鬼姫恋伝(おにひめれんでん)-花の章-

作:早川ふう / 所要時間 100分 / 比率 3:4

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2012.09.08.


【登場人物紹介】

睦月(むつき)
  筑尾(つくお)と呼ばれる里の長『ヒメ』の家の嫡男。
  20年に一度の鬼を封じる儀式を経て『ヒメ』を継ぎ一人前となるため、
  まだ元服をしていない。(現在年齢17〜18)
  厳しく育てられているため、大人びて冷静な部分もあるものの、
  感情のまま子供すぎる暴走をすることもある、やや不安定な性格。

華響(かきょう)
    『ヒメ』の護衛を代々受け持つ『御護(みこ)』の家の長女。しっかり者。
  兄達を流行病で亡くしたため、春華(しゅんか)の名を捨て男装し、
  華響として『御護』を引き継ぐ。
  (現在年齢18〜20)

如月(きさらぎ)
  現『ヒメ』で、睦月の父親。
  威厳ある里長であるが、過去の過ちを悔いている。

清華(せいか)
  華響の母。当主である夫・忠守(ただもり)亡き後、
    『御護』の家を守ってきた気丈ながらも優しい女性。
  悠丸の元服まで、娘である春華に、華響の名を与え、
    『御護』の役目を任せる決断をした。

悠丸(ゆうまる)
  華響の弟。もうすぐ元服だったが、風邪をこじらせている。
  おっとりとした性格。
  (現在年齢13〜14)

雪汪(せつおう)
  儀式を邪魔し、鬼を解放しようと目論む者。
  人でありながら鬼の力を使い、睦月達を翻弄する。
  自らの出生から、人間、そして如月への恨みは深い。
  (現在年齢17〜18)

華凛(かりん)
  雪汪の母で、清華の姉。
  元は『御護』の家の長女だったが、里を追放され、
  雪汪と共に、如月を深く恨みながら生きてきた。
  病におかされており、余命わずかという自覚がある。

月子(つきこ)
    『ヒメ』の祖先にあたり、月姫と呼ばれている。
  儀式でその声をきくことができるが、
  身体は鬼の世界を封じている結界の一部となっているため、
  姿をみることはできない。
  穏やかな物腰で、愛情深い女性。


【配役表】

睦月・・・
華響・・・
如月・・・
清華/悠丸・・・
雪汪・・・
華凛・・・
月子・・・



如月   古より、人は鬼の存在に悩まされ続けてきた。
     人はその強大な力に怯え、鬼を封じる術(すべ)を探し求めていた。
     しかしいつからか、鬼は姿を見せなくなり、
     そのかわりに、『ヒメ』と呼ばれる者を当主とした一族の存在が
     都にて、まことしやかに囁かれるようになった。
     当主である『ヒメ』は、20年ごとに鬼を封じる儀式を行っているという。
     その為に、多大なる犠牲を払いながら。



【壱】

 (里を見渡せる山の中腹に寝転んでいる睦月。
  傍らには、睦月が乗ってきた白い馬が草を食べている。
  そこへ黒い馬に乗ってやってくる華響)

華響   「やはりこちらにおいででしたか。
      (馬を降りて)
      おひとりでお出かけになるなんて、不自覚が過ぎますよ」

睦月   「元服してないっつっても、子供じゃないんだ、
      別にいいだろうっ」

華響   「護衛を仰せつかっている私の身にもなってください。
      明日は大事な儀式だというのに、何かあったらどうなさいますか」

睦月   「はいはい、悪かったな」

華響   「軽っ!!
      ……で。何をなさっていたんですか?」

睦月   「別に。考え事とか」

華響   「何か悩み事でも?」

睦月   「そうだな」

華響   「私に何かできることはございますか?」

睦月   「……今すぐその言葉遣いをやめろ」

華響   「無理を仰らないでください」

睦月   「何でもって言ったくせに」

華響   「身分が違います。
      貴方様は次代の『ヒメ』となられる御方。
      私は、貴方様の護衛にすぎません」

睦月   「俺達は幼馴染じゃなかったっけ?」

華響   「そうですね、『ヒメ』と共に、幼き時を過ごせたことは、身に余る幸せだと思っております」

睦月   「春華(しゅんか)」

華響   「私の名は華響(かきょう)です」

睦月   「ったく強情だなあ。
      ここは俺とお前しかいないんだから、戻っていいって」

華響   「……だーかーらー!
      もし誰かに聞かれでもしたら困るでしょうがぁッ!」

睦月   「お、戻った。それだよそれ。
      男の格好も、かったい言葉遣いも、似合わねーんだよ」

華響   「似合う似合わないの問題じゃないでしょ!?
      女の私が『御護(みこ)』なんだから、
      けじめよ、けじめ!
      いくら悠丸が元服するまでの代わりとはいえ、
      女の私が『ヒメ』にお仕えするの、よく思わない人は沢山いるんだから!」

睦月   「お前んとこは代々『御護』の家系なんだから。
      文句言う奴の方がおかしいだろ、堂々としてろっつーの」

華響   「そりゃ私以外に誰もいなかったんだから、しょうがないし、
      堂々と御役目に就いてるわよ。
      だから、名も改めて、男として生活してるんじゃないの!」

睦月   「……お前、悠丸が元服したらどうするんだ?」

華響   「え?」

睦月   「春華に、戻るのか?」

華響   「それは……わからないよ……」

睦月   「清華(せいか)殿と何も話したりしてないのか?」

華響   「母様は最近、悠丸につきっきりで、話す機会がなくてさ……」

睦月   「ああ……風邪こじらせたっつってたっけ?」

華響   「うん。元服だってできなかったし、
      明日の儀式で『ヒメ』のそばに控える『御護』だって
      そのせいで私になっちゃったんだもん。
      長老達みんな渋々了承してくれたけどさあ……」

睦月   「あんなジジイ達のことなんか気にすんなって」

華響   「え? う、うん……」

睦月   「でも、もし春華に戻っても、嫁の貰い手なさそうだよなあ!
      『御護』を務めた腕っぷしの強い女なんてさ」

華響   「そんなことわかってますよーっだ!
      別に、今更里の誰かの元に嫁げるなんて思ってないし、嫁ぎたくもありません!」

睦月   「強がって。かわいくねーの」

華響   「普通に考えて、里を出ることになるんじゃない?
      誰も私を知らないような、すごーく遠いところにお嫁にいくかもね」

睦月   「……そう、か……」

華響   「まぁ、わかんないけどさ」

睦月   「ふぅん」

華響   「……そろそろ戻りましょう。皆が心配します」

睦月   「……そうだな」

(それぞれ騎乗し、退場)



