ私作ってあげる。私もお腹すいちゃったしさ。
      あ、冷蔵庫のもの使っちゃって平気?」

優馬   「平気平気」

麻央   「じゃあ優馬が着替えてる間にさくっと作っちゃうね!」


(間)


優馬   「おおっ、美味そう!」

麻央   「どーせあんたが作ると、麺だけ、とか、卵落としただけ、とかなんでしょ?」

優馬   「ははは正解」

麻央   「しっかりしなさいよね。今の時代、男も料理くらいできないと!」

優馬   「うーん、そのうち覚えるよ」

麻央   「それ絶対やらないパターン」

優馬   「やるって!
      ほら食おうよ、のびるから!」

麻央   「はいはい。いただきまーす」

優馬   「いただきます! (食べて)うん、美味い。
      姉ちゃんのラーメン、久しぶりだけど……変わってないなあ」

麻央   「……え、覚えてるの?」

優馬   「昔よく作ってくれてただろ」

麻央   「うん、そうだね」

優馬   「ちゃんと覚えてるよ。あの日だって、最後に一緒にラーメン食べたんだし」

麻央   「……そうだったね。もう、5年前か……」

優馬   「ひどいよなー。
      忙しいのはわかるけど、夏も年末も一回も帰ってこないし」
    
麻央   「うん……ごめんね」

優馬   「どうしてずっと帰ってこなかったんだよ」

麻央   「忙しかったから……」

優馬   「5年間一回も帰れないくらい?」

麻央   「……色々あったし」

優馬   「何が?」

麻央   「……だから、単純にこの家に帰りたくなかったの。それだけだよ」

優馬   「え……」

麻央   「まだ優馬は小さかったもんね。
      でも今のあんただったらわかるんじゃないの?
      私が家にいたくないって思う理由くらいさ」

優馬   「……俺のせい?」

麻央   「ちょっとなんでそうなるのよ!」

優馬   「突然出来た弟の面倒をみたくなかったから、とか、そういうことなのかと」

麻央   「ばかねぇ!
      そんなんだったら、まずあんたとここまで仲良くなってないでしょ」

優馬   「……うん、そっか」

麻央   「でも……やっぱり、抵抗あったんだよね、お父さんが再婚するってさ」

優馬   「うん……」

麻央   「あんたは小さかったし、私みたいには思わなかったかもしれないけど」

優馬   「俺は実の父親の記憶もないし、父さんができた、ってすんなりだったからな……」

麻央   「だよね。
      けど私はママの記憶あるしさ、
      一緒に暮らせば尚更、ママとは違うところばっか気になっちゃって。
      お母さんがいい人なのはわかってるよ。
      でもやっぱりママとは違うし、お母さんだって私に気をつかってるのわかるし……」

優馬   「うん」

麻央   「お父さんとお母さんと優馬、三人でしっくりくるのよ。
      家族として、ちゃんとハマってるっていうか。
      私だけが異質だなって思ってた」

優馬   「姉ちゃん……」

麻央   「ま、そーゆーことよ」

優馬   「……理由って、本当にそれだけ?」

麻央   「あー、お金がないってのはあったよ。
      大学行きながら劇団にも入ってたし」

優馬   「劇団!? 初耳だけど!!!」

麻央   「帰省代いつも使い込んでたから、お父さんも怒って言わなかったんじゃない?」

優馬   「公演とかしたの?」

麻央   「何回かしたよ。役もらったこともあったし」

優馬   「観に行きたかったなあ」

麻央   「優馬がそこまで演劇続けてるって知ってれば知らせたんだけど」

優馬   「メールも電話も、くれなかったじゃん」

麻央   「あんただって、しなかったじゃない」

優馬   「だって……それは……」

麻央   「あーあ! 昔は姉ちゃん姉ちゃんってものすごーく懐いてくれてたのに!」

優馬   「だからそれは……、ああもう何で俺が悪いみたいに言うんだよ!」

麻央   「あはは! ごめんって」

優馬   「ったく調子いいよなー!
      ……そうだ。よーっし、せっかく帰ってきたんだからな!
      ちょーっと出かけるの付き合ってもらおうか」

麻央   「は!? この暑いのにでかけるの!?」

優馬   「5年前だって、ラーメン一緒に食べた後、出かけたじゃんか」

麻央   「ああ……うん」

優馬   「……あ、何か予定あった?」

麻央   「ないけど」

優馬   「じゃあ行こうか!」

麻央   「う、うん」


(間)


