鬼姫恋伝(おにひめれんでん)-水の章-

作:早川ふう / 所要時間 30分 / 比率 3:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2015.07.09.


【登場人物紹介】

水無月(みなづき)
  由緒ある家柄の嫡男で隠密。年齢は20代前半。
  家を捨てて月子と駆け落ちをした。
  戦闘術は幼い頃よりひととおり仕込まれている。
  良くも悪くもまっすぐな性格。

月子(つきこ)
  不思議な術を操り、偶然から水無月を助け、見初められるが、
  その正体は、鬼の世界を束ねる双子鬼・緋左鬼(ひさき)。
  兄と共に鬼の世と人の世を隔てる結界を張り、赤子を水無月に託して結界の中に消えた。

蒼右鬼(そうき)
  鬼の世界を束ねる双子鬼、月子の兄。
  月子を鬼の世界に連れ戻すために二人を追いかけていたが、
  結界を張ることに同意し、月子と共に結界の中に消えた。

橘花(たちばな)
  水無月が仕えていた宮家の長男。20代。
  当主としての名であり称号「春宮(はるのみや)」を継承するべく、家督争いの真っ最中。
  家のしきたりで、女性のような言葉を使うが、れっきとした男性。

水蓮(すいれん)
  橘花に仕える隠密で、水無月の後輩にあたる。
  多少冷静さに欠けた発言の目立つ女性。

水抄(すいしょう)
  橘花に仕える隠密で、水無月の後輩にあたる。
  多少慎重すぎる面があり、水蓮とはいいコンビの男。


【配役表】

水無月・・・
橘花・・・
月子・水蓮 ・・・
蒼右鬼・水抄・・・



蒼右鬼    古より、人は鬼の存在に悩まされ続けてきた。
       人はその強大な力に怯え、鬼を封じる術(すべ)を探し求めていた。
       しかし今、その鬼が封じられたという事実を知る者は、唯一人のみ。
       平和を守る為、そして我が子を守る為、男は闇の中を走っていた。

       男の名は水無月。
       人が安心して暮らせる世を作るため、自らの愛する者が命を賭して張った、
       人の世と鬼の世を隔てる結界。
       水無月は、自らも命を賭けて、捨てたはずの都へ戻ろうとしていた。
       その結界を、そして、愛する者との約束を守る為に。



(都。橘花の屋敷の一角。)

水蓮    「曲者!」

水抄    「であえーーーっであえーーーーーっ」

水無月   「さすがに館の中は厳しい……」

水蓮    「何奴だ!
       此処が橘花様の屋敷と知っての狼藉か!」

水無月   「くっ、囲まれたか。
       通してくれ。俺は行かねばならぬのだっ」

水蓮    「三途の川へなら、すぐに送り届けてやるぞ」

水無月   「邪魔をするなら容赦はしない!」

水抄    「曲者ごときにやられる我等ではない。
       む……?」

水蓮    「……水抄」

水抄    「……おめおめと、殺されに戻ってきたのか」

水無月   「ふっ、覆面など無意味なことだったな」

水蓮    「お前、水無月か!?」

水無月   「久しぶりだな、二人とも」

水抄    「昔話をする気はない。
       裏切りには死を。これは絶対の掟。
       理解しているはずだ」

水無月   「百も承知。
       しかし、俺はまだ死ぬわけにはゆかぬ」

水蓮    「命乞いか?
       御役目を捨て、追っ手をことごとく振り切り、逃げておいて……」

水抄    「それをわざわざ戻ってくるには、それなりの理由があるとみた。
       目的はなんだ?」

水無月   「……橘花様に、お目通りを」

水蓮    「馬鹿な」

水抄    「南の天(そら)にでも惑わされたか!」

水無月   「違う!!
       会わなければいけないんだ。どうしても」

水蓮    「血迷ったか。貴様がその程度の男だったとはがっかりだ!」

水抄    「落ち着け水蓮」

水蓮    「水抄、何故!」

水抄    「冷静さを欠くな。我等二人がかりでも、水無月を倒すは至難の業だぞ」

水蓮    「そんなの、やってみなければわからない!」

水抄    「ことごとく追手がやられたとはそういうことだ!
       それに……この男、死を覚悟した者よりも眼光が鋭い。
       この眼をした者をどう制する?」