【弐】

(夕方。筑尾の里 睦月の生家である里長の屋敷)

華響   「睦月様をお連れしました」

睦月   「只今戻りました!
      ……人払いをされているようですが、何かあったのですか?」

如月   「戻ったか。まったく、はねっかえりめ」

睦月   「父上。いつまでも子供扱いはと何回も……」

如月   「(遮って) 座りなさい」

睦月   「は、はい」

(静かに隣の襖が開く)

清華   「睦月様、ご無沙汰しております。
      ご無事のお戻り、何よりでございます」

華響   「母様!?」

睦月   「清華殿が何故こちらに?」

清華   「それは……」

如月   「清華、わたしから話そう」

清華   「はい」

如月   「……心して聞け。……今しがた、悠丸が息を引き取った」

華響   「えっ!?」

睦月   「な……っ」

清華   「ずっと危篤状態が続いておりましたが、
      看病の甲斐なく、一刻ほど前に、……」

華響   「悠丸の具合がそんなに悪かったなんて……
      どうして教えてくれなかったの!?」

清華   「控えなさい華響、『ヒメ』の御前ですよ!
      如月様。失礼をいたしました」

如月   「構わぬ。
      華響は何も知らなかったのだから、
      戸惑うのも無理はない」

清華   「……本来『御護』となるはずだった息子達を流行り病で亡くし、
      今回、末の悠丸まで……。
      『御護』の血を守れず、まことに申し訳ございません」 

如月   「……5年前の流行り病は、この里だけではなく国中を襲ったと聞く。
      清華が気にやむことはない。
      先代『御護』であった忠守(ただもり)の亡き後、
      よく女性(にょしょう)の身で『御護』本家を守ってくれた」

清華   「勿体無いお言葉にございます。
      けれど、現実には、『御護』を継ぐ本家の血筋は、華響ひとりとなってしまいました。
      悠丸の元服まで、という期限付きの『御護』ではありましたが、
      悠丸亡き今は、もう、……華響、貴方しかいないのです」

華響   「は、はい……」

如月   「明日の儀式にて、華響に『御護』を務めてもらうことは変わらぬ。
      だが……問題は、その儀式なのだ」

睦月   「何か不都合でも?」

如月   「……邪魔が入るやもしれん」

睦月   「邪魔? 一体誰が?」

華響   「……私が『御護』を務めることに、反対する者達が多いのはわかっておりますが、
      儀式を邪魔するほどの何かが……?」

如月   「そうではない。……清華」

清華   「亡くなった悠丸には、呪詛がかけられておりました」

睦月   「呪詛!?」

華響   「誰かに、呪い殺されたの!?」

睦月   「一体誰がそのような……」

如月   「都から遠く離れたこの山奥で里をかまえてはいても、
      わたし達を快く思わぬ者の目を、全て欺けるわけではない。
      ……儀式も明日に迫った時になって、こうも牙を剥いてくるとは……」

清華   「敵は、『ヒメ』の御身を狙う可能性が高いと思われます。
      如月様、睦月様にはくれぐれも、お気をつけくださいませ」

睦月   「ありがとうございます、清華殿、肝に銘じます」

如月   「『御護』本家、分家共に、元服した男子がおらぬ今
      華響が『御護』となるは、苦肉の策ではあるが、致し方無かった。
      しかし明日は、華響、そなたにも危険が及ぶやもしれぬ」

華響   「『御護』とはその為の御役目、覚悟しております」

如月   「睦月には勿体ないほどの、立派な『御護』だが、
      ……この後(のち)までも、おなごとしての人生を全て捨て、
      『御護』として一生を捧げよというのは、……さすがに忍びない」

華響   「……しかし、そうするしかないのではありませんか?」

如月   「儀式が無事終わり、悠丸の喪が明けた後、
      華響が婿をとり、その者に『御護』の御役目を任せられれば、と考えたのだが」

睦月   「婿!?」

華響   「……今更、春華に戻れと、仰せになりますか」

如月   「無論無理強いはせぬが、……良き縁(えにし)は約束する。
      そなたには、悠丸の分まで幸せになってもらいたいのだ」

華響   「……今はそんな、とても考えられません」

如月   「確かに性急ではあるとは思うが、今後のそなたの」

華響   「(遮る)悠丸が亡くなったと聞かされたばかりで、自分の幸せを考えろなど!!
      まずは明日の儀式を無事行わなければなりません、考えるのはそのあとです!!」

如月   「すまない。混乱させるつもりはなかった。
      ただ儀式が無事終わった暁には、そなたのこれまでの働きに最大限、報いたいと思っている」

華響   「……ありがとう、ございます。
      では、私は、明日の儀式、精一杯『御護』を務めさせていただきます」

如月   「華響は、忠守に似て聡明だ。
      そなたが誰よりも努力し、睦月を支え守ってくれていたことは、
      里の誰よりも、わたしが一番よく知っている。
      心なき声もあろうが、儀式を無事務め上げれば、その者達ももう何も言うまい」

清華   「忠守殿が生きていたら、貴方を誇りに思うことでしょう。
      華響、頑張りなさい。悠丸の為にも」

華響   「はい。
      亡き父様、兄様、悠丸の為にも、
      必ずや、務め上げてみせます」

睦月   「みんな勝手すぎる……」

如月   「む、」

睦月   「髪を切り! 名前を捨て! 男装までして必死に剣の腕を磨いて!
      悠丸が元服するまでは、と『御護』を務めて!
      悠丸が死んだから、そのまま危険を承知で儀式で『御護』を務めろと言って!
      で? それが終わったら春華に戻って結婚しろ? 笑わせる!!」

清華   「睦月様……」

睦月   「何なんだよ。
      『ヒメ』はそんなに偉いのか!?
      人一人の人生も幸せも、全部決められるほど偉いのかよ!!」

如月   「黙れ!!!」

睦月   「……っ!」

如月   「いつまでも童(わっぱ)のようなことをほざきおって。
      この国を鬼から守る為に、必要な犠牲というものがあるのだ!」

睦月   「その犠牲が何でこいつなんだよ!」

如月   「『御護』の家に生まれ育ったが故の不条理、察して余りある。
      しかし、華響はそれをぐっと堪えて此処に居るのだ!!」

睦月   「不条理だってわかってんだったら……」

如月   「黙れ!!
      『ヒメ』としての覚悟もないお前が、
      『御護』としての覚悟のある華響に言葉をかけるなど、
      それこそが無神経だとまだわからぬか!!!」 
      
