Peppermint Waltz

作:早川ふう / 所要時間 60分 / 比率 2:1
「Sweet Merry X'mas」と「Bitter June Bride」を繋げたお話。
裏側を加え、結末を少し変えてあります。

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2012.12.10.


【配役表】

早紀・・・
亮一・・・
洋介・・・



洋介    世の中ってのは、何が起こるかわからない。
      学生仲間で遊び半分で始めた仕事が大成功して、
      『社長』なんていう肩書きに縛られた孤独な人生になるなんて、
      あの時のオレは想像もしなかったし…
      親友が海外転勤になると聞いて、その前にメシでも食おうと誘ったら、
      セフレと結婚したい、なんて言い出すとも思わなかったわけだ。




亮一   「力を貸すと思って、頼むよ」

洋介   「そりゃ、これから海外に転勤になる親友の頼みなら
      何でも任せろと言いたいけどもさ。
      お前本当にあいつと結婚したいのか?」

亮一   「ああ、結婚したい」

洋介   「根暗な印象しかないけどな。どこがいいんだ?」

亮一   「お前にはわかんなくていいよ」

洋介   「あのなあ……」

亮一   「お前の手の早さを知ってるからな」

洋介   「馬鹿言え。オレは普通。お前が女に興味なさすぎなんだよ」

亮一   「早紀がいるからな」

洋介   「でも付き合ってないんだろ?」

亮一   「まあ、そうだけど」

洋介   「言っちまえばセフレなんだろう?
      勝算はあるのか?」

亮一   「ある」

洋介   「それは根拠のある勝算なんだろうな?」

亮一   「……」

洋介   「お前なあ!」

亮一   「もしうまくいかなかったら、費用の倍額払う!!」

洋介   「本気か?」

亮一   「本気だ」

洋介   「…………わかったよ、そこまで言うなら乗ってやる。
      協力してやるよ。取引先に頼めば、手に入るはずだ」

亮一   「ありがとう。恩に着る」

洋介   「24日だな?
      フラれて独りで泊まるなんてことになったら、大笑いしてやるからな?」

亮一   「ああ、そんときは、盛大に笑ってくれ」



洋介    もうすぐ12月になるってのに、
      今からクリスマスディナー付き宿泊券を手に入れろだなんて、無茶言いやがる。
      しかし、あいつの一世一代の大勝負だろうからな、
      協力してやらなきゃ親友の名がすたる。
      あとは、神様にでも、祈っておいてやるよ。グッドラック!



亮一    急に決まったフランスへの転勤。
      大きなプロジェクトに抜擢され、行けば何年かは戻れない。
      嬉しかったけれど、ひとつ気がかりなのは、
      ずっと曖昧な関係を続けていた早紀とのことだ。
      俺の気持ちは決まってる。
      あとは最高の舞台で、伝えるだけだ。
      俺は、送別会、という名目で、早紀と会う約束をとりつけた。
      あいつの目当てはわかってる。
      クリスマスディナー限定スイーツ、これに飛びつかないわけがない。
      美味い食事とスイーツをたっぷりと堪能したあと、バーラウンジで乾杯。
      でも、いい雰囲気だったのは、そこまでだった……。



早紀   「凡ミスしたのは先輩なのに、なんで私が後始末しなきゃいけないの!?
      先輩をかばう上司も上司だよ、納得いかない!」

亮一   「もう酒はやめとけよ、ちょっと飲みすぎだ」

早紀   「気の遣いどころを間違わないでよ?
      私は今日、すごーーく疲れてるんだから!!」

亮一   「はいはい、申し訳ありません。
      (店員を呼び止める)
      あ、すみません、えっと……」

早紀   「ハイボール!」

亮一   「……同じもので。あ、ひとつは薄めにお願いします」

早紀   「だからいらん気を遣うなっ」

亮一   「はいはい、それで!?」

早紀   「うわー……へこむ」

亮一   「は!?」

早紀   「扱いが雑」

亮一   「……そうか?」

早紀   「中学からの腐れ縁がやっと切れるの、嬉しい?」

亮一   「なんだよそれ。俺は早紀と縁が切れるなんて思ってないけど?」

早紀   「へ〜、そうなんだ?
      海外転勤で何年も戻ってこれないのに?」

亮一   「つかず離れず、ここまでずっと付き合いも続いてたろう」

早紀   「まぁ、そうだけど。……考えてみれば人生半分以上一緒にいるもんね」

亮一   「よくここまで続くなと思うよ、自分でもな」

早紀   「そりゃあ、あれよ。……恋人じゃないからじゃない?」

亮一   「あー、そうきますかー」

早紀   「もともとほら、ねえ?
      あんたが顔に似合わず甘いもの好きだから!」

亮一   「スイーツ男子なんて、今じゃ別に珍しくもないじゃないか」

早紀   「だってあんた当時高校生じゃん!
      そんな言葉もありませんでした〜!」

亮一   「……俺はその……甘い青春を満喫してたんだよ……」

早紀   「ぷっ、それは苦しい……!」

亮一   「ったく……。こっちだってお前がそんなに口と性格に難のある女だとは思わなかったよ」

早紀   「そう?」

亮一   「初めて会った中一のときは、委員会が同じってだけで、接点はなかったし」

早紀   「中二で同じクラスになって、隣の席にもなったけど、別に話さなかったし」

亮一   「あんときはお前もクラスに馴染んでなかったしなあ」

早紀   「うるさいなぁ、余計なこと覚えてないでよね」

亮一   「中三は別のクラスだったけど、進路指導室で一緒になったの覚えてるか?」

早紀   「覚えてるよ、舌打ちしたもん。同じ高校行く気なのか、って」

亮一   「お前わざわざうちの中学から誰も行かないような遠いとこばっか選んでたよなぁ」

早紀   「引っ越し先から近いところを探してたの!
      その中でも、みんなが行かないようなところを選んではいたけどさ…」

亮一   「結局高校入ってみれば、俺たち二人だけだったな」

早紀   「あんただけでよかったよ……事情知ってて何か言われんのもやだし」

亮一   「で、その結果、部活帰りの俺の密かな楽しみを目撃されてしまうことになった、と」

早紀   「大げさな」

亮一   「コンビニの新商品とか、ファーストフードのスイーツならまだ言い訳ができたのに…」

早紀   「カフェのショーケースに張り付いて、真剣にケーキを選んでる男子高校生ッ……
      あれは浮きまくってたなぁ、うん」

亮一   「まさか同じ店にお前がいるなんて、何の因果だ!!」

早紀   「家で食べればいいのに、イートインにする勇気にも感服したわぁ」

亮一   「腹へってたんだよ!!
      大体お前だって、いきなり俺の席にきて、
      『美味しいのはもうひとつ出てた新商品の方だよ、そっちはハズレ。残念でした〜』
      とか言いやがっただろ!! ちゃんと覚えてんだぞ!? 人としてどうなんだ!!!」

