曇天トランキライザー 全年齢版

作:早川ふう / 所要時間50分 / 2:0

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2021.09.22
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【登場人物紹介】

西宮 流星(にしみや りゅうせい)

 24歳。新は同じ会社の先輩。身長は新より少し高い。
 普段は真面目で丁寧な口調で話すが、実は思い込みの激しい激情家の一面もある。
 新のことは、入社当初から気になっており、
 仲良くなるうちに恋心を自覚し、気持ちを隠していた。
 今回、誕生日デートを断られなかったことで、我慢できずに告白する。

砂川 新(すながわ あらた)

 26歳。流星は同じ会社の後輩。身長は流星より少し低い。
 普段は少しぶっきらぼうな節もあるが、おだやかな気質。
 新とは先輩後輩の垣根をこえ仲良くしてきたが、
 最近この関係をなくしたくないと思うようになり恋心を自覚していた。
 過去に強姦された経験があり、自己肯定感は皆無。



【配役表】

流星・・・
新・・・



流星 「男の人とした経験、あるんですか」

新  「……あるよ」

流星  あの時、新くんはどんな気持ちで肯定したんだろう。
    どうして俺は、ちゃんと顔を見ておかなかったんだろう。



新  (タイトルコール)曇天トランキライザー



(某駅前)

流星 「あの、砂川さん」

新  「ん、何?」

流星 「こんなこと言ったら、きっと驚くと思うんですけど」

新  「何だよ改まっちゃって」

流星 「俺、どうやら、砂川さんのこと好きみたい、です」

新  「えっ……?」

流星 「あっ、えーっと、その、好きっていうのは、えっと」

新  「ああ、びっくりした。
    いきなり好きみたいとか言うから、恋愛的な意味なのかと思った」

流星 「そ、そうです」

新  「うん?」

流星 「だから、恋愛的な意味で、好きってことで、あってます」

新  「は?」

流星 「でも、やっぱり嫌ですよね、男にこんなこと言われるの」

新  「待って」

流星 「はい」

新  「確認させて」

流星 「はい」

新  「お前、俺のこと、恋愛的な意味で、好きなの?」

流星 「はい、そうです」

新  「ライクじゃなくてフレンドでもなくて、
    リュウが、ガチで恋愛のラブって感情を向けてる相手が、
    あーーー言ってて俺もわけわかんなくなってる。
    とにかく、お前が、俺のことを、好きなの?」

流星 「はい。間違いなく。好きです」

新  「……そっか。わかった、理解した」

流星 「よかったです、伝わって」

新  「うん」

流星 「……」(無言で微笑む)

