芽吹き、蔭に咲く月よ −鬼姫恋伝 水の章外伝−

作:早川ふう / 所要時間 40分 / 比率 3:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2017.09.22.


【登場人物紹介】

晧月(こうげつ)
  国を治める宮家の後宮内の緑蔭宮に仕える「緑の男の子(みどりのおのこ)」と呼ばれる男性。
  後宮の一画にあるが、もちろん俗世とも女性とも隔離されており、
  後宮の妃とは違い、普段は自給自足のような慎ましい生活を余儀なくされている。
  真面目な青年で、夏宮の寵愛も深い。
  実は、春宮・橘花が送り込んだ隠密で、夏宮を見張っている。

夏宮(なつのみや)
  宮家当主「春宮」を補佐する「夏宮」を継承した、元服したばかりのまだあどけなさの残る青年。
  昇龍(しょうりゅう)と名で呼ばれなくなったことに寂しさを感じている。
  その境遇から、愛や信頼、友情など、情をまだ理解できていない面がある。

蒼月(あおつき)
  晧月と同じ「緑の男の子(みどりのおのこ)」として、緑蔭宮に仕えている青年。
  幼いころ、鬼の襲撃による火事で家族を亡くし、生き残ったところを拾われた。
  多少すれている部分もあるが、元来の真っ直ぐな気性で夏宮からの信頼を得る。

南天局(なんてんのつぼね)
  夏宮・昇龍の生母で、宮家の女性の中では最上の権力を持っている。
  亡くなった春宮・橘花の生母と自分は同じ身分であった為、
  我が子を春宮にしたいという野望をあきらめきれず、春宮暗殺を企てる。


【配役表】

晧月・・・
夏宮・・・
蒼月・・・
南天局・・・



南天局   君主など、身分の高い公人が家庭生活を営む場所を、「後宮」と呼ぶ。
      後宮では、教育を受けた女性たちが、君主の子を成す為だけに暮らしており、
      諸国、多少の違いはあれど、同じような場は存在した。
      しかし、とある国の後宮には、その一画に、更に隔離された宮があったという。

      そこは言うなれば裏の後宮。
      教育を受けた男性たちが、君主に愛を教える為だけに暮らしている。
      子を産むことも、妃として表に出る可能性もない彼らは、ただそこで陰に生きるしかない。
      その宮は、緑蔭宮(りょくいんきゅう)と呼ばれていた。



晧月   「あっ……ん、……そうです、……じっくりと、舐めて、相手を昂らせるのです」

夏宮   「震えが伝わるな」

晧月   「アッ……」

夏宮   「ここがいいのか?」

晧月   「んっ、んう……」

夏宮   「……じっくりと責めればよいのだな、舐めて……」

晧月   「ァア……ぁ……」

夏宮   「(乳首を弄ぶように舐める)」

晧月   「あああ……も、もう……」

夏宮   「じっくりと、と言ったのはお前だ」

晧月   「あっ……んっっ」

夏宮   「……そんなにのけぞるほどイイ場所なのか?」

晧月   「そこ……そう、そのまま、強く、吸って……」

夏宮   「こうか?」(吸う)

晧月   「んっ、……も、もっと、もっと強く……」

夏宮   「強く?
      だったら、いっそのこと噛んだ方が早いんじゃないか?」(噛む)