早紀   「親切に教えてあげたんじゃない」

亮一   「いやまぁ確かにあん時のケーキの味はいまいちだったけど、
      お前はいつも一言余計だっつーの」

早紀   「文句言うなよー」

亮一   「はぁ……。まぁ、お前の情報だけは、それ以来信頼してるわけだがな」

早紀   「ありがと。へへ……うん、甘味友達ってのも悪くないよね」

亮一   「まぁ、な」

早紀   「今日も、誘ってくれて嬉しかったよ。
      クリスマスディナー限定スイーツなんて、ひとりじゃ食べにこれないしさ〜」

亮一   「彼氏は相変わらずいないのか?」

早紀   「いるわけないじゃん。いたら来ないよ」

亮一   「恋、しないのか?」

早紀   「めんどくさい」

亮一   「そっか……」

早紀   「ねえ亮一」

亮一   「ん?」

早紀   「私を誘ってくれたのはありがたかったけどさ、
      今日私の予定があいてなかったらどうするつもりだったの?」

亮一   「あいてただろ」

早紀   「まぁ、そうだけどね、もし! あいてなかったら!?」

亮一   「奢りだ、って言えば喜んでこっちに来ると思ってたよ」

早紀   「ぐぬぬっ……そんなことないっつーの。
      てか、ほんとにいいの?
      奢りって言われたけど、自分の分くらい払うよ私?」

亮一   「別にいいって。半額で買い取ってるから、出費は実質ひとり分だし」

早紀   「それはそれだよ!
      大体送別会だっつっても、急に誘うから餞別になにか買う、なんてこともできなかったし」

亮一   「いらないって」

早紀   「私これでも義理堅い女のつもり!」

亮一   「あーはいはい。じゃあ、少しだけ酒飲むペースと声のボリュームおとしてくれ」

早紀   「あ!!!」

亮一   「人の話聞いてないだろお前」

早紀   「ねえねえ!」

亮一   「なんだよ」

早紀   「友達がーとか言う話って自分のことだったりするじゃない。
      ひひっ、亮一が彼女にフラれた、ってオチじゃないのぉ?」

亮一   「ばっ、違うって!! 同僚がって話しただろ?!」

早紀   「へ〜〜。まあ、そういうことにしておいてあげてもいいけど〜」

亮一   「そういうことに、ってそれが真実なんだけどなぁ」

早紀   「ふーん。……で、今日はどーすんの? そろそろ終電だけど、これでお開き?」

亮一   「お開きの方がいいか?」

早紀   「どっちでもいいけど」

亮一   「一応宿泊券なわけだし、俺は泊まっていくつもりだけど」

早紀   「……だったら、私も泊まろっかな。
      こういうとこ泊まる機会もなかなかないし〜」

亮一   「そっか」

早紀   「それに当分会えないんでしょ?」

亮一   「まぁ、な」

早紀   「餞別がわりに沢山ヤればいいよね!!!」

亮一   「だから声がでかいし下品すぎるっつーの!」

早紀   「今更でしょ?」

亮一   「あーあ、なんでこうなったんだか……」

早紀   「なんで、って…高三のとき、押し倒してきたの誰だっけー?」

亮一   「あースイマセンねー、がっついてー」

早紀   「まったくだよ」

亮一   「でもあれはお前も悪いんだぞ!?」

早紀   「なんでよ?」

亮一   「そんときまで俺はお前が一人暮らししてるなんて知らなかったし、
      そこに男を連れ込むって……襲った俺が言うのもなんだけど、非常識だぞ!?」

早紀   「CD貸せっつったの亮一じゃん」

亮一   「そーだけど! 俺の目の前で着替えるか普通!!」

早紀   「美術の時間に汚れちゃったシャツを早く洗いたかったの!」

亮一   「危機感もてよ……」

早紀   「今は多めに装備してますから大丈夫です!」

亮一   「ったく……」

早紀   「でもさ……それ以来、スイーツときどきセックスみたいな変なトモダチになっちゃったよね」

亮一   「最初っからずっと、抵抗しない、したことすらないお前が悪い」

早紀   「したじゃん、アレんときはやだって」

亮一   「だーかーらー!」

早紀   「なに」

亮一   「問題はそこじゃねえっつーの!」

早紀   「なによ」

亮一   「だから……その……」

早紀   「なに」

亮一   「…………」

早紀   「……なに!?」

亮一   「あーーもーーー! なんでお前はそう他の女と違うんだよ!」

早紀   「はあ!?」

亮一   「考え方も、行動も、なにもかも!」

早紀   「失礼ね! 女じゃないって言いたいの!?」

亮一   「普通! ……女はセフレにされてりゃ嫌がるもんじゃねえのか!?」

早紀   「……さらっと言ったな、セフレにしてる超本人が」

亮一   「うるせえ!」

早紀   「……まぁ、さ。言ったじゃん、甘味友達、って。
      たまに一緒に甘いもの食べにいくのと同じ。
      たまにセックスするだけでしょ」

亮一   「……それだけ?」

早紀   「それ以外の何があるの?」

亮一   「……そっか」

早紀   「……そろそろ部屋行かない?
      別にするしないはどっちでもいいからさ」

亮一   「そう、だな……」


(間)
(ホテルの部屋にて)