清華   「如月様、どうかおおさめくださいませ。
      睦月様の優しさから出た言葉だと、わかっております故」

如月   「優しさと言えば聞こえはよいが、考えなしの優しさは毒となる。
      次代の『ヒメ』となる者が情けないッ」

睦月   「……、申し訳ありません」

如月   「口だけの謝罪もまた、同じ。
      華響を案じるのであれば、他にできることがあるはずだ」

睦月   「……!」

清華   「……如月様。今日のところはこれでお暇致します。
      悠丸をいつまでもひとりにしておくわけにもまいりませんし、
      明日は早くから儀式の準備もございましょう」

如月   「うむ、そうだな。
      睦月、華響。悠丸の死は、他言無用。
      儀式が終わるまでは、堪えてくれ」

華響   「わかりました……」

睦月   「父上」

如月   「何だ」

睦月   「今夜、俺は、悠丸の見舞いに参ります」

如月   「む……」

睦月   「悠丸は、華響の跡を継ぎ俺の『御護』となる者。
      儀式前だからこそ、報告を兼ねて見舞いに行くのは、不自然ではありません」

如月   「そうだな」

睦月   「丁度夕餉(ゆうげ)の時刻です。
      ご厚意に甘え、有り難く夕餉を馳走になった後、
      俺は、明日への緊張から、酒も進み、寝入ってしまう。
      これも、不自然ではありませんね?」

華響   「え……?」

如月   「……いいだろう。
      くれぐれも気をつけるように」

睦月   「はい。ありがとうございます。
      さあ、清華殿、しゅ……、華響、参りましょう」

(さっさと退場する睦月。)

華響   「え、ちょ、ちょっとどういうことなの?」

清華   「華響。睦月様は、貴方のそばにいてくださると仰っているのよ」

華響   「え!?」

清華   「何をしているのです。
      貴方は睦月様の『御護』。お傍を離れてはなりませんよ」

華響   「あっはい。し、失礼します!」


(睦月を追う華響。退場。)


清華   「……睦月様は本当にお優しく成長なされましたね」

如月   「まだまだ思慮が浅い。
      向こう見ずなところさえ何とかなればよいのだが」

清華   「華響のこと、気に掛けていただき、ありがとうございます」

如月   「いや……」

清華   「では、これにて、わたくしも失礼致します」

如月   「ああ」

(清華、退場)

如月   「……優しい、か。
      優しさがあれの弱さなのであれば、
      明日の儀式、無事終えられるかどうか。
      わたしのように後悔を背負う人生にならねばよいが……」



【参】

(夜。『御護』本家。)

睦月   「清華殿、悠丸は?」

清華   「離れの方に。ご案内致します」

(間)

(屋敷の敷地内の離れ。
 お札や塩、祈祷の火が残る部屋の御簾の奥の布団に、悠丸が横たわっている。
 白い布がかけられ、表情はみえない)

華響   「何、これ……。
      お札や、塩、祈祷の跡まで……?」

清華   「今朝までは意識があったのですが、……」

華響   「……何も、知らなくて、何もできなくて……。
      ごめんね、悠丸……」

睦月   「むごいことをする。一体誰が……」

華響   「悠丸……」

(悠丸のそばへいこうとする華響を、清華が止める)

清華   「なりません!」

華響   「え?」

清華   「儀式を明日に控えた身を、もっと自覚なさい。
      悠丸の内に呪詛がまだ生きていれば、睦月様の御身が危険です」

華響   「あ……」

清華   「呪詛が外に漏れぬよう、御簾(みす)に結界を施しました。
      明日が無事終わるまでは、堪えなさい」

睦月   「弔ってやることもできないのか。
      許せ、悠丸」

清華   「悠丸も『御護』の家に生まれた子、覚悟はございます。
      呪詛に負けまいと……見事な、最期でした。
      呪詛を跳ね返せなかったのは、わたくしの力不足です。
      口惜しくてなりません……」

睦月   「それは違う。
      ……力不足なのは、俺の方だ」

清華   「何を……」

睦月   「……幼馴染の幸せを守ることも、
      悠丸を救うこともできなかった。
      俺はただの無力な男です」

清華   「睦月様は鬼を封じることのできる、次代の『ヒメ』。
      無力などと仰いますな」

睦月   「『ヒメ』、か。
      儀式とやらに、一体何の意味があるのでしょうね」

華響   「睦月?」

清華   「伝承でも、書物でも、鬼のおぞましさは幾らでも伝わっておりましょう。
      鬼を封じていなければ、人は滅びてしまうのですよ。
      儀式の詳細は存じ上げませんが、
      人の世の平和の為、間違いなく意味のあることでございます」

睦月   「清華殿、お言葉ですが、それは知識でしかないでしょう」

清華   「な、」

睦月   「鬼を封じていなければ、本当に人の世は滅びるのでしょうか。
      いや、そもそも鬼なんてものは、本当に存在するのでしょうか」

清華   「……」

華響   「もしかして、睦月がいつもひとりで考えてたことってそれ?」

睦月   「父上に話したら、叱られるのはわかってるさ。
      けど、ずっと悩んでた。
      『ヒメ』って何なんだろうって……。
      『ヒメ』も『御護』もお飾りなんだったら、そんなん要らねえ。
      むしろ、俺がぶっ壊してやるって……」

(声が響く、雪汪の姿は見えない)

雪汪   『では、望みどおり、全てを壊してやろう』

華響   「何奴!?」

睦月   「誰だ!?」(前の華響の台詞と被って)

清華   「……近くに人の気配はありませんが……
      っ!! 悠丸!?」

(横たわっていた悠丸が ゆっくりと立ち上がる)

華響   「悠丸が、生き返った……?」
      
清華   「心の臓は確かに止まっていたのに……」

睦月   「いや違う。見ろ、悠丸の身体が宙に浮いている!」

雪汪   『鬼の力で呪い殺された者を前にしておきながら、
      鬼の恐ろしさがわからぬ、とは……。
      随分ととぼけた『ヒメ』ではないか?』

睦月   「なっ……
      悠丸を死に至らしめた呪詛は、鬼の力だと!?」

雪汪   『その通りだ』

華響   「悠丸の声じゃない……
      誰が悠丸の亡骸を操っているのっ……」

雪汪   『クククッ。
      『御護』の血故か。
      幼いとはいえ、なかなかにしぶとかったぞ』

華響   「おのれっ……」

雪汪   『ほう、これは結界か?
      残念だが、鬼の力の前には無意味だ』

睦月   「御簾が燃えた……!」

清華   「青き炎……これぞまさしく鬼の力……。
      なんと、禍々しい……!」

睦月   「悠丸を殺して尚その身体を弄ぶ外道め、
      一体何が目的だ!!」

雪汪   『外道、か。
      真の外道にも気づかぬ阿呆が何をほざく』

華響   「真の外道……?」

雪汪   『まぁよかろう。
      目には目を、歯には歯を、外道には外道を。
      これから人の身を捨てようというのだから、
      外道と言われてもあながち間違いではないというもの』