晧月   「っあァあぁっッ……!!!」

夏宮   「……達したな。ふむ、こんなに飛ぶのか……」

晧月   「……!!
      お召し物がっ……申し訳ございません!」

夏宮   「構わない。
      それより、次はどうすればよい?」

晧月   「次……ですか」

夏宮   「お前だけ達して、それで終わりというわけではないだろう?」

晧月   「そうですね、次は、……すみません、少々、お待ちを」

夏宮   「……乗り気ではないのか?」

晧月   「いえ。あの、達した後はどうしてもその、」

夏宮   「成程。
      ……今宵はもうこれでよい」

晧月   「えっ?」

夏宮   「あとは、私の好きなようにする」

晧月   「夏宮様、……あっ……」

夏宮   「晧月の白い肌は、吸いつくかのようにしなやかで、
      ……撫でれば撫でるほど、私を誘ってくるようだな……」

晧月   「っ……んっ……」

夏宮   「さて……」

晧月   「んっ……え、あ……夏宮様、お待ちください、それはいけません!」

夏宮   「何故だ?
      ここに挿れてもよいと教わったはずだが……」

晧月   「こちらを使うには些か準備が必要なのです。
      我が身は男故、慣らさずにおりますと割かれてしまいます。
      血で夏宮様の御身が汚れては……」

夏宮   「フッ……それも、興奮するな」

晧月   「アッ」

夏宮   「痛むというのなら、思い切り苦痛を与えてやる。
      私に貫かれて血を流して悦べ」

晧月   「アッアッ……アアアッ」

夏宮   「なかなか良い声だ。
      余裕のっ、なくなったっ、声というのはっ、よいものだなァッ」

晧月   「アッ あっ痛ッ……アアアッ(苦悶)」

夏宮   「晧月は、苦痛に喘ぐたびに中が締まって……心地良い」

晧月   「おまちくださ、い、もう、そんなにあっっっ
      そこはアアアッっ」

夏宮   「そこ……? 何の話、だ?」

晧月   「ああああっ、お待ちをっ、だめっ、アアッ、いけませんっ」

夏宮   「それはねだっているようにしか聞こえないな」

晧月   「あんっあんっ」

夏宮   「こちらもこんなに濡れて、上を向いたではないか。
      先ほど達したばかりだというのにな」

晧月   「それはっ、あ、ああんっ」

夏宮   「それとも、よがり狂うほどのものが、この奥にあるということか?」

晧月   「あああああああっ、あんっあんっあんっあっ、ああっ、
      申し訳ございません!
      もう、もう、あああっああっ、アアアアアアアアアアッ!!!」

夏宮   「……また、達したか」

晧月   「あっ……ああ……」

夏宮   「しかし……これで終わりにはさせぬぞ」

晧月   「あっ、今動いては、うごいっ、あっあっ……」

夏宮   「可愛い男よ」

晧月   「あっあっあっあっ、あああっ、あああああっ……」



(朝方になってから、寝室に戻ってくる晧月。
 それに気づいて声をかける蒼月。)

蒼月   「今日もあのガキの相手か。ご苦労なことだな」

晧月   「シッ。なんということを!
      誰かに聞かれでもしたらっ」

蒼月   「はは、こんな夜更けに誰が起きてるって?」

晧月   「下働きの者たちが起きてくる時間ではないか……」

蒼月   「……いつからこの緑蔭宮にも、下働きが配属されたんだ?」

晧月   「……宮家を守る者たちの目がどこにあるかは、わからぬだろう」

蒼月   「小心者」

晧月   「何とでも言え。
      此処は緑蔭宮、宮家のど真ん中だぞ。そのような物言いは慎め!」

蒼月   「ふん。こんな命など、惜しくはないさ。
      俺たちはもう家族も、帰る場所も、身分を保証する戸籍すらない、
      もう死んでいることにされている人間なんだから」

晧月   「しかし俺たちは、此処に生きているだろう」

蒼月   「……宮様の為だけに、か」

晧月   「ああ。宮様の為だけに。
      すべてをなくした俺たちに、住む場所や、食べるものが与えられ、
      すべてを隠されているこの宮で……生きている」

蒼月   「生かされている、の間違いだろう。
      こんな飼い殺しのような運命を、晧月は受け入れられるのか?」

晧月   「蒼月は……受け入れられない?」

蒼月   「むしろどうして受け入れられるのか疑問だな。
      そんなにあのガキに甚振られるのが好きか?」

晧月   「……そういうわけじゃ、」

蒼月   「俺は、こいつと決めたやつ以外には、抱かれたくもねぇし、勿論抱きたくもねぇよ。
      たとえそれが仕事で、それをすることでしか生きられねぇとしてもだ」

