Take My Breath Away

作:早川ふう / 所要時間20分 / 2:0

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2023.02.19


【登場人物紹介】

ライアン
 ゲイバーの客。ダニエルに一目惚れをして声をかける。
 趣味はジョギング。ミステリードラマも好き。
 酒はそこそこ飲めるが、酔いすぎると次の日記憶をなくすタイプ。
 人のいい性格が災いして、事件に巻き込まれることになる。

ダニエル
 ゲイバーの客。最近近所に引っ越してきたばかり。
 仕事が非番なので、酒を飲みに店にやってきていた。
 趣味はミステリー全般。読書やテレビ・映画鑑賞まで幅広く愛する。
 ライアンと出会ったことで、仕事場に戻ることになる。



【配役表】

ライアン・・・
ダニエル・・・



(ゲイバーのカウンター席の端に座っているダニエルに声をかけるライアン)

ライアン 「やあ」

ダニエル 「……どうも」

ライアン 「一人?」

ダニエル 「まぁね」

ライアン 「あー、もしかして警戒してる?」

ダニエル 「いやそういうわけじゃない。気を悪くさせたならすまない、人見知りなだけだよ」

ライアン 「そう、嬉しいな。俺と一緒だ」

ダニエル 「本当?」

ライアン 「だからあまり身構えないでほしい。
      俺には無理強いする趣味もないよ」

ダニエル 「んー、さすがに言葉だけじゃすぐに信用は難しいかなあ」

ライアン 「確かにそうだね。ある程度の自衛は大事だと思うよ」

ダニエル 「わかってくれて嬉しい」

ライアン 「隣に座っても?」

ダニエル 「どうぞ」

ライアン 「ありがとう。……いやぁ柄にもなく緊張してる」

ダニエル 「どうして?」

ライアン 「俺も人見知りだって言ったじゃないか」

ダニエル 「ああ、そうだったね。
      てっきり俺の顔がタイプすぎて緊張してるのかと思った」

ライアン 「はは、ストレートに言うね、でも実はその通りなんだ」

ダニエル 「待って。今のはジョークだ」

ライアン 「いやいや、本当にタイプなんだよ。
      その証拠に、ここに来て一時間、俺は君に声をかけるタイミングをずっと窺ってた」

ダニエル 「まさか」

ライアン 「最初は誰かと待ち合わせかと思って遠慮してたんだ。
      でも君の連れより俺の方がいい男かもしれないし、諦めがつかなくてね」

ダニエル 「大した自信だね」

ライアン 「だって俺のタイプが服を着て目の前で酒を飲んでいるんだ。
      ここで声をかけなきゃ一生後悔する」

ダニエル 「君、面白いってよく言われない?」

ライアン 「まさか、言われたことないよ」

ダニエル 「ふふ、名前を聞いても?」

ライアン 「ライアンだ。君は?」

ダニエル 「ダニエル」

ライアン 「ダニエル……信心深い美青年ね、君にぴったりの名前じゃないか」

ダニエル 「口がうまいな、プレイボーイなんだね」

ライアン 「誤解しないでくれ、いつもこういうわけじゃない」

ダニエル 「そう?」

ライアン 「俺の名前がそう言ってるだろう」

ダニエル 「ライアンが……どうしたって?」

ライアン 「意味を知らない? 小さな王」

ダニエル 「それは知ってるけど」

ライアン 「俺の場合は、その頭に『気の』ってつくんだ」

ダニエル 「ふはっ、気の小さな王? なにそれ」

ライアン 「んー笑顔もキュートだ、素敵だよ」

ダニエル 「どうも」

ライアン 「……褒められるのは嫌い?」

ダニエル 「得意じゃないね。真意がわからなくて混乱するから」

ライアン 「繊細なんだ」

ダニエル 「鈍感の間違いだろ。俺は人の心の裏を読むのが苦手なだけだ」

ライアン 「俺は嘘がつけないから、俺の言葉はそのまま受け取ってくれると嬉しいよ」

ダニエル 「まぁ、そのうちにね」

ライアン 「じゃあ、まずは当たり障りのない話から始めようか」

ダニエル 「たとえば?」

ライアン 「趣味の話」

ダニエル 「いいね。どうぞ」

ライアン 「俺は朝のジョギングが趣味なんだ。音楽を聴きながら近所をぐるっと走ってるよ」

ダニエル 「どんな曲を聴くんだい?」

ライアン 「最近は……君テレビは観る?
      笑わない検察官シリーズのドラマ、わかるかな。
      その主題歌をよく聴いてる」

ダニエル 「ああ、今シーズン3がやってるよね。
      俺は読書が好きで、ミステリーには目がないんだ。
      だからドラマも、ミステリーならよく観てる」