優馬   「でも5年だからなー……そんなに町並みも変わってないだろ」

麻央   「そうだね」

優馬   「ただ、ここは、な」

麻央   「……松本商店、閉まっちゃったんだ」

優馬   「3年くらい前だったかな、確か」

麻央   「そっかー。松本のおばあちゃんはまだ元気?」

優馬   「たぶん。亡くなったって噂は聞いてないよ」

麻央   「コンビニにでもなってればコーラ買えたのにね」

優馬   「もうちょっといくと自販機あるから、そこで買おうか」

麻央   「そうだね」

優馬   「二本? 一本?」

麻央   「一本でいいよ」

優馬   「足りる?」

麻央   「あの時と同じでいいじゃん」

優馬   「うん。じゃあ(財布を出す)」

麻央   「ストーップ! 私が買うってば」

優馬   「ん、ありがとう」

麻央   「で、コーラ買ったあとは、高見台公園だよね」

優馬   「でもその前にさ……」

麻央   「あ、そっか。あの時は、松本商店で懐かしくなって駄菓子買って食べたんだっけ」

優馬   「プチプチ占いチョコな」

麻央   「そうそう! 溶けちゃってて、占いの結果見えなくなっちゃってたよね!?」

優馬   「指、チョコまみれにしながら食べた記憶がある」

麻央   「あれさー、あんたばっかり結果よくなかった?」

優馬   「えー、そうだったっけ?」

麻央   「私が◎だったやつって、宿題とかお稽古とかそういうのばっかだったもん」

優馬   「へー結果気にしてたのかー、くだらないって言ってたくせに」

麻央   「うるさいよ」

優馬   「姉ちゃんって案外可愛いところあるよなー」

麻央   「は!?」

優馬   「あの頃は、ほんと、頼りになる姉貴ってかんじだったけど、
      5年ぶりに会ってみると……やっぱり少し昔とは違うな」

麻央   「どういう意味よ」

優馬   「姉ちゃんなんだけど、姉ちゃんじゃないみたい」

麻央   「失礼ね〜、ちゃんとお姉ちゃんなのに!」

優馬   「はは、ごめんって! ちょ、コーラ振ったら飲めなくなるだろー!」

麻央   「うーるーさーいー!」

優馬   「っやめろってー!」

麻央   「あはは!
      ………あー、懐かしいなー高見台公園ー!」

優馬   「ここは昔からあまり変わってないよ。
      遊具の塗装直したりもしてないし」

麻央   「そうだねー、ちょっとボロくなったかなってくらいだよね。
      あっ、ここのベンチよく座ってたよ。家にいたくなかった時とか」

優馬   「そっか」

麻央   「門限ぎりぎりまでここで時間つぶしてたし」

優馬   「ここで何してたの?」

麻央   「んー、勉強はさすがにできなかったけど、台本読みくらいはしてたよ。
      少しくらい声だしても大丈夫だしさ」

優馬   「そっか……」

麻央   「あれから5年か……。ほんと、いろいろあったなぁ。
      こうやって帰ってくると実感するけど、
      変わったものっていっぱいあるよね……」