晧月   「……それって。
      ……俺のことを、軽蔑、してるってこと?」

蒼月   「……いや、……ごめん、言葉が過ぎた」

晧月   「いいよ……本当のことだから」

蒼月   「……偉そうなこと言ってもさ。
      俺だって、お呼びがかかれば行くだろうし……
      結局、お前と同じだ。
      死んだ方がマシだと思いながらも、死ぬ勇気すらない」

晧月   「……それでいいじゃないか」

蒼月   「え?」

晧月   「死は、そんなに軽いものじゃないだろう。
      俺たちのように、残された者にとっては……。
      ……生きていくことが、供養になるんだから」

蒼月   「俺は、お前のようには割り切れねえ」

晧月   「割り切ってるわけじゃない!!!!」

蒼月   「……!?」

晧月   「でも……ここでは、こうして生きるしかないじゃないか……。
      お前と一緒に生きていくには、こうすることしか……」

蒼月   「え……?」

晧月   「……お前と、一緒に生きていきたい。
      たとえ、どんな形でも……」

蒼月   「晧月……。お前、まさか俺なんかのことを……」

晧月   「……お前と添い遂げたいなんてことを考えてるわけじゃないよ。
      ただ……蒼月が生きていれば、生きてさえいれば、……俺も、生きていける……」

蒼月   「……なんだ……そんなものか」

晧月   「え?」

蒼月   「それはただの依存だ。
      ……俺が求めてるものじゃない」

晧月   「依存?
      ……いや、違うぞ蒼月、俺は」

蒼月   「……寄るな!
      もう話すことはない。さっさと薬湯飲んで寝やがれ」

晧月   「……ああ。…………おやすみ」



(庭園。歩いてくる南天局。)

南天局  「……おや、どうしました夏宮」

夏宮   「母上……」

南天局  「浮かない顔ですね」

夏宮   「胸が、痛くて……」

南天局  「それはいけません。すぐに医師を、」

夏宮   「そうではないのです。
      その……ある者のことを想うと、どうしていいかわからなくなって……」

南天局  「まぁ。そうだったのですね。
      この母が役に立てるのであれば、どうぞ聞かせていただけませぬか」

夏宮   「……会えないと、寂しい。
      でも、会っていると、もっと寂しい」

南天局  「お会いになっていて寂しいとはおかしなこと」

夏宮   「……その者に好かれるにはどうしたらいいのでしょう。
      私は、どうしたら……」

南天局  「無理やりにでも、手に入れてしまえばよいのですよ」

夏宮   「え?」

南天局  「感情など、あとからいくらでもついてきます。
      まずは夏宮の御手がつくことが大事です。
      夏宮の御目に留まった者なら、間違いないでしょう。
      すぐに後宮に召し上げて……」

夏宮   「いえ、あの!
      後宮ではなく……」

南天局  「え?」

夏宮   「……いえ、その……」

南天局  「もしや、夏宮。
      緑蔭宮の者を御気にかけていらっしゃると?」

夏宮   「申し訳、ございません」

南天局  「ほほほ、夏宮はなんとお優しいのでしょう。
      ……それでよいのですよ」

夏宮   「え?」

南天局  「緑蔭宮とはその為にあるのです。
      人を想う心を養い、人を愛する技術を学ぶ、その為の場所。
      ……夏宮がそれらを解することができたのなら何よりでございますよ」

夏宮   「……私は、異常ではないのでしょうか」

南天局  「異常なことがありましょうか。
      母は安心いたしましたよ」

夏宮   「……よかった」

南天局  「ところで夏宮。隣国より使者が来ているそうですよ。
      火急の用件とか、早く行かれませ」

夏宮   「はい。ありがとうございます。
      行ってまいります、母上」

(小走りに去る夏宮。)

南天局  「……緑蔭宮……」

(間)

(緑蔭宮を訪れる南天局。)