新  「……え?」

流星 「はい?」

新  「……それだけ?」

流星 「それだけ、というのは?」

新  「だから、その、告白をして、それで終わり?」

流星 「あ、どれだけ好きかとか言った方がいいんですかね」

新  「それは恥ずかしいからいいや」

流星 「そうですか。
    じゃあ、やっぱりあれですか、キモチワルイってことですかね。
    土下座して謝ったら許してもらえますか?」

新  「どうしてそうなる」

流星 「いや、気を悪くさせたんだろうなと……」

新  「そうじゃなくて、ええっと、俺のこと好きなんだよね?」

流星 「はい」

新  「……伝えて、終わり?」

流星 「はい、そのつもりでしたが」

新  「え? なんで?」

流星 「何かまずかったですかね」

新  「そこは……俺が言うのもあれだけど、好きなので付き合いたいですとか、
    そういう申し出がセットでつくんじゃないの?」

流星 「いやそんな付き合いたいだなんて、俺なんかがおこがましい」

新  「おこがましいって……」

流星 「だって、俺男ですし」

新  「知ってるよ。俺だって男だし」

流星 「まぁ、俺が可愛い女の子だったらそれも言ったでしょうけど、
    残念ながら男なので、そういうこと言っても困らせるだけじゃないですか」

新  「うーん……」

流星 「それに砂川さん、女の子にめっちゃ人気あるでしょう」

新  「いや、そんなことはないけど」

流星 「バレンタインに本命チョコをもらったことは?」

新  「ないよ」

流星 「えー? あ、受け取らないスタンスだったりします?」

新  「うん。だって付き合う気ないヤツに貰っても困るだけだろ」

流星 「まぁ、そうかもしれませんが。
    砂川さんは彼女欲しくないんですか?」

新  「それ、お前が言うの?」

流星 「砂川さんには幸せになってほしいので」

新  「……自分が幸せにするとは言わないんだ?」

流星 「え?」

新  「お前、本当に俺のこと好きなの?」

流星 「す、好きです、けど」

新  「じゃあ何で他のヤツと俺が幸せになればいいと思うわけ?」

流星 「……俺を選んでもらえるわけないじゃないですか。男なのに」

新  「男とか女とか重要?」

流星 「いや重要でしょう。ほら、種の保存的な意味でも、男は女と結ばれるべきで」

新  「何だよそれ」

流星 「え……な、何か気に触りましたか?」

新  「男は女と結ばれるべき? じゃあ同性同士が結ばれるのは罪なのか?
    そんなに悪いことなのか?」

流星 「いや、そういうことが、言いたいんじゃないです。
    ごめんなさい、ちょっと嫌な言い方しちゃいましたね俺……」

新  「……リュウはさ、年下だけど、でも年の差とか別に感じたことないし。
    まぁ口調は丁寧すぎるけど、壁みたいにはは思わないっていうか、
    リュウの個性だと思うし、一緒にいて居心地もいい」

流星 「恐縮です」

新  「だから、仕事終わったあとの飲みとか、
    プライベートの遊びの誘いだって、俺、断ったことなかったろ」

流星 「そうですね、ありがたいです」

新  「リュウ、今日、何の日か知ってる?」

流星 「もちろん知ってますよ」

新  「あ、知ってるんだ」

流星 「知らないと思ってたんですか?」

新  「ずいぶん前にそういう話題になった気がしたけど、覚えてると思わなかった」

流星 「その話題になった時には、すでに好きだったので。
    好きな人のデータくらい、ちゃんとインプットしてますよ」

新  「そ、そっか。まぁそれは置いといて。
    俺は、覚えてないと思ってたんだ。
    この年にもなりゃ、誕生日に何かするなんてそんなないだろ。
    誕生日祝うのなんて、いいとこ中学生の頃までじゃないか。
    実はここ何年かなんて、いつの間にか過ぎてることも多かった」

流星 「じゃあ尚更、今日、俺と遊ぶことを選んでくれて嬉しいです」

新  「うん。今日、お前が誘ってくれて。
    久しぶりに誕生日が楽しみだったよ。
    ああ、きっと楽しい一日になるなって。
    今日がくるの、俺、楽しみだったんだ」

流星 「砂川さん……」

新  「まぁ会って開口一番告白されるとは思わなかったけど」

流星 「すみません、我慢できなくて。
    お誕生日おめでとうございますって言おうとしたんですけど、
    顔見たらなんか、気持ち溢れちゃいました」

新  「嬉しかったよ」

流星 「え……」

新  「誰かに好きって言われて嬉しかったの、初めてだ」

流星 「……待ってください。それは少しまずい気がします」

新  「何が?」

流星 「そんなこと言われたら、期待しちゃいますよ、俺。
    いいように誤解しちゃうじゃないですか」

新  「誤解なんかじゃないって」

流星 「え、いや、これ以上はさすがに」

新  「俺もリュウのことが好きだよ」

流星 「っ……!」

新  「……こんな道端でこんな話するとは思わなかったけど。
    飾ったり取り繕ってもしょうがないしな。
    こういうのはシンプルな方がいいと思う」

流星 「……」

新  「……リュウ?」

流星 「……」

新  「流星? おーい」

流星 「ああ、そっか。わかりましたよ。
    あくまで職場の後輩として。
    よくてお友達という意味ですよね。
    ライクでフレンドという意味で、好き」