水蓮    「考えることに意味があるか?
       裏切りには死を。
       我等は掟に従うのみだ!」

水無月   「……っ」

橘花    「ほう。これは懐かしい顔よ」

水蓮    「た、橘花様!?」

水抄    「申し訳ございません。すぐ始末致します!
       どうか寝所(しんじょ)にお戻りを」

橘花    「よい。
       ……今宵は満月じゃ。
       寝るには惜しい」

水抄    「しかし」

水無月   「橘花様……」

橘花    「そういえば……おぬしが妾を裏切った日も、月が満ちておったの」

水無月   「申し訳、ございませぬ」

橘花    「またおぬしと逢えるとは思わなんだ。
       そうよの、詫びを申すより、酌をせよ。
       せっかくの夜じゃ。
       月見酒と洒落込むのも乙じゃろう?」

水無月   「……は、」

橘花    「ほっほっほ。
       おぬしの困り顔は相変わらず愉快愉快。
       水蓮、そやつは妾の客じゃ、曲者はおらぬ、皆を下がらせよ」

水蓮    「……畏まりました」

橘花    「水抄、酒の支度を」

水抄    「心得ました」

橘花    「……さて」

水無月   「橘花様……」

橘花    「おぬしは……まずは風呂じゃな。
       臭うてかなわん」

水無月   「……、……御意」



(橘花の館。室内。)

橘花    「よい風。よい月。よい夜じゃ」

水抄    「橘花様、御酒を」

橘花    「ふむ。(飲んで)……そしてよい酒。最高じゃの」

水蓮    「橘花様、水無……御客人の支度、整いましてございます」

橘花    「近う」

水無月   「はは、」

橘花    「おお、見違えたぞ。
       あのようにボロを纏って、泥と血に塗れて……
       大橋の下におる乞食かと思うたからの」

水無月   「あのような姿で、失礼を致しました」

橘花    「よいよい」

水無月   「……」

橘花    「……水蓮、その殺気を抑えよ。酒が不味くなる」

水蓮    「裏切り者に油断は禁物。忍の性ゆえ、ご容赦を」

水抄    「橘花様の御身の為でございます」

橘花    「相変わらず、……此処は窮屈じゃ。
       ……して、水無月」

水無月   「っ……。はい」

橘花    「水無月、か……。
       おぬしの名をまた呼ぶ日が来るとはの。
       ……ほんに久しぶりじゃ。
       妾の元から去って何年になるか」