南天局  「このような場所、足を踏み入れるも汚らわしいが……」

(水音。洗濯をしている蒼月を見つけ、南天局が近寄る。)

蒼月   「まぁこんなもんか。……天気のいいうちに干して乾かさねえと……」

南天局  「精が出るのう」

蒼月   「ああ?
      ……!?
      し、失礼いたしました!!!!」

南天局  「よいよい。
      ……それより、そなた、緑の男の子(みどりのおのこ)であろう?
      何故洗濯などをしておるのじゃ?」

蒼月   「この宮には、人手がありませぬ故、
      私達は手分けして、食事の支度や、掃除などを行っております」

南天局  「なんと。
      夏宮を迎える部屋に粗相はあるまいな?」

蒼月   「夏宮様がいらっしゃる日の朝には、
      宮本家(みやほんけ)より下働きが派遣されてまいりますので、それはご心配ないかと」
 
南天局  「ならばよい。
      時に、今この宮には何人、緑の男の子(みどりのおのこ)がおるのじゃ?」

蒼月   「今は、二人、お世話になっております」

南天局  「二人……それだけか」

蒼月   「はい」

南天局  「……なるほど。
      そなた、名は?」

蒼月   「蒼月と申します」

南天局  「して、もう一人は?」

蒼月   「……晧月と、申しますが」

南天局  「なるほど。
      それぞれ夏宮のお召しがあろうが、……つつがなく務めておろうな?」

蒼月   「はい……」

南天局  「相分かった。今後とも励めよ」

蒼月   「畏まりました」



(間)



晧月   「南天局様がこちらに?
      一体何の用でいらしたんだ?」

蒼月   「なんか、雑談して帰ってったけど……」

晧月   「雑談、ねぇ」

蒼月   「俺たちの名前を訊かれた」

晧月   「……なんでだ?」

蒼月   「さぁな」

晧月   「ふぅん……」

蒼月   「でも、……さすが夏宮様を御産みになった方だよな。
      それなりの年齢のはずだけど、お美しかった」

晧月   「……そうか」

蒼月   「んな顔するのは、これからあのガキの相手する俺の方だろっての」

晧月   「……うん、がんばって」

蒼月   「粗相のないようには、してくるよ。
      南天局様にも励めって言われたしな」



晧月   「はぁ……俺はどうすればいいんだ、……蒼月…………」



(間)