新  「怒るぞ。お前と同じラブだ、言わせんな」

流星 「なっ、えっ……ゆめか、これは、夢か!」

新  「は?」

流星 「そうだよな、そうに決まってる。
    こんな自分に都合のいい展開が起こるわけがない」

新  「リュウ、戻って来い。夢じゃないから」

流星 「今日は砂川さんと出かけるのに。
    寝坊して遅刻したら大変だ、早く起きなきゃ!」

新  「馬鹿野郎。ちゃんと現実だから安心してくれ」

流星 「砂川さん」

新  「なに」

流星 「夢じゃないんですか」

新  「そう言ってる」

流星 「現実なんですか」

新  「だからそうだってば」

流星 「砂川さん」

新  「しつこい!」

流星 「抱きしめてもいいですかっ」

新  「…………するなら人目のない場所でしてくれ。
    俺は結構恥ずかしがり屋なんだよ」

流星 「はいっ、わかりましたっ」

新  「……で、どうする」

流星 「どうするとは?」

新  「付き合うの? 付き合わないの?」

流星 「つ、付き合っていただけるのでしたら、是非おっお願いしますっ!」

新  「……うん。じゃあ、今日から恋人同士」

流星 「はいっ!」

新  「じゃあ俺は今日恋人に誕生日を祝ってもらえるってことだよな」    

流星 「そうですね、精一杯お祝いします」

新  「初めてだ、こういうの。
    やばいな、テンションおかしくなりそう」

流星 「う、うまくできなかったらごめんなさい」

新  「馬鹿。いいんだよ別に。リュウといればそれだけで楽しいからさ」

流星 「は、はいっ。
    あの、お誕生日、本当におめでとうございます」

新  「ありがとう」

流星 「へへ……」



新   これだけだったら、普通の、
    ちょっと不格好な始まり方をした、初々しいカップルなんだろう。
    正直、迷いがなかったわけじゃない。
    気持ちを突っぱねることだって、できなくはなかった。
    でも、……あまりにもリュウがまっすぐだったから……俺も、夢を見たくなったんだ。
    夢のような誕生日が終われば、現実が戻ってくるのはわかっていた。
    その後押し寄せてくるのは不安、そして、……。

(間)
(付き合って一か月後。新が流星の部屋に泊まりに来ている)