早紀   「で、結局3回もするってどうなの? あんた元気だよね……」

亮一   「ほっとけ」

早紀   「うー……このまま寝ちゃおうかなあ」

亮一   「お前、さ」

早紀   「なにー?」

亮一   「俺のこと、どう思ってんの?
      本当は、その、うら……、後悔したりしてる?」

早紀   「いきなりなによ」

亮一   「わかんねーんだよ。お前、拒否らねーから」

早紀   「どういう意味?」

亮一   「甘いもん食いにいくか、って誘えば、いいよってついてくるだろ」

早紀   「うん」

亮一   「するか、っつったら、泊まるだろ」

早紀   「そうだね、今日みたいに」

亮一   「……お前の気持ちが見えない」

早紀   「はぁ?」

亮一   「お前って、誰に対してもそうなの?」

早紀   「何が?」

亮一   「誘われたらついてくのかよ?」

早紀   「……そんな女に、見えますか?」

亮一   「わからねぇから訊いてんだよ」

早紀   「シャワー浴びてこようっと」

亮一   「待てって」

早紀   「やだ」

亮一   「話途中だろうが」

早紀   「汗かいたし! シャワーくらいいいでしょ!」

亮一   「おい!」

早紀   「なんで!? なんで今更そんなこと言うの!?」

亮一   「え……」

早紀   「海外、行くんでしょ?」

亮一   「そうだけど……」

早紀   「ここで私はどうすればいいの?
      あんたなんか別に何人もいるセフレのひとりで、
      好きでも嫌いでもないから、とか言えばいいの?
      それとも、あんただからだよ、とか、色気のある答え言ったら満足なの?」

亮一   「それは……」

早紀   「なに」

亮一   「……悪かった、って……思ってるんだよ、これでも」

早紀   「……なにが」

亮一   「ずっと、ずるずる曖昧な関係続けてきたこと」

早紀   「……そう」

亮一   「俺も海外行くし、終わりにしないとな、って……」

早紀   「それで?」

亮一   「いや、だから……」

早紀   「終わりを切り出したら何かされるんじゃないかって思ってる?」

亮一   「そうは言わないけど……お前、ポーカーフェイスすぎるんだよ……」

早紀   「女はみんな嘘つきなものよ」

亮一   「嘘だとわかる嘘つきな女はたくさんいるけど、
      お前みたいな女はなかなかいない」

早紀   「それはどうも」

亮一   「褒めてねえよ」

早紀   「あっそう」

亮一   「でもさ、……俺が思うお前は、口が悪くて、強がりで、不器用で……弱い女だよ」

早紀   「弱い!? わー、初めて言われたなぁ」

亮一   「弱いところなんて、一度も見た事ねぇけど」

早紀   「でしょうね」

亮一   「ちょっと何か言われたくらいで弱いところを見せるような女はさ、
      『強がってるけど本当は弱い女』に見られたいだけだろ」

早紀   「へー、わかったようなこと言うじゃん」

亮一   「だから、お前は、本当に強がってるんだな、って思うんだ。
      強く見せたいから……つまりは弱いから」

早紀   「私が本当に強い女だっていう選択肢はないの?」

亮一   「それは……考えたことなかった」

早紀   「失礼なヤツ」

亮一   「今更だろ?」

早紀   「そうだね」

亮一   「……お前は?」

早紀   「ん?」

亮一   「お前から見て、俺ってどんな男?」

早紀   「なにそれ」

亮一   「いいから答えろよ」

早紀   「んー……バカ、かな」

亮一   「……訊かなきゃよかった」

早紀   「女好き。ダメ男。ヘタレ?
      いや、やっぱり、バカって言葉が一番しっくりくるかなあ!!」

亮一   「それ以上言わなくていい……」

早紀   「私と同じくらい、バカだなって思うよ」

亮一   「え?」

女    「セフレとクリスマス過ごしてないで、ちゃんとした恋愛して幸せになればいいのに」

亮一   「そーだな」

早紀   「それに、結婚したあとにまで女遊びやめられなかったら、破滅だよ?」

亮一   「そこまで甲斐性ナシじゃねえ」

早紀   「どうだか。そうならないようにこれからも見守ってあげるよ、友達として」

亮一   「……友達か」

早紀   「終わりにする、って言ったのはするかしないかってことでしょ?
      それとも友達の縁を、切りたいの?」

亮一   「そういうわけじゃ」

早紀   「別に、昔あんたとデキてたとか、言いふらすつもりないよ? まずそんな相手もいないし。
      まぁ、信用してもらえないなら仕方ないけど」

亮一   「だからそういうんじゃなくて!」

早紀   「……? なによ?」

亮一   「お前、仕事……辞めれば」

早紀   「は!? ちょっといきなり何言い出すのよ!?」

亮一   「合わないんだろ? 仕事も人間関係も」

早紀   「それで職変えるほどガキじゃないけど」

亮一   「……スーツ」

早紀   「え? スーツ?」

亮一   「俺のスーツ」

早紀   「自分でとりなよ」

亮一   「ちげえ。いいから、俺の上着の左ポケット。……見て」

早紀   「(四つ折りにされた紙を見つけて)……! これって」

亮一   「仕事辞めてさ……俺んとこ来いよ」

早紀   「…………なんの冗談?」

亮一   「はあ!? 冗談でこんなもんまで用意しねえだろ!?」

早紀   「いや、むしろ……冗談だから用意するでしょこれは」

亮一   「なんで!?」

早紀   「これが指輪だったらまだ本気かもって思うけどね、
      いきなり婚姻届って、元手もかかってないのにさあ〜」

亮一   「判断基準は金かよ!?
      女ってこえーーーーーーーー!!!!!!」

早紀   「え、普通そう思わない?」

亮一   「いや普通は、その、指輪のサイズなんて男はわからないわけで。
      サプライズで用意するには無理がある。
      その点婚姻届は、俺の本気をわかってもらうにはうってつけ。
      指輪を、一緒に買いにいこうって言えば完璧かと」