華響   「これから人の身を捨てる……?」

睦月   「お前、鬼の力を操る人間だとでもいうのか」

清華   「そなたが人の身を捨てようとしているのだとしても、
      わたくし達の敵であるならば、名乗るくらいの礼儀はないのですか」

雪汪   『……ふん。
      わたしの名は、雪汪(せつおう)』

清華   「雪汪……」

雪汪   『今日のこれは挨拶代わりだ。
      本番は明日。
      明日の儀式、無事に終えられると思うなよ』

睦月   「何が挨拶代わりだ。
      悠丸を放せ! 姿を見せろ!」      

雪汪   『弱い犬ほどよく吼える』

睦月   「何っ」

雪汪   『今すぐに殺さないだけ感謝するんだな。
      こちらはいつでも、お前の息の根を止められるぞ。
      姿を見せるまでもなく、こうやって!』(悠丸の手を操り、気を放つ)

睦月   「ぐあッ」

華響   「睦月!!」

雪汪   『まるで赤子だ。弱すぎるぞ、次代の『ヒメ』!!』

睦月   「うっあああああ……ッッ!」(全身を締め付けられているような痛み)

雪汪   『蝶よ花よと、まさに姫君のように、守られて育てば、
      こうも情けない跡継ぎにもなろう。
      如月も所詮は『ヒメ』、後継を育てることすらできぬ薄野呂よ』(気を放つのを止める)

睦月   「うっ……。
      父上まで、愚弄するかッ……」

雪汪   『さて、お遊びは終わりだ。
      この者の身体はいただいてゆくぞ』

華響   「命を奪うだけでは飽き足りないっていうの!?」

雪汪   『……勇ましい『御護』だ。
      貴方の血ですか、清華殿?』

清華   「何故わたくしの名を……。
      そなた悠丸をどうする気ですか!」

雪汪   『明日までは、丁重に扱いますよ。
      大事な大事な、形代(かたしろ)ですからね』

睦月   「明日の儀式を邪魔してどうする!」

雪汪   『決まっているだろう。
      お前に鬼を封じさせはしない。
      むしろ逆だ。
      わたしが此の世に再び鬼を解き放し、
      『ヒメ』も、『御護』も、築尾の里も、
      この国全てを壊してくれる!」

清華   「そなたも人なのでしょう!
      鬼が世に放たれれば、そなたとて生きてはゆけぬぞ!」

雪汪   『その時こそ、わたしは人の身を捨てられる!
      そして、混沌の世を統べる帝となるのだ!』

華響   「あなたは何故、そうまでして鬼になろうとするの……?」

睦月   「此の世の全てを滅ぼそうとするまでに、何故人を憎む!」

雪汪   『守る価値のない屑だからだ。
      人間など、鬼に喰われて滅べばよい!」

清華   「っ……。
      もしや、そなた……」

雪汪   『(遮って)では、また明日会おう、次代の『ヒメ』!』

華響   「……あっ、また青い炎が……!!」

睦月   「炎の中に消えていく……!」

華響   「悠丸を返して!
      悠丸ーーーーーーッッ!!」

(間)

清華   「……このようなことになるとは……」

華響   「悠丸……」

睦月   「……俺は、……無力だ、
      鬼の力を前に、何も、できなかった……」

華響   「それを言ったら私だって!
      『御護』なのに……悠丸の亡骸すら守れなかった!」

清華   「二人ともしっかりなさい!!」

睦月   「……!」

華響   「……!」(同時に)

清華   「あの青き炎。
      鬼の力とは、かくも恐ろしいものだと、身を以ってわかったはず。
      あれを封じることができるのは、
      『ヒメ』である睦月様だけなのですよ」

睦月   「手も足も出なかった。
      あれを俺が封じることなどできるのか……?」

清華   「勿論です。明日の儀式が終わりさえすれば。
      華響。『御護』が揺らいだだけ『ヒメ』の危険も増します。
      貴方がまず気をしっかり持たなければ」

華響   「……はい」

清華   「万が一、睦月様の御身に危害が及べば、
      あの者だけではなく、青き炎を纏った異形の者達が
      此の世を地獄絵図へと変えてしまうのですからね」

華響   「……睦月の為に、『ヒメ』の儀式の為に、
      私は私のできることを致します……」

清華   「睦月様。
      次代の『ヒメ』である貴方様がその御力を疑うのなら、
      貴方様の為に命を賭ける華響は、
      そして、我が子を命の危険がある場へ送り出すわたくしは、
      一体どうすればよろしいのでしょうか?」

睦月   「あ……」

清華   「鬼は、封じなければなりません。
      人の世が平和である為に、鬼は在ってはならぬものです。
      何故あの者が鬼の力を操るのかはわかりませんが、
      確かに長きに渡り、鬼は封じられてきたのです。
      代々鬼を封じてきた『ヒメ』一族の力、
      それをお支えしてきた『御護』一族の力、
      そして、20年前に鬼を封じた、貴方様のお父上、如月様と、
      貴方様ご自身を、どうかお信じくださいますよう」

睦月   「はい。取り乱して、申し訳ありませんでした」

清華   「おわかりいただければ、結構です。
      こちらも出過ぎたことを申し上げ、失礼致しました」

睦月   「……清華殿、ひとつ、お伺いしたい」

清華   「何でございましょう」

睦月   「雪汪とは、何者ですか」

清華   「……何故、」

睦月   「清華殿のご様子と、あの者の口ぶりから、
      清華殿は、あの者をご存知なのでは、と。
      違いますか」

華響   「……母様……」

清華   「……さすがは次代の『ヒメ』。
      その慧眼、感服致しました」

睦月   「前置きは無用。
      ……俺の迷いを取り去る為にも、教えていただきたい」

清華   「確かに、心当たりはございます。
      が、それは、わたくしの口から申すべきことではないのです」

華響   「母様、どうして勿体つけるの?」

清華   「……お話しできなくて、申し訳ありません」

睦月   「……成程、わかりました。
      清華殿のお立場で言えないことということは、つまりそういうことですね」

清華   「……はい」

睦月   「ありがとうございます、行ってまいります」

(睦月退場)

華響   「あ、睦月!?
      母様、私も行ってきます。
      ちょっと、待ってってば!」

(華響退場)

清華   「…………まさか、無事でいたなんて……」



【肆】

(里長の屋敷)

如月   「……雪汪。
      確かにそう名乗ったのだな?」

華響   「はい」

睦月   「口調や声から察するに、年の頃は俺と同じくらいかと」

如月   「ふむ……」

華響   「人間を、とても憎んでいるようでした。
      勿論、そうでなければ、人の身で鬼の力を操り、
      鬼を解放しようなどとは思わないでしょうが」

