そうあれかしと月に願ふ

作:早川ふう / 所要時間30分 / 2:0

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2014.05.19.


【登場人物紹介】

秋津(あきつ)
  単細胞激情型の武士。
  大名に仕える家の部屋住みだったが、大名家の姫、楓の護衛として過ごしてきた。
  楓が嫁いだ後には、その任を解かれ、部屋住みに戻る。

風雅(ふうが)
  冷静且つ温厚な武士。
  大名に仕える家の部屋住みだったが、大名家の姫、楓の護衛として過ごしてきた。
  兄の死により家督を継ぎ、長年の働きを認められ楓との祝言を明日に控えている。


※部屋住みとは
 家督のまわってくる見込みのない三男や四男などのこと。
 家は長子相続であり、長男以外はスペアでしかなく、
 特別な仕事(道場を開くなど)がない場合はニートまっしぐらなのです。


【配役表】

秋津・・・
風雅・・・



秋津   「今宵は心なしか月が大きく見えると思わないか、風雅」

風雅   「ん? ……綺麗な月だな、秋津」

秋津   「この分だと、明日も晴れるだろう」

風雅   「ああ、楓様の花嫁衣裳が雨に濡れる心配もなさそうだ」

秋津   「たとえ雨でも、雨の日の祝い事は、縁起がよいものだと言うし、
      天気などどちらでも構わぬかな」

風雅   「いや、そうでもない。
      白無垢に泥水でもはねるようなことがあったらどうするのだ」

秋津   「まぁ、それこそ、水をさされてはかなわぬ、といったところか」

風雅   「まさにそうだな」

秋津   「ははは……」

風雅   「……いよいよ明日、か」

秋津   「何だ、緊張でもしているのか、お前らしくもない」

風雅   「五月蝿い」

秋津   「情けない風雅の為にも、龍神に祈って雨乞いでもしておいてやろう」

風雅   「何故左様な嫌がらせを?」

秋津   「龍神が嫉妬して雨を降らせたと、笑い話になるだろう。
      お前が何か粗相をしたとしても、水に流せるというもの」

風雅   「成る程。
      しかし珍しく饒舌だな。お前の方こそ緊張しているのではないか」

秋津   「俺が? 別に俺が緊張することなど何もないだろう」

風雅   「そうか? 10年だぞ。俺達が楓様のお傍に付いて」

秋津   「ああ、早いものだな」

風雅   「この10年を思えば……明日という日に緊張してもおかしくないだろう?
      俺達は、楓様の護衛であり、畏れ多くも兄のような存在であったのだから」

秋津   「……兄、か。確かにな」

風雅   「あの、お小さかった楓様も、立派に姫君になられた」

秋津   「そうだな。まるで昨日のことのように思い出せるぞ。
      初めて楓様にお会いしたあの日を…」

風雅   「あの日か……」

秋津   「お前も覚えているだろう?
      俺とお前が初めて会った日でもある、あの日を」

風雅   「無論だ。
      城に挨拶に伺うなど、部屋住みの身には過ぎた事。
      兄上の荷物持ちに付いてきただけのことが、まさか、なぁ?」

秋津   「そうだな。
      俺とて、風邪を召した兄上の代わりに、父上に付いてきたのだ。
      偶然に偶然が重なった……まさに御仏の導きといったところか」

風雅   「先ほどは龍神、今度は仏か。
      秋津は調子よく神仏を信じるのか」

秋津   「いや、真に信じているわけではない。
      人生とは、何が起こるかわからぬもの。
      最後に頼れるものは、神でも仏でもない、己自身よ」

風雅   「秋津の意志の強さは見上げたものだが、
      ……ふっ、お前は、10年前から変わっておらぬな」

秋津   「変わらぬか?」

風雅   「いや、蔑むつもりで言ったわけではないぞ。
      お前の意志の強さを表したようなその切れ長の目元のことだ。
      俺はお前のことを、年上だろうと思っていたからな」

秋津   「成る程。
      ……ああ、そういえば俺も、お前を年下のように思った覚えがあるぞ。
      風雅はまるで、おなごのような顔立ちだったからな」

風雅   「おい、根に持ってからかうのはやめろ」

秋津   「いやいや、その頃のまま、色男に育ったのはよいことではないか」

風雅   「武士がなよなよしていても格好がつかぬだろう」

秋津   「しかし、その顔立ちのおかげで得することもあっただろう?」

風雅   「得だと?」

秋津   「あの日、楓様はすぐにお前に懐いていた」

風雅   「……そうだったか?」

秋津   「覚えていないのか?」

風雅   「俺達の名を、うーが、あきちゅ、と舌ったらずに呼ばれたのは覚えているが」

秋津   「ははは。本当にお小さかったものな。
      しかし今の俺達の腰にも届かないほどの背丈ながら、凛とした姫様であった……」

風雅   「ああ。確かに。
      その風格に思わず背筋が伸びた」

秋津   「その楓様が、お前の顔を見て、にっこりと笑ったのだ。
      それが実にお可愛らしくて、その場がぱっと華やいだようだったではないか」

風雅   「空気が和らいだのは俺のこのなよなよした顔があったからか」

秋津   「そう考えれば、良い事尽くめではないか。
      あの時一度お目見えしただけの俺達が、
      楓様の遊び相手兼護衛として、楓様ご自身から指名を受けるなど、
      誰も思わなかっただろうに」