早紀   「まぁなんとでも言えるだろうけどー……」

亮一   「本気なんだって!!! それはわかれよ!!!!」

早紀   「逆ギレしないでよ! ますます疑わしい!」

亮一   「……ったく。なんでお前とはこうなんだ……。
      雰囲気もなにも最初っからあったもんじゃねえ……」

早紀   「かっこつけなくて済む分、楽でしょ?」

亮一   「かっこつけたいときだってあるんだよ、男なんだから」

早紀   「そっか。……そうだね。
      女だってかっこつけたいときあるもんなぁ」

亮一   「へーお前でもそんなときあるのか?」

早紀   「そりゃああるよ」

亮一   「たとえば?」

早紀   「……失恋を覚悟したとき、とか」

亮一   「……失恋!? 恋は面倒だって言ってたお前が!?」

早紀   「面倒だよ。ちっとも思うとおりにならないんだもん。
      相手も……自分の感情も」

亮一   「それが、恋ってもんだろ」

早紀   「まぁね。んー……好き、って言葉はさ、言わなきゃ伝わらないじゃん?」

亮一   「そうだな」

早紀   「……ずっと言わなかった、言えなかったからさ。
      これで終わりかって考えたら、言おうかとも思ったけど、
      でも、これで終わりだから、言わないっていうのもアリかなって考えて。
      いつもの自分を演じてみたりしてさ」

亮一   「お前でもそんなカワイイことするんだな」

早紀   「失礼なヤツ」

亮一   「今更、だろ?」

早紀   「ふふ、そうだね」

亮一   「……で、その男とは? どうなったんだよ?」

早紀   「え? どうって……」

亮一   「今までお前が恋愛してこなかったのって、
      もしかしてそいつを忘れられないから、か?」

早紀   「忘れられないから、っていうか……
      普通、好きな人がいるのに、他に恋愛はしないよね」

亮一   「……だよなぁ」(がっくり肩をおとす)