水無月   「橘花様直属の隠密として御役目を与えられながらも、
       勝手にお傍を離れましたこと、まことに申し訳ございませぬ!」

橘花    「妾の元から去って何年じゃ」

水無月   「……三年ほどかと」

橘花    「三年。……三年か」

水無月   「……されどこの三年、……無駄に過ごしていたわけではございませぬ」

橘花    「ほう?」

水無月   「橘花様。
       こちらへ戻る道すがら、宮家の跡目争いが起きていると耳にしました。
       橘花様のお立場は今……」

水蓮    「お前などに心配されずとも、橘花様は必ず春宮(はるのみや)になられる!」

水抄    「なっていただく。必ず」

橘花    「とまぁ、周りだけが熱くなっておる状況じゃ」

水無月   「あまり芳しくはないようですね」

橘花    「妾はどちらでもよいのじゃがのぅ」

水抄    「なりませぬ。……もし姉君が長子継承を推し、春宮を継ぐことがあれば世が荒れまする!」

橘花    「迷信じゃろ」

水蓮    「春宮を狙う者は姉君だけではございませぬ。
       橘花様におかれましては、お立場というものを、もう少しお考えくださいませ」

橘花    「……ふぅ。
       水無月、相変わらず、窮屈じゃろ?」

水無月   「橘花様の御心は、……お察しいたします」

橘花    「水無月だけよの。まことの意味で妾の意を解してくれるのは。
       三年経った今も、おぬしだけじゃ」

水蓮    「っ……」

水抄    「……」

橘花    「しかし、おぬしは、裏切った。
       妾は、おぬしに罰を与えねばならぬ」

水無月   「……その罰。如何なるものであろうとも、謹んでお受けいたします」

橘花    「楽に死ねるとは思うておるまい?」

水無月   「勿論でございます」

橘花    「……残念じゃ」

水無月   「……ただ、」

橘花    「む?」

水無月   「ただ、その前に。
       ……橘花様に、献上したきものがございます」

橘花    「ほう?
       おぬしから土産が貰えるとは!
       何じゃ何じゃ。地方の名産か?」

水無月   「いえ。……宮家継承争いの切り札となりえるもの。
       そして、橘花様が春宮として起たれる最高の祝いともなりましょう」

橘花    「何じゃ。勿体つけるのぅ」

水無月   「此処に、人の世の平和をお持ちいたしました」

橘花    「む?」

水蓮    「水無月……! 貴様橘花様を愚弄するか!」

水抄    「冗談にしては笑えぬぞ」

水無月   「誓って冗談などではございません。
       もう鬼に怯える心配はなく、人の世は人が乱れぬ限り平穏でありましょう」

橘花    「これは……大きく出たのぅ。よもや鬼を封じたと申すのか」

水無月   「御意」

橘花    「鬼は気まぐれに国を乱す忌々しいものじゃ。
       鬼一匹に何百何千と民が犠牲となる。
       おぬしが如何に手錬れの忍びとて、鬼の前では蟻にも劣ろう。
       封じたとはさすがに、信じ難いのぅ」

水無月   「お話しいたします。某(それがし)が見た全てを」



(以下、回想を交えながら)

水無月   『すまない、遅くなった!
       かように暗い洞窟にひとり、心細かっただろう』

月子    『いえ、私は大丈夫です。
       貴方様こそ、追っ手もありましたでしょう、ご無事でなによりです』

水無月   『あの程度、撒くのは容易い。
       それにこの嵐だ、敵も今夜は動けまい』

月子    『ええ、そうですね』



水無月   「某が、妻にと見初めたおなごを連れ、都を出たのは三年前。
       妻、月子は……我が子をその身に宿しておりました。
       橘花様のお許しを得て娶ることの叶わぬ身分がゆえに、
       某は、橘花様を裏切り、逃げることを選んだのです。
       そしてある嵐の夜、……某は、月子の、本当の身の上を知ることになりました」



蒼右鬼   『妹が世話になってるね。
       一応、名乗っておこうか。僕の名は蒼右鬼(そうき)。
       貴様が月子と呼んでいる僕の妹、緋左鬼(ひさき)の兄だ。
       僕達の話を聞いていたんだろう?』

水無月   『人にしか、見えぬ。
       まこと鬼なのか? そなたも、月子も』

蒼右鬼   『あぁ。僕達は鬼だ。
       貴様もあれが不思議な術を使うのを知っているんだろう?
       あれこそが鬼の力よ。
       僕達は鬼の世界を束ねる者、
       本来なら、貴様ごとき人間が僕達と言葉を交わすなど
       有り得ないことなんだ』

水無月   『月子が何者であろうとも、共に生きると決めて都を出た!
       たとえその正体が鬼だとしても、気持ちは変わりはしない!』

蒼右鬼   『……いい目だ。
       なるほどね。妹が懸想するのも、わからなくはない。
       貴様、同族になる気はないか?』

水無月   『なにっ?』

蒼右鬼   『子を産めば、緋左鬼は死ぬんだ。
       貴様はどちらを選ぶ?
       妻と子、どちらの命を助けたい?』



水無月   「鬼は、命を作ることが出来ぬもの。
       子を産めば死んでしまうからこそ、妻の兄君は、出産を阻止しに来たのです。
       月子は、それでも我が子をその身で護ってくれていました。
       しかし……兄君との話の中で、月子は、もうひとつの決意をしていたのです」