流星 「新くん?」

新  「ん?」

流星 「どうかしたんですか」

新  「別に。どうして?」

流星 「何か、考えてるみたいだったから。気のせいだったらいいんですけど」

新  「そりゃ俺だって考え事くらいするよ」

流星 「いや、その」

新  「なに」

流星 「ごめんなさい、気を悪くさせちゃいましたか」

新  「大丈夫」

流星 「俺、うざいですか」

新  「そんなことないから」

流星 「もしかして、新くんって呼ばれるの、嫌ですか?」

新  「嫌なわけあるか、恋人なのに」

流星 「でも、じゃあ、どうして」

新  「あのさ、そんなに俺に気を遣うなって」

流星 「……好きな人に、嫌われたくないですから」

新  「簡単に嫌いになるような中途半端な気持ちだと思ってる?」

流星 「ごめんなさい。
    あんまり自分に自信がある方じゃないから、
    どうしても不安になっちゃうんですよね」

新  「不安になんてならなくていい。
    俺がリュウを嫌いになることなんて絶対ないよ」

流星 「こ、殺し文句ですね。そう言ってもらえるの、すごく嬉しいですけど、
    やっぱりどこで嫌われるかわからないから」

新  「もし、嫌いになるとしたら、たぶんリュウの方からだと思う」

流星 「え!? いやいや、ありえない!!
    俺がどんな気持ちで告白したと思ってるんですか!!」

新  「うん……」

流星 「……新くん?」

新  「リュウ……好きだよ」

流星 「え……あ、お、俺も、です」

新  「ちゃんと言えって」

流星 「好きですよ、新くん」

新  「リュウってほんと可愛いな」

流星 「もう! そうやってからかうんですからひどいなあ」

新  「からかってないって。めっちゃマジ」

流星 「お、俺なんか可愛いわけないでしょう。眼科行きます?」

新  「俺、視力めっちゃいいよ」

流星 「え、それはうらやましいです。俺はそろそろ眼鏡作ろうかと思ってるんで」

新  「リュウ眼鏡似合いそうだな」

流星 「え、そう思います? 嬉しい。
    じゃあ、よかったら眼鏡選んでくださいよ」

新  「おう、いいよ。来週にでも行こうか」

流星 「やった、約束ですよ」

新  「わかった」

流星 「……新くん、明日って、早いですか?」

新  「あー、まぁいつもどおりだけど」

流星 「じゃあ、そろそろ寝なきゃですよね?」

新  「うーん、そんな時間ではあるよなあ」

流星 「……ですよね。寝ましょうか」

新  「おう」

流星 「目覚ましセットしときますねー」

新  「……あのさリュウ」

流星 「はい?」

新  「何も、しなくていいの?」

流星 「え?」

新  「ハグはするし、たまに手も繋ぐし、リュウがいいならそれでいいけど、
    ……それ以上のこととか、する気はないの?」

流星 「そ、それは……その……」

新  「俺らもいい大人だし、溜まるもんだって溜まるだろう?」

流星 「そう、ですけど、……なんかそんな言い方されると、その……」

新  「……リュウは、俺と一緒にいるだけで満足するタイプ?」

流星 「……そりゃあ俺だって、……」

新  「あ、違うんだな」

流星 「俺も男ですから」

新  「奇遇だな、俺もだ」

流星 「ふふ、……じゃあ……キスしてもいいですか?」

新  「……おやすみのキス?」

流星 「そうですね」

新  「いいよ」

流星 「めっちゃ緊張します」

新  「言うなよ、俺まで緊張してくるだろ」

流星 「(軽く口づけて)……おやすみなさい新くん」

新  「……そこは好きって言うところだ馬鹿」

流星 「ごめんなさい。大好きですよ」

新  「……俺も大好きだよ」

流星 「電気消しますね。……おやすみなさい」

新  「……おやすみ」



新   不格好な始まりで、不器用にキスをして、ゆっくりと恋を育んでいく。
    きっとこれは、普通の恋だ。
    でも軽く触れられただけの唇から全身に熱がまわってゆく。
    ああ、俺は相変わらずだ。
    わかっていたはずじゃないか、俺なんかに普通の恋はもったいないって。

(間)
(付き合って二か月後のデート)


流星 「へへ……」

新  「どうしたんだよ、にやけて」

流星 「もうすぐ付き合って二ヶ月だなあと思って」

新  「ああ、確かに。でもそんな感じしないな」

流星 「え、そうですか?」

新  「もっとずっと昔から一緒にいたような気がする」

流星 「でもほら、変わりましたよ、色々。
    俺の家には、新くんのものがいっぱい増えましたし、
    俺は、新くんに選んでもらった眼鏡をかけるようにもなりましたし」

新  「うん、男前に磨きがかかった」

流星 「えーそれ本気で言ってます?」

新  「選んだ俺が言うのもあれだけど、似合ってる。かっこいいよ」

流星 「ありがとうございます」

新  「……二ヶ月で変わったものもあるけどさ、
    なんていうか、関係性っていうか、うーん、うまい言葉が出てこないな」

流星 「まぁ確かに職場の先輩後輩としては、
    もっと長い時間を過ごしてきましたからねえ」

新  「いや、そういうのじゃなくて。
    それくらいリュウと一緒にいるのはしっくりきてるってことが言いたかった」

流星 「う、嬉しいです。
    どうしたんですか、そんなこと言ってくれるなんて」

新  「別にどうもしないって。思ったことを言っただけ」

流星 「……俺は、毎日が夢みたいですよ」

新  「そうなの?」

流星 「こんなふうに一緒にいられるなんて、思ってなかったですし」

新  「休みのたびに出かけたり、
    家に遊びに行ったり、酒を飲んだりしてるけど、
    それは付き合う前もしてただろう。
    そう考えると、そこまで特別なことしてないけどな」