睦月   「清華殿は、何か事情をご存知のようでしたが、
      自分が話すことではないと申されたので、戻ってまいりました」

如月   「なるほど」

睦月   「父上は、御存知なのですね」

如月   「……」

睦月   「雪汪とやらは、一体何者なのですか?」

如月   「……あやつがどうやって鬼の力を操っているのかはわからぬ。
      が、滅ぼそうと思うほど人を憎むきっかけを与えてしまったのは、
      わたしなのだ……」

睦月   「父上が?」

如月   「……華響、すまぬが外してもらいたい」

華響   「え?」

如月   「部屋の外に控えていてくれ。
      誰もこの部屋に入れぬように」

華響   「承知致しました。
      では、何かありましたらお呼びください」

(華響退場)

睦月   「人払いするほど、深刻なお話なのでしょうか」

如月   「そうだな。いや……。
      これは『ヒメ』として、大事な話だ。
      そして、親子としても」
 
睦月   「……親子としても?」

如月   「足を崩して構わん。楽にして聞け」

睦月   「は、はい」

如月   「思えば……
      父と子として話すことなど、ろくになかった日々だったな」

睦月   「そう、ですね、」

如月   「ふぅ……何から話せばよいのかわからんが……。
      普通の家ならば当たり前のことを、
      当たり前にしてこれなかったのは、申し訳なく思っている」

睦月   「いえ……」

如月   「仕方がないと諦めることで、納得するしかなかった。
      そしていつしか、考えることすらできなくなっていたのかもしれん。
      ……考えてしまえば、押し潰されてしまう。
      わたしは、……臆病だった」

睦月   「父上……?」

如月   「『ヒメ』は、里の者とは、何もかもが違う。
      共に遊んだ者が皆、先に元服し、大人になり、身分という隔たりができる。
      昨日まで友だった者が、今日には自分を『ヒメ』と呼び頭を下げる。
      『ヒメ』とは……孤独なものだ」

睦月   「……父上も、そうだったのですね」

如月   「これは『ヒメ』同士でしかわかちあえぬ痛みだろう。
      好いた者ができても、結ばれることも赦されず、
      嫁ぐ姿を見送らねばならぬ。
      『ヒメ』は元服も、結婚相手も、子を作る時期すらも、自由にはならぬ。
      しかしそれも、『ヒメ』であるが故に、ただ、耐えるしかない。
      お前も、辛い思いをしてきたと思う」

睦月   「……っ、いえ」

如月   「ふっ、強情だな。
      しかし、それくらいがよいのかもしれん。
      儀式後にお前が背負うものは、今の比ではないのだから」

睦月   「……雪汪は、儀式を無事に終えられると思うな、と」

如月   「雪汪、か。
      ……わたしも、先代とこのように語る機会があれば、
      あれの憎しみも生まれなかったかもしれぬ」

睦月   「え?」

如月   「全てはわたしが引き起こしたこと。
      わたしは、背負うものの大きさに耐えることができず、
      そして、取り返しのつかない過ちを犯してしまった……。
      あれの憎しみは、わたし一人で引き受けるべきものだ」

睦月   「どういうことです……?」

如月   「睦月、お前は見失うでないぞ。
      お前は、『ヒメ』は、決して一人ではない。
      大切なものを失ってからでは遅いのだ」

睦月   「一体、父上の過去に何があったというのですか」

如月   「……。
      雪汪。あれは、おそらく……」

(間)

(縁側へ座り、月を眺めている華響を、そっと後ろから抱きしめる睦月)

華響   「わっ睦月!?」

睦月   「っ……!」(肩に顔をうずめる)

華響   「ちょっと、……ど、どうしたの?」

睦月   「……しばらく、こうしていてくれないか。
      頼む……」

華響   「う、うん……」

睦月   「(長く深いためいき)」

華響   「……如月様に何か言われた?
      叱られたとか?」

睦月   「……」

華響   「……『御護』の私が『ヒメ』に抱きしめられてるなんて、
      こんなとこ誰かに見られたら、困っちゃうんだけどなー」(茶化すように)

睦月   「……もう少しだけ」

華響   「……本当にどうしたの?
      こんなの睦月らしくない。
      何があったの……?」

睦月   「……何でもないんだ」

華響   「そんな顔して説得力あると思ってるの?」

睦月   「ごめん」

華響   「……睦月がそんなんじゃ調子狂っちゃうよ」

睦月   「……。春華」

華響   「私は華響だってば」

睦月   「そばにいてくれ」

華響   「は? え、いるじゃない」

睦月   「そうじゃなくて。
      ずっと、いてくれ。俺のそばに」

華響   「え……?」

睦月   「『御護』の家に生まれたばっかりに、
      春華の人生、振り回されっぱなしだったよな。
      わかってる。
      父上の選んだ立派な人を婿に迎えた方が、春華は幸せかもしれないって」

華響   「私の幸せなんて、そんなの、わからないよ。
      弟を亡くした悲しみに浸る暇もないのに、先のことなんて考えられない」

睦月   「……儀式が終わったら、正式に、お前に結婚を申し込むよ」

華響   「え」

睦月   「俺のわがままだってわかってる。勿論無理強いするつもりはない。
      春華の人生を狂わせているのは『ヒメ』なんだし……
      春華にだって選ぶ権利がある。
      それを誰にもとやかくは言わせない。
      婿を迎えるのもいい、望むなら里を出てもいい、
      でも、……もし俺に少しでも気持ちがあるなら、……俺を選んでくれたら嬉しい」

華響   「……いきなり、どうしたの……?」

睦月   「……そろそろ部屋へ戻って休もう。明日は早いんだから」

華響   「……、うん……」

(間)

 (薄暗く蝋燭の火がゆらめく、廃寺。
  最低限の生活用品はそろってはいる。
  本尊は破壊されている)

雪汪   「ついに、ついにこの日がやってきた……!」

華凛   「この日をどれだけ待ち望んだことか……」

雪汪   「母上。起きられては身体に障ります」

華凛   「大丈夫よ。
      今日という日に、心が昂ぶってとても寝てなどいられないわ」

雪汪   「あの里の連中はどういう顔をするのでしょうね」

華凛   「鬼に喰われたあとで、後悔するでしょうね。
      わたくしたちを、ないがしろにしたことを」

雪汪   「断末魔の叫びは、さぞかし心地いい音色となるでしょう」

華凛   「そうね。
      ……それさえ聞くことができたなら、
      わたくしの身体など、もういつ朽ちても構わないわ」

雪汪   「気弱なことを申してはなりませぬ。
      わたしがまことの鬼となれば、母上を救う術もきっと……」

華凛   「よいのです。
      貴方の力が痛みを抑えてくれているのはわかっております。
      普通ならば、とっくに力尽きているでしょう。
      ここまでこれただけで、母はもう何も思い残すことはありません」

