大江戸捕物帳  −壱ノ段− 恋幽霊

作:早川ふう / 所要時間 90分 / 比率 4:4

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2014.03.16.


【登場人物紹介】

片平喬之助(かたひら きょうのすけ)
  『町方同心(まちかたどうしん)』として、江戸の見廻りなど、今でいう警察業務にあたっていた。
  雅という『御用聞き(ごようきき)』(岡っ引のこと)を雇っている。他にも雇っている御用聞きは何人かいる。
  職務に関しては一応真面目だが、口が悪いのが玉に瑕。

雅(まさ)
  喬之助に仕える『御用聞き(ごようきき)』。独身。人はいいが、そそっかしい。
  町人でありながら十手を持つ岡っ引である。一人称は「あっし」。

清吉(せいきち)
  薬種問屋田島屋の手代。真面目で働き者の青年で、雅とは昔馴染み。
  団子屋のおゆきと結婚の約束をしており、おきぬに迫られてもきっぱりと断った。

功庵(こうあん)
  町医者・良庵(りょうあん)の息子で、父のもとで医師として働いている。なつの兄。
  女性にだらしないが、うまく女性を騙せる天性のたらしタイプ。
  おきぬの許嫁だった。

りょう
  喬之助の姉。しかし、事情により離れて育てられた。
  小料理屋を営んでおり、霊感がある為、そういう相談も受けている。
  頼れる姐御といった気性。美人。

きぬ
  薬種問屋(やくしゅどんや)田島屋の娘。
  薬を扱う商いをしているので、医師とも交流があり、
  その縁で、町医者良庵の息子、功庵との縁談が決まっていた。
  しかし、何者かに殺されてしまい、幽霊となって清吉のそばにいるようで……。

ゆき
  団子屋の看板娘で、田島屋の手代・清吉の許婚でもある。気立てのいい優しい娘。

なつ
  町医者良庵の娘で、おきぬが結婚するはずだった功庵の妹。
  明るく元気な性格で、おきぬとも仲が良く、祝言(しゅうげん)を楽しみにしていた。


【配役表】

喬之助・・・
雅・・・
清吉・・・
功庵・・・
りょう・・・
きぬ・・・
ゆき・・・
なつ・・・



りょう   花のお江戸と申せども、人々の心までが花のように美しかったわけじゃあございません。
      現代の世からゆうに三百年は昔。
      これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の話でございます。



(薬種問屋田島屋。閉店後)

清吉   「さてと。帳簿もつけ終わったことだし、そろそろ休むか」

きぬ   『清吉さん……』

清吉   「ん? 今何か声がしたような……』

きぬ   『こっちよ、清吉さん。あたしに気付いて……』

清吉   「この声どこから……? いや、それよりこの声……」

きぬ   『清吉さん……!』

清吉   「……っ! お嬢さん!?(きぬの姿を見つけて)
      あ、ぁ、うわああああああああああああ!!!」



(番屋)

雅    「ってなわけなんで、何とかしてやってくだせぇ、片平の旦那!」

喬之助  「ってなわけなんで、なんて言われたってちっともわかんねぇよ!
      お前の話はどうしてそう突拍子もねぇんだ!」

雅    「そう言われましても、あっしは清吉から聞いたまんま旦那に報告してるだけですから、
      突拍子もへったくれもねぇってもんですよ」

喬之助  「お前は、その清吉とやらに相談されたのか?」

雅    「ガキの頃からの付き合いなもんで!」

喬之助  「はぁ……
      お前は人が好いのかお節介なのか、両方なのかはわからんが、
      とんでもなく馬鹿なのはよぅくわかった」

雅    「旦那に褒めていただけると、なんかむずがゆいですよぅ!」

喬之助  「褒め言葉に聞こえている時点で救いようがねぇな。
      まぁ、それは置いておくとして。
      おい雅」

雅    「へぇ!」

喬之助  「いくつか確認したいことがある」

雅    「なんでしょう!」

喬之助  「まずひとつ。ここは番屋だな?」

雅    「その通りで!」

喬之助  「そしてお前は、『御用聞き(ごようきき)』だ。お前の仕事は何だ?」

雅    「そりゃあ、町の治安を守る為、不審者がいねぇか見回りをして、
      何か事件がありゃあ下手人(げしゅにん)をとっ捕まえて、
      奉行所に突き出すことです!」

喬之助  「うむ。その通りだ。
      じゃあ、ふたつめだ。俺の役職を知っているか」

雅    「もちろん!
      旦那は、『町方同心(まちかたどうしん)』片平喬之助様!!
      あっしら『御用聞き(ごようきき)』を雇ってくださって、いつも感謝しておりやす!」

喬之助  「わかってんなら話は早ぇえ」

雅    「へ?」

喬之助  「(すぅっと息を吸って一息にまくしたてる)
      事件が起きたわけでもねぇのに同心である俺を呼び出し、
      幽霊騒ぎなんて馬鹿げた話をするとは何事だこのすっとこどっこい!!!」

雅    「うわっ……。
      だ、旦那ぁ、そんな怒らなくてもいいじゃねぇですかぁ」

喬之助  「(遮る)いいからとっとと見回りに行きやがれ!」

雅    「清吉を放ってなんておけねぇですよ!!」

喬之助  「大体その清吉とやらが相談に来てるわけじゃねぇじゃねぇか!
      幽霊騒ぎなんざ、どうせ勘違いだろう。
      もしくは、お前がかつがれたかのどちらかだ」

雅    「違いますよ、清吉は真面目ないい奴なんですから!!
      もうすぐ所帯をもつって時に、あっしを騙したり、
      幽霊騒ぎだとか言い出すはずはねぇんです!」

喬之助  「ほう。清吉はもうすぐ所帯をもつのか?」

雅    「へぇ。お相手は団子屋の娘さんで、おゆきって名でして!
      とってもいい子で、そりゃあ似合いの二人なんですよ!」

喬之助  「だとしたら冗談でもこんなこたぁ言わねぇか…」

雅    「でしょう!?
      もし祟られでもしてたら……あっしはそれが心配で!
      だからお願いですよぅ旦那!!」

喬之助  「……よぅし、雅がそこまで言うなら話を聞きに行くか。
      それで、清吉とやらはどこにいるんだ?」

雅    「清吉は、薬種問屋(やくしゅどんや)の田島屋で手代(てだい)をやってるんですよ」
             
喬之助  「何ぃっ田島屋!?
      ってことは、もしかして、清吉が見た幽霊ってのは、
      ひと月前に殺された田島屋の一人娘のおきぬか!?」

雅    「その通りで!」

喬之助  「それを早く言え!!!」

雅    「へ?」

喬之助  「おきぬを殺した下手人(げしゅにん)はまだ挙がってねぇんだ!
      もし幽霊話が嘘だとしても、何か手がかりが掴めるかもしれねぇ!
      ったくお前は肝心なことを最後に話しやがって!!!
      行くぞ雅!」

雅    「ありがとうごぜぇやす旦那!」

喬之助  「阿呆、用件はあくまでも、おきぬ殺しだ。
      幽霊の話はついでだからな!」

雅    「がってん!」



(薬種問屋田島屋)

喬之助  「邪魔するよ!」

清吉   「いらっしゃいませ、これは片平の旦那……」

喬之助  「よう清吉、……ずいぶんとやつれているじゃねぇか」

清吉   「おかげさまで忙しくさせていただいておりまして……」

喬之助  「事件からひと月も経つってのに、まだ下手人を挙げられなくてすまねぇな」

清吉   「いえそんな。
      あ、主人に用事でしたら只今呼んで参りますが」

喬之助  「いや、今日はお前さんと話がしたいんだ」

清吉   「わたくしと、ですか?」

雅    「清吉っ」

清吉   「雅? あっ、もしかしてお前、昨晩の話を旦那にお聞かせしたのか!?」

雅    「そりゃあ、親友の一大事だからな」

清吉   「それは申し訳ありません、なにぶん仕事で疲れておりまして。
      きっと見間違いでございましょう。
      片平の旦那のお手を煩わせるようなことでは」

雅    「おい清吉ぃ、あっしがせっかく」

清吉   「このようなことでご足労いただき、申し訳ありません」

喬之助  「……そうか、」

なつ   「こんにちはぁ!」

清吉   「ああ、おなつちゃん」

雅    「おなつちゃんじゃないか、今日も元気だね」

なつ   「ありがとう。
      あら、雅さんとご一緒ってことは、もしかしてそちら片平の旦那様?」

喬之助  「おぅそうだが、お前さんは?」

なつ   「あたしは、なつっていいます。
      父と兄が町医者をしていて、手伝いをしているんですが、
      今日は薬を受け取りに来たんですよ」

雅    「(喬之助に耳打ちする)
      殺されたおきぬの許婚の妹さんです」

喬之助  「なるほど。そいつぁ感心なこったな」

なつ   「それほどでも。
      ああ、旦那と雅さんがこちらに来ているなんて、
      もしかして、おきぬさんの件かしら!?」

清吉   「おなつちゃん!!
      ……今薬を持ってくるから」

なつ   「はぁーい」

喬之助  「……なるほどねぇ。随分と気にしてるじゃねぇか」

雅    「そりゃぁそうですよ」

なつ   「ね、ね! それで、どうなんです?
      おきぬさんを殺した男って見つかったんですか?」

喬之助  「……いや、まだだ。手がかりが少なすぎてさっぱりだ。面目ねぇ」

なつ   「おきぬさん、もう少しでお姉さんになるはずだったのに」

喬之助  「おきぬとは、仲が良かったのかい?」

なつ   「ええとっても!
      まるで最初から姉妹だったみたいに気が合ったんです。
      あたしだっていつかはお嫁に行く日が来ると思うけど、
      せめてその日までは、仲良く一緒に暮らしたかったわ」