流星 「でも、手を繋いだときのあったかさや、ハグして安心したりとか、
    キスしてどきどきしたりって、やっぱ特別な日常だと思います」

新  「中学生みたいだな」

流星 「すみません、俺、子供っぽいですか?」

新  「いいんじゃないの。そこもリュウのいいところだろ」

流星 「嫌だったら言ってくださいね」

新  「嫌なわけあるか。
    あー、でも……考えることはあるよ」

流星 「え? 何をですか?」

新  「付き合い始めて、手を繋いだり、ハグするようになって、
    一ヶ月でキスするようになった。
    じゃあ二ヶ月ではどうなるかなって」

流星 「ど、ど、どうって……」

新  「意味わからないわけじゃないだろ?」

流星 「……意地悪ですね」

新  「え、あれ、おい。リュウ、お前目潤んでない?」

流星 「気のせいです」

新  「どうして泣くんだよ」

流星 「……泣いてないです」

新  「やっぱり、俺のこと嫌になってるんじゃないのか。
    無理してるなら、言ってくれ」

流星 「なんでそんな俺みたいなこと言うんですか。
    こんなに好きなのに、嫌になるはずないでしょう」

新  「……うん」

流星 「そんなこと言うと、押し倒しちゃいますよ」

新  「え……」

流星 「我慢してるんです、これでも」

新  「なんで?」

流星 「え?」

新  「我慢なんてしなくてもいいだろ。付き合ってるのに」

流星 「いや、でも、大事にしたいですし」

新  「押し倒すと大事にしてないってことになるのか?」

流星 「そういうことじゃなくて。だって。え。どうしたんですか、いきなり」

新  「リュウは、初めてキスした時もあまり積極的じゃなかっただろ、
    だから、やっぱり俺とそういうことする気がおきないのかなって考えてたんだ」

流星 「そんなわけないでしょう!
    俺、すごく我慢してたんですから!」

新  「だからどうして我慢するんだよ」

流星 「だ、だって……わからないから……!」

新  「え?」

流星 「男の人と付き合うなんて初めてだし、
    そ、そういう、ことの知識も、恥ずかしながら全然なくて。
    でも調べてもよくわからなかったし、
    わからないままして、新くんのこと傷つけたくなかったから……」

新  「もしかして、やり方、調べたの?」

流星 「検索はしましたけど、よくわかりませんでした」

新  「……そっか。俺としたいって思ってくれてたんだ」

流星 「思ってましたよ。だから、我慢してたんです、ずっと」

新  「そっか。……じゃあ、しようか」

流星 「え!? お、俺の話聞いてました!?」

新  「聞いてたよ。
    だから我慢しなくていいからしよう、って言ってるだけなんだけどな」

流星 「え……」

新  「……リュウは、俺のこと押し倒したいんだよな?
    俺に押し倒されたい、じゃなくて」

流星 「あ、え、はい、あ、新くんは、どっちがいいんですか」

新  「どっちでもいいよ。リュウとだったら」

流星 「……そ、そういうものですか?」

新  「俺はそうってだけ。で、リュウはどうなの?」

流星 「俺は、新くんを、押し倒したい、です」

新  「わかった。じゃあホテル行こうか?」

流星 「えっ」

新  「俺の家でもいいけど、どっちがいい?」

流星 「……あの」

新  「ん?」

流星 「変なこと、訊きますけど」

新  「うん」

流星 「男の人とした経験、あるんですか」

新  「……あるよ」

流星 「恋人が、いたんですか」

新  「いや、そういうわけじゃ、なかったけど」

流星 「……最後に男の人としたのって、いつですか」

新  「……五年以上前かな」

流星 「そう、なんですね」

新  「ごめん、黙ってて」

流星 「いえ……」

新  「……やっぱりやめとくか?」

流星 「え?」

新  「もし気が乗らないなら、無理しなくていいよ。
    今日はもう帰ってもいいし」

流星 「帰るわけないじゃないですか」

新  「そ、そうか」

流星 「あの、男同士でもホテルって入れるものなんですか?」

新  「ああ、それは全然平気。
    じゃあホテルにしよう。
    ここらへんにあったかな、検索してみるわ」

流星 「はい……」

(ラブホテルの一室)

流星 「わー……広い……」

新  「スイートタイプだとこんなもんだよ。
    ……何か飲むか?」

流星 「いえ、大丈夫です」

新  「ウェルカムドリンクでジュース飲めるホテルもあるんだけど、
    ここは水だけっぽいなー。
    コーヒーと紅茶と緑茶はあるけどお湯沸かさないとだし。
    有料だけど、コーラと、ビールとチューハイはある。
    飲みたくなったら好きに飲んで」

流星 「あ、はい」

新  「リュウ、トイレ使う?」

流星 「え、いや、今は大丈夫ですけど」

新  「そっか。じゃあ、俺準備してくる。トイレと風呂使うから」

流星 「あ、はい」

新  「ちょっと恥ずかしいから、大音量で何か観てろ。
    えーっと……あ、AV観たい?」

流星 「そんなわけないでしょう」

新  「そっか。うーん……どれ観る?」

流星 「映画なんて観れるんですね」

新  「まぁゆっくり選べばいいよ。
    音大きくしとくからな。何か観とけよ。絶対に観とけよ。音量下げんなよ」

流星 「わかりました」

新  「……行ってくる」



流星  新くんは、誰とこういうところに来たんだろう。
    こんなこと考えたってろくなことにならない。
    でも考え出すと、止まらなくなる。
    恋人じゃないって言ってた。
    でも、好きな人じゃないとは言わなかった。
    もしかしたら片思いだったのかもしれない。
    その誰かを好きだったのかな。
    苦しいな。
    その誰かよりも俺のこと好きになってもらえてるのかな。
    そんな自信なんて全然ないけど。
    でも、新くんは、俺のこと好きだって言ってくれたから。
    それは信じなきゃ。でも。でも。
    新くんは、誰かと、したことがあるんだ。
    全然慣れてない俺として、つまらなくないかな。
    がっかりさせてしまうんじゃないかな。