ライアン 「そうなんだ、俺も好きだよ。
      ただ活字が苦手だから、もっぱらドラマや映画専門だけどね」

ダニエル 「じゃあ、あれは知ってるかな。
      『最低の恋人は二度振り返る』、ちょっと前に映画がやっていたけど」

ライアン 「知ってる、観たよ。
      でもあれに限っていえば、原作タイトルのままの方がよかったと思うな」

ダニエル 「俺も同意見。原作ファンからすればなかなかに許しがたい改変だった」

ライアン 「噂のシャーロットについてはどう思った?」

ダニエル 「俺はありだと思ったね。
      彼女の設定を変えてくるのは面白いと思った」

ライアン 「ダニエルは許容派なんだね、嬉しいよ。
      俺はシャーロットのようなキャラは大好きなんだけど、
      原作ファンからはかなり叩かれていたじゃないか。
      どうしてなのか、すごく疑問だったんだ。
      原作では全然違う役回りだったとは聞いたんだけど」

ダニエル 「そうだね。原作ではそんなに重要な人物ではなかったよ。
      でも俺はもともと映画としてのスパイスやオリジナリティが欲しいと思う性質でね。
      シャーロット役の俳優の演技はよかったから、叩かれたのは悲しかったな」

ライアン 「気が合って嬉しい」

ダニエル 「俺も素直に嬉しいよ、ライアン。
      実はこういう話ができる友達がいなくてね」

ライアン 「そうなのか。じゃあ俺が、ミステリー友達第一号なんだ」

ダニエル 「一人で読んで世界に浸るのも楽しいけど、
      誰かと語れる楽しさもいいね」

ライアン 「ああ。昔は親父とよく語り合ったものさ」

ダニエル 「今は語らないの?」

ライアン 「事故でね、一年前に」

ダニエル 「ごめん。そうだったのか」

ライアン 「いや、気にしないで。
      親父も映画が好きだったんだ、ミステリーは特に。
      今でも、親父ならどう推理するかなって考えながら作品を観たりするよ」

ダニエル 「仲が良かったんだね」

ライアン 「まぁね」

ダニエル 「どんなお父さんだった?」

ライアン 「親父は……水煙草と珈琲とミステリーをこよなく愛していたかな」

ダニエル 「なんだか、どこぞの名探偵みたいだね」

ライアン 「確かに。案外気取っていたのかもしれない。
      ミーハーだったから」

ダニエル 「そうなんだ」

ライアン 「いいミステリーを読み終わった後には、
      飲めもしないのにバーボンを飲んでたし」

ダニエル 「あ、それはどこぞの刑事の影響?」

ライアン 「たぶんね。ひどく酔って大惨事になるから、世話が大変だったよ」

ダニエル 「面白い人だったんだね」

ライアン 「まぁね。
      ところでダニエル、今特定のパートナーはいる?」

ダニエル 「おっと、風向きが変わったな。
      特定の相手がいたら、こんなところで一人で酒を飲んだりしないと思うよ」

ライアン 「寂しさを紛らわせるには、此処はもってこいの場所だよね。
      よく来るの?」

ダニエル 「今日が初めてだよ。
      先週この街に越してきたばかりなんだ」

ライアン 「初めての店であんなにきつい酒を飲むなんて、危ないなあ」

ダニエル 「基本酒には酔わないから平気さ。
      あれ、どうして俺が飲んでいた酒を知ってるんだい?」

ライアン 「君に声をかけるまでの間、
      バーテンダーにチップを渡して、君と同じ酒を頼んでみたんだ。
      俺がグラスを1杯空にするまでに、君は4杯も飲み干すから驚いたよ」

ダニエル 「君、酒は?」

ライアン 「飲み方を間違えると、次の日記憶がなくなるくらいかな」

ダニエル 「つぶれなくて何よりだ」

ライアン 「同じ酔うなら、酒より君に酔いたいよね」

ダニエル 「なるほど、立派に酔ってるみたいだね、水を頼もう」

ライアン 「必要ないさ。第一、君にだったらもっと酔っていたい」

ダニエル 「明日、この記憶はなくなっているんだろう?
      その口説き文句の消費期限が今日一日って、それはちょっといただけないよ」

ライアン 「安心してくれ、そこまで飲んでいないさ」

ダニエル 「どうだかね」

ライアン 「本当さ。
      知ってる? この店のバーテンダーはキューピッドと兼業なんだ。
      変な酔い方をさせる酒を出したりしないし、
      迷える子羊の背中をそっと押してくれるんだよ」