雪汪   「諦めてはなりません!」

華凛   「いいえ。わたくしの寿命はもう尽きるでしょう。
      それはわたくしが一番よくわかっています。
      寿命は、どうしようもありません。
      けれど……運命は違う。
      人は生きている限り、その運命を変えることができる。
      一生を日陰で暮らさねばならなかったわたくし達の運命を、
      貴方は見事に変えてみせた。
      復讐する力を手にした貴方は、
      明日、この国の未来をも変えるのです」

雪汪   「ええ、変えてみませましょう。
      見ていてください、母上。
      わたしはあんな愚かな『ヒメ』になど負けたりはしません!」

華凛   「ええ、貴方ならきっと大丈夫」

雪汪   「艱難辛苦(かんなんしんく)の日々の中、
      母上はわたしをここまで育ててくださった。
      その御恩、今こそお返し致します。
      たとえこの身が鬼となろうとも、
      母上を斯様な目にあわせた者達、
      そしてその者達が守ろうとするこの国も、
      全て、壊してみせましょう」

華凛   「ありがとう。
      貴方を産んで本当によかった……」

雪汪   「母上……。嗚呼……憎い、……あの里の連中が……憎いッ……」

華凛   「そうよ、雪汪。もっと、もっと憎みなさい。
      わたくしの憎しみは、貴方の憎しみ……。
      貴方の憎しみは、わたくしの憎しみ……。
      憎しみは、わたくし達の運命をも変えた力になったわ」

雪汪   「憎い……!
      この国もッ……人間もッ……全てが憎いッッ!!」

華凛   「さあゆきましょう。
      この闇に包まれたわたくし達の運命を打ち砕き、
      恐怖と絶望をこの地に……!」

雪汪   「……はい!」



【伍】

如月   「昨晩は二人とも疲れたであろうが、……身体は休めたか」

睦月   「はい」

華響   「はい」

如月   「これより儀式を行う洞窟へと入る。
      山道は険しいぞ、心して歩け」

睦月   「はい!」

華響   「はい!」

(間)

(早朝の出発。里はまだ静かなまま。
 里を抜け、山に入り、険しい山道を歩いている三人)

華響   「……ねぇ睦月。
      儀式、儀式といってはいたけど、具体的にどこで何をするのか、
      ちっとも知らないんだけど……『御護』がこんなんでいいのかな?」

睦月   「いいんじゃないか?
      俺だって何も知らないんだから」

華響   「えっそうなの!?」

睦月   「おい、声が大きいっ」

華響   「ゴ、ゴメン」

如月   「はは。わたしも20年前、何も知らぬままこの山へと入った。
      二人の気持ちはわからんでもない」

華響   「如月様もそうだったんですか?」

如月   「ああ。
      儀式は本来、先代の『ヒメ』と『御護』そして次代の『ヒメ』と『御護』
      その4人のみで行われ、その詳細は里の長老連中にすら明かされることはないのだ。
      とはいえ今回は、先代の『御護』が亡くなっているので3人だがな。
      ……華響」

華響   「はい」

如月   「『御護』は、儀式をすべて見届ける検分役である。
      そして、里の者が誰も知らぬこの儀式を終えたことを唯一証明する大切な御役目なのだ」

華響   「はい……!」

如月   「『御護』とは、その名のとおり、まもる者。
      ……儀式の詳細という秘密を守り通すのも、『御護』の役目。
      そして儀式を終えた『ヒメ』を守り続けることも、だ」

華響   「まもりつづける、こと……」

如月   「睦月」

睦月   「はい?」

如月   「雪汪は言うまでもなく儀式の詳細を知らぬ。
      故に、儀式が始まるまでは、こちらに手出しをしてはこないだろう。
      『ヒメ』という存在の意味、真実は、あやつとてわからぬのだから」

睦月   「……真実?」

如月   「儀式の詳細を明かさぬことも、
      整備されておらぬこの山道も、わたし達だけで行くことも、
      全ては『ヒメ』を、そしてこの国の平和を守る為。
      お前達も20年後には次代の『ヒメ』をこの地に導くのだから、
      しっかりと道を覚えておくように」

睦月   「はい……」

如月   「……決して負けるな。この試練に打ち勝て。
      でないと、わたしのように後悔を背負うぞ。
      わかるな?」

睦月   「……、はい」

如月   「さぁ、見えてきた。
      あの湧き水で身を清め、その先の洞窟へと入るぞ」

華響   「はい!」

(間)

(山道の途中。
 三人の様子を中腹から眺める雪汪と華凛、そして雪汪の後ろには人影がある)

雪汪   「如月め、こちらの動きはお見通しということか」

華凛   「焦ることはないわ。
      駒はすべて揃っているのですから」

雪汪   「そうですね」

華凛   「何も問題はないわ。
      待ちましょう、その時を」

雪汪   「……母上、御身体はつらくありませんか」

華凛   「大丈夫よ、雪汪。
      術はよく効いているわ」

雪汪   「よかった。
      ……やつらの清めとやらが終わったようですね。
      わたし達も洞窟へ向かいましょう」

華凛   「ええ……楽しみだわ」

(間)

 (洞窟内。
  しばらく進むと、ひらけた場所に出る。
  そこには古びた鳥居と小さい祠のようなものが建てられている)

睦月   「こんな洞窟の中に鳥居と祠があったなんて……」

華響   「全然知らなかった」

如月   「此処が儀式を行う場所となる」

睦月   「何百年も、『ヒメ』は此処で儀式を行ってきたのですか」

如月   「そうだな」

華響   「この洞窟……崩れたりはしないのですか?」

如月   「大地震が起ころうと山が噴火しようと、
      結界が張ってあるおかげで、崩れることはない」

華響   「結界……」

如月   「誰にも悟られることのないように、この洞窟は守られている。
      儀式を行うこの地は、……わたし達が、生まれた場所でもある」

睦月   「……生まれた場所?」

如月   「……睦月、祖先と言葉を交わせる貴重な機会だ。
      心して臨め」

睦月   「は、はい」

如月   「華響、そなたは鳥居の中に入ってはならぬ」

華響   「はい。……私は何をすれば……?」

如月   「外から儀式の全てを見ていればよい。
      ……真実を、その眼に焼きつけよ。
      問題はない。時が来れば、儀式が始まったとわかるだろう」

華響   「は、はい」

如月   「……先代の『御護』である忠守もおらぬ中、そなたひとりで酷な役目とは思う。
      が、……頼むぞ、華響」

華響   「はい!」

如月   「では始めよう。睦月、鳥居の中へ」

睦月   「はい」

如月   「『汝、赤き炎を纏いし、かの世界を束ねる者。
       新たなる力を欲する高貴なる姫に告げたまわく、
       我ら今、約束の地に集う。
       沈みし月にたゆたうは、架け橋。
       古の盟約に従い、聞けよ、応えよ、応えよ、聞けよ。
       降り立ちたまえ、月姫!』」