新  「お待たせ」

流星 「わっ」

新  「あれ、寝てた?」

流星 「いえ、起きてましたよ」

新  「……この映画観てたのか。好きなの?」

流星 「あ、いや、観たことなかったから選んだんですけど」

新  「ふぅん。俺も観たことないや。面白い?」

流星 「あ、よくわからないです」

新  「なんだそりゃ」

流星 「す、すみません」

新  「リュウは風呂入る?」

流星 「あっ、俺も先に入った方がいいものなんですかね……?」

新  「いや別に、気にしないならそれでいいと思う。
    こういうのに正解とかないから、そんなにびくびくしなくても」

流星 「いや、でも。うーん。なんていうか。
    新くん、余裕ありすぎて、俺ばっかり緊張してるの、かっこわるくて恥ずかしい」

新  「余裕なんて、あるわけじゃないよ」

流星 「でも……」

新  「俺もめっちゃ緊張してるんだ。手、ほら」

流星 「あ……」

新  「わかるだろ。ちょっと震えてる」

流星 「新くん……」

新  「あ、それ」

流星 「え?」

新  「俺、リュウに名前呼ばれるの、好きだよ。
    すごくほっとするんだ。
    恋人になれたから、この安心感を知ることができたんだな」

流星 「そう、ですか」

新  「もっと呼んでよ。そしたら俺、きっともっと幸せになれる」

流星 「……新くん」

新  「リュウ……」

流星 「……こんな時になんなんですけど、
    服って、先に脱がせて、いいものですか?」

新  「訊くなよ」

流星 「……わからなくてごめんなさい」

新  「謝ることでもない」

流星 「慣れてなくて、ほんとごめんなさい」

新  「あのさ、俺はリュウとしたいんだ。
    こういうことに慣れてる誰かとしたいわけじゃない」

流星 「……誰か、って」

新  「え?」

流星 「いえ、何でもないです」

新  「……ほんと、何も考えずに好きにしてくれていいんだ。
    俺、きっと、リュウにだったら、何されても、全部感じるから」

流星 「はは、そんな嬉しいこと言われたら、調子に乗って色んなことしちゃいますよ」

新  「たとえば?」

流星 「それは内緒にしておきます」

新  「……何してもいいよ」

流星 「え?」

新  「リュウが俺にしたいって思ってくれることなら、何だってしていい」

流星 「……縛ったりとかでも?」

新  「えっ……」

流星 「そういうことでもいいんですか」

新  「縛りたい、のか?」

流星 「……俺だけのものにしたいですから」

新  「……そういう意味なら、縛っても、いいよ」

流星 「そうですか。じゃあ遠慮なく。
    ベルトで縛れるものですか?」

新  「ベルト、どんなやつ?」

流星 「普通の、スライドするやつですけど」

新  「それなら平気」

流星 「何か関係あるんですか?」

新  「スライド式のベルトだと、少しくらい動いてもはずれないんだ」

流星 「そうなんですか。勉強になります」

新  「……」

流星 「新くんは、色んなプレイの経験があるんですね」

新  「それは……」

流星 「もしかして、こういうことも、きっと平気なんじゃないですか?」

新  「な、に」

流星 「暴れないでくださいね」(シャツで新の目を塞ぐ)

新  「あ……俺リュウのこと見えなくなるのは、いやだ」

流星 「俺がしたいならいいって今言ったばかりですよね?」

新  「そうだけど」

流星 「じゃあ、あとから萎えるようなこと言わないでください」

新  「……ごめん」

流星 「ああ、なんだ。嫌って言うのも含めてプレイのつもりですか?
    興奮してるんでしょう。勃ってますよ」

新  「ッ……ちがう、俺、ほんとに」

流星 「(平手して)うるさいです」

新  「ぁ……」

流星 「怪我したくなかったら、黙っててください」

新  「っ……」

流星 「……それとも口も塞がれたいんですか?」

新  「えっ」

流星 「そうなんですね」

新  「違う! そんな、やだ、キスもできないなんて」

流星 「うるさいって言ったはずですけど。また殴られたいですか?
    ああ、そっか。
    恋人でもない相手と、殴られるプレイも経験済みですか?
    そういうことも好きだったりします?」