夏宮   「久しいな、蒼月」

蒼月   「最近は晧月ばかりをお召しでしたからね」

夏宮   「そう意地の悪いことを申すな」

蒼月   「もう俺は飽きられてしまったのかと思ってましたよ」

夏宮   「いや。……だって。
      お前を呼ぶと、わけがわからなくなるから……。
      それに晧月は色々教えてくれるし……」

蒼月   「へぇ。
      まぁ……晧月はなかなかにマメな男ですしねぇ。
      ……何を教えてもらったんです?」

夏宮   「……抱き方」

蒼月   「俺が夏宮様を抱くようなものとは違ったでしょう」

夏宮   「そうだな。……まぁ、根本的には一緒なんだろうけど……」

蒼月   「知ったような口を」

夏宮   「だから教えてもらったと言っただろう」

蒼月   「教えてもらったことがすべてだと勘違いしてるわけじゃないだろうな?」

夏宮   「……夏宮である俺に、こんな口を聞くのはお前くらいだ」

蒼月   「俺の前くらいだろう?
      お前が“昇龍(しょうりゅう)”に戻れるのは」

夏宮   「……うん。お前の前では、素直になれる、……」

蒼月   「……この国の未来なんか、今はどうでもいいだろ。
      此処は快楽に溺れる場所だ」

夏宮   「……うん……(口づけられて)んぅ……」

蒼月   「(長く口づけて)……応え方が変わったな」

夏宮   「え……」

蒼月   「それ、晧月のクセだろ」

夏宮   「口づけは、ゆっくりと時間をかけて、
      相手の舌や歯の裏にねっとりと、絡めるようにと教わった。
      俺も、その方が好きだし……」

蒼月   「……ふぅん……。
      ずいぶんと嬉しそうに言うんだな」

夏宮   「嬉しそう……?」

蒼月   「昇龍のそんなカオ、初めて見た……。
      ……どんどん淫乱になりやがって」

夏宮   「そんな……」

蒼月   「晧月のこと、結構甚振ってるみたいだけど、
      あんなに傷をつけて、俺の真似のつもりか?」

夏宮   「あいつは、可愛く啼くから、つい……」

蒼月   「一丁前の口ききやがって。
      ……可愛く啼くのは、お前だろ、昇龍」(耳元)

夏宮   「ッ……」

蒼月   「……久しぶりだから大丈夫だと思ったか?
      そう簡単に覚えた快感は忘れねーんだよ。
      思い出させてやる。
      ……心と体は別なんだ。誰を想ってても……快楽の前には、抗えない」

夏宮   「あっ。あんっ……あああっ……」    

蒼月   「ほら、目を塞ぐぞ昇龍。
      あまり動くと眼球を痛めるからな。
      お前は……何も見なくていい。
      ただ俺だけを感じてろよ」

夏宮   「はあっ……」

蒼月   「素直な声だ。
      もう思い出したか?」

夏宮   「や、だめ……」

蒼月   「何がだめだ?
      逆らったらどうなるか、その頭は覚えてないらしいな」

夏宮   「まって、あっやだっ、ああああっ、やあっ……やああああああっっ」

(間)

蒼月   「……くそ、らしくねーな俺も……」

夏宮   「……蒼月?」

蒼月   「なんでもねーよ」

夏宮   「……やっぱり、どこか俺はおかしいんだろうか」

蒼月   「え?」

夏宮   「母上は、そんなことはないと言っていたけれど……。
      前ほど、こうしていても、楽しくない」

蒼月   「なんだよ、悦くなかったのかよ」

夏宮   「そういうことじゃないけど……」

蒼月   「……こういうことは、どうにもならねーもんだよな」

夏宮   「ん? 何の話だ?」

蒼月   「俺たち緑蔭宮の男はさ、元の名前も戸籍もなくて、
      ただ、此処で、お前に呼ばれる時の為だけに、いるんだよ」

夏宮   「……名前も、戸籍も……?」

蒼月   「……もう死んだ人間なんだ。
      お前の為だけに生かされてんだよ」

夏宮   「……」

蒼月   「なのに、お前が悦くなかったとか言ったら、
      俺お役御免じゃねーか」

夏宮   「ほんと、そういう意味じゃないんだ」

蒼月   「……ならいいけどな。俺まだ死にたくねーし」

夏宮   「……こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、
      俺……私も、似たようなものだなと、ちょっと思った」

蒼月   「あ?」

夏宮   「……夏宮となったことで、元の名は蒼月くらいしか呼ばなくなったし、
      仕事や責任や……色々なもので縛られて、自由が全然なくなった」

蒼月   「……ふぅん」

夏宮   「だから、晧月や蒼月の前では、安心するのかもしれない」

蒼月   「……そうかよ。
      ……忙しいのか、夏宮サマは」

夏宮   「……んー、たぶん」

蒼月   「なんだその返事は」

夏宮   「春宮(はるのみや)の功績で、国が平和になったのは、知ってる、よね?」

蒼月   「そのくらいは、な。
      鬼が出なくなったってことは、
      俺たちのような思いをする人間がいなくなるってことだし……」

夏宮   「うん……。
      だから、夏宮としての仕事はきっと減ってるはずなんだ。
      ただ色々、平和を守るために、整えなければならないことが多くて。
      私は今、その為の法令や制度や、色々なものを作らなければならないから、
      ……責任が重いというか、きちんとやらなければと……」

蒼月   「意外と、ちゃんとしてんじゃん」

夏宮   「そうかな」

蒼月   「……晧月とも、そういう話とか、すんの?」

夏宮   「いや……したことない、かも」

蒼月   「……なんで」

夏宮   「……しても、いいのかな」

蒼月   「……すれば、いいんじゃねーの」

(間)