早紀   「なーにわかりやすく肩落としてんの!?
      世界が終わったみたいなカオしてばっかみたい」

亮一   「だって、そいつが好きなんだろ?
      ……ってことは、俺は一人寂しく海外行き決定じゃねーか」

早紀   「あんたってほんっとバカ……」

亮一   「傷口に塩すりこむな」

早紀   「自分で傷口広げてるくせに」

亮一   「うるせえ」

早紀   「……私のことわかりにくいってずっと言ってるけど、
      あんたが鈍感なだけなんじゃない?」

亮一   「俺のどこが」

早紀   「んー、何て言えばいいかなぁ……。
      あ、そうだ! ……あんたみたいなバカは知らないと思うから教えてあげるけど」

亮一   「なんだよ」

早紀   「処女が初体験しても、血が出ない場合って結構多いんだよ」

亮一   「いきなり何の話をしてんだよ!!!!」

早紀   「私もさ、高三のときに初体験したけど、血は出なかったし」

亮一   「それが今何の関係が……、ん? ……高三?」

早紀   「そう、高三」

亮一   「……」

早紀   「……」

亮一   「……」

早紀   「『いや、まさかな』って思ってるだろうけど、
      あんたが今頭の中で考えてることであってると思うよ」

亮一   「う、嘘だろおおお?! お前それ、なんで……」

早紀   「嘘じゃないよーイッツ真実〜」

亮一   「だって、お前……あんときどっかからゴム持ってきて、使えって言ったよな!?
      だからてっきり慣れてるものかと……」

早紀   「するときは普通つけるでしょうが!
      大体アレ、中学のとき保健の授業でもらったやつだよ。
      あんたも同じの持ってたんじゃないの?」

亮一   「そうだっけ!? ……気付かなかった」

早紀   「まぁ、別にいいんじゃない?」

亮一   「……なんか、ごめん。俺……」

早紀   「何で謝るの? 謝ってほしくて言ったわけじゃないんだけど」

亮一   「だって……。あんときは俺も初めてだったとはいえ、気づかなかったのは情けねーな……」

早紀   「…え!? あんたも!?」

亮一   「何驚いたカオしてんだよ」

早紀   「いや、てっきりあんたこそ慣れてるもんだと思った……」

亮一   「…なんで。必死だったんだぞこっちは」

早紀   「へー……。 …あははは、そうだったんだ〜」

亮一   「さわやかに笑うなよ!こっちは今いろんなショックで頭いてーよ!」

早紀   「なにがショック?」

亮一   「いろいろ」

早紀   「まぁ、いーけどさ。……で、いつ?」

亮一   「なにが?」

早紀   「だめだこいつ。頭まわってないでしょ。
      あ、そっかぁ、3回も出したしね〜。ちょっと寝とく?」

亮一   「ちょっと黙ってろマジで」

早紀   「私、シャワーいこ〜っと」

亮一   「いってこーい」

早紀   「一緒に入る?」

亮一   「今そういう冗談いらん」

早紀   「なんでー、冗談なんかじゃないよー、結構本気」

亮一   「尚更悪い」

早紀   「……あのさぁ、まだわかってないみたいだけどさ」

亮一   「あーわからないね! お前の考えてることはほんっとわからん!!!!」

早紀   「……。ねえ。」

亮一   「んー」

早紀   「今日、クリスマスだよね」

亮一   「そーだな」

早紀   「キリスト教徒じゃないけどさ、私、今日だけは神様に感謝してもいいかも」

亮一   「……へー、なんで?」

早紀   「だからいい加減、気付けよ」

亮一   「何がだよ」

早紀   「いらつくなぁ……いつまでも辛気臭いカオしてないでよ!」

亮一   「うっせえ! 誰のせいだ!」

早紀   「お前のせいだ!」

亮一   「なんだと!?」

早紀   「……あ」

亮一   「……あ?」

早紀   「ねえ、さっきのさ、続き、ちょっと、聞かせてよ」

亮一   「さっきの続きってなんだよ」

早紀   「『俺の上着の左ポケット。見て』
      『仕事辞めてさ、俺んとこ来いよ』 の、続き」

亮一   「ほんっとにお前ッ……ひっっでえ女だな!!!」

早紀   「いいじゃん、それって一応プロポーズなんでしょ?
      何て言って口説くつもりだったのさ?」

亮一   「……笑うなよ?」

早紀   「さあ、内容によるけど」

亮一   「『パリのレストランで、一緒にウェディングケーキを食べませんか』」

早紀   「……ぷっ」

亮一   「おまッ……」

早紀   「あははははははははははははは!!!!!!」

亮一   「最低だ!! 信ッじらんねーこの女ァ!!!!」

早紀   「ごめんごめん! あはは、だって、ふふ、あんたらしいなって思ってさ、あはは!」

亮一   「もうお前黙れマジで!」

早紀   「で、海外転勤いつからだっけ?」

亮一   「一月の下旬には出発だけど」

早紀   「んー……それだと厳しいな。春にはそっち行けると思うんだけど」

亮一   「あ?」

早紀   「引継ぎもあるし、すぐは仕事辞められないからさ」

亮一   「え?」

早紀   「あ、指輪だけど、高いものじゃなくていいからね。
      二人で買いに行くんでしょ? いつ?」

亮一   「おい……お前……」

早紀   「だから……あんたがわかってないだけだ、って言ったでしょ」

亮一   「ホントに? いいのか?!」

早紀   「婚姻届けが冗談じゃないならね」

亮一   「イッツ真実! めっちゃ本気!」

早紀   「じゃあ、お店ピックアップして、時間ある時買いにいこ」

亮一   「お、おう!」

早紀   「……なんか眠くなっちゃったなぁ。このまま寝ちゃおっかなー……」

亮一   「え、風呂は?」

早紀   「いいや、起きてからで」

亮一   「そっか」

早紀   「おやすみ〜」

亮一   「おう……」

早紀   「ん」

亮一   「……なあ」

早紀   「んー?」

亮一   「……メリークリスマス」

早紀   「……、……メリークリスマス」


(間)


洋介    (拍手しながら)嗚呼なーーーーんて甘いクリスマス!!!!!!
      亮一のやつ、うまくやったよなぁ。まさに神のご加護があったわけだ!
      いやぁ、まさか本当にうまくいくとは思わなかったけど。
      ……え? オレのクリスマス? ……仕事してたね。
      ほんとに忙しかったんだ!!! ほんとだぞ!!!!



早紀    こうして私達は籍を入れるだけの結婚をした。
      単身渡仏した亮一を見送り、
      私は日本で一人、仕事の引継ぎやら何やらを終わらせて、
      プロポーズから半年経ってやっとの今日、
      フランス行きのチケットを使える日が来た。
      ……でも。
      私は、飛行機には……乗らなかった……。


(夜。とあるビルから出てくる洋介。)

洋介   「(携帯で話している)ああ、……ああ、わかった。
      (早紀をみつけて)あれっ……ちょっとあんた!!」

早紀   「え……? あ……洋介、くん?」

洋介   「(携帯に向かって)ああ、なんでもない、とりあえず、わかったから。
      はい、じゃあ月曜にな、お疲れさーん!
      (携帯を切って駆け寄る)
      こんな遅くに一人でなにしてるんだよ!?」

早紀   「え、と……」

洋介   「せっかく結婚したっていうのに、亮一はすぐフランス勤務だろ?
      お前は? いつ行くの?」

早紀   「あー……、きょ、今日、のはず、だった」

洋介   「今日!? じゃ何でここに……」

早紀   「あははー……」

洋介   「飛行機に乗り遅れたとかベタな理由だったら笑うけど」

早紀   「……笑ってクダサイ」

洋介   「何やってんだよ!
      次の便はとれてんのか? 空港近くのホテルに泊まってりゃよかったのに
      街でふらふらしてんなよ、危ないだろ」

早紀   「そんな、危ないって年齢でもないじゃない」

洋介   「危機感と倫理観を持ちなさい、仮にも人妻なんだから」

早紀   「あ、はぁい」

洋介   「……荷物は?」

早紀   「大きなのは先に送っちゃったの。あとは私が行くだけ」

洋介   「じゃあ貴重品だけか」

早紀   「って言っても、ホテルに泊まれるほどお金の持ち合わせなくて。
      suicaの残高あったからこっちまで戻ってきたんだ」

洋介   「今夜どうするつもりだったんだよ」

早紀   「カプセルホテル泊まるくらいだったら、漫喫か、カラオケがいいかなって思ってた」

洋介   「それで繁華街をうろうろ、ねぇ……」

早紀   「なによー悪いー?」

洋介   「とりあえず、うちに来いよ、亮一にも連絡しなきゃいけないだろ?」

早紀   「え、でも……」

洋介   「心配しなくても、親友の奥さんに手を出すほど飢えてない。安心して頼れ」

早紀   「お宅にお邪魔すると……嫌がる人いるんじゃないの?」

洋介   「俺の女は親友の奥さん一人助けない薄情な男は嫌いなんだ。変な気遣わなくて大丈夫」

早紀   「そっか……じゃあ、お世話に、なります」

洋介   「おう」

(間)

早紀   「………ねえ、訊いていい?」

洋介   「なに?」

早紀   「なんでこんなとこ住めるの!?」

洋介   「こんなとこ、って……そんなひどい家かここは!?」

早紀   「違うよ!!
      運転手つきの高級車に乗せられた時点で想像はついてたけど!
      タワーマンションの最上階なんて、私の想像の範疇超えすぎてびっくりするじゃない!!
      しかもここに一人で暮らしてるんでしょ??
      アリエナイ……普通ありえないって!!!」

洋介   「ここ、そんなに高くないよ?」

早紀   「一般人は背伸びしたって手が届かないはずです!!!」

洋介   「俺、仮にも社長してるからね、体裁とか税金対策含め、色々あるんだよ」

早紀   「……どんな悪どいことやったらこんなに稼げるの?」

洋介   「ひでぇ。俺のことどんな印象なんだよっ」

早紀   「だって、タメなのにこんなに生きる世界が違うと……
      なんていうの? 天然記念物に出会ったようなそんな感じ」

洋介   「男に生まれたからには常に上を目指さないとね。
      一に努力、二に努力、チャンスを逃さず捕まえるべし、ってね」

早紀   「じゃあ結構仕事人間なの?」

洋介   「いや? 俺趣味多いよ〜。
      フットサルと草野球はチーム持ってるし、サーフィンやボードもやる。
      欲しい資格があるから勉強するってのも趣味っちゃ趣味だな。
      その延長で新しい事業始めたりもしちゃうけどね。
      彼女との時間だって、きちんと作るし、記念日とかは大切にする方だよ」