雅    「そうだよなぁ……」

なつ   「おきぬさんを殺すなんて許せないわ。
      絶対お縄にしてくださいね!
      あたし、何でも協力しますから!」

雅    「ありがとうよ、おなつちゃん!」

喬之助  「そのうち話を聞きに行くかもしれねぇから、
      よろしく言っておいてくんな」

なつ   「兄と父にですか? わかりました、伝えておきます!」

清吉   「お待たせ、おなつちゃん。
      良庵先生と功庵先生に頼まれていたお薬、こんなにあるんだけど大丈夫かい」

なつ   「大きな風呂敷持ってきましたから。
      お薬ですからそんなに重くありませんし」

清吉   「気をつけて持っていってね。
      あぁ、そうだ、代金なんだけど」

なつ   「え? お代はもう払ってあるって兄が言ってましたけど」

清吉   「おかしいな、今回は後払いの約束だったんだ」

なつ   「あれっそうなんですか?
      すみません、勘違いしてたかな。
      父に言ってすぐ持ってきますね。それでもいいですか?」

清吉   「ああ、明日で大丈夫だよ。こっちはうまく言っておくから。よろしくね」

なつ   「ありがとうございます。じゃあ失礼しまーす!」

雅    「……相変わらず元気な娘さんだなぁ!」

喬之助  「で、清吉」

清吉   「はい?」

喬之助  「忙しいとこすまねぇが、ちっとばかし時間をくれねぇか」

清吉   「え……?」

喬之助  「お前さん、もうすぐ祝言(しゅうげん)を挙げるんだって?」

清吉   「……っ、はい。
      けれど、お嬢さんがあんなことになって、
      とてもそれどころでは……」

雅    「またそんなこと言って! おゆきちゃんが可哀想じゃねぇか!」

喬之助  「……おきぬ殺しに関わることかもしれねぇんだ。
      昨夜の幽霊話とやら、聞かせてもらうぜ」

清吉   「しかしまだ仕事が残っておりますし」

喬之助  「店を閉めた後でいいんだ。
      馴染みの小料理屋があるんだが、そこで一杯やりながら……どうだい?」

清吉   「……わかり、ました」



(おりょうの営む小料理屋)

りょう  「いらっしゃい!
      ……やだよ、喬之助じゃないか。
      あんたが来るとろくなことがありゃしない!」

喬之助  「随分な言い草だな」

りょう  「今日はお連れがいるのかい、珍しいこと」

雅    「ども! 旦那の下で働いておりやす、雅と申します!」

りょう  「あたしはおりょう。見ての通りちっぽけな小料理屋をやってんのさ。
      ゆっくりしていっておくれ」

喬之助  「清吉、別に取って食おうってんじゃねえんだ。
      つったってねぇで、入りな」

清吉   「……お邪魔致します」

りょう  「あら、そちらさんも初めましてだね。
      よかったらご贔屓に」

清吉   「はい」

喬之助  「とりあえず酒と、何か適当に出してくれ」

りょう  「はいよ」

雅    「……旦那も隅に置けねぇや」

喬之助  「何がだ?」

雅    「こんな別嬪さんのやってるお店の常連だなんて」

喬之助  「別嬪!? あれがか!?」

りょう  「喬之助! 聞こえてるからね!
      ……んふふ、雅さんって言ったっけ?
      別嬪だなんて嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
 
雅    「いやいや……」

喬之助  「世辞に決まってるだろう」

りょう  「五月蝿いね! ちょいと浮かれるくらいいいじゃないのさ!」

喬之助  「雅は女と見れば誰でもこうなんだ、本気にするなよ」

りょう  「あらそうなのかい?
      雅さん駄目だよ?
      女ってのはね、自分だけを特別だと思っていてほしいものなんだ。
      あっちにいい顔し、こっちにいい顔し、ってやってちゃあ、
      いーつーかー刺ーさーれーるーよ〜?」

雅    「ひぃぃ!」

りょう  「あはは! 喬之助、あんた面白い子飼ってるんだねぇ!」

喬之助  「冗談はそのくらいにしておいてくれ。
      今日はまだ仕事なんだ」

りょう  「ああ、そうなのかい。悪いことしたね。
      じゃあお二人さん、不肖の弟をどうぞよろしく〜」

雅    「ええっ弟!?」

喬之助  「……訳あって一緒に暮らしちゃいねぇんだが、あれでも一応姉なんだ。
      清吉、すまなかったな騒がして」

清吉   「いいえ、大丈夫です。気が紛れてむしろ助かります」

喬之助  「そいつはよかった」

雅    「姉……弟……。
      いやあ旦那より年上にはとても見えねぇ……」

喬之助  「雅!」

雅    「へいっ、すいやせん!」

喬之助  「でだ。……おきぬの幽霊を見た、ってのは、本当なのか?」

清吉   「……はい」

喬之助  「詳しく話してくれ」

清吉   「……詳しくも何もないんです。
      昨晩、帳簿をつけ終わったら、蝋燭の火が揺らめくのが見えまして。
      そうしたら、どこからともなく声が聞こえました。
      『清吉さん』と。
      そりゃあ、はじめは気のせいだと思いました。空耳か何かだとも。
      ただ、どうしたって自分を呼ぶ声に聞こえるんですよ。
      『こっちよ、清吉さん、あたしに気付いて』って……」

喬之助  「なるほど」

清吉   「それがお嬢さんの声だと気付いて、お嬢さん、と呼んだら
      目の前にぼんやりとお嬢さんの顔が見えて……」

雅    「そ、それで!?」

清吉   「思わず、うわああと叫んでしまったら、お嬢さんの姿は消えてしまいました。
      本当にそれだけなんです。
      幻でも見たか、それとも寝ぼけていたのか……」

喬之助  「そんな幻があるものかねぇ。
      おきぬは町医者の息子の、えーっとなんつったっけか」

雅    「良庵先生の息子の功庵先生ですよ」

喬之助  「そうだそうだ、その功庵っつー医者と祝言間近だったんだろう。
      功庵の妹のおなつともうまくいっていたみたいだし、
      いくら聞き込みしても、
      おきぬは誰かに恨みをもたれるような娘じゃなかったって話ばかりだ」

清吉   「……はい。お嬢さんは、とても素直で、可愛らしい方でした」

雅    「花嫁衣裳着たかっただろうに。
      あんな殺され方されて……」

喬之助  「そこだ。そこなんだよ」

雅    「え?」

喬之助  「毒なら、入手元も多くねぇからそっから辿れる、だが毒じゃあねぇ。
      絞め殺されたってんなら、性質(たち)の悪い輩に絡まれて襲われたって線もある。
      が、おきぬは刺されて殺されてるし、押さえ込まれたり殴られた形跡はねぇんだ」

雅    「そうですねぇ」

喬之助  「心の臓を一突きってんなら、物盗りの犯行とも考えられるが、
      尋常じゃねぇ数の刺し傷があった。
      ありゃあ明らかに、怨恨からくる殺しだろう」

清吉   「……お嬢さんが、恨まれていたと?」

喬之助  「清吉よ、お前さん、何かまだ俺達に話してねぇことがあるんじゃねぇか?」

清吉   「……それ、は……」

雅    「そうなのか清吉! 話してくれよう!
      俺とお前の仲じゃねぇか! 悪いようにはしねぇよ! なっ!?」

喬之助  「どうなんだ清吉!!!」

りょう  「……やだやだ大声あげちゃって」

喬之助  「仕方ねぇだろ、仕事なんだこっちは」

りょう  「下手人の一人も挙げられないで何が仕事だい」

喬之助  「挙げるために仕事してんじゃねぇか!」

雅    「二人とも抑えて抑えて」

りょう  「ちょーっと、お節介してもいいかねぇ、喬之助」

喬之助  「何ぃ……」

りょう  「あー、あんた、清吉さん、っていうんだろう?」

清吉   「は、はい」

りょう  「……いい男だねえ」

清吉   「はぁ?」

りょう  「清吉さん。あんた程のいい男だ。
      女の方から誘ってくる、なぁんてこともあったんじゃないかい?
      女遊びをしたことは?」

清吉   「ありません!!
      わたくしは仕事一筋でここまで来ましたし、
      将来を誓い合った仲の者もおります!
      女遊びなんてそんな……」

りょう  「……だろうね。
      仕事一筋で真面目な働き者。
      将来を約束した女が自分の他にいるなら尚更だ。
      恋に燃え尽きてしまったんだろうねぇ」

喬之助  「おりょう、一体何の話をしてんだ?」

りょう  「清吉さん。
      山吹色の着物で、紅い花のつまみかんざしをつけた、
      若い娘さんに心当たりはないかい?」

清吉   「……お嬢さん!」

喬之助  「……おきぬは、まさにその格好で殺されていたな」

りょう  「おきぬ。そうかい。あんたは、おきぬちゃんって言うのかい」

清吉   「ど、どういうことですか?」

りょう  「いるんだよ、清吉さんのすぐ後ろに。
      あんたをじっと見つめてる。よっぽどあんたが好きなんだねぇ」

雅    「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!
      おりょうさんには、お、おきぬの幽霊がっ、見えてるんですかい!?」

りょう  「まぁね。信じるも信じないもあんた達次第さ」

雅    「そんなことって……」

りょう  「清吉さんの後ろにいる、このおきぬちゃんが殺されてるんなら、
      あたしが何か読み取れることがあるかもしれない。
      そう思って、あたしのところに清吉さんを連れてきたんだろう、喬之助」

喬之助  「……ちっ」

りょう  「素直じゃないねぇ。
      あたしの力を信じようとしないくせに、何かあると頼ってくるんだから。
      しょうがない弟だよホント」

雅    「で、でもよぅ! 清吉にはおゆきちゃんがいるんだ!
      それに、おきぬだって、もうすぐ功庵先生と祝言だっただろう!?
      そんな馬鹿な話があるかってんだ!」

清吉   「……すまん、雅。お前にも黙っていて」

雅    「えっ!? じゃあ……本当に!?」

清吉   「……」

喬之助  「それで、おきぬは何と言ってる?」

りょう  「あたしが今この子から感じるのは、清吉さんへの恋心だけさ」

喬之助  「誰に、どうして殺されたのか、聞き出せねぇのか!?」

りょう  「できないわけじゃないけど、今日は日が悪いんだよ。
      陰と陽の気がうまく交わる日でないと、霊と言葉を交わせないんだ」

喬之助  「おきぬには後々話を聞こう。
      おりょう、やってくれるな?」

りょう  「ま、そういう日になったらね」

喬之助  「じゃあ清吉、……話してもらうぜ?」

清吉   「……お嬢さんは、我々使用人にも心を配ってくださる優しい方でしたから、
      縁談が決まった際も、心よりお祝い申し上げました。
      けれど、お嬢さんは、なぜか、わたくしなどに……」