ダニエル 「でもそのグラスの中身はウィスキーだろう?」

ライアン 「あはは、まぁね。
      でも、気の小さな俺が、君に声をかけた。
      その頑張りだけは認めてほしいんだけどな」

ダニエル 「そうだね、君はよくやったよ」

ライアン 「ありがとう。俺は褒められて伸びるタイプなんだ」

ダニエル 「ご褒美は必要?」

ライアン 「くれるのかい?」

ダニエル 「ものによるかな」

ライアン 「キスは?」

ダニエル 「んー、それはまだおあずけにしておこう」

ライアン 「残念。じゃあハグを」

ダニエル 「オーケー」

ライアン 「(ハグして)……うん、いい香りだ。香水は何を?」

ダニエル 「使ってないよ。柔軟剤かな」

ライアン 「へぇ、メーカーを教えてくれないか、同じものを使いたい」

ダニエル 「そんなに気に入ったのかい?」

ライアン 「それもあるし、好きになった人と同じ香りを纏いたいじゃないか」

ダニエル 「おっとそう来たか。
      ここまで来ると本気で口説かれてる気がしてきたよ」

ライアン 「ショックだな、今まで嘘だと思われてたなんて」

ダニエル 「夜の店で言われる台詞を本気にするほどネンネじゃない」

ライアン 「じゃあ場所を変えれば信じてくれる?
      俺のアパルトマンまでドライブはどうかな?」

ダニエル 「悪いけど、中古車には乗らないことにしてるんだ」

ライアン 「ははは……厳しいね」

ダニエル 「前の持ち主の話や、トラブルが持ち込まれることが多いからね」

ライアン 「確かにそうだ。
      仕方ない、今日はこれで退散しよう」

ダニエル 「今日は、なの?」

ライアン 「君とまた出会えたら、俺はまた声をかけずにいられないだろうからね。
      それとももうこの店には来ないつもり?」

ダニエル 「いや……」

ライアン 「今日は君と出会い、少なからず楽しい時間を過ごせた。
      それだけで俺はじゅうぶんに満足さ。
      またね、ダニエル。いい夜を」

ダニエル 「ありがとう、ライアン」

(間)

(二時間後。店の裏手。アタッシュケースを片手に立っているライアンの背後から、そっとダニエルが銃を突きつける)

ダニエル 「……動くな」

ライアン 「っ……」

ダニエル 「両手を頭の上で組め」

ライアン 「オーケー」

ダニエル 「ブツはそのアタッシュケース?」

ライアン 「ああ」

ダニエル 「中身については?」

ライアン 「俺は何も知らないよ。客が忘れ物を取りに来るから渡してほしいと言われただけなんだ」

ダニエル 「君は運び屋? 売人じゃないのか?」

ライアン 「どちらでもない。
      借りのある相手に頼まれただけなんだよ」

ダニエル 「借りとは?」

ライアン 「一目惚れした相手の情報を貰ったんだ」

ダニエル 「なるほど。バーテンダーか」

ライアン 「何故それを……」

ダニエル 「おいおい。まだわからないのかい?
      いい夜を過ごすどころか、とんだ再会にはなってしまったが」

ライアン 「……まさか、ダニエル?」

ダニエル 「そうだよ、ライアン。
      君と別れてまだ2時間だが、運命の女神は俺たちを引き裂いてしまったようだね」

ライアン 「次に君の方から声をかけてもらえる可能性は、考えていなかったな」

ダニエル 「残念だよ、まさかこんな形で君と再会するなんてね」

ライアン 「……残念と思ってもらえているなら、命乞いでもしてみようかな」

ダニエル 「命乞い?」

ライアン 「俺を殺すんだろう?
      なるべく苦しまないようにしてくれるとありがたいんだが」

ダニエル 「なぜ殺されると思った?」

ライアン 「なぜって……このアタッシュケースの中には何かヤバいもんが入ってるんだろう。
      何かの代金か? それともドラッグ?
      まぁ俺には関係ないけどね。
      ……俺も馬鹿だったな。
      忘れ物をわざわざ店の裏で渡す時点で、警戒するべきだった」