早紀   「完璧か!? 寝る時間削ってるとかそういうオチ??」

洋介   「それはあるかも。
      ただ、俺が楽しいことを全力でやってるだけだからね。
      充実してれば、睡眠時間短くてもつらくはないし。
      まあ、俺が人並み以上に体力があるからできるのかもしれないけど」

早紀   「……じゃあ、仕事も、楽しいんだ?」

洋介   「もちろん」

早紀   「……すごいね。私は、あまり仕事好きじゃなかったなあ」

洋介   「お前の今の仕事は、亮一の奥さん、だろ?」

早紀   「……そっか、うん、……そうだよね」

洋介   「とりあえず、風呂入ってこいよ。
      俺その間に亮一に連絡しといてやるから」

早紀   「いいよ、着替えもないし…」

洋介   「俺が嫌なの。悪いけど、潔癖症なんでね。
      外出た服で、ベッド使われたくないんだ」

早紀   「私ソファでいいんだけど」

洋介   「(遮って)同じことだろ。覗かないから早く行ってこいって」

早紀   「う、うん……じゃあ……」


(シャワー音を確認して、不敵な笑みを浮かべる洋介)

洋介   「さて、どうしたもんかねぇ。
      賭けは、俺の負け、ってことになるけども。……さすがだな」

(間)

早紀   「お風呂も広いし立派だなあ……。
      しかもこれ、温泉ひいてるんじゃないの……?
      へたなホテルより素敵じゃない……」

(風呂の外から洋介、声をかける)

洋介   「着替えとタオル置いとくよ。
      ちなみに下着はうちの会社のサンプル品なんで、
      変な誤解はしないように」

早紀   「ありがとう」

洋介   「あと、亮一には連絡しといたから」

早紀   「あ、うん。……怒ってた?」

洋介   「いや、笑ってたよ」

早紀   「そっか、」

洋介   「のぼせないうちに出てこいよ?
      俺だって風呂入るんだから」

早紀   「あ、そうだよね、ごめん、もう出る」

洋介   「急かしてないって。
      それに今出たら俺とはちあわせするけど?
      見られて興奮する性癖でも持ってるのか?」

早紀   「アホ!!!!!!」

洋介   「だから天然って言われるんだよ、亮一も苦労してんだろうな〜」

早紀   「……」

洋介   「じゃ、適当なとこで出てこいよー」

(間)

早紀    ……何やってるんだろう私。
      ほんと……ばかみたい……。



洋介    こうなった以上、仕方がない。まぁ、やるだけやるさ。
      どうなっても知らないよ? 後悔しても遅いからな?



亮一    今日は、やっと二人での生活を始められる、希望の日だったはずなんだ。
      それなのに、早紀は、俺じゃない男の家に泊まる。
      どうしてこうなった?
      やっぱり俺たちじゃ、無理だった?
      やっぱり距離が遠すぎた?
      でも。……でも、俺は……。

(間)

洋介   「お、もういいのか」

早紀   「うん、何から何まで、ありがとう」

洋介   「じゃ、俺も風呂行ってくる。
      腹減ってる? よかったらどうぞ」

早紀   「これ……洋介くんが作ったの!?」

洋介   「料理も趣味なんだ。
      口に合わなかったら無理して食べなくてもいいから」

早紀   「そういえば朝食べたっきりだった」

洋介   「ありあわせの簡単なもんで悪いけど」

早紀   「そんな。正直私の作る夕食より豪華……」

洋介   「はは、そっか。じゃあ食べててください。
      水はウォーターサーバー使っていいから。グラス置いとく。
      ただ、そこらの引き出しとか、他の部屋覗いたりはしないで」

早紀   「そんなことしないよ!」

洋介   「あはは」

早紀   「………いただきます、(ぱくっ)美味しい……。
      洋介くんって何でもできてすごいなぁ。
      亮一の親友だもん、いい人で当然、か……。
      ……亮一……………………」

(間)

洋介   「お、綺麗に食べてくれたんだな」

早紀   「あ、洋介くんごちそうさま、って、ちょっとお!!!」

洋介   「なに?」

早紀   「服を着てよ! なんで黒いバスローブで来るのーー!?」

洋介   「いつもは下着だけだけど、お前がいるから羽織ってきてやったんだろうが!」

早紀   「……そのゴールド、本物?」

洋介   「あ? ネックレス? 本物だけど」

早紀   「……セレブってやっぱり、私たちとは人種から違うんだな……」

洋介   「なんだよそれは」

早紀   「夜景を見ながら、高級ワインやブランデー飲んで、
      天蓋つきのシルクのベッドで寝てるんでしょう!!!」

洋介   「……確かに酒もあるし、ベッドシーツはシルクだけども」

早紀   「ほらそうなんじゃん! セレブ!!!」

洋介   「落ち着けよ! あ、お前なんか酒飲みたい?」

早紀   「飲ませてくれるの?! 気前よすぎるさすがセレブ!」

洋介   「あーはいはい。……お前赤ワイン平気?」

早紀   「うん」

洋介   「飲み頃なのは……あー、これがいいかな……」

(間)