風雅   「まぁ、そうだな。
      元服前のやんちゃ盛りにいきなりの大役……。
      兄上は慌てて俺を部屋に縛り付けて行儀作法を叩き込み……
      あれは地獄のようだった」

秋津   「はは、風雅もそうか」

風雅   「それまでは勉学や剣の腕を磨くよりも、
      遊ぶことばかりに一生懸命であったし」

秋津   「俺とて、それが許されていた部屋住みの身。
      外に出ては町人に混じって遊んでばかりいたのに、
      あの日から、何もかもが変わった」

風雅   「ああ。本当に。何もかも変わったな……」

秋津   「兄上や妹のことばかりだった母上が、
      ただ一度あの時だけは、俺につきっきりになった。
      粗相があってはならぬ、粗相があってはならぬ、と般若のような形相で」

風雅   「お母上を般若とはあんまりな形容ではないか?」

秋津   「しかし、そうとしか思えなかったのだから仕方あるまい」

風雅   「そうか。まぁ俺とて兄上が鬼に見えたのだから、人のことは言えないのだが」

秋津   「ははは。風雅もか。
      しかしもうお互い、笑い話にできる思い出だろう」

風雅   「そうだな、今は、あの日々があってよかったと思える」

秋津   「ああ。おかげで何とか殿の了承も頂き、
      無事俺達は共に楓様のお傍に付くことができたのだからな」

風雅   「そういえば、あの頃俺は、お前の方が背が高かったことが羨ましかったぞ」

秋津   「背など、今となっては変わらぬではないか」

風雅   「同じ年に生まれたというのに、この差は何だ、と思っていたんだ」

秋津   「それは俺の方もだぞ。
      俺は学問が苦手だったから、お前が論語をすらすらと読むたびに、
      感心と同時に妬ましく思ったものだ」

風雅   「お互いがお互いを羨んでいたということか」

秋津   「そういうことになるな」

風雅   「互いに切磋琢磨してこられたのも、相手がお前だったからなのだろう」

秋津   「……そうだな」

風雅   「楓様と三人、共に遊び、共に学び、共に励んできた」

秋津   「そして10年……」

風雅   「数奇な巡り合わせの縁でこうなりはしたが」

秋津   「この御役目も、今宵で終いか」

風雅   「ああ……」

秋津   「……」

風雅   「……」

秋津   「ふっ……本来なら酒でも酌み交わし、労い合いたいところだが……」

風雅   「斯様(かよう)な所に呼び出して、酒を飲む趣向だというのなら逆に驚くぞ」

秋津   「確かにな。この月の明るい晩、人気のない川原というのも風流といえば風流だが」

風雅   「と言いつつ、酒が用意してあるわけでもないのだろう?」

秋津   「ああ」

風雅   「それで。俺を此処に連れてきた理由はなんだ?」

秋津   「抜かせ。わかっているのではないか?」

風雅   「長い付き合いだからな、想像はつく」

秋津   「ならば言う必要もあるまい」

風雅   「お前の口から聞きたかった」

秋津   「はっ、何を聞きたいと?
      お前は、何故此処にお前を誘い出したのか、
      想像がついているのだろう?
      それ以上何を聞きたいのだ!」