(深夜、寝室に戻ってくる蒼月。
 声をかける晧月。)

晧月   「おかえり。……早かったね」

蒼月   「……起きてたのか」

晧月   「うん……」

蒼月   「はぁ……まさか待ってた、なんて言わねーよな?」

晧月   「……」

蒼月   「……早く寝ろよ」

晧月   「……うん、おやすみ……」



(間)

(南天局の部屋)

南天局  「春宮(はるのみや)さえいなくなれば、宮家は、そしてこの国は夏宮のもの。
      鬼を封じたなどと卑怯な詭弁で手にした座など、長く続くものではない。
      この私が引きずりおろしてくれるわ……!」

南天局  「すべて、灰にしておしまいなさい。
      忌々しい緑の宮ごとな。
      ……もうあれも用済みであろう?」

南天局  「……我が子こそ、天に昇る龍であれ……。
      あれを春宮と呼ぶ日を、きっと、きっと手に入れてみせる……!!」

(間)

(炎に包まれる宮家)

蒼月   「この、炎は、……なぜ急にこんな激しい火事に……!!」

晧月   「蒼月ッ」

蒼月   「晧月!」

晧月   「火元は宮本家(みやほんけ)だっ」

蒼月   「なっ、……宮様方の安否は!?」

晧月   「わからないっ、しかし、一刻も早く逃げなければっ。
      俺たちがどうにかできる規模の炎じゃない!」

蒼月   「そんな、夏宮様ッ……」

晧月   「……夏宮様?」

蒼月   「……」

晧月   「まさか蒼月、夏宮様を……?」

蒼月   「笑えばいい。
      俺は、……なんだかんだ言って結局……」

晧月   「笑う、ものかよ……」

蒼月   「……お前はそういうやつだよな……っ危ない!!!」

晧月   「うッ」

蒼月   「あァッ」

(倒れてきた梁の下敷きになる蒼月)

晧月   「蒼月!」

蒼月   「……怪我は?」

晧月   「俺は、大丈夫だ……」

蒼月   「よかった……」

晧月   「まってろ、すぐにこんなもの」

蒼月   「どかしている間に、焼け死ぬぞ」

晧月   「見捨てられるか!!」

蒼月   「……俺の家族は……みんな、こうして死んだんだ」

晧月   「……え?」

蒼月   「鬼に襲われて……
      館に隠れていたら、火をつけられた……
      俺以外は逃げることもできず、みんな炎の中で、……」

晧月   「……蒼月……」

蒼月   「……だから不思議と、怖くない。
      俺のことはいい。お前は逃げろ」

晧月   「……どうしていつも、お前は俺を助けてくれるんだ……。
      逃げろだなんてどうして言える……?」

蒼月   「意味なんかねぇんだよ……。
      早く行け。お前まで……」

晧月   「お前を好きな俺の気持ちはどうなる!?」

蒼月   「……だったら、俺の分まで生きろ。
      それが供養になるとほざいたのはお前だろ」

晧月   「……蒼月!!!」

蒼月   「……もし頼めるなら、……夏宮様を、ご無事に……」

晧月   「あっ……」

蒼月   「行け!!!!」

(轟音と共に崩れる緑蔭宮。
 その場から離れざるをえない晧月)

晧月   「……蒼月ーーーーーーーーーーーーーー!!!」

(間)

(離宮。
 火事を遠目に観ながら、笑っている南天局)

南天局  「ほほほ。
      死ね、死ぬがよい春宮……!」

晧月   「醜いものだ」

南天局  「何奴!?」

晧月   「何奴とは心外ですね。
      先日、私共の住処にいらしてくださったでしょう。
      私は所用でおりませんでしたが、……もうひとりとはお話をなさったはず」