ダニエル 「……驚きだな。君に白の可能性が出てくるなんて」

ライアン 「は?」

ダニエル 「両手はそのまま、ゆっくりこちらを向くんだ」

ライアン 「ああ。……っ、その格好」

ダニエル 「わかったかい? 俺は警察だよ、ライアン」

ライアン 「じゃあ、俺は殺されないのか?」

ダニエル 「君が暴れださない限りはね」

ライアン 「(深い溜息をして)……助かった……」

ダニエル 「こちらダニエル。運び屋が吐いた。バーテンダーを確保だ」

ライアン 「……運び屋じゃないんだけどな」

ダニエル 「こっちの情報じゃそういうことになってたんだ。
      それはおいおい確認するさ」

ライアン 「俺は、逮捕されるのか?」

ダニエル 「持ってちゃいけないものを持ってたからね。
      さすがに無罪放免とはいかないよ」

ライアン 「これから、どうなるんだ」

ダニエル 「とりあえずは署に来てもらう。
      アタッシュケースの中身や、バーテンダーとの関係について話を聞きたい。
      君が証言をしてくれるなら、君の安全も警察が守るし、罪もずいぶんと軽くなる」

ライアン 「わかった。よろしく頼むよ、ダニエル」

ダニエル 「ああ」

ライアン 「……ひとつ訊きたい」

ダニエル 「何?」

ライアン 「君はあの店で、おとり捜査をしていたのかい?」

ダニエル 「いいや。俺は非番の夜を満喫していただけだ。
      ただライアン、君が俺に声をかけ、俺は君とハグまでしただろう。
      さすがに君をマークしていた班から連絡があって、
      俺は制服と銃を取りに戻る羽目になったのさ」

ライアン 「そうか。それは悪いことをしたな」

ダニエル 「悪いと思うなら、次の酒は君のおごりで頼む」

ライアン 「ああ、その時が無事きたら、いくらでも」

ダニエル 「そんなことを言って後悔しない?
      俺は基本酒には酔わないと言ったはずだけど」

ライアン 「そんなの、俺に酔わせればいいだけだろ?」

ダニエル 「……言ってろ馬鹿野郎」

ライアン 「ああ調子に乗りすぎたか。
      命の危機が去って、ハイになっているんだ、許してくれ」

ダニエル 「いきなり銃を突きつけたのは悪かったよ」

ライアン 「寿命が2年は縮んだぞ」

ダニエル 「君が売人という可能性が大いにあったからね。
      一般人に声をかけるようにはいかなかったのさ」

ライアン 「おかげで俺は死を覚悟したんだ」

ダニエル 「覚悟して、何を考えた?」

ライアン 「わかってて聞いてる?」

ダニエル 「まぁね」

ライアン 「最後に一目ダニエルに会いたかったって」

ダニエル 「ふっ、会えただろう?」

ライアン 「本当にな。
      ダニエルに殺されるならそれもいいかとも思ったが、
      まさか警察とはね。
      テンションも迷子になるってもんだ」

ダニエル 「俺たちが情報をつかんでいなかったら、
      本当に殺されていたかもしれないんだ。
      夜の街と店の裏口には、少なからず危機感を持ってくれ」

ライアン 「そうだね……。助けてくれてありがとう」

ダニエル 「運命の女神に感謝しないのか?」

ライアン 「助けてくれたのは君じゃないか、ダニエル」

ダニエル 「まったく君は……」

ライアン 「……長々とすまなかった。足の震えもおさまったよ」

ダニエル 「そりゃあ何よりだ。行こうか」

ライアン 「手錠をかけたりしないのかい?」

ダニエル 「君は逃げたりしないだろう? それとも必要かい?」

ライアン 「どちらでもいいさ。
      だって俺はもうとっくに君の魅力に捕らわれてるからね」

ダニエル 「もう黙ってろ」

ライアン 「そういうときにいい方法があるよ。唇を塞ぐんだ」

ダニエル 「職務中には使えない方法だな」

ライアン 「それは残念」

ダニエル 「……車はこっちだ。署までドライブといこう」

ライアン 「中古車には乗らないんじゃなかったのかい?」

ダニエル 「助手席にはね、運転席はまた別の話さ」

ライアン 「なるほど。
      思ってた形とは違うけど、夢が叶うってわけだ」

ダニエル 「……君のアパルトマンまでじゃないけどね。それはまた今度の話だ」

ライアン 「また今度、があるなんてね……今日はなんてツイてる日なんだろう。
      その時には、キスをおねだりしてもいいのかな?」

ダニエル 「あまり調子に乗るもんじゃないよ」

ライアン 「その今度とやら、楽しみにしているからね、ダーリン」





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