新  「そんなことっ」

流星 「(無言で平手)」

新  「……」

流星 「足、開いて」

新  「……っ」

流星 「できないんですか?
    好きにしていいんですよね?
    何をしたっていいんじゃなかったんですか?」

新  「そう、だけど」

流星 「……震えてますね。どうかしたんですか?
    ああ、これもプレイですか?」

新  「ちがう、ちがうんだ、まって、目隠しだけでもとって」

流星 「どうしてですか?」

新  「……おねが、い、……っ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ」

(息が荒くなり、過呼吸を起こす新)

流星 「新くん!?」

新  「あ、はぁはぁはぁはぁはぁ、うっ、ぐ、あ、はぁ、げほっ、ごほっ」

流星 「新くん!!!」


(間)


流星 「……新くん、新くん」

新  「ん……、リュウ……?」

流星 「……大丈夫ですか、水飲みますか?」

新  「うん、飲む」

流星 「起きられます?」

新  「今は、無理、かも。飲ませてくれる?」

流星 「口移しでですか?」

新  「いいな、してくれるの?」

流星 「いいですよ」(水を含んで、口移しで飲ませていく)

新  「ん……、(水を飲んで)おいしい」

流星 「よかったです」

新  「ごめん、できなくて」

流星 「なんで謝るんですか」

新  「過呼吸、びっくりしたろ、別に、たいしたことはないんだ。
    せっかくホテルまできたのに、ほんとごめん。
    次は、ちゃんと、するから、ごめん」

流星 「悪いのは俺じゃないですか。
    新くんが嫌がるようなことをしたからでしょう!?」

新  「違う。リュウは何も悪くない。
    リュウが抱きたいように抱いてよかったんだ。
    俺がそう言っただろ、そうされたかったんだ。
    だから、悪いのは、できなかった俺の方」

流星 「でも、本当は嫌だったんでしょう?
    縛るのも、目を塞ぐのも。
    だったら怒ってよかったんですよ。
    ちょっと、嫉妬でいっぱいいっぱいになっちゃって、
    ほんと、ひどいことしました、怒ってください」

新  「悪いのは俺だし、別に怒ることなんてないんだけど」

流星 「俺の気がすみません」

新  「じゃあ、キスして」

流星 「……はい。(軽く口づける)」

新  「ん……リュウ、好きだよ」

流星 「俺も好きです……」

新  「……あのさ。俺が昔男としたことあるって言ったから、嫉妬したのか?」

流星 「……はい。
    恋人じゃないって言ってましたけど、
    ……新くんはその人のこと、好きだったのかなって勝手に想像しちゃって」

新  「好きになんかなるわけない」

流星 「え?」

新  「リュウが嫉妬する価値すらない相手だ」

流星 「えぇ?」

新  「知らない男達なんだよ」

流星 「は?」

新  「名前も、年も、何も知らないし、もう顔も覚えてない」

流星 「えっ、そ、それ、どういうことですか」

新  「昔、夜道で集団に捕まって、車押し込まれて、何人かでマワされた。
    写真撮られて……しばらく、そいつらが飽きるまで、玩具になってた」

流星 「……っ」

新  「ごめんな」

流星 「どうして謝るんですか。
    むしろ、俺が謝らなきゃ。俺はさっき、本当にひどいことを」

新  「俺がしてほしかったんだから、それはいいんだって」

流星 「でも過呼吸になったのって、つらい記憶思い出したからなんでしょう!?
    俺がそいつらと同じことをしたから!」

新  「リュウはそいつらとは違うっ!
    キスしてくれたし、名前だって呼んでくれた!」

流星 「でも、俺は新くんのこと叩いたし、縛ったし、泣かせました!
    そいつらと何が違うんですかっ……」

新  「全然違う。全然同じなんかじゃない。
    俺の嬉しかった気持ちまで否定するな!」

流星 「どうして、こんな俺のこと庇うんですか?」

新  「庇ってるわけじゃない。
    ……俺が、汚いだけだ」

流星 「え?」

新  「怖かったよ。最初は殺されるのかと思った。
    ……でも、俺は、俺の身体は、犯されて悦んでた。
    女の子にそこまで興味なかったの、気にしたことなかったけど、
    ああ、俺は男にこうされたかったからなのかって、妙に納得して。
    ……警察に行くことだってできたんだ。
    でも俺は、そいつらに従うことの方を選んだ」