南天局  「私のような身分ある者が、下賤の者のところへなど往くはずがなかろう?」

晧月   「何用だったのかは存じませんが、
      ……私と、もう一人の名を、貴方様はお尋ねになったのでしょう」

南天局  「……そなたもしや緑の男の子(みどりのおのこ)か!?
      なぜこの館におるのじゃ汚らわしい!!」

晧月   「欲するものの為に、簡単に人も館も使い捨てる、
      その行動力には敬意を表しますが、
      貴方様がそうまでなさっても、我が主の器には遠く及ばない!!」

南天局  「主じゃと?」

晧月   「……我が主、橘花(たちばな)様は、すでに他の者が安全な場所へお連れしていますよ」

南天局  「なっ、春宮の犬と申すか!?」

晧月   「主に害なす者には、ここで死んでいただきます!!!」(斬る)

南天局  「アアアッ」(倒れる)

晧月   「…………夏宮様はこの屋敷におられるのか」

南天局  「ぅ……」

晧月   「……黒幕が南天局様であるならば、夏宮様もきっとご無事だろうが、」

南天局  「ま……て、……そなた夏宮、を……、それ、だけは、ゆるさぬ……ぞ、」

晧月   「今後きちんと春宮様をお助けくださるのであれば、
      夏宮様を殺める理由はございません。
      ……どうぞ、安らかにお眠りくださいませ」

南天局  「お……の……れ……!
      夏宮……わたし、の……昇、龍……」(息絶える)

晧月   「……さて、……夏宮様のご無事を確認せねば……」

(立ち去る晧月。)

夏宮   「……母上……。…………晧月…………」



夏宮    宮家の半分が焼けた大火事の中、緑蔭宮も全焼。蒼月も命を落とした。
      時を同じくして、離宮が賊に襲われ、不運にも南天局が犠牲となった。
      宮家は混乱に包まれたが、春宮、そして、夏宮である私も宮家を支え、
      どうにか体制を立て直すことができた。



晧月   「……夏宮、様……。
      今、なんと?」

夏宮   「今後も、私の傍で、私に仕えよと言った」

晧月   「……」

夏宮   「……お前ひとりの為にまた緑蔭宮を建てられはしないが、
      私はこれからも春宮を支え、宮家の為に働かねばならない。
      ……そばにいてほしい」

晧月   「私は、……蔭にいなければいけない人間です。
      夏宮様の御傍にとは嬉しいお申し出ではございますが……」

夏宮   「……では此処を出て何処へゆく?
      緑蔭宮の者には戸籍もないと聞いたことがある。
      とすれば、此処を出てまともな職にも就けぬだろう?」

晧月   「しかし……」

夏宮   「……お前が私を支えてくれ。
      そうすれば……私は、夏宮として、生きていける」


晧月    ……南天局様を弑し奉った(しいしたてまつった)身で、
      そのようなことが許されるのか……?
      しかし……蒼月。
      お前との約束を守る為なら……俺は……


夏宮   「……どうだろうか」

晧月   「……では……
      有り難く、……お受けいたします……」



(間)



蒼月    それは、まだ人の世を、鬼が脅かしていた時代の話。
      国を治める宮家の中に、緑蔭宮と呼ばれる場所があった。
      諸国、多少の違いはあれど、後宮というものは存在したが、
      緑蔭宮は、後宮の中にありながら、諸国にも例をみない特別な宮であった。
      文献にも、ひとつの離宮としか残ってはいない。
      しかし、国が栄え花開く前の、芽吹いた緑の為に、蔭に生きた者たちは、
      確かに、存在したのだった。



晧月   「……蒼月。
      お前がなんと言おうが、俺は、お前を、愛している。
      約束は、きっと守ろう。
      どんな罪を犯しても、守り抜こう。
      ずっと、……お前を忘れはしない……」



夏宮   「……晧月。
      私が立派な夏宮となれば、私を殺しはしないのだろう?
      ならば、道はひとつ。
      お前の罪は、私の罪。
      我儘でも薄情でも、私は、……好いた者と共に生きてやる」






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