(回想。夕方の薬種問屋田島屋)

きぬ   『清吉さん、……相談があるんだけど』

清吉   『お嬢さん? 何でしょうか?』

きぬ   『……もうすぐあたしの祝言だけど。どう、思う?』

清吉   『え……。そりゃあ、おめでたいことだと思っております。
      お医者様に嫁ぐのは大変なことかもしれませんが、
      功庵先生は御気性も柔らかく、お優しそうな方。
      お嬢さんはきっとお幸せに』

きぬ   『(遮る)幸せになんてなれるはずないわ!』

清吉   『え!?』

きぬ   『功庵先生のところになんかいきたくないの!』

清吉   『なっ、どうしたって言うんです!?』

きぬ   『功庵先生は優しいいい人だったわ。
      妹のおなつちゃんも、とてもいい子。
      でも……それでもあたしは、好きな人のところに嫁ぎたい!!』

清吉   『他に好きなお人がいらっしゃるんで……?』

きぬ   『そうよ。だから祝言なんて挙げたくないの!』

清吉   『しかし、もう結納も済み、祝言の日取りも決まっているじゃありませんか。
      今更どうにも……』

きぬ   『だから清吉さん、あたしを連れて逃げて!』

清吉   『ええっ!?』

きぬ   『あたしは清吉さんが好きなの!!
      清吉さんのお嫁さんになりたい……。
      贅沢ができなくったっていい。ただあなたと一緒にいたい!!』

清吉   『そ、それは……できません!』

きぬ   『どうして!? 清吉さんはあたしが嫌い!?』

清吉   『そんなことは……』

きぬ   『それともおとっつぁんを裏切れない!? 世話になったから!?』

清吉   『それもございますが……。
      わたくしには、わたくしには、もう夫婦(めおと)になろうと約束した者がおります。
      ですのでどうか……お許しください!!』

きぬ   『……夫婦に……?
      それは、本当?』

清吉   『本当でございます。清吉がお嬢さんに嘘を申し上げたことがありましたでしょうか』

きぬ   『……ないわね』

清吉   『申し訳ございません。
      お嬢さんのお気持ちは、手代のわたくしには勿体無いものでございます。
      ありがたくこの胸に仕舞いまして、誰にも他言は致しません。
      どうか、どうか、功庵先生とお幸せになってくださいませ』



(回想終了。おりょうの営む小料理屋)

りょう  「なるほどねぇ。そんなことがあったのかい」

雅    「清吉、それはいつの話なんだ?」

清吉   「お嬢さんが殺された日の、夕刻でした」

喬之助  「……そのあと、おきぬは何者かに……。
      清吉、ありがとうよ。
      雅、明日もういっぺん、おきぬの身辺洗うぞ!」

雅    「わかりやした!!」



 (次の日。番屋)

喬之助  「今日はおきぬの身辺の洗い直しだ!」

雅    「がってん! あ、そういえば」

喬之助  「ん、何だ?」

雅    「おりょうさん、おきぬの幽霊と話せるかもしれないって言ってましたけど、
      それは一体いつになるんでしょう?」

喬之助  「近いうちとは言ってたがなあ。
      おりょうの手を煩わせる前に下手人を挙げるつもりでかかるぞ!」

雅    「へい!」



(団子屋の店先)

ゆき   「いらっしゃいませ!」

喬之助  「おう、邪魔するぜ」

雅    「団子と茶を二つずつ頼むよ」

ゆき   「かしこまりました!」

喬之助  「……あれが清吉と夫婦(めおと)になる約束をしてるという、おゆきか」

雅    「へぇ。この団子屋の看板娘で。
      茶も美味い、団子も美味い、娘も美人ときちゃあ繁盛しないはずがありやせんって!」

喬之助  「おゆきの評判はどうなんだ」

雅    「疑ってらっしゃるんで?」

喬之助  「……動機があるという点では、一番怪しいのは、おゆきだ」

雅    「そんなぁ」

ゆき   「お待たせしました!
      いつもお見回りありがとうございます。
      お団子一串ずつおまけしておきましたので、どうぞ召し上がってください」

喬之助  「おう、すまねぇな」

雅    「遠慮なくいただきやす!」

ゆき   「ふふっ、雅さんはいつも美味しそうに食べてくださるから、私も嬉しいです」

雅    「へっへっへ」

ゆき   「そちらは片平の旦那様ですね。
      初めまして、この団子屋の娘で、ゆきと申します」

喬之助  「おい雅。お前行くとこ行くとこ俺の名前を触れ回ってんのか!?」

雅    「とんでもねぇ!
      あっしの旦那は江戸で一番の同心(どうしん)だって話してるだけですよぅ」

喬之助  「まったくお前は調子のいい……」

ゆき   「ふふふ」

喬之助  「ところでおゆきさん。
      ひと月前に起きた、薬種問屋(やくしゅどんや)田島屋の娘、
      おきぬが殺されたことは知ってるな?」

ゆき   「ええ。おきぬさん、祝言(しゅうげん)を前に殺されてしまったんですよね?
      下手人(げしゅにん)もまだ捕まっていないとか……怖いですね」

雅    「すまねぇ。必ずあっしらが捕まえやすから!」

喬之助  「おゆきさん、……おきぬと面識は?」

ゆき   「えーと、そうですね。
      何回か、清吉と一緒にうちの団子を買いに来てくださったことがあります。
      特別お話をしたというわけではないので、
      とてもお綺麗な方だったという印象しか……」

雅    「清吉とは、最近どうだ? うまくいってるかい?」

ゆき   「ええ。でも、おきぬさんが亡くなってから、元気はないですね」

喬之助  「そうか。
      あー……おきぬが、清吉に惚れてたって話を聞いたんだが、
      清吉から何か聞いたことは?」

ゆき   「ええっ!? そんなまさか!」

喬之助  「初耳かい?」

ゆき   「もちろんです!」

雅    「だよなぁ!? 知ってたら心中穏やかじゃいられねぇってもんだよなぁ?!」

ゆき   「……もしかして、それで私を疑ってらっしゃるんですか?」

喬之助  「いやいや、そうは言っちゃいねぇよ。
      ただ、大店(おおだな)の娘が祝言を前に殺された。
      しかもその殺され方が尋常じゃねぇ。
      動機は怨恨だろうってんで、
      おきぬに恨みを持つ可能性のある奴をもう一度洗い直しているところなんだ」

ゆき   「……もし、おきぬさんが清吉を好いていた話を知っていたとしても、
      私は清吉を信じています。
      清吉は誰よりも真面目で、誠実な人ですから。
      だから、おきぬさんを恨むなんてこと、ありえません」

雅    「だよな!? な!?」

喬之助  「そうかい。……すまねぇな。商売柄こう色々と訊かなきゃいけねぇんだ」

ゆき   「いいんです。お気になさらないでください」

喬之助  「ありがとうよ」

ゆき   「あの、お団子、かたくならないうちに召し上がってくださいな。
      甘さは控えめですけど、お疲れも和らぐと思いますので」

雅    「美味かったっすよ!!
      ほら、旦那! 食べてくだせぇよ!」

喬之助  「(食べる)……おお、これはなかなか!!」

雅    「美味いでしょう?! ね!?」

喬之助  「これからちょくちょく贔屓にさせてもらうよ。
      こいつは確かに美味い!」

ゆき   「ありがとうございます!」

雅    「……次は功庵先生のとこに行きやすか!」

喬之助  「そうだな」

ゆき   「あ。そちらにも、お話を伺いに行かれるんですか?」

雅    「まぁな」

ゆき   「功庵先生だったら多分、もうしばらくしたらこちらにお見えになるかと思いますよ」

喬之助  「え!?」

雅    「功庵先生もここの常連なのかい!?」

ゆき   「贔屓にしてくださってるんですが……その……」

功庵   「やあ、おゆきちゃん。今日も可愛いね」

ゆき   「きゃあ! こ、功庵先生、いらっしゃいませ」

功庵   「団子とお茶を頼むよ。できれば君がずっと隣にいてくれればいいんだけどね」

ゆき   「そんなことできるわけないじゃありませんか。冗談はよしてください。
      少々お待ちくださいね」

雅    「……こいつが功庵か……」

喬之助  「随分と忙しそうじゃねぇか、功庵先生」

功庵   「おや……これは町方同心の片平様、でしたね。
      こんなところで油を売ってどうなさったんですか?」

喬之助  「こちとら聞き込みの最中だ。ま、お前さんが来てくれて手間がはぶけたがな」

功庵   「おや、わたしに御用でしたか?
      ああそういえば妹がそのようなことを言っていたような……
      それで、一体何用でございましょう?」

喬之助  「許婚が殺されてまだひと月だってのに、随分と元気そうじゃねぇか?」

功庵   「はい?」

雅    「おゆきちゃんに色目使いやがって。
      おきぬに悪いとは思わねぇのか?」

功庵   「医学に携わっておりますと、人の生き死にに関して割り切れるようになるんですよ。
      死んだ人間をいつまでも想っていても、それは双方の為にはなりませんからね」

雅    「おきぬがこの世に未練残して、成仏できねぇでいても、そう言えんのか?」

功庵   「おきぬは、成仏していないんですか?」

雅    「そうでぇ! それでもお前ぇ、何にも思わねぇのか!?」

功庵   「殺されたのは気の毒な話ですが、ご縁がなかったのです、仕方ありません」

喬之助  「冷てぇなぁ」

功庵   「ふぅむ……。
      わたしに嫁げなかったことをそこまで未練に思っているとは知りませんでした。
      手厚く供養をしてもまだ成仏しないとは、余程わたしを好いていてくれたのですね。
      しかし、亡くなったおきぬへの供養の為に、この先わたしが幸せになろうとするのは、
      冷たいことでしょうかねぇ?」