風雅   「……直接、お前の言葉で、聞きたかったのだ」

秋津   「むしろ、わかっているなら何故来たとこちらが問いたい」

風雅   「何故? ……断る理由がないからな」

秋津   「それは、勝者の余裕というやつか」

風雅   「然様なつもりではない」

秋津   「ではどのようなつもりなのだ」

風雅   「それは……」

秋津   「俺が何を考え、何をするつもりなのか、わかっているのだろう」

風雅   「推測でしかないが、な」

秋津   「その落ち着きようはなんだ? 薄気味悪くもある」

風雅   「落ち着いてなどいないさ。なるようにしかならぬだろう。
      俺は腹をくくっているだけだ」

秋津   「それを勝者の余裕と言うのではないのか、風雅」

風雅   「余裕などあるものか。
      お前と剣を交えて、無事で済むとは思っていない」

秋津   「ハッ、祝言前夜に、死する覚悟をもって此処に来たと?」

風雅   「お前にならば、斬られても恥にはならぬ」

秋津   「何だと……?」

風雅   「お前の腕は誰もが認めている」

秋津   「っ……剣の腕が認められたところで何になる!!」

風雅   「……秋津」

秋津   「……何だ」

風雅   「俺が憎いか」

秋津   「憎い……?
      そんな言葉だけで言い表せる感情なら、とっくに斬り捨てているさ」

風雅   「そうか」

秋津   「…………」

風雅   「……もうひとつ、訊いてもいいか」

秋津   「何だ」

風雅   「秋津は、いつから楓様のことを?」

秋津   「……それを、お前が訊くのか? 訊いて何になる?」

風雅   「……すまない」

秋津   「発する言葉ひとつひとつが癪に障るッ」

風雅   「そうか。……俺が何を言っても、今のお前には届かぬだろうな……」

秋津   「俺に伝えたいことでもあるのか?」

風雅   「……」

秋津   「俺を見下しているお前が、俺に何を伝えたいと?」

風雅   「見下したことなどただの一度もない!」

秋津   「戯れ言を!!」

風雅   「真実だ!!!」

秋津   「黙れ!!!!」

風雅   「……」

秋津   「何故、何故……!
      何故お前なのだ風雅!!
      楓様のお相手がお前でさえなければ、
      俺は明日という日を心から祝福したというのに……」

風雅   「……お前のそのような表情は初めて見る」

秋津   「ああそうだろうとも!」

風雅   「それも楓様を想うが故、か」

秋津   「俺は、出会ったその瞬間からずっと楓様を想い続けてきた!
      お前もそうではないのか?!」

風雅   「……お前からは、そう見えていたのか」

秋津   「そうだな。妙な勘繰りをしたくなるほどには、そう見えていたぞ」

風雅   「妙な勘繰り……?」

秋津   「楓様を手に入れる為に、兄を殺して家督を継いだのではないか、とな」

風雅   「っ! ……然様な噂があることは知っていた。
      しかし、お前がその馬鹿げた噂を信じるほど愚かだとは思わなかったぞ!」

秋津   「愚か、だと!?
      斯様に都合良く家督がまわってくるか!?
      都合良く楓様との縁談が持ち上がるのか?!
      噂を信じたくもなるではないか!!!」

風雅   「……確かに。俺に家督がまわってこなければ、
      楓様との話が持ち上がることはなかっただろう」

秋津   「ではやはり、お前が……」

風雅   「それは誓って俺ではない!!!!」

秋津   「では、天がお前に味方をしたということか?
      ちっ……すこぶる運の良いやつめ」

風雅   「はは……はははは!」

秋津   「何がおかしい!」

風雅   「……俺は本当に運が良いのか?」

秋津   「何を言う?
      同じ部屋住みの身でありながら、
      片方は運良く家督を継ぎ、楓様まで下賜(かし)され、祝言を待つばかり。
      片方は御役目の任を解かれ、部屋住みへ逆戻り。
      どちらの人生が良いかなど、赤子でもわかるわ!」

風雅   「それで俺を斬ろうと考えたか。
      祝言を前に、俺が斬り殺されれば、楓様はどうなる!
      楓様を好いているのなら何故よりにもよって今、俺を斬ろうとする!?」

