星に願いを

作:早川ふう / 所要時間 5分

利用規約はこちら。少しでも楽しんでいただければ幸いです。2021.07.07.


飲み物を買おうと立ち寄ったスーパーの一角に、
たくさんの短冊を吊るした笹が飾ってあって、思わず立ち止まった。
今日は7月7日、あいにくの雨。
「織姫と彦星会えないね」なんて言っていたのは、小学生までだった。

『彼女と結婚できますように』『彼氏とずっと一緒にいたい』
欲しいものや健康や地位や金銭、平和を望む短冊に紛れて、
恋愛に関しての願い事もなかなか多い。

だがしかし、織姫と彦星が一年に一度会えるこのイベントは、
遠距離恋愛のいいお手本ではない。
そもそも七夕は日本発祥のイベントではなく、
働き者の真面目な男女が、結婚した途端に怠けるようになり、
神様が怒って二人を引き離し、
一年に一度だけ会うのを許可した、という中国の伝説だ。

つまり色ボケで仕事をサボった罰的な話であり、
どこにもロマンチックの要素はない。
それでも、人々は願いを短冊に書き、笹の葉に吊るす。
その枚数は膨大で、神様もいちいち確認できるわけがない。
願いが叶ったためしがなくて当然だ。
神様はサンタクロースではない、つまり叶える義務が存在しない。

織姫と彦星は、一年に一度必ず会うことができる。
だからこそ、残りの364日を頑張ることができるのだ。
それはロマンチックというよりも、極めて現実的なストーリーに思えた。

七夕が雨でも、織姫と彦星には関係ない、と
国語の教師が雑談で話してくれたことがある。
雨で天の川が氾濫しても、カササギの群れが橋となって、
二人は必ず会うことができるらしい。
七夕に降る雨は、会えずに悲しむ織姫と彦星の嘆きの涙だという説もあるけれど、
正直、雨雲よりはるか上空の話なのだから関係ないだろうし、
大体神様が雨ごときで約束を守れないなんて方がおかしい気がする。
とどのつまり織姫と彦星、二人は必ず報われると決まっているんだ。
ご都合主義にもほどがある。
僕達は必ず報われる人生を歩んでいるわけではないから
残念ながらどこにも共感なんてできやしない。


もうずいぶんと君に会えていないよね。
ポケットの携帯を取り出す。通知はない。

頻繁に送ってきていた「寂しい」のスタンプも、もうずいぶんと見ていないし
連絡を取り合うのも、だいぶ間があくようになった自覚はある。
距離というものは残酷だ。
物理的な距離ならまだしも、心にできた距離を埋めるのは難しい。

織姫と彦星は怠けたから引き離された。
それでも一年に一度は必ず会うことができる。
報われるから頑張ることができている。
でも僕らは織姫でも彦星でもない。
一年に一度の逢瀬に満足できるほど僕たちはもう純粋じゃない。
怠けた罰がくだれば、待っているのは別れしかない。
報われる保証もないのに、僕はいったいどう頑張っていけばよかったのだろう。
考える前に行動すればいいとはよく言うけれど、
臆病な僕は、どうしてもためらってしまうんだ。

君とのやりとりの履歴を遡る。
毎日話すことはできなくても、メッセージのやりとりくらいはしよう、
ただそれだけの約束さえ、いつの間にか、忙しさにかまけて守れなくなっていた。
最初の頃は、長文を送り合っていたのにだんだん少なくなっていって
今はスタンプか、一行だけの簡潔な文章。
それでも、君の声が脳内で再生されているよ。
大丈夫、覚えているよ。
大丈夫、気持ちは変わってないんだよ。

離れてどれだけ不安にさせているだろう。
いやむしろもう愛想尽かされているかもしれない。
そう考えるほど怖くなる。
でも伝えなければ、行動しなければ何も変わりはしない。
まだ間に合うだろうか。
今からでも、何か変えられるだろうか。
君を失ったら、僕は絶対に後悔する。
それだけはわかっているから。

頬を濡らすのは涙なんかじゃない。
これはただの催涙雨だ。
また笑顔の君に会えたら僕もまた笑えるよ。
涙を流すのは、終わってからでいい。

星に願いを。
どうか、この気持ちが君に届きますように。
僕は震える指で、通話ボタンを……押した。





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