喬之助  「成程な。お前さんはお前さんなりに、おきぬを大事にしてるってことか。
      そんなら俺達がとやかく言うことじゃねぇや」

功庵   「さすが旦那は話のわかる御人だ」

雅    「だ、旦那ぁ」

喬之助  「だがな、功庵先生。……もう決まった相手のいる女を狙うのは、趣味が悪いぜ?」

功庵   「え?」

喬之助  「お前さんが鼻の下伸ばしてる相手は、もうすぐ清吉に嫁ぐんだよ。なぁおゆきさん!」

ゆき   「えっ、あっ、はい、そうです……あの、お待たせしました功庵先生。
      お団子と、お茶を……」

功庵   「清吉、というと……おゆきちゃん、田島屋の手代(てだい)に嫁ぐのかい?」

ゆき   「はい」

功庵   「そうだったのか。そいつはめでたい。
      横恋慕は確かに野暮だ。悪かったねおゆきちゃん」

ゆき   「いえ、そんな」

功庵   「でも、ここの団子とおゆきちゃんの笑顔はわたしの癒しなんでね。
      これからも通いたいんだが、気を悪くしないでもらえるかい?」

ゆき   「それはもちろんです! ごゆっくりお召し上がり下さい」

功庵   「よかった。ではいただくね」

雅    「(ぼそっと)天性のたらしかこいつは」

喬之助  「……おゆきさん、美味かったよ、お代は置いとくぜ」

ゆき   「はい、ありがとうございましたぁ!」



(道中)

雅    「旦那ぁ、功庵の野郎、叩けば埃が出そうですぜぃ?」

喬之助  「そうだな。あれは相当の遊び人だ」

雅    「功庵との結婚に嫉妬したどこぞの女がおきぬを殺したんじゃ……?」

喬之助  「と思うだろ?
      でも出なかったのさ。
      確か、功庵と付き合いのあった女達には全員話を聞いたはずなんだ。
      だがどの女にも、殺しの起きた刻限にどこにいたのか裏が取れてね。
      功庵自身が結婚を疎ましく思っての凶行、の線もかたいが、功庵と一緒にいた女もいたんでな。
      大体あの様子じゃ、疎んでいたとも思えねぇ」

雅    「女ひとりをメッタ刺しにするからには、相当の恨みがあったでしょうからねぇ」

喬之助  「あの男なら、わざわざ殺さなくてもうまく女を操っただろうよ」

雅    「……でも、それじゃあ一体誰が?」

なつ   「あら、奇遇ですね片平の旦那、雅さん、こんにちは!」

雅    「おなつちゃん!」

喬之助  「おう、また会ったな。今日はどうしたぃ?」

なつ   「昨日のお薬のお代を払いに、田島屋さんに行くところなんです」

雅    「ってことは、その懐には大金が……?」

なつ   「そうね。落としたら大事(おおごと)だわ」

喬之助  「だったら俺達が送っていってやろう」

なつ   「いいんですか?」

雅    「遠慮なんかいらねぇよ。ひったくられて怪我でもしたら大変だしなぁ」

喬之助  「医者の娘だから心配いらねぇってわけにもいかねえだろ」

なつ   「ふふふ、じゃあお願いしちゃいますっ」

喬之助  「おう。ああそういや、さっき功庵先生に会ったぜ」

なつ   「あら兄に?」

喬之助  「ちゃぁんと俺達のこと伝えておいてくれたんだな、ありがとうよ」

なつ   「いえいえそんな、旦那にお礼を言われるようなことじゃありませんよ」

雅    「そういやおなつちゃん」

なつ   「はい?」

雅    「おなつちゃんは心当たりないかい?
      おきぬを恨んでいた人間について」

なつ   「おきぬさんを? あんなに優しい方を恨んでる人なんているんですか!?」

喬之助  「それを洗ってるんだ」

なつ   「あたしには思いつかないわ……。お役に立てなくてごめんなさい」

雅    「いいってことよ、気にしないでくんな」

喬之助  「田島屋だが、確か、薬代が前払いしていなかったって話だったな。
      そういう間違いはよくあるのかい?」

なつ   「え?」

喬之助  「田島屋みてぇな大店(おおだな)がそんな間違いを犯すとは、
      相当おきぬの件で参ってんのかと思ってよ」

なつ   「ああ、違うんです。田島屋さんのせいじゃありません。
      あれはこちらが悪かったんです。
      兄が……あっ」

雅    「功庵先生が? どうかしたのかい?」

なつ   「いえ、その……」

喬之助  「……もしかして、女か?」

なつ   「はい……。兄は少し、その……女性に甘いと申しますか……」

雅    「女性に甘い?」

なつ   「……実は昨日の薬代、使ってしまったんだそうです、吉原に行って」

雅    「吉原に!? そりゃあ困った野郎だなあ」

なつ   「そうなんです……」

喬之助  「そういや、さっきも団子屋のおゆきに声をかけててな……」

なつ   「ええっ?!」

喬之助  「おゆきは清吉と夫婦(めおと)になる約束をしているからな。
      横恋慕はしちゃいけねぇぜって注意をしたところなんだ」

なつ   「それはご迷惑をおかけしまして……。
      横恋慕なんて絶対駄目ですよね!!
      まったく、兄に説教しなきゃ!!」

雅    「お兄さんは知らなかったみてぇで、謝ってやしたよ?」

なつ   「ああ、そうですか? でも、許されることじゃないわ!
      ……兄は、医者としての腕は確かだと思うんですけど、
      どうにも色恋にだらしないっていうか……
      そりゃあ恋は自由ですけど、でも、夫婦(めおと)になるんだったら、
      そんなこと言っていられないじゃないですか!
      おきぬさんみたいなしっかりした優しい方だったら
      安心して兄を任せられたのに」

喬之助  「なんだ、お前さん、しっかりしてんなぁ。
      頼りねぇ兄貴を守ってやってるっつぅか、むしろ女房みてぇだ」

なつ   「や、やっだ女房だなんてっ!
      あんな兄の女房なんて、とてもじゃないけどやってられませんよぉ!」

雅    「まあ大変そうだよなぁ、あんだけ女遊びしてるんじゃ」

なつ   「まったくです」

りょう  「ああ、こんなとこにいたのかい」

喬之助  「出た!」

雅    「おりょうさん!」

なつ   「おりょう、さん?」

りょう  「おや、初めまして、だね。あたしはおりょう。
      小料理屋をやってるんだ。
      ちょいと片平の旦那に用事があって探してたんだよ」

なつ   「あら、そうだったんですか。
      すみません。
      こんなお綺麗な方がいらっしゃるのに、あたしなんかに時間を割かせてしまって」

りょう  「変な気を遣わなくていいよ。
      どこへ行くんだい?」

喬之助  「田島屋まで送っていくところだ」

りょう  「ああ、田島屋まで?
      じゃああたしも行くよ。
      あたしとの用事はそれからで済むからさ」

なつ   「すみません……」

りょう  「謝ることなんてないじゃないか。
      えーと、」

なる   「あ、私、なつといいます」

りょう  「おなつちゃんか」

雅    「良庵先生の娘さんですよ」

喬之助  「つまり功庵先生の妹さんだ」

りょう  「そうだったのかい。道理で綺麗な娘さんだと思ったよ。
      功庵先生は色男でも有名だからね」

なつ   「お恥ずかしい限りです。あんな兄で」

りょう  「と言う割りには……お兄さんが大好きみたいだねぇ?」

なつ   「えっ? あは、そりゃあ、兄ですもの。
      キライになんかなれませんから。
      しょうがない人ですけど、妹のあたしくらいは兄の味方になってあげないと」

りょう  「優しいんだね」

なつ   「そんなことは」

喬之助  「おい、おりょう。あまり不躾なことを言うんじゃねぇよ」

りょう  「そんなこと言ってないじゃないさ。ねぇ?」

なつ   「ええ」

雅    「……あのぅ。おりょうさんが来たということはもしかして、」

りょう  「時期を視てきたんだ。
      ま、それは改めて話すよ」

雅    「へぃ!」

喬之助  「さて、そろそろ田島屋だな」

なつ   「本当にすみません、ありがとうございます」

雅    「いやいや、気にすんなって」

りょう  「お待ち!!!」

喬之助  「どうした?」

りょう  「……、嫌な気が膨らんでる」

喬之助  「え? どういうことだ?」

りょう  「……おなつちゃん」

なつ   「はい?」

りょう  「ちょっと今は、あの店に行かない方がいいね」

なつ   「え?」

雅    「でも、おなつちゃんはあの店に金を届けに行かなきゃいけねぇんですよ?」

りょう  「喬之助、あんたが代わりに持って行っておやり」

喬之助  「ええ!? でもそいつは流石に……」

なつ   「なんであたしが行っちゃだめなんですか?」

りょう  「あたしにはね、ちょいと霊感があるのさ。
      今、あの店にはよくない気が漂っていて、
      あんたのような若い娘さんは、格好の餌食にされちまう」

なつ   「それって、もしかしておきぬさんの……?」

りょう  「さぁ……それは何ともわからないけどね」

喬之助  「……、俺が責任を持って清吉に代金を届ける。
      この十手に賭けたっていい。信用してもらえるか?」

なつ   「……わかりました」

雅    「じゃああっしがおなつちゃんを送って……」

なつ   「一人で帰れるわよ。もう子供じゃないんだから!
      じゃあ、これ、お願いします、片平の旦那」

喬之助  「ああ、確かに」

なつ   「失礼しますね」

雅    「気をつけて!」

なつ   「はい!」

(間)

りょう  「すまなかったね、無理を言って」

喬之助  「何故おなつを店から遠ざけた?」

りょう  「声が聞こえたんだ。
      おきぬちゃん、どんどん力をつけていっているようだね」

雅    「力?」

りょう  「この世に留まっている霊は、何かしらの想いを抱えてるもんさ。
      それは、害のない場合もあるけど、おきぬちゃんはそうじゃない。
      叶わなかった恋心や、突然殺された無念も含めて、
      陰の気が、膨らんじまってるんだ」