流星 「それは、それは違いますよ新くん」

新  「違くなんかない。
    男に無理矢理犯されても感じるぐらいだ、
    ほんとどうしようもないんだよ、俺の身体」

流星 「ごめんなさい、新くんの古傷を思いっきり抉ったんですね俺」

新  「抉ってない。俺が汚いだけなんだって」

流星 「違いますよ、違います、絶対違います」

新  「本当に、平気なんだ。
    今日は、久々だったから、うまくできなかったけど、
    こんなことぐらい、いくらだってしてきたんだよ!」

流星 「新くん!」

新  「汚くてごめん。本当にごめん。
    こんなの嫌だよな、わかってる、わかってるんだ。
    だから黙ってた、俺はずるい、本当にごめん。
    軽蔑して当たり前だし、これで終わりになっても、当たり前だと思う。
    別に、それでお前のこと責めたりしないし、ストーカーとかする気もないし」

流星 「いい加減にしてください!!」
    
新  「っ……」

流星 「何馬鹿なことばっかり言ってるんですか。
    いい加減、俺の話もちゃんと聞いてください!」

新  「(深呼吸して)わかった」

流星 「まず一番最初に言っておきます。
    俺は、今日で終わりにする気なんて、まったくないです」

新  「……え」

流星 「もう一度言います。
    終わりにする気なんて、まったくないです。
    新くんが、今日俺がしたことを赦してくれるなら、
    俺は、新くんとずっと一緒にいたいです。
    新くんのことが、大好きですから」

新  「……本当に?」

流星 「本当です。新くんは?
    あんなことしてしまった俺のこと、まだ好きでいてくれますか?」

新  「好きだよ。当たり前じゃないか」

流星 「よかった」

新  「……大好きだよ。こんな俺だけど、リュウと一緒にいたいんだ」

流星 「一緒にいましょう。
    俺も、新くんとずっと一緒にいたいです。
    だから俺が言うこと、ちゃんと聞いてくださいね。
    新くんは、汚れてなんかいません」

新  「何言ってるんだ」

流星 「汚れてなんかいません。絶対です。
    新くんの身体は、汚れてなんかいません!」

新  「…………ありがとう。
    でも、それは、あの時の俺を知らないから言えるんだ」

流星 「違いますよ、俺聞いたことがあるんです。
    人間って、極限状態になった時、自分の命を守るために、
    身体が自分の意思とは関係なく、その場に適応するって」

新  「え……?」

流星 「殺されるのかと思ったって言ってたじゃないですか。
    そういうことですよ。
    身体がちゃんと自分のこと守ろうとしたんです」

新  「でも、俺は、」

流星 「新くんは汚れたわけじゃありません。闘っただけです。
    無事で本当によかったです。
    今、一緒にいられて、俺は幸せです」

新  「リュウ……」

流星 「新くんは、綺麗です。
    世界で一番、綺麗です。
    俺なんかが触っちゃいけないんじゃないかって思うくらい、綺麗です」

新  「そんなことあるわけないだろ……」

流星 「本当に綺麗なんです」

新  「だから俺は綺麗なんかじゃないって」

流星 「綺麗です。誰が何と言おうと、俺が綺麗だと思うならいいでしょう?
    これからは、俺だけが触るんですから、
    俺の気持ちを尊重してください」

新  「……触って、くれるのか」

流星 「もちろんです。
    情けないですけど、今日のこれは後日ちゃんとやり直させてくださいね。
    今度は、ちゃんと優しくしますから」

新  「……俺は汚いのに」

流星 「いい加減覚えてください。新くんは綺麗です」

新  「……」

流星 「あと、汚いって俺のことを言うんですからね。
    自分が嫉妬に狂うとあんなにどす黒くなるんだ、って初めて知りました。
    だから、俺が新くんを汚してしまうかもしれない」

新  「もし、そうだとしても、いいよ」

流星 「え?」

新  「リュウに染まれるなら、何色になってもいい」

流星 「新くん……。
    ……じゃあ、俺と一緒に汚れてくれますか?」

新  「うん……!」



流星  こんなにひどいことをしてしまった自分が、新くんを救えるとは思わない。
    それでも、愛おしく思う気持ちは止められない。

新   こんなに汚い自分が、リュウのそばにいていいなんて、やっぱり今も思えない。
    それでも、愛おしく思う気持ちは止められない。

流星  今はただ、少しでも長く……

新   共にいられるよう祈るだけ……





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