早紀   「あーーーーーすごい美味しい……これどんどんイケちゃうね!!」

洋介   「酒強いの?」

早紀   「普通だと思う。でもつぶれたりしないよ。
      すぐテンションは上がるけど、あとはそのままかなあ」

洋介   「ずっとバカ騒ぎしてるタイプ?」

早紀   「そうそう」

洋介   「そりゃ、付き合うの大変そうだな」

早紀   「うるさいってよく言われる」

洋介   「ま、ここじゃ気にしなくていいさ」

早紀   「宅飲みってちょっと緊張するけどね」

洋介   「こんだけ飲んでおいてよく言うよ」

早紀   「それはほら、美味しいから」

洋介   「そうかよ。
      ……でさ。お前、どうしたんだよ?」

早紀   「なにがー?」

洋介   「酒の勢いで吐いちまえ。なにがあった?」

早紀   「……なにも、ないけど?」

洋介   「じゃあなんでフランス行かなかったんだよ、理由があるんだろ?」

早紀   「だから、飛行機乗り遅れたって言ったじゃない」

洋介   「職業柄、人の嘘には敏感なんでね。今更隠すな。
      何か力になれることがあるなら、言え」

早紀   「……まいったなァ。洋介くん、ほんと出来すぎなんだから」

洋介   「は?」

早紀   「さすが亮一の親友だよね。
      いい人過ぎてやんなっちゃう。
      ……私みたいに、馬鹿な人間の気持ちなんか、わかんないでしょ」

洋介   「あのなぁ、いくら俺が天才でも、
      事情も知らずに理解なんかできねえの。
      やさぐれるなら、話してからにしてくれるか」

早紀   「……洋介くんは、亮一から、私の話……聞いたことある?」

洋介   「え?」

早紀   「そっちも長い付き合いなんでしょ?
      何か、話聞いてたんじゃないの?」

洋介   「まぁ、少しは」

早紀   「私と結婚する、って聞いた時、心配しなかったの?」

洋介   「心配? 報われてよかったなって祝福だろ普通」

早紀   「変な女に引っかかった、とか……」

洋介   「なんだそれ」

早紀   「私はさ……こんな性格だし、日本を離れがたい理由になんてないのね。
      友達も作ってこなかったし」

洋介   「うん」

早紀   「ずっとひとりで生きてきたし、ずっとひとりで生きていくつもりだったから」

洋介   「うん」

早紀   「でも……私には、ずっと、亮一がいたんだよ」

洋介   「……うん」

早紀   「私、いつも自分のことしか考えてこなかった。
      亮一は、いつも私のことを考えてくれてたのに」

洋介   「そうなのか?」

早紀   「私たちが、ちゃんと付き合ってたわけじゃないの知ってるでしょ」

洋介   「まぁな」

早紀   「なのに、亮一が私なんかを選ぶなんて。なんで……?」

洋介   「それさあ、もう入籍してんだから、答えなんて出てるんじゃないのか?」

早紀   「私今まで、亮一のために何かしたことなんてなかったんだよ。
      何も、何もしたことない。
      確かに、甘いもの好きっていう共通点があって、
      それがあったから学生の頃からずっと仲良くしてこれたけど、
      でも、……ただそれだけの関係だったのに、急に「奥さん」になったんだよ。
      フランスに行っても、亮一に何もできることなかったら、どうしようって……
      怖くなって……それで……」

洋介   「なんでそのまま亮一に伝えなかったの?」

早紀   「こんなこと、言えないよ。
      亮一に、がっかりされたくない……」

洋介   「とりあえず、ひとつ言えることがある」

早紀   「なに?」

洋介   「お前は、亮一に夢を見すぎだ」

早紀   「え?」

洋介   「別に、あいつも、もちろん俺も、聖人君子なんかじゃない。
      卑怯なとこ、ズルイとこ、弱いとこだってたくさんある」

早紀   「……そうかもしれないけど、でも、私ほどじゃないと思う」

洋介   「お前の問題が、自分が選ばれた理由に自信が持てないってだけなら、話は簡単だ。
      俺が自信を持たせてやるよ」

早紀   「え?」

洋介   「ここでがいい? それともベッドがいい?」

早紀   「な、なんの話?」

洋介   「わかってるくせに」

早紀   「まってっ……きゃ!!」

洋介   「ソファで無理やりってのも、プレイとしてはアリだけどな」

早紀   「冗談でしょ!?
      洋介くん亮一の親友なのにっ!」

洋介   「そう、俺は亮一の親友。でも、今それって関係ある?」

早紀   「え……」

洋介   「逆に訊くけど、お前は亮一の奥さんなのに、
      どうして一人暮らしの男の部屋にいるの?」

早紀   「だってそれは洋介くんが……」

洋介   「でもさ、密室に男と女が二人でいる時、結構いろんなもんがどうでもよくなるもんだろ?」

早紀   「やめて。お願い……!」

洋介   「どうして? 亮一と長いことセフレだったんだろ?
      俺とも楽しんだっていいんじゃない?」

早紀   「放して!! 洋介くんだって彼女いるんでしょう?!」

洋介   「だから関係ないんだよ今そんなことは。
      ああ、それともこれもプレイの一環? 強姦プレイがお好きなら、お望みのままに」

早紀   「や……っ」

洋介   「抵抗するフリが上手だね。慣れてるんだ?」

早紀   「……ちが……」

洋介   「亮一よりヨくしてやるよ」

早紀   「っ……やめて!!!!!!(渾身の頭突き)」

洋介   「っっづ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

早紀   「亮一以外なんていないもの……!
      私にはずっと、亮一しかいなかったもの……
      男なんかいらない……私は亮一がいればいい!
      亮一しかいなくていい!!!」

洋介   「……」

早紀   「うっ…くっ…(声を堪えながら、泣いている)」

洋介   「……ふぅ〜(大きなため息)……自信出たか?」

早紀   「……えっ?」

洋介   「それがお前の本音、お前の気持ちだろ?」

早紀   「私の、気持ち……」

洋介   「はっきり自分で言ったんだぞ、
      亮一がいればいい、亮一しかいなくていい、って」

早紀   「あ……」

洋介   「ただのマリッジブルーだよ、お前の悩みなんて。
      俺の名演技で、無事解決、ひひひ」

早紀   「演技……?」

洋介   「にしても、お前マジ石頭。すっげぇ痛え」

早紀   「あ、ごめん……」

洋介   「ったく、こんな賭けしなきゃよかったよ」

早紀   「……賭け?」

洋介   「泣かせて悪かったけど、怒るなら首謀者に怒ってくれよ?
      俺はただ、賭けに負けただけなんだから」

早紀   「首謀者?」

洋介   「お前がフランスに行ってたら俺の勝ち。
      日本に残ればあいつの勝ち。
      そういう賭けをしたんだよ」

早紀   「……えっ、まさか……」

洋介   「そうだったよなあ、亮一!!」

早紀   「っ……亮一……!」

亮一   「ああ。……ごめんな、早紀」

早紀   「なんでここにいるの……!?」

亮一   「俺は、早紀が思うほど、いいひとなんかじゃないんだ。
      早紀は自分に自信がなかったみたいだけど、
      自信がないのはむしろ俺の方で。
      ……だからこそ、こうして策を講じて早紀を捕まえようとしてる。
      ずるくて、卑怯な男なんだ」