喬之助  「するってぇと、どうなるんだ」

りょう  「今は暦(こよみ)的に陰が強い時期だから、
      陽の気を持った霊すらも取り込んで、
      おきぬちゃんの怨祖(うらみ)、陰の気がどんどん大きくなってる。
      清吉さんも危ないかもしれない」

雅    「清吉が!?」

りょう  「あたしの力でなんとかおきぬちゃんを抑えられるといいんだけど……」

喬之助  「……俺は何も感じないがなあ」

りょう  「感じないのは羨ましいよ」

雅    「おりょうさん! 清吉が危ないってのはどうして!」

りょう  「馬鹿だねぇ!
      叶わなかった恋とはいえ、
      惚れた男と一緒になりたいって気持ちは残ってるんだ。
      今のおきぬちゃんには、力がある。
      ……道連れにしたいと願えば、そうなるだろうさ」

雅    「ひえええっ」

りょう  「それに気になることもあるしね……」

喬之助  「気になること?」

りょう  「それも、おきぬちゃんに聞いてみるさ。
      はぁ……。暦があと少しでもよければまだよかったんだけど。
      久々の大仕事だよ、これは」

雅    「清吉を助けてくだせぇ、おりょうさん!」

りょう  「清吉さんの前に自分の身の心配をしな。
      モノによっちゃ、本当に危ないんだからね。
      それとも、あんたもおなつちゃんのように家で待ってるかい、坊や?」

雅    「そ、そんなことしたら男がすたるってもんですよぅ!」

りょう  「ふっ、その意気を忘れんじゃないよ!」

喬之助  「よくわからねぇが、よろしく頼むぜ、おりょう」

りょう  「ああ、やれるだけのことはやるさ」

喬之助  「じゃあ、行くぜ、田島屋!」

雅    「へい!!!」



(薬種問屋田島屋)

喬之助  「……邪魔するぜ!!!」

りょう  「……っ、これは……」

雅    「清吉、無事か!?」

清吉   「雅……?
      それに旦那、おりょうさんも……。いらっしゃいまし」

喬之助  「ひでぇ顔色じゃねぇか!」

清吉   「ああ、なぜか今朝から体が重くて。
      実は番頭も主人も寝込んでいる状態でして、
      わたくしだけでも頑張らねば……」

雅    「そんなこと言って今にも倒れそうじゃねぇか!」

りょう  「今日はもう暖簾を下ろしな!」

清吉   「え……」

りょう  「これ以上被害を出したくなければ言うことをお聞き!」

清吉   「被害、ですか?」

りょう  「これは性質の悪い風邪でもなんでもない。
      あんたに取り憑いてるおきぬちゃんの仕業さ。
      わかったら、さっさと暖簾を下ろすんだ!」

清吉   「え、……は、はい」

雅    「手伝うぜ清吉」

清吉   「ああ、ありがとう」

喬之助  「……おりょう? 店の中に何を貼ってんだ?」

りょう  「ああこの札(ふだ)かい? 一応護符を持ってきてたからさ。
      どこまで効くかはわからないけど、ないよりマシかと思ってね」

喬之助  「その、護符ってやつはどんな効果があるんだ?」

りょう  「一応浄化の作用があるものを貼ってるよ。結界を張る意味でもね。
      この場から少しでも陰の気を取り除いてやらないと」

喬之助  「雅! 清吉以外の者は店から出したか!?」

雅    「へぇ!」

清吉   「あの、店の暖簾を下ろしましたけど……」

りょう  「よし! じゃあ、始めよう」

雅    「何が始まるんです?」

りょう  「おきぬちゃんを呼び出すのさ。
      真っ黒に膨らんじまってる気が邪魔して、姿が見えなくなってるんだよ。
      このままじゃ、悪鬼になってしまうかもしれない」

雅    「悪鬼だって?!」

喬之助  「間に合うか?」

りょう  「やるだけやるさ」

清吉   「あの……わたくしはどうすれば……」

りょう  「とりあえず、この護符を心の臓のところで抱えて。
      ……そう。……さあ、ここに横になっておくれ」

清吉   「はい。……っ!? ぐ、あ……!!!」

雅    「清吉? 清吉!!!」

清吉   「う、ぐ……く、苦しいっ……」

雅    「おりょうさん、清吉が!」

りょう  「その護符の力に、早速おきぬちゃんが反応してるんだ」

喬之助  「どどどどうするんだよ!?」

りょう  「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前
      迷えし御霊(みたま)よ
      邪(よこしま)なる気は悪鬼への道を辿る
      拒みし光を受け入れ 人たる道に戻れ!」

清吉   「う、ぐうう……ああああああああああ!!!」

りょう  「戻っておいで!
      まだ間に合うよ、おきぬちゃん!」

きぬ   『………どうしてあたしの邪魔をするの』

雅    「うわああっ……! こ、声がっ!!」

喬之助  「お、おきぬの声、なのか?」

きぬ   『あたしは、清吉さんと一緒になりたい……。
      ただそれだけなのに……!』

りょう  「それが無理なことは、あんたが一番よくわかってるだろう?」

きぬ   『無理なんかじゃない!
      あたしは清吉さんと一緒になるの!!
      あたしの邪魔を、しないでえええええええええええええ!!!』

りょう  「うっっっ!!」

きぬ   『清吉さんはあたしのものよ!!』

雅    「勘弁してやってくれよ!! 清吉にゃあ想い人がいるんだ!」

きぬ   『知らないわそんなの! 清吉さんは誰にも渡さない!』

りょう  「そんなことはさせないよ!!!」

きぬ   『貴女は誰……何故あたしの邪魔をするの……』

りょう  「あたしはおりょう。ちょいとね、こういう力を持ってるんだ。
      でもね、この力で、あんたの邪魔をしたいんじゃない。
      あんたを助けたいんだ」

きぬ   『あたしを、助けたい……?
      何の関係もない貴女が?
      助けたいと言っておきながら、やってることは邪魔ばかりのくせに!?』

りょう  「あんたはもう死んじまってるんだよ!」

きぬ   『そんなことわかってる!』

りょう  「……いくら清吉のことを好いているといっても、
      まだ生きてる人間を道連れにしちゃぁ駄目だ」

きぬ   『あはははははは!!!
      生きて一緒になれないなら、死んで一緒になればいい!!
      それの一体どこが悪いの!?』

りょう  「そんなことをしたら極楽へ行けなくなるよ!
      清吉は、あんたが惚れた通りのまっとうな人間だから、死んでも極楽行きだろうさ。
      でも。あんたが清吉を殺せば、あんたの行く先は地獄だよ。
      一緒になんていられない。ただの殺し損だ! それでもいいのかい!?」

きぬ   『貴女の言葉なんて信じないわ!!』

喬之助  「じゃあ俺の言葉はどうだ!?」

きぬ   『貴方は誰?』

喬之助  「町方同心、片平喬之助だ。
      お前さんの事件をこの雅と一緒に洗ってたんだが、
      そしたらお前さん、幽霊になって清吉にとり憑いてるっていうじゃねぇか。
      ありがてぇ話よ。
      仏さんから証言がもらえたら、一発で事件は解決だ」

きぬ   『あたしが誰に殺されたのか、証言しろってこと?』

喬之助  「ああそうだ。覚えてるなら、な」

きぬ   『覚えてるわよ。あたしを殺したヤツの顔は、よぉ〜くね』

喬之助  「話してくれねぇか」

きぬ   『それを話したら、あたしの邪魔をしないでくれる?』

喬之助  「少なくとも、俺は邪魔をする理由がなくなるな」

りょう  「ちょっと喬之助!?」

雅    「旦那! それはないですよう! 清吉がとり殺されちまう!」

喬之助  「うるせぇ黙ってろ!!
      ……おきぬ。
      とり憑かれて殺されそうになったって、清吉は何も言いやしねぇ。
      見上げた根性だ。さすがあんたが惚れただけあるな。
      けど、それが何でだか、あんたにわかるか?」

きぬ   『え……?』

清吉   「お嬢さん……、そこに、いらっしゃるんです、よね……?」

きぬ   『清吉さん!』

清吉   「すみま、せん、お嬢さん……、わたくしのせいで、お嬢さんは……」

きぬ   『えっ……』

雅    「清吉、お前……」

清吉   「わたくしがもっと、きちんと、お嬢さんの気持ちに向き合っていれば……
      お嬢さんは、死なずに済んだかもしれない……。
      ずっと、後悔しておりました……」

きぬ   『後悔、って……?』

清吉   「……お嬢さんの気持ちは、本当に、本当に嬉しかったんです……。
      ただ、わたくしのような、つまらない、男の為に。
      お嬢さんの、お幸せな人生が、こんなことになってしまったと思うと……」

きぬ   『清吉さん……』

りょう  「……やっぱり、惚れた男の言葉が一番効くね。
      陰の気がおさまってきたよ」

喬之助  「そいつぁよかった」

りょう  「お手柄だよ喬之助。
      あんたも女心がわかるようになったんだねぇ」

喬之助  「うるせえ、一言多いんだよ」

りょう  「ふふふ」

清吉   「わたくしの、命ひとつで……お嬢さんが、浮かばれるなら……
      どうぞ、殺してやってくださいまし……」

雅    「そんなこと言うもんじゃねぇ清吉!!」

喬之助  「おきぬ。
      ……清吉はな、あんたのことが大事だったから、だから、何も言わねぇんだ。
      いや、あんたのことが今でも大事だから!
      だから、殺されてもいい覚悟でここにいるんだ!
      ……あんた、その清吉を殺せるってのかい?」

きぬ   『私は……清吉さんと一緒になるの。
      一緒に、いたいの……』

喬之助  「ってこたぁ殺せるのか。ずいぶんと手前勝手だな!!!」

きぬ   『あんたに何がわかるのよ!!!
      ずっと秘めていた想いも叶わず、しかもあんな形で殺されて!!
      あんたにあたしの無念がわかるの!?』

喬之助  「わからねぇよ!!
      俺には……わからねぇよ。
      誰だってわからねぇ。
      あんたの痛みを、全部まるっと理解するなんざ、お釈迦様でも無理だろうよ」