優馬   「そうかな。確かに俺は大きくなっただろうけど」

麻央   「うん、背伸びてるし、男らしくなってるし」

優馬   「でもさ、変わらないものだってあるだろ」

麻央   「そう?」

優馬   「変わってないものだって、いっぱいあるよ」

麻央   「あんたは、あの夏の日のまま、ひねくれることなく成長したんだろうね。
      それはわかるよ」

優馬   「なんだよそれ、バカにしてんのか?」

麻央   「誉め言葉だよ。私は変わっちゃったし」

優馬   「別に俺、悪い意味で姉ちゃんが変わったって言ったわけじゃないからな!?」

麻央   「わかってるって。
      そういうことじゃなくて、さ。うん」

優馬   「なんだよ」

麻央   「プチプチ占いチョコでさ、未来、って項目あったけど、
      私、あれ昔っからいっつも×だったんだ。
      あんなの気にしてもしょうがないけど、
      でも最近×ってこういうことかなって思ったりする」

優馬   「え……仕事、うまくいってないの?」

麻央   「そういうわけじゃないんだけど」

優馬   「じゃあどうして?」

麻央   「大学行けて、好きな演劇もできて、就職もできて。
      何不自由なく生活できることが幸せだってことくらい、わかってるよ。
      でも、……なんか息苦しい」

優馬   「もしかして、演劇の道に進みたかった?」

麻央   「どうなのかな、うーん、未練があるのかなぁ……」

優馬   「……そっか」

麻央   「結局私はさ、夢と意地を天秤にかけたようなものなのよ」

優馬   「夢と、意地?」

麻央   「演劇を続けるか、家から離れることを第一に考えるか」

優馬   「演劇を諦めるほど、家が嫌だった?」

麻央   「私奨学金で大学行ったから。
      返済しなきゃいけないし、実家に負担かけるのもよくないでしょ。
      長男のあんただっているんだしさ」

優馬   「就職して、経済的な部分もクリアして、意図的に家から離れてたんだ?」

麻央   「そういうこと。そうやって意地を選択したはいいものの、
      ないものねだりで今の生活が嫌になってるっていう、ただのワガママ。
      ガキっぽいって思うでしょ?
      私はあんたと違ってひねくれて成長しちゃったからさ」

優馬   「ガキっぽいとも、ひねくれてるとも思わない」

麻央   「え?」

優馬   「だって、姉ちゃん帰ってきたじゃん。
      何で今日帰ってきたの?」

麻央   「それは……」

優馬   「姉ちゃんが本当にひねくれてたら、今年の夏に帰ってくるわけないよね」

麻央   「……」

優馬   「5年前のあの日のこと、確かめにきたんだろ?
      俺は忘れてないよ。
      まだ中1だった俺の、初めての告白だったんだから」

麻央   「優馬……」

優馬   「姉ちゃんも覚えてるだろ? あの日ここで、告白したこと」

麻央   「あれは……。告白なんかじゃないでしょ?」

優馬   「俺が告白だって言ってるんだから告白なんだよ」

麻央   「中1の告白なんて告白じゃないでしょ、恋愛ごっこだよ」

優馬   「じゃあ高3の今だったら? まだ恋愛ごっこだって思う?」

麻央   「……」

優馬   「俺が好きなのは、昔から、ずっとずっと、麻央姉ちゃんだけだよ」

麻央   「冷静になりなよ! こんなのおかしいって!
      私たち姉弟なんだよ!?」

優馬   「だから何? 俺は冷静だよ。
      本当の姉弟じゃないんだから、恋愛したって問題ないじゃん。
      両親再婚同士で、お互い連れ子同士。
      血なんて一滴も繋がってないんだから」

麻央   「そうだけど……でも、義理っていったって、姉弟は姉弟でしょ」
 
優馬   「俺のことが気に入らないなら、はっきり断ればいいのに」

麻央   「気に入るとか気に入らないとかの問題じゃなくて」

優馬   「じゃあどんな問題?」

麻央   「……っ、それは」

優馬   「もしかして、俺のことを試してる? 信じられない?
      俺は、あの日のこと、ちゃんと覚えてるよ。
      何て言ったのかも、何て言われたのかも。
      だから、わかる。
      夢を諦めてまで実家に戻りたくなかったのに、
      今、こうやって帰ってきた理由くらいね。
      ……姉ちゃんは、確かめにきたんだ」