睦月   「うわッッ!」

華響   「赤い光……、いえ、これは嵐?
      鳥居のあちら側だけで起こっているの……?
      一体何が起ころうとしているの!?」

雪汪   「これでは何もわからぬな……」

華響   「っ!?」

雪汪   「『御護』殿。大人しくしていただこう」

華響   「……睦月っ……」

(吹き荒れる赤い嵐が収まると、祠が赤く光っている。
 そこに座し、礼をする如月、睦月)

如月   「……月姫様、そこにおられますか」

月子   『ええ。久しぶりね、如月』

睦月   「声……ど、どこから!?」

月子   『貴方が次代の『ヒメ』ね?
      ……名は何と言うのかしら?』

睦月   「睦月、と……申します」

月子   『そう。睦月ね。私の名は月子。
      月姫などと呼ばれるけれど、
      姫と呼ばれるような大層なものじゃないわ。
      よろしくね、睦月』

睦月   「月子……殿?」

如月   「睦月。月姫様とお呼びしなさい」

睦月   「っ、はい、月姫様」

月子   『如月、私が月子と名乗ったのだからそれでいいでしょう?
      まったく、貴方達はかたっくるしいばかりで、辟易するわ』

如月   「も、申し訳ありませぬ……」

月子   『……二人ともよく来てくれたわ。
      今すぐ儀式をと言いたいのだけれど』

如月   「は、」

月子   『『御護』以外の者が鳥居の外にいるようね。
      ……敵意をひしひしと感じるのに、
      私達にとても近しいものも感じる。
      あれは、誰?』

如月   「……きたか……」

雪汪   「如月!!
      姿をあらわせ!!
      さもなくば、こちらにも考えがあるぞ!!!」

如月   「睦月、……雪汪か」

睦月   「はい、あの声、間違いありません。
      あっ! 春華が危ない!」

如月   「……結界の外に出てはならぬ!
      儀式の最中だぞ!」

睦月   「でも!」

月子   『強い憎しみのを感じるわ。
      どういうこと、如月、覚えはあるの?』

如月   「お恥ずかしながら」

月子   『恨みを晴らす為にここにきたということね。
      そうね……一時結界を解きましょうか』

如月   「なっ、儀式を中断させるのですか!?」

月子   『貴方とあの子達の間に何があったのか、私は知らないわ。
      けれど……このまま儀式を行える状況じゃないんじゃない?
      少なくとも、睦月はね』

睦月   「外には春華がいるんです!
      ……もしあいつに何かあったら……!」

如月   「落ち着け睦月。
      あやつらの狙いはあくまでわたしだ。
      華響に手を出す真似はすまい」

月子   『……とにかく、話を聞いてみましょう。
      儀式はそれからでも遅くはないわ。
      恨まれているのが如月なら、
      貴方にはあの子達の話を聞く義務があるはずよ』

如月   「はい……」

(赤い光がおさまり、周囲がはっきりと見渡せるようになる。
 鳥居の外では、華響が悠丸に捕まり、刀をつきつけられている。
 その後ろには雪汪の姿がある)

雪汪   「……赤い光がおさまってゆく……」

睦月   「春華!」

華響   「睦月……っ」

睦月   「っ、雪汪……悠丸!?」

華響   「ごめんなさい!
      ……わかってるの。悠丸は死んでるんだって」

悠丸   『ネエサマ、ウゴケバ、キリマス』

華響   「でも……それでも……悠丸なんだもの。
      この声も、この身体だって……温かいの……。
      操られてるってわかってる、敵の罠だってわかってる、でも!
      斬ることなんてできないっ……」

雪汪   「『御護』殿は如月と違って情が深い。
      動きを封じるも容易いわ」

睦月   「お、のれ……」

如月   「雪汪……」

雪汪   「……何か反論があるか如月。
      目には目を。歯には歯を。
      貴様のような外道には、外道を……!
      さあ、この『御護』の命が惜しければそこをどいてもらおうか!!」

如月   「くっ……」

月子   『貴方達の目的は何? 儀式をさせないことなの?』

雪汪   「だ、誰だ!?」

月子   『初めまして。私の名は月子。
      貴方は……雪汪、と、言うの?』

雪汪   「そうだ。貴様は何者だ、姿を見せろ!」

月子   『ごめんなさい。
      私は、代々の『ヒメ』と、こうしてお話をすることしかできないのよ。
      ……そこの物陰に隠れている貴方も、出ていらっしゃいな」

雪汪   「ちっ……!」

如月   「……っ!?」

華凛   「……ふっ、久しぶりね、如月」

如月   「華凛……」

華凛   「あら、わたくしの名を覚えていらっしゃったとは驚きだわ」

如月   「……、幼馴染を、忘れるはずがあるものか」

華凛   「幼馴染……?
      わたくし達親子を日陰の身に追いやった張本人がよくも抜け抜けと……
      忘れるはずがなかった? 白々しいにも程があるわ!」

雪汪   「如月。儀式を行うのは、わたし達だ。
      わたしにもその資格はあるだろう?
      『御護』とて、此処にいるのだからな」

睦月   「……悠丸のことかそれは」

華響   「自分の『御護』とする為に悠丸を……?」

華凛   「『御護』の役目さえ果たしてもらえるのなら、
      貴方達二人のどちらでもいいの。
      でも、わたくし達の目的は、鬼を封じることではないわ」

雪汪   「この地に、この国に鬼を解き放つ!!」

月子   「封印を解こうというの?
      この国が地獄となるのをわかっていて?」

華凛   「ええ、わかっているわ。
      此の世を憎み、滅ぼしたいと願って何が悪いというの?
      わたくし達がその男にどんな仕打ちを受けたか……!
      その復讐をただこれだけで終わりにしてあげようというのに」

華響   「……復讐?
      一体、何の話をしてるの……!?」

如月   「華響、あれは清華の姉、そなたの伯母にあたる、華凛だ。
      華凛、清華、そしてわたしは、幼き時を共に過ごした……」

華響   「伯母上様がいらっしゃったなんて……
      どうして……今まで聞いたこともなかったわ……」

華凛   「わたくし達は、里を追放されているから、貴方が知らなくても無理はないわ。
      どうせ緘口令が敷かれていたでしょうし、
      貴方はまだ生まれていなかったのだから」