きぬ   『だったら口出ししないでちょうだい!』

喬之助  「まだわかんねぇのか?!
      そのお釈迦様でも無理なことを、この清吉はやろうとしてんだ!
      惚れた女の為ならいざしらず、自分に惚れてくれた女の為にだ!
      自分が、応えられない女、しかももうこの世にはいない女の為にだ!!
      そんな清吉の優しさにつけこんで、よくもまぁこんな真似ができるなあ!?
      ほんとお前のような女には清吉は勿体無ぇよ!!!」

りょう  「喬之助!! ……言いすぎだよ」

清吉   「お嬢、さん……」

雅    「おい清吉無理すんな!」

清吉   「いいんだ。少し、起こしてくれ……」

雅    「お、おう」

きぬ   『清吉さん……』

清吉   「お嬢さんは、どれほど苦しかったことでしょう……。
      山吹色の着物が真っ赤に染まるまで刺されて。川に、放り込まれて。
      ……わたくしのせいです。
      お嬢さんがここまで苦しんでいるのは、全てわたくしが……」

雅    「おい清吉そいつは違う! お前が気に病む必要はねぇ!
      おきぬもわかってんだろう? 
      惚れた腫れたはどうにもならねぇ。誰が悪いわけでもねぇんだ……」

清吉   「でも……」

雅    「生きてれば、おきぬだって、幸せになれる道があったかもしれねぇんだ。
      たとえ、清吉と添い遂げられなくても、だ!
      けど、死んじまったらもうおしめぇだ。
      悪いのは、おきぬを殺した野郎だろうが!!!」

清吉   「雅……」
      
雅    「清吉の優しさは、おきぬにとってもつらいだけだ。
      大体、添い遂げると誓ったおゆきちゃんを不幸にするつもりなのか?」

清吉   「それは……」

喬之助  「雅にしちゃぁ、いい事言うじゃねぇか。
      清吉。所帯を持ってねぇ俺が言うのもなんだが、
      まずは惚れた女を第一に考えてやれ。
      じゃなきゃ嫁にもらう意味がねぇだろ?」

清吉   「……はい」

きぬ   『おゆき……。清吉さんと、夫婦(めおと)になる、女……』

ゆき   「ごめんくださーい!」

りょう  「この声は…」

喬之助  「ちっ……! 何でこんな時に!」

雅    「おゆきちゃん! 駄目だ! 今は来ちゃなんねぇ!!」

ゆき   「どうかなさったんですか?」

りょう  「結界が張ってあったのにどうして?!
      あっ……護符が一枚はがれちまってる……!
      ったく、ツイてないにも程があるよ!」

きぬ   『入りなさい』

ゆき   「わっ! ……えっ!? これは、ど、どうなってるんですか!?」

喬之助  「おゆき! 今すぐこの場から離れるんだ!!!」

きぬ   『逃がさないわよ!!』

ゆき   「っ!! 貴女は……おきぬ、さん!?」

清吉   「おゆき……」

ゆき   「清吉!!」

きぬ   『待ちなさい!!』

ゆき   「ひっ……」

りょう  「おきぬちゃん! 関係ない子を傷つけてはいけない!!」

きぬ   『……清吉さんと夫婦(めおと)になれるお前が……憎いっ!』

清吉   「お嬢さん!!!
      わたくしのことは、呪い殺しても構いません!
      ですがどうかおゆきだけは! おゆきに手を出すのだけは……!!」

ゆき   「清吉……」

きぬ   『……。あたしは、清吉さんを一緒に連れて行きたかった。
      清吉さんと夫婦(めおと)になれる貴女が羨ましかった、憎かった……』

ゆき   「おきぬさん……。
      だったら……私も、殺してください……!
      清吉を連れて行くなら、私も一緒に逝きます!!」

雅    「何言ってんだ!!
      そんなことしたって誰も幸せになれねぇじゃねぇか!」

りょう  「おきぬちゃん、あんたは確かに無念だったろうと思う。
      でも、もうあんたは死んじまってるんだ!
      それはどうしようもない! ならせめて!
      惚れた男の幸せを願ってやることはできないかい!?」

きぬ   『清吉さんの、幸せ……?」

りょう  「そうだよ、よく考えてごらんおきぬちゃん。
      死んでまで忘れられないほど惚れた男に、あんたはこんな悲しい顔をさせてるんだ。
      女がすたるとは思わないかい?」

きぬ   『……。
      ……ねぇ、おゆき、さん』

ゆき   「は、はい……」

きぬ   『貴女は、清吉さんのどこが好きなの?』

ゆき   「え……?」

きぬ   『答えて。今すぐ清吉さんを呪い殺したっていいのよ!』

喬之助  「おいっ!」

きぬ   『さあ!!』

ゆき   「……どこ、と言われても、……わかりません」

きぬ   『わからないの?』

ゆき   「だって……全部好きですから。
      優しいところも、真面目なところも、ちょっと頼りないところも全部。
      私の至らないところも知ってくれてて、それでも一緒にいてくれるんです。
      二人なら支えあって生きていける。
      そう思ったから、夫婦(めおと)になろうと約束を交わしたんです!」

きぬ   『…………そう。
      そう、なのね……』

りょう  「おきぬちゃん……?」

きぬ   『これじゃ、勝てるはずないわ……』

ゆき   「え?」

きぬ   『……ごめんなさい。
      でももうちょっとだけ……あたしに付き合ってくれる?』

ゆき   「え? ……ぁっ」(気が抜けたように倒れる)

雅    「危ないおゆきちゃん!!!」

清吉   「おゆき!!」

喬之助  「っと。(腕で支える)
      どうした、いきなり倒れて。どうなってんだ!?」

ゆき   「……清吉さん、ごめんなさい」

雅    「おゆき、ちゃん?」

喬之助  「おい。こりゃひょっとして……?」

りょう  「はぁ……。
      あんた、おきぬちゃん、だね?」

ゆき   「ええ。……これ以上、清吉さんに憑いていたら、
      本当に清吉さんが死んじゃうから」

雅    「つ、つ、次は、おおおゆきちゃんにとり憑いたのか!?」

ゆき   「憑いたというより……身体を貸してもらったの。
      清吉さんを想う気持ちで、同調できると思って」

りょう  「それで、そんなことをして、一体何がしたいんだい?」

ゆき   「おりょうさん、片平の旦那、雅さん。
      ご迷惑を、おかけしました。
      迷惑ついでに、もう少しだけお時間をいただけませんか」

喬之助  「どういうことだ」

雅    「まだ清吉に未練があるのか?!」

ゆき   「ないと言ったら嘘になるけど。
      ……あたしが死んだことで、清吉さんがこんなに苦しんでくれた。
      それだけでもう、報われてる……。
      それに、あたしの気持ちはこの子には敵わないって、はっきりわかってますから」

りょう  「わかったのはいいけど、どうするんだいこれから」

ゆき   「……ご案内するんです。あたしを、殺した人のところへ」

喬之助  「なっ!?」

ゆき   「あたしが死んだ時、周囲には誰もいませんでしたし、
      あたしを刺した刃物も持っていかれてしまいましたから……
      下手人(げしゅにん)を挙げるのは、いくら片平の旦那でも至難の業かと」

喬之助  「案内、してくれるっていうのか?」

ゆき   「はい」

喬之助  「何の為に?」

ゆき   「あの人の口から聞きたいんです。
      何故あたしを殺したのか。何故あたしをそこまで憎んだのか……」

喬之助  「案内してくれるなら、俺も仕事が楽にはなるが……」

りょう  「それが終わったら、ちゃんと成仏するかい?」

ゆき   「ええ。もうご迷惑をおかけしません」

喬之助  「下手人(げしゅにん)は、捕らえて奉行所に連れて行く。
      あんたがそいつを呪い殺すことはできねぇぞ?」

ゆき   「そんなことするつもりはありません」

喬之助  「その言葉、信じていいんだな?」

ゆき   「お約束します」

雅    「だ、旦那ぁ! 信じるんですか!?」

喬之助  「……ああ。
      せっかく殺された本人が、殺したやつを教えてくれるんだ。
      これ以上の証拠はねぇしな、ありがてぇ話だ」

雅    「でっでもっ、おゆきちゃんにとり憑いたまま行くなんて!!
      危なくないんですかぃ!?」

りょう  「大丈夫、危ないことはあたしがさせない」

喬之助  「雅、お前は清吉と店の後始末を頼む。ちゃんと介抱してやれよ」

雅    「へ、へえ……」

清吉   「お、嬢さん……」

ゆき   「清吉さん」

清吉   「お嬢さんを、見殺しにしてしまったも同然のわたくしが……
      生きていても、よろしいのでしょうか……」

ゆき   「……馬鹿ね。清吉さんにはこの子がいるんでしょう?
      夫婦(めおと)になると約束した者がいる、と
      あの時だってはっきり言ったじゃないの。
      今更あたしが言うのもなんだけど……泣かせちゃだめよ。大事な人なんでしょう」

清吉   「……はい」

りょう  「……わかってくれたんだね、おきぬちゃん」

ゆき   「……おとっつぁんやおっかさん、店の皆にも迷惑をかけて、
      死んでまでも親不孝ね、本当にごめんなさい」

清吉   「お嬢さんが謝ることは何も、」

ゆき   「優しいのね。……本当に、優しすぎるわ」

清吉   「すみません」

ゆき   「心配しないでね。
      おゆきさんは、ちゃんと無事に貴方のところへ帰すから」

清吉   「……わかりました。
      お嬢さん。行ってらっしゃいまし」

ゆき   「……ええ。行ってくるわ、清吉さん」



(道中)

喬之助  「おいおゆき……じゃなかったおきぬ」

ゆき   「はい?」

喬之助  「もう一度訊くが、お前さんがおゆきの身体にとり憑いてることで、
      おゆきに害はないのか?」

ゆき   「少し、疲れさせてしまうとは思うわ」

りょう  「清吉さんを想う気持ちに同調しているとはいえ、
      急いだ方がいいのは確かだね」

喬之助  「そうか。それで、お前さんを殺した野郎の居場所がわかってるってことは、
      顔見知り、なんだな?」

ゆき   「ええ。……だからこそ知りたいの。
      どうしてあたしを殺したのか」

りょう  「家は近いのかい?」

ゆき   「もうすぐ、ですね」

喬之助  「……おい。まさか……」

ゆき   「さすが片平の旦那ですね。どこに向かっているのかわかりましたか」

りょう  「どこなんだい喬之助?」

喬之助  「……許婚だった、医者の功庵のところだな」

ゆき   「……はい」



(町医者 功庵宅)