麻央   「違う、違う!」

優馬   「何が違うの?
      俺は何度だって言う。本気だって伝わるまで何度だって言ってやるよ。
      『俺は姉ちゃんが……望月麻央さんのことが好きです。
       世界で一番大好きです。俺のお嫁さんになってください』」

麻央   「優馬……」

優馬   「変わってないよ。姉ちゃんの言うとおり、俺は何も変わってない」

麻央   「そうだね……。
      あの時と、おんなじ台詞だね……本当に覚えてたんだ……」

優馬   「こんなしつこい年下男はだめ?
      しつこいから、ちゃんと姉ちゃんが俺を振るまで、好きでいると思うよ」

麻央   「……私、年上だよ」

優馬   「知ってる」

麻央   「お父さんとお母さんが、反対するよ」

優馬   「だったら家を出るよ」

麻央   「誰からも祝福されないよ」

優馬   「それが何?
      周囲の目がそんなに気になるなら、俺が姉ちゃんを連れて逃げてやるよ。
      誰も知らないところで、二人で静かに暮らせれば、それでいい」

麻央   「私が断るとは考えないの?」

優馬   「断られて当然のこと言ってる自覚はあるよ。
      でも、姉ちゃんが言ったんじゃないか。
      せめて結婚できる年になってからもう一回言って、5年後にさ、って」

麻央   「ほんと、よく覚えてるね私が言ったことまで……
      ……まったく……あんたはっ、……っく……ぅっ」(泣き出す)

優馬   「姉ちゃん……?」

麻央   「……っ、ばかなんだからっ」

優馬   「姉ちゃん……なんで泣いてるの?」

麻央   「泣いて、ないっ……」

優馬   「泣いてるだろ!? 俺何か泣かすようなこと言ったか?」

麻央   「ちが……」

優馬   「じゃあ何で!!」

麻央   「……ちゃんと……ちゃんと言ってくれないからっ!」

優馬   「え? 何をだよ?」

麻央   「優馬……、ちゃんと、言ってよっ!!」

優馬   「だから何をだよ!」

麻央   「……ちゃんと、自分の口で、言って! お願いだから!」

優馬   「言ってるじゃないか!!!!」

麻央   「自分の口でちゃんと言わないと、私もう帰っちゃうからね!
      二度と家に帰ってこないからね!?
      止めるなら今なんだからね!!
      だから、お願いだから……目を覚ましてよ!!」

優馬   「は!? 何言ってるんだよ?」

麻央   「わかってる。私が悪かったんだよね?
      ずっと私が帰ってこなかったから。
      でも……私、帰ってきたんだよ。
      もう私を待たなくていいの。こうして帰ってきたんだから。
      だから……病室の、優馬の身体に戻って……」

優馬   「待てよ……何だよ病室って?」

麻央   「優馬は、今、病院にいるんだよ。
      ここにいるはずないんだよ」

優馬   「何言ってるんだよ……どうしちゃったんだよ姉ちゃん、いきなり」

麻央   「あんたは! 一週間前に、熱中症で倒れて、病院に運ばれたの!!」

優馬   「俺が熱中症で…?」

麻央   「嘘なんかじゃないよ……私そんな馬鹿な嘘つかないからね」

優馬   「で、でも…」

麻央   「まだ意識が戻らなくて、ずっと眠ってる。
      もう回復してるはずなのに、原因不明だって。
      お父さんから電話もらって、私病院にも行ったんだから」