月子    『私達鬼の世界を司る双子鬼が、他ならぬ人の姿で生まれるのも、
       鬼では、世界を守れないからよ。
       ……でも私達は、守ることができるの』

蒼右鬼   『……具体的に、何ができると言うんだい』

月子    『私は人の世界から、兄様は鬼の世界から、
       二人同時に結界を張れば、……封印ができるわ』

蒼右鬼   『何故そうまでして、二つの世界を完全に隔てようとするんだ』

月子    『鬼は業を背負った人間の成れの果て。
       ならば、鬼となったその後に、これ以上業を背負うことはない。
       いつか罪が赦され、鬼としての姿が消滅した後、
       命あるものに生まれ変わることができたら、
       それは素敵なことだと思わない?
       私達が、鬼達の希望を作れるのよ、兄様』

蒼右鬼   『しかし、それはとても危険なことだ。
       僕達が結界の一部とならなければいけないんだからね。
       お前が生まれた世界と、お前が愛した者のいる世界を守る為に、
       命を捨てられるんだね?
       本当に、それでいいんだね?』

月子    『勿論よ。
       それよりも兄様は? 本当にいいの?』

蒼右鬼   『僕は、緋左鬼がよければそれでいいんだよ。
       たった一人の僕の家族、……大切な妹』



月子    『私はこれから鬼の世界を封じる結界を張ります。
       この結界さえあれば、もう鬼が人を脅かす心配はありません。
       貴方様と私達の子は、平和に生きていけるでしょう』

水無月   『……しかし、そなたはいないのだろう。
       俺達だけが、残されてしまうのだろう。
       俺はそなたを失いたくない……!』

月子    『また、会えます。
       ……いいえ、会わねばならない時が参ります。
       水無月様……20年後、この子と共に此処に来て下さい。
       この子に受け継がれた鬼の力を、結界に注がねばならないのです。
       私と兄の命を賭した決心と、この結界を、
       きっと、きっと守ってくださいね……』



水無月   「そして妻は、紫の嵐の中に消え、
       某の腕には鬼の力を受け継いだ我が子が泣くばかり……」

水蓮    「まさか、そんなことが……」

水抄    「とても信じられぬ。が、確かにこの三年、鬼の被害がないのも事実」

水蓮    「偶然を味方に、そうまでして橘花様を陥れんと謀るか水無月!」

水抄    「控えろ水蓮」

水蓮    「しかし!!」

水抄    「……橘花様」

橘花    「……。
       ……子は、息災なのか」

水無月   「つつがなく。
       今は、信頼できる者に預けてあります」

橘花    「そうか……」

水無月   「……妻と兄君の命を以って張られた結界は、
       某の命にかえても、守らねばなりません。
       その為に、恥を忍んで馳せ参じました」

橘花    「おぬしの話を信じるなら、確かにこれはよい切り札。
       妾が春宮と起つにあたっての祝いとなるも納得じゃ」

水無月   「おそれいります」

橘花    「しかし20年とはのう」

水無月   「何が起こるかは、某にもわかりませぬ。
       しかし、約束の時を終え、結界が無事護られましたなら、
       如何様な処分もお受けいたします。
       それまでは、何卒某に猶予を。
       そして結界を護る御役目を、某にお与えください……!」

橘花    「……月が……隠れたのぅ。
       ……水蓮、灯りを」

水蓮    「しかしおそばを離れるのは……」

橘花    「ゆけ。水抄は酒じゃ。……二度は言わぬぞ」

水抄    「……畏まりました」



(暗い庭先に二人。表情は見えない)