功庵   「これはこれは、片平の旦那じゃありませんか。
      しかもおゆきちゃんと、もう一人綺麗な女性をお連れになって。
      一体どうなさったんです?」

喬之助  「残念ながら、俺は先生のように女をはべらす趣味はねぇんだよ。
      おきぬの事件、目撃者が出てきたもんでな。面通しってやつをしようかと」

功庵   「面通しですって?」

喬之助  「ツラみせりゃわかるだろ。
      ……あの日、おきぬを殺したのは誰なのか」

功庵   「なるほど。この御二人は目撃者、というわけですか」

喬之助  「ま、そうなるな」

功庵   「それで……? 御二人は、わたしを見たと?」

喬之助  「……どうなんだ?」

ゆき   「いいえ。功庵先生では、ありません」

喬之助  「違うのか?!」

なつ   「兄さん、お客様?
      あら、片平の旦那じゃありませんか!
      珍しいですね、雅さんはご一緒じゃないんですか?」

喬之助  「ああ……まぁ、ちょいと野暮用でな」

りょう  「突然ごめんよ、おなつちゃん」

なつ   「ああ、おりょうさんまで。
      今日は皆さんどうなさったんです?」

喬之助  「すまねぇな。
      とりあえず、紹介しよう。
      こちらが医者の功庵先生と、妹のおなつ。
      あー、こっちの口の悪い年増が、俺の行きつけの小料理屋をやってるおりょうで、」

りょう  「一言多い!(喬之助を殴る)」

喬之助  「っづ!!!!
      ……で、こっちが甘味処の看板娘のおゆきさんだ」

なつ   「初めまして。どうぞ、おあがりくださいな。
      今お茶をお淹れしますから!」

ゆき   「(きっぱりと)いいえ、お構いなく。すぐお暇しますから」

りょう  「……もしかして?」

ゆき   「ええ」

喬之助  「間違い、ないんだな?」

ゆき   「間違いありません」

なつ   「何の話です?」

功庵   「ちょ、ちょっと旦那! いくらなんでもそれはあんまりでしょう!」

なつ   「兄さん?」

功庵   「おきぬとおなつは仲良くやっていましたよ。
      実の兄のわたしから見ても、最初から姉妹だったかのように、仲がよかったんです。
      それを、まさか……」

喬之助  「可愛さあまって憎さ百倍とも言うからなぁ。
      本当のところは、当人同士にしかわからねぇもんだ」

なつ   「一体何のお話なんですか?」

ゆき   「貴女が、わた、……おきぬさんを殺しているのを、見ました」

なつ   「っ!?」

ゆき   「間違いなく、貴女です」

なつ   「ええっ!?
      ……あはははは!
      何であたしがおきぬさんを殺さなきゃいけないんです?」

喬之助  「何か引っかかってたんだが、今思い出したぜ。
      昨日話を聞いたとき、お前さん言ったよな?
      『おきぬさんを殺した男、見つかったんですか』って。
      下手人(げしゅにん)が男か女かもわからねぇのに
      どうしてお前さんは、男と言ったんだ?」

なつ   「……え? 嫌だわ、あたしそんなこと言いましたっけ?」

喬之助  「自分に疑いの目が向かねぇように、さりげなく男、と言ったんじゃねぇか?」

なつ   「おきぬさんのような素敵な方を殺すなんて、
      よほど頭のおかしい男じゃないかと思ってましたから、つい口から出たんでしょう。
      それだけで決め付けないでくださいな」

りょう  「それだけって言っても……こうして目撃者がいるからねぇ。
      立派な証拠だと思うけど?」

なつ   「それこそ言いがかりってもんですよ!
      あたしは団子屋には行ったこともないんです。
      面識もないのに、ひと月前にちらっと見た顔を覚えていて、
      今更名乗り出るなんて、怪しすぎると思うんですけど」

喬之助  「ほう……よくおゆきの店が団子屋とわかったな?
      俺は甘味処としか言ってねぇぜ?」

なつ   「っ……!」

功庵   「わ、わたしが!
      団子屋のおゆきちゃんは可愛いといつも話していたから、
      それを覚えていたんじゃないでしょうか」

りょう  「そいつはちょっと苦しい言い訳じゃないかい?」

功庵   「しかし……言葉のあやだけで妹を下手人と決め付けるなんて横暴というものでしょう。
      おなつには、おきぬを殺す動機はないんですよ?」

りょう  「いや……あるね。
      おなつちゃんからは、とてもわかりやすい、嫉妬の気が見えるよ」

功庵   「嫉妬ですって? 何に!?」

喬之助  「……はー、なるほどな。妹とは、盲点だった」

りょう  「業の深い恋をしてしまったんだね……」

功庵   「お二人が何をおっしゃっているのかさっぱりわかりません!」

喬之助  「この期に及んでとぼける気か!」

りょう  「いや……功庵先生は嘘をついていないようだよ。       秘めていたんだろう、ずっとずっと」

ゆき   「どういうことです?
      おなつさんが功庵先生を……実のお兄さんを、好いていたということなんですか!?」

功庵   「お、おなつが!? まさか! そんなことがあるとお思いですか!?
      おなつ、お前も怒っていいんだよ!!」

なつ   「……ええ、本当。言いがかりもいいとこだわ。いい加減にしてください!」

喬之助  「あくまで白を切るっていうんだな?」

なつ   「だってあたしは、おきぬさんを殺してなんかいませんから!」

ゆき   「嘘つき!」

なつ   「なっ……」

ゆき   「……殺したくせに。
      後ろからいきなり刺してきて、倒れこんだあたしをメッタ刺しにしたくせに。
      大きな月に照らされた貴女は、笑いながらあたしが息絶えるまで刺し続けた。
      あたしは覚えてる。
      どうして、どうして嘘をつくの……」

りょう  「おやめ!!
      抑えるんだよおきぬちゃん、それはおゆきちゃんの身体だ。
      ちゃんとおゆきちゃんを清吉さんのもとへ返すと約束しただろう?!」

なつ   「おきぬ、さん、ですって?
      馬鹿馬鹿しい! 死んだ人間が何を言えるっていうの?!
      そんな小芝居で騙されると思ったら大間違いですからね!!」

功庵   「……いや……わたしはおゆきちゃんをよく知ってる。
      あの子はこんな話し方はしない。芝居とも、思えない。
      ……この話し方は、おきぬそのものだ」

なつ   「兄さんまでやめてよ!!
      どうして!? そんなにあたしを人殺しにしたいの!?
      そんなにあたしが邪魔なの!?」

功庵   「そんなことは言っていないだろう!」

喬之助  「おきぬの仏が発見された時、山吹色の着物が血で真っ赤に染まってたってのは、
      野次馬にも見えただろうし、瓦版にも載ったことだ。
      けど、どこをどう刺した、なんてのは、公にはしてねぇんだ。
      目撃者か、おきぬ自身か、下手人にしかわからねぇ事なんだよ」

なつ   「だから何だっていうの?!
      頭のおかしいその女が言ってることを信じるっていうの!?」

喬之助  「少なくとも、信憑性はあるからな」

なつ   「片平の旦那ともあろう御方が!
      そんな女の言いなりだなんてお笑いだわ!」

喬之助  「そんなに否定するなら、おきぬが殺されたあの晩!
      お前さんはどこで何をしていたんだ!?
      おきぬを殺していない証明をしてみせりゃいいじゃねぇか。
      簡単なことだろう?」

なつ   「……! あの、夜は……兄さんも出かけていたし、
      一人で家にいたから、誰も証明なんてできないわ……!」

功庵   「……いや。お前は……いなかっただろう……」

なつ   「えっ……」

功庵   「……あの日、わたしは茶屋で知り合った娘さんと一緒だったんだが、
      持病があるというので、家に連れてきて薬を処方してあげたんだ。
      その後送るのに出かけたから、行き違いになったのかもしれないけれど……。
      片平の旦那は、わたしのことも調べたようですし、
      おわかりですよね?」

喬之助  「ああ。証言の裏もとれてる。
      功庵先生は、おきぬが殺されたあの日は、
      昼から夜半すぎまでずっとその娘さんと一緒だったってな。
      一度家に戻っているのは知らなかったが……」

功庵   「……おなつ。何故嘘を?」

なつ   「……。また、女……」

功庵   「え?」

なつ   「兄さんは、一体何人女を作ったら気が済むの……?」

功庵   「何人、って……」

なつ   「吉原に通うのも、そこらへんの女に手を出すのも、しょうがないって思ったわ。
      兄さんが何もしなくても、女が兄さんを放っておかないもの。
      どれだけお金を持ち出されても、あたしは穴埋めをしてきたわ!
      兄さんが使いたいだけ使えるように、あたしが工面してきたのよ!!
      どうして気付いてくれないの!?
      兄さんのことを守れるのは、あたししかいないのよ!?」

功庵   「守るって……」

りょう  「……っ!! まさか!!」

喬之助  「おりょう?」

りょう  「あたしとしたことが、こんなことに気付かなかったなんて!!」

喬之助  「どうした?」

りょう  「……今にわかるよ。今にね」

なつ   「おきぬさんなら、兄さんを助けてくれると思ったわ。
      薬種問屋とご縁ができれば、家業も安泰だし、
      兄さんの仕事に理解のあるお嫁さんなら安心だもの。
      何より、しっかりした人だったから、兄さんをちゃんと捕まえててくれるって。
      だからあたしはこの縁談に賛成したし、祝うつもりだったのに!!
      それなのにあの女は! あの女は…っ!! 裏切ったのよ!!!!」