早紀   「亮一がなにを言ってるのか……わかんない……」

洋介   「亮一は、お前がフランスに来ないって、わかってたんだよ」

早紀   「……っ」

亮一   「電話の声の調子とか、メールの文面とかさ。
      こっちに来る日が近づくにつれて、そっけなくなってったし。
      勘でしかないけど、変に確信してた」

早紀   「……ごめん」

亮一   「謝らないで。
      むしろ、怖い思いをさせて、こっちが悪かった。
      ほんとごめん。……ここまでしろとは言わなかったんだけど」

洋介   「なんだよ俺が悪いのかあ?」

亮一   「限度ってもんがあるだろ!」

洋介   「大体なあ、お前がおとなしくフランスに行っていれば俺の勝ちだったんだよ」

早紀   「私が? それが、賭け……?」

洋介   「そう。フランスの三ツ星ホテルのディナーを賭けてたんだけどな〜。
      こっちがお前ら二人分奢ることになったんだから、じっくり味わってこいよ」

早紀   「……もし、私が飛行機に乗ってたら?」

亮一   「その時は、何食わぬ顔で早紀の隣の席に座って、
      実は迎えにきたんだ、って笑って一緒にフランスに戻るつもりだった」

早紀   「亮一、あのとき空港にいたの!?」

亮一   「うん。……俯いて、震えながら…ずっと考え込んでたね。
      搭乗時刻ぎりぎりに空港から出てったのも、見てた。」

早紀   「……」

亮一   「責めてるわけじゃない。
      普通はその時声をかけるべきで、そうしなかったのは俺たちだ」

早紀   「でもきっと、声かけられても、逃げてたと思うよ」

亮一   「早紀にとっては、仕事も辞めて家も引き払って、
      全く何も知らないところに行くんだから、不安になって当然なんだ。
      逃げ出したくなっても当たり前。
      俺は、それを支えられる男だって示せればよかったんだけど……。
      白状するけど、……俺は、早紀にゼロになってほしかった」

早紀   「え?」

亮一   「パリに一緒に連れて行けば、早紀は仕事にも行かないし、
      ずっと家にいて、ずっと俺だけを見ててくれる。
      俺もマリッジブルーだったのかもしれない。
      早紀の気持ちを汲み取る前に、縛り付けようとしてた。
      俺は、そういう卑怯な男なんだ」

早紀   「亮一も、不安だった?」

亮一   「まぁね」

洋介   「亮一から、賭けはお前の負けだよって連絡もらって、
      こっちも行動を開始したわけだ。
      俺が負けたら、どんな手段使っても、フランスに行かせるよう説得する、
      それも条件に含まれてたんでね」

早紀   「それで、さっきの、名演技?」

洋介   「そういうこと!
      賭けにして正解だったよな。
      結果論かもしれないけど、こうやって軽く考えるのは、
      後々しこりを残さない為にも、いいと思うぞ」

亮一   「早紀にとっては、すごく怖い思いもさせたし、
      許せないって思うかもしれない。
      でも、俺は、早紀の本音がきけて、嬉しかったよ。
      万が一洋介を受け入れるようなことがあったらどうしようって、
      実は超焦ってたけど……俺、後悔してないんだ。
      俺しかいらない、って言葉、すごく嬉しかった。
      世界で一番大切にしなきゃいけない奥さんを、
      あんだけ怖い目にあわせといて、嬉しがってんの。
      幻滅したかな?
      ずっと早紀の前では、かっこばっかつけて、いいひとを演じてたから。
      ……どーしようもないよな」

洋介   「……はいはいそこまで!
      軽く考えろって言っただろ。ここは教会の懺悔室じゃないんだ。
      二人とも、互いの本音をぶつけあってすっきりしたよな、な?」

亮一   「……うん」

早紀   「うん」

洋介   「それで、どーする?」

亮一   「え……」

早紀   「……えっと」

洋介   「……んじゃ、ちょっと外出てくるから、あとは二人で話せ」(出ていく)

早紀   「あ、洋介くん……」

亮一   「気ぃつかってくれたんだろ」

洋介   「あ、寝るなら客間使っていいけど、ヤるのは禁止な!?」(玄関から叫ぶ)

亮一   「るっせえ!」

早紀   「ハハハ……」

(ドアが閉まる)
 
亮一   「……」

早紀   「……」

亮一   「……早紀」

早紀   「……なに?」

亮一   「俺は、こんな男です。
      早紀を幸せにすることなんか二の次で、
      早紀を手に入れることしか考えてないような、
      独占欲の強い、卑怯で、ずるい男です。
      ……こんな俺だけど……これからも、早紀の夫でいさせてくれませんか」

早紀   「……」

亮一   「……」

早紀   「……亮一」
    
亮一   「……なに?」

早紀   「許せない……なーんて、言わないよ。
      おかしいよね、あんな怖い目にあったのに。
      私、今結構嬉しいの。
      私の迷いにさ、私以上に気付いちゃうくらい、私を見てくれてた、
      こんな賭けをしてまで、手に入れようとしてくれてたって。
      亮一の気持ち、すごくよくわかって、ほっとした。
      永遠に愛される自信は正直今でもないんだけど、
      でも、私が、永遠に亮一を想う自信は、できたかな。
      亮一がいれば、もう、なんだっていい。
      そんな歪んだ女ですけど……これからも、亮一の奥さんでいていいですか」

亮一   「ありがとう。……絶対離さない」

早紀   「うん、……絶対、離れない……」

(間)

洋介    結婚はゴールじゃない。それから何が起こるかわからないんだ。
      ま、それが人生の醍醐味ってやつだが、いやーとにかく世話のかかる二人だった。
      ん……ああ、雨が降ってきやがった。早く梅雨なんてあけてくれ……。
      そうか、そういう意味でもちょうどよかったよな。
      二人にとってはきっと、ある意味これがイイ結婚式になったんじゃないか?
      ジューンブライドって言うくらいだし。
      どうぞ、末長〜く、お幸せにな!







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