橘花    「(深く溜息を吐いて)……だから戻ってきたのか、水無月」

水無月   「……ああ」

橘花    「俺は春宮になどなりたくない、
       幼い頃より、お前にだけは本音を打ち明けてきたな。覚えているか」

水無月   「……ああ」

橘花    「それなのにお前は、この俺に、春宮を継げというのだな」

水無月   「……すまない」

橘花    「謝ることはない。
       所詮、俺もお前も……お前の妻も、役目からは逃げられなかったんだ」

水無月   「そうかもしれない」

橘花    「……お前や子の存在は公にはしない方がいいだろうが、
       結界や、お前たちを護る何がしかは必要になるな。
       ……結局、何かを守りたいと望めば、
       逃げ出したもの、投げ出したいものをも、受け入れねばならぬ……」

水無月   「……これが道理と自分に言い聞かせるしか、ないんだ」

橘花    「そうだな。
       まぁこれで、諦めもついた。覚悟もしよう」

水無月   「そうか」

橘花    「(伸びをして)久しぶりだ。
       ……息を抜ける場所がなくなったからな。お前のせいで」

水無月   「……それは、本当に、申し訳ないと思ってる」

橘花    「……仕方が無い。
       こうあるべきと天が定めたのだろうから、
       人の身で抗うことなどできるはずがない」

水無月   「しかし、」

橘花    「……妾も、おぬしも、……そういう運命(さだめ)なのじゃ」

水無月   「……」

水蓮    「灯りをこちらに……。
       お足下、お気をつけください」

水抄    「御酒、お持ちいたしました」

橘花    「ご苦労」

水無月   「……橘花様、……某は、」

橘花    「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず……」

水蓮    「……橘花様?」

橘花    「なぜ妾は犬に水の名を与えるか。
       絶えることのない流れの中に、同じものは二つとない。
       妾の唯一無二である証。
       しかし、これもまた、天意じゃったのかもしれぬ。
       今流れる水は、もとの水ではない、人を超えた天の道理……」

水抄    「橘花様……」

橘花    「水蓮、水抄」

水蓮    「はっ」

水抄    「はっ」(水蓮と同時に)

橘花    「……今宵を以って妾の護衛の任を解く」

水蓮    「なっ……」

水抄    「なぜそのような!?」

橘花    「明日より、水無月と共に結界とやらの護衛を申し付ける。
       水蓮は、水無月の子の護衛も兼ねよ。
       事の真偽を含め、妾へ逐一連絡するのじゃ、よいな?」

水蓮    「しかし、橘花様の御身の安全は……」

橘花    「犬の代わりはいくらでもおる。
       水無月の言葉が偽りなれば、始末して帰ってくればよい」

水抄    「……しかし」

橘花    「不満か? 命に背くか」

水蓮    「いえ……」

水抄    「……新しき御役目、確かに承りました」

橘花    「……うむ。
       (酒をのんで)……美味い。
       さあ、水無月、おぬしも飲むがよいぞ」

水無月   「頂戴いたします……」

橘花    「水蓮、水抄、おぬしらも飲むがよい。
       おお、月もまた顔を出したではないか。
       さあ共に飲もうぞ。
       妾が春宮となる前祝いじゃ、ほっほっほ」



月子     古より、人は鬼の存在に悩まされ続けてきた。
       人はその強大な力に怯え、鬼を封じる術(すべ)を探し求めていた。



橘花    「永久に妾を潤す水であってほしかったが……
       ……おぬしの水は、躍動感溢れる滝じゃ。
       その水は川に注がれ、そして大海まで続く。
       誰にもその流れを止めることなどはできぬ……」


月子     しかしいつからか、鬼は姿を見せなくなった。
       そのかわり、山奥にひっそりと筑尾(つくお)と呼ばれる里ができ、
       『ヒメ』と呼ばれる者を当主とした一族の存在が
       都にて、まことしやかに囁かれるようになった。


橘花    「さらばじゃな。水無月」



水無月   「……すまない。
       ありがとう……橘花」


月子     当主である『ヒメ』は、20年ごとに鬼を封じる儀式を行っているという。
       しかし、あまりにも人里離れた山奥の小さな村のこと。
       事実を確かめたものは誰ひとりとしていないという。
       文献すらも、現代に、ひとつとして、残ってはいない……。







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