ゆき   「……あたしが、他に好きな人がいる、と言ったからね?」

なつ   「そうよ!!
      おきぬ……あの女があたしを、兄さんを裏切ったから!!
      だから殺してあげたのよ!!!」

功庵   「どういう、ことなんだ……」

なつ   「あの女はねぇ! 殺されて当然なの!
      兄さんと結納まで済ませておいて、他に好きな人がいるって
      このあたしにぬけぬけと言ったのよ!?
      あたしから兄さんを奪っておいて、あの女はッ、ァああああああああああ!!」

功庵   「……っ!? ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

喬之助  「なんだこれはっ……蛇か!?」

りょう  「出たね!
      こいつだよ。この蛇が、全ての元凶さ!!」

ゆき   「どういうこと!?」

りょう  「おなつちゃんの嫉妬心につけこんで、その身の内に巣食い、
      そしておきぬちゃんの命を奪ったことで力を増し、今あたしたちの前に現れたんだよ。
      幽霊なんて生易しいもんじゃない。
      こいつは妖(あやかし)そのものさ!!」

ゆき   「あたしは……この蛇に殺されたってことなの……?」

りょう  「……そうだね。おなつちゃんが必死に押し殺してきた恋心を利用したんだよこいつは」

喬之助  「おきぬはおなつに、清吉を好いてるってことを言ったのか!?」

ゆき   「ええ。確かに、打ち明けました……。
      あたしがいけなかったと思います。
      嫁ぎ先の妹さんに言うべきことじゃなかったわ……」

りょう  「そこでたががはずれたか……」

なつ   『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いいいいいいいいいいいいいいいい!!!
      あたしから兄さんを奪う女はみんなみぃんな殺してやる!!!』

功庵   「う、うわあああああああああああああ!!!」

なつ   『どうして逃げるの……?
      またどこかの女のところへ行くのね?!
      行かせない、もうどこにも行かせない!!!』

功庵   「ぐあっ!!! 離せえええっ!!! うああああああ!!!」

喬之助  「あっ、功庵が蛇に巻きつかれてっ!
      こんの蛇野郎! 離しやがれ!!」

りょう  「おなつちゃん!!」

なつ   『兄さんはあたしのものよ! もう誰にも渡さない!
      渡すもんですかあああああああアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

喬之助  「おい何とかならねぇのか!
      さっきおきぬを正気に戻したろう!? 同じことはできねぇのか!?」

りょう  「何とかするよ!
      喬之助、おきぬちゃん連れて少し離れてな!
      おゆきちゃんの身体に傷でもついたら大変だからね」

喬之助  「……大丈夫なんだな?」

りょう  「あたしを誰だと思ってるんだい!」

喬之助  「へっ……そんじゃ任せたぜ。
      ……おきぬ! ほらこっちに!」

ゆき   「でも!」

喬之助  「いいから言うことをききやがれ!」

りょう  「……さて始めようか」

なつ   『貴女も兄さんを奪うつもり?
      あはははははははははは!!
      させてたまるもんですか!!
      女なんか、女なんか皆死ねェエエエエエエエエエエエ!!!』

りょう  「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……!」

なつ   『お前も殺してやるわ!!!
      じわじわと全身を締め付けて、苦しませて苦しませて……
      そして一気に潰してあげる!!!」

りょう  「……おなつちゃん。
      あんたの気持ち、同じ女としてわからなくはないよ。
      でもね、やっちゃいけないことってのはあるんだ。
      こんな馬鹿な男の為に、あんたの一生を台無しにすることはなかったのに!!」

功庵   「ううう……ああああたたたたた助けてくれえええええええええええええええ」

なつ   『大丈夫よ兄さん。あたしはちゃあんと兄さんを守ってあげる。
      ずっとずっと、何があっても兄さんを守るわ。
      だからずっとずっとあたしと一緒にいればいいの』

功庵   「やめろやめてくれいやだあああああ離せえええええええええ」

りょう  「鬼魔駆逐(きまくちく)急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!!!」

なつ   『ぐああっ!?!!!』

りょう  「おなつちゃんから離れるんだ!
      もう悪さはさせない! 二度とこんな真似はさせないよ!!!」

なつ   『ああああああ、や、やめろおおおおおっ!!』

りょう  「ハァァァァアアアア……!
      滅(めつ)!! 浄(じょう)ー!!!」

なつ   『ぎゃああああああああああああああああ……!!!』

りょう  「……女の涙の代償は高くつくんだよ。覚えときな!」



(次の日、番屋)

雅    「……で、どうなったんです!?」

喬之助  「あ?」

雅    「あ? じゃないですよう旦那ぁ!
      あっしが清吉を介抱している間にぜーんぶ終わっちまったなんてぇ〜……」

喬之助  「うるっせぇな。大の男が情けねぇ声出すな!」

雅    「その後どうなったか、勿体つけてないで教えて下さいよう!」

喬之助  「ああ、おなつは……、その後……」



(回想)

喬之助  「……終わった、か?」

ゆき   「……そのようですね」

功庵   「ひいいいいい助けてくれ助けてくれ助けてくれえええええっ」

りょう  「終わりましたよ。もう大丈夫です」

功庵   「うぁっ!?
      ほ、本当かっ。大丈夫なのか……?!」

なつ   「……ニイサンハアタシノモノ。
      ニイサン……スキ……ニイサン……ドコ……」

功庵   「おなつ……?」

りょう  「妖が心の奥まで入り込みすぎたんだね。
      残念だけど、もうずっと、このままだろう」

功庵   「そんな……おなつ! おなつ……!」

りょう  「喬之助、あんた、上の人にちゃんと説明できるのかい?」

喬之助  「俺をいつまでガキ扱いするつもりなんだ。
      ここから先は俺の仕事だ。ちゃんとやるさ」

りょう  「任せたよ」

喬之助  「ああ」



(回想終わり。番屋)

雅    「気がふれちまったんですか……。
      おなつちゃん……元気でいい子だったのに……」

喬之助  「いや、これでよかったのかもしれねぇ。
      おなつは人一人殺しちまってんだ。
      本来なら打ち首、よくて島流しだ。
      けど、妖に操られてたってのと、気がふれちまったってので、
      お奉行様も減刑してくださるだろうからな」

雅    「お奉行様ならきっといいお裁きをしてくださいますよ!
      ……あ、功庵のやつはどうなったんで?」

喬之助  「妹がああなってだいぶこたえたみたいでな。
      養生所(ようじょうしょ)で働くそうだよ。
      せめてもの償い、だそうだが」

雅    「へぇ……。
      まぁ、あんなことがあっちゃ町医者としてやっていけないでしょうからね」

喬之助  「元は腕のいい医者なんだ。
      養生所にとってもありがたいだろう」

雅    「……それでおきぬは?
      おゆきちゃんが戻ってきたってことは、おきぬは成仏したんですよね?」

喬之助  「ああ……」



(回想)

ゆき   「本当に、ご迷惑をおかけしました」

りょう  「迷惑なんかじゃないよ。
      あたしのように力を持った人間は、こういう時の為にいるんだからね」

ゆき   「清吉さんも、おゆきさんも、おなつちゃんも、功庵先生も、
      みんなあたしの我儘で振り回してしまいました……」

りょう  「後悔してもはじまらないさ」

ゆき   「……そう、ですね」

りょう  「心配しないでいい。
      天は、あんたのまっすぐな心根をちゃんと見てるよ。
      さあ、行きな。
      見えてるだろう? 自分の行くべき道が」

ゆき   「はい。皆さん……本当に……ありがとうございました」



(回想終わり。番屋)

喬之助  「おりょうがちゃあんと成仏させたさ。
      せめておきぬだけでも、浮かばれてよかったよ」

雅    「そうですねぇ」

喬之助  「清吉は大丈夫なのか?」

雅    「沈んではいましたけど、
      やっとおゆきちゃんと一緒になる心積もりができたようなんで、
      きっと大丈夫ですよぅ」

喬之助  「ははっ、そうか、そいつはめでたい」

雅    「あー……可愛い嫁さんかぁ〜。
      羨ましいっ」

喬之助  「清吉並に男をあげてからじゃねぇと、嫁の貰い手はねぇぞ」

雅    「あっしだってやるときはやるんですよぅ?!」

喬之助  「そういうことは手柄のひとつでもたててから言うんだな」

雅    「だっ旦那があっしを置いてけぼりにしなきゃ、
      あっしが蛇を退治して手柄はあっしのもんでしたよ!!」

喬之助  「功庵でさえ腰抜かしてたんだぞ?」

雅    「あんな野郎とあっしを一緒にしねぇでくだせぇ!」

喬之助  「お前があの場にいたら小便ちびってたと思うがなァ」

雅    「どんな化け物でもあっしがばったばったとなぎ倒してやりますよ!」

喬之助  「ほう大きく出たなあ、取り消すなら今のうちだぜ?」

雅    「男・雅! やってやりやすよ!」

喬之助  「ふーん……。
      そこまで言うなら、退治してもらおうじゃねぇか」

雅    「へっ?」

喬之助  「お前のお手並みとくと拝見させてもらうぜ?」

雅    「だ、旦那?」

喬之助  「おりょうがとんでもねぇ化け物長屋があるって言ってたんだ」

雅    「化け物長屋!?」

喬之助  「どんなヤツでもそこに住んだらいつの間にかみぃんな消えちまうらしいんだ。
      夜逃げした形跡もねぇし、殺されたような痕跡もねぇ」

雅    「ちょちょちょ……」

喬之助  「もしその長屋に本当に化け物がいたらよ、
      そいつを退治すりゃあ大手柄だぜ?」

雅    「いや大手柄ってったってそれは流石に!」

喬之助  「今からでもおりょうに聞いて行って来い。俺は待ってるから」

雅    「旦那ぁ! そりゃないですよう!!!」



りょう   惚れた男を想うが故に起きてしまった悲しい事件も
      やっとこさ解決いたしました。
      清吉とおゆきは無事に夫婦(めおと)となり、
      叶わなかった想いを胸に散ってしまった者達の分まで
      幸せになってくれることでしょう。
      花のお江戸でまた面倒ごとが起きた時にゃ、あたしらの出番もあるでしょうが、
      そんな日が来ないことを、ただただ祈るばかりだよ。










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