優馬   「じゃあ、ここにいる俺は? だって、ずっと一緒にいただろ。
      帰ってきたら姉ちゃんがいて……ラーメン食べて……」

麻央   「そうだよね。ずっと一緒にいたよね。
      優馬がここにいるから、だから身体がずっと眠ってるんだ……」

優馬   「はは、姉ちゃん、何でそんなからかったりするの?
      俺の告白がそんなに迷惑だったのかよ!?」

麻央   「違う!!」

優馬   「俺はちゃんと部活に行ってたし、父さんや母さんとも会話してた!!!
      ちゃんと毎日元気だった!! あるはずないだろそんな漫画みたいなこと!!!」

麻央   「……部活に行って帰ってきて、
      その後は、日が暮れるまで、コーラを飲みながらここに座って。
      夏休みに入ってから、一日も欠かさずにずっとそうしてたって、
      近所の人がそう言ってたって父さんから聞いた。
      わかってるよ! 私を、私のことを待ってたんだよね!?
      だから、倒れてからも、ずっと同じ毎日を過ごし続けた……違う!?」

優馬   「……そ、れは……、つっ、頭、イタイ……」

麻央   「私のことを、待ってたんでしょう?」

優馬   「姉ちゃん……」

麻央   「優馬……」

優馬   「……っ、……そ、う……待ってたんだ。
      ずっと、姉ちゃんを、待ってた……」

麻央   「倒れるまでここにいるなんて……。
      ごめんね、ごめんね。待たせてごめんね。
      ちゃんと来たよ。だから、だからちゃんと聞かせて!
      今私の目の前にいるのは、優馬なんでしょう!? 本当の優馬なんでしょう!?
      だったら身体に戻ってよ!
      戻って、それで。……ちゃんと聞かせてよ!」

優馬   「約束、したから……。ちゃんと、守りたかったんだ。
      いつ姉ちゃんが帰ってきてもいいように、ずっと待ちたかったんだよ。
      あの時、指切りしたじゃないか……」

麻央   「バカだよ……、そんなことの為に……っ、私なんかの為に……!」

優馬   「だって俺にとっては、姉ちゃんと会えるたったひとつの、大切な約束だったんだ……」

麻央   「でも、倒れるまで無理することないじゃない……
      私や、お父さんや、お母さんがどんな気持ちだったか……」

優馬   「……ごめん」

麻央   「ずっと目が覚めなくて、もしかしたら部活に出てるんじゃないかしらーなんて
      お母さん笑ってたけど、まさか本当にそうしてたなんて。
      自分の身体がないことに気付かなかったなんて、それこそありえないんだからバカ」

優馬   「こんなバカな俺は、キライ?」

麻央   「思いっきり怒ってやるから、早く戻ってきなさい」

優馬   「……うん」

麻央   「あと、肝心なことを直接言ってくれないヘタレも、キライだからね!!!」

優馬   「わかってる……直接言ったら、許してくれる?」

麻央   「直接言ってくれたら、……ちゃんと答えるから。
      だから、ちゃんと戻ってきてよ!? わかった!?」

優馬   「うん。わかった。……ごめんね、姉ちゃん」

麻央   「麻央! ……仮にもプロポーズした相手を、姉ちゃんとか呼ぶな!」

優馬   「わかったよ……目が覚めたら、もう一度ちゃんと言う。
      約束するから。
      だから待っててね、麻央」

麻央   「待ってる!
      だからちゃんと戻ってきなさいよ!? 約束したからね?!」

優馬   「大丈夫だって。
      あの日の占いでは俺たち二人とも、恋愛と結婚、◎だったからさ……(すっと消えていく)」

麻央   「優馬……?
      優馬!? 優馬!?
      消えて……、も、戻ったんだよね!? ね!?
      占いの結果までご丁寧に覚えてるとか……そんなんで安心できるかっつーの。
      戻ってこなかったら承知しないからねーーー!      
      ……待ってるからね、バーカ」



(間)

優馬   あの日 俺たちは

麻央   忘れもしない夏を過ごした。

優馬   「俺は姉ちゃんが……望月麻央さんのことが好きです。
      世界で一番大好きです。俺のお嫁さんになってください」








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