秋津   「お前などに嫁がなくとも、楓様がお幸せになる縁談は、
      これからいくらでもあるはずだ!
      さあ剣を抜け風雅!!」

風雅   「……それでお前の気は晴れるのか」

秋津   「何?」

風雅   「俺を斬ればそれで満足なのか!?」

秋津   「っ、五月蝿い!
      (斬りかかる)はああああああああああああっ!!!!」

風雅   「(避けて)くっ……!」

秋津   「避けたか、流石だな」

風雅   「……お前が楓様を慕っていることには気付いていた。
      こうなった以上、お前に憎まれても仕方がないと思っている」

秋津   「気付いていたなら尚更性質が悪い」

風雅   「しかし俺に……この俺に何ができた!?
      家臣である俺が、縁談を断ることなど、出来たと思うのか!?」

秋津   「白々しい! 断る気があったとでも言うのか!!」

風雅   「……仮定の話をしても始まらんか」

秋津   「答えろ! 断ることが赦されるなら断ったのか!!」

風雅   「俺には……他に心に想う者がいる」

秋津   「何だと……?」

風雅   「叶わぬ想いではあるがな。
      俺は、想い人以外の者を娶らねばならぬ……それでも俺の運が良かったと言うのか!」

秋津   「ぬけぬけと……!!」

風雅   「楓様を不幸にしたくはない、が。
      お幸せにする確約は、できそうにないな……」

秋津   「楓様を幸せにできぬのなら、潔く腹を切れ!」

風雅   「俺の命ひとつで解決できるならそうしていたさ!!」

秋津   「臆病者め!!
      (斬りかかる)はあああぁッ!!」

風雅   「(相手の剣を逸らし間合いをとる)はッ!! っ!!!!」

秋津   「ふん、これは木刀での稽古とは違う、真剣勝負だぞ」

風雅   「わかっているとも。重さが、格段に、違う……」

秋津   「俺達が打ち合うのも久しぶりだが、今のお前に負ける気はしない!」

風雅   「……そうか」

秋津   「いくぞっ。(斬りかかる)たあああああッ!」

風雅   「(刀身で相手の刀をすりあげて、鍔迫り合いに持ち込む)
      …ッッ!」

秋津   「(力を込める)くッ!」

風雅   「(力を抜き、秋津が体勢を崩したところで間合いをとる)
      ……ッ!」

秋津   「……なんだ、防戦一方か!?」

風雅   「友を、斬りたくはない」

秋津   「此処にいるのはもうお前の友ではない。
      お前を殺そうとする、ただの男だ!!!」

風雅   「お前は友だ。俺が、たったひとり、信ずる……友だ!!」

秋津   「綺麗事を!!! (斬りかかる)はああああああああああッ」

風雅   「(前に出ながら剣で受け流した隙に斬りかかる)
      たあッ! ふんっ!」

秋津   「(はじき返して間合いをとる)っ!!!」

風雅   「……」

秋津   「ふん、…そうだそれでいい。本気で来い風雅!
      本気のお前を斬ってこそ、勝利に浸れるというもの!」

風雅   「……これが、天の意思なのかッ」

秋津   「何……?」

風雅   「この闘い、勝っても負けても、俺は友を失うだろう」

秋津   「また綺麗事か。いい加減聞き飽きたわ」

風雅   「本心だ!
      俺は、斯様な采配をした天を恨む!」

秋津   「これは真剣での勝負だ……殺す気の強い方が勝つぞ」

風雅   「違うな。
      この勝負、生きる意思の強い方が勝つのだ」

秋津   「ほう、綺麗事の次は屁理屈か! ではどちらが正しいか勝負だな!
      (斬りかかる)たあああああああああ!!!」 

風雅   「(前に出ながら剣で受け流し斬りかかる)
      だあああッ!!!!」

秋津   「(斬りかかるのを読んでいて、胴を狙って斬りかかる)
      やあッッ!!!」

風雅   「(刀を旋回させ巻き上げ、秋津の剣を吹っ飛ばす)
      はあッッ!!!」

秋津   「っあ!!!?」

風雅   「(一瞬躊躇い、斬る)……っ、……はあっっっ!!!!」

秋津   「(斬られる)ぐあッッ!!!」

風雅   「………」

秋津   「……っ……、何故、一瞬、……躊躇った?」

風雅   「何故? ……阿呆。俺を甘く見すぎだ」

秋津   「な、に……」

風雅   「……お前の剣からは、殺気など微塵も感じなかった。
      それとも今の俺なら騙せると思ったか?
      楓様との祝言を明日に控え、浮かれてわからぬとでも?」

秋津   「……否定、は、しない、」

風雅   「……お前は、俺に斬られたかったのだろう……。
      それが、お前の目的だったのだろう?秋津」

秋津   「……だから、斬ってくれたのか?」

風雅   「お前の考えのわからぬ俺ではない。
      言っただろう、甘く見るなと」

秋津   「本当に……お前には……かなわない……」

風雅   「秋津……」

秋津   「く……かはっ……」

風雅   「……そこまで、俺はお前を追いつめたのか」

秋津   「お前のせい、では、ない。
      しかし……、何故、お前だったのだろう……何故……」

風雅   「……」

秋津   「俺は……変わりたくなどなかった……。
      いつまでも……三人……共に………」(息絶える)

風雅   「……秋津……秋津っっ!!!!」

(間)

風雅   「……俺は、お前に生きる意思がないと気付いていた。
      だから、斬った。
      俺以上に、お前は死を望んでいたから。
      秋津。
      俺とて、お前に憎まれてまで生きていたくはない。
      お前にとって楓様が全てであるように、
      俺にとっては……お前が全てだったから。
      俺が唯一、心から信じることのできた男……
      ……叶わぬ想い……、心に秘めてきた想い人……。
      伝えることができていたら、何か変わっていただろうか?
      ……いや、何も変わるまい。
      お前の血に染まった刀で腹を斬ったとて、
      冥府で再会も叶わぬだろうなあ……。
、       全ては……どうにもならぬことなのだ……どうにも……」

     (風雅、脇差ではなく、秋津を斬った刀を首にあて、切る)

風雅   「ぐふっ……!!!!!」



風雅    変わりたくなどなかった……
      せめて、いつまでも、共にいられたなら……
      嗚呼、何故……夜は明けるのだろう……
      月がこの世を永久に照らし続ければ……或いは……






Index