華響   「追放……何故?」

華凛   「わたくし達に非などひとつもなかったのよ。
      けれどその男は、自分の罪が発覚することを恐れ、
      わたくし達を追放することで、『ヒメ』の権威を守ろうとしたの。
      卑怯な男……!」

雪汪   「母上を斯様な目に遭わせた外道を、赦すことはできぬ」
      
睦月   「……雪汪、……お前は、俺の、腹違いの弟なんだろう?」

華響   「弟……!?」

雪汪   「弟。吐き気がするな。
      貴様を兄と思ったことなど一度もない。
      望まれて生まれたお前と違い、
      わたし達がどんな扱いを受けてきたか、知らぬだろう!」

如月   「……すまない」

華凛   「まさか、その一言で全てが償えるとでも?
      あの夜、わたくしを手篭めにしたこと、よもや忘れてはいないでしょう?」

華響   「!?」

如月   「……すまない」

華凛   「まるで馬鹿の一つ覚え。それしか言えないの?」

如月   「どう言葉をかけたとて、過去は変えられぬ」

華凛   「……そうね。
      でも、そこまであの日の情事を恨んでいるわけではないの。
      あの日授かった雪汪はわたくしの宝。
      だからこそ、わたくし達を、我が身可愛さに殺そうとしたことは、
      どんな言葉をかけられようと赦さない……!」

如月   「殺す!?」

華凛   「まだ、お前がわたくし達の身を案じてくれれば、
      ここまで憎みはしなかったでしょう。
      けれど、牙を向けられるのならば別。
      子を守る為なら、母は鬼にも夜叉にもなる……!
      己が罪を思い知るがいいわ」

如月   「待て、一体何のことだ!?
      お前達の身を案じなかったことなどない!!」

雪汪   「この期に及んでとぼけるつもりか!」

月子   『双方、抑えて。
      行き違いがあるのなら、正せばよいだけのこと。
      ……如月、貴方は、この子達に、一体何をしたというの?』

如月   「っ……。
      ……儀式を終えたばかりのわたしは……未だに受け入れられずにいた。
      儀式の、そして、この身の真実が、恐ろしくてならなかった。
      どうしようもない孤独感、焦燥、恐怖。
      わたしは弱かった。
      心の内で暴れ狂うその感情を抑える術を、わたしは知らなかった。
      そしてわたしは、それを、華凛にぶつけてしまった……」

華凛   「あれは、この男が祝言(しゅうげん)を挙げる前日。
      無事『ヒメ』を継承し、結婚する幼馴染を祝おうと訪ねた折に、いきなり……」

睦月   「まさか、父上がそんなことを……」

雪汪   「ほう。わたしを息子だと話しても、
      母上を組み敷き陵辱した事実は伏せたか。
      どこまでも我が身が可愛いのだな!」

如月   「否定は、せぬ……」

睦月   「父上……」

華凛   「それだけじゃないわ。
      『ヒメ』の第一子が、次代の『ヒメ』。
      つまり、雪汪が、次代の『ヒメ』となるはずだった。
      『御護』が守るべきは、雪汪だったはずなのよ」

華響   「あ……確かに……。
      じゃあ、どうして、睦月が『ヒメ』なの……?」

華凛   「この男が、手段を選ばなかったからよ。
      奥方との子を『ヒメ』としなければ、体面が保てない。
      そう考えたこの男は、祝言を挙げてすぐ、奥方と閨(ねや)に篭ったの。
      奥方に早く懐妊していただく為にね。
      そして、わたくしが産気づく前に、
      奥方に薬を飲ませて、『ヒメ』を誕生させた……。
      薬を使い、産み月前に無理矢理出産させるなんて、
      奥方の命も、睦月、貴方の命も、
      この男にとっては、自分の面子以下の価値しかない。
      そういう男なの」

華響   「ひどい……」

如月   「『ヒメ』の子供は、同じ時期に二人も生まれてはならぬと決められていた。
      ……それしか、手段がなかったのだ」

雪汪   「手段?
      貴様の体面を守る手段、か?」

華凛   「わたくしが陣痛で苦しんでいる間、
      次代の『ヒメ』誕生を祝いながら、
      わたくし達を里から追放しようと画策していたくせに」

如月   「違う!!!
      ああでもしなければ、お前達は長老連中によって殺されていた!!」

華凛   「……まさか、里を追放したことで、わたくし達を救うつもりだった、
      とでも言うつもり?」

如月   「……お前達を、……わたしなりに、守りたかった。
      責任を放棄することだけは、したくはなかった……!
      ましてや見殺しにすることなど……」

雪汪   「この男……ここまで阿呆か……」

如月   「結局わたしは、妻と睦月を選んだ。
      わたしが『ヒメ』として在ることを選んだ。
      それに悔いはない。
      が、犯した過ちからずっと逃げてきたのも事実。
      わたしは、償わねばならぬ……」

華響   「……如月様、失礼を承知で申し上げますが、
      今更どう償うと!?
      この者達の話が本当なら、あまりにも惨い仕打ちではありませんか」

如月   「……」

月子   『華凛。後裔(こうえい)の不始末、本当にごめんなさい。
      そして、雪汪。
      不遇に負けず、成長した貴方を、誇らしく思うわ。
      如月、この子達のこれからの暮らしを保障してくれるわね』

如月   「望むのならば、勿論、」

雪汪   「そんなものはいらぬ!!」

月子   『何故……如月は罪を悔い償いを、っ!?(気付く)
      ……華凛、貴方……病魔に……?』

華凛   「ええ。……わたくしの身体は、病に侵され、もう長くないわ」

如月   「病……」

雪汪   「わたしが十になった春、母上は倒れた。
      看病しようにも幼いわたしは無力だった。
      わたしにできたのは、追放された築尾の里に降り、助けを求めることだけ……。
      しかし、それすらこの男は無視し、刀を抜いて、立ち去れと言ったのだ!」

如月   「……あの時の……子供が……?」

月子   『如月、覚えているの?』

如月   「確かに、見知らぬ子供が、屋敷に立ち入ったことがございました。
      此処は『ヒメ』の屋敷故、早々に去れと、わたしは、……」

月子   『なんてこと……』

如月   「しかし、里を出す際、お前達には、金子(きんす)と荷を持たせただろう。
      住む場所も用意した。無事送り届けたと報告も受けた……」

華凛   「わたくし達には何も与えられなかったわ。何もね」

如月   「……」(頭を抱え、深い溜め息)

華凛   「荷も持たぬまま、凍るような寒さの中、
      赤子を抱えて山を越えられるはずもない。
      わたくし達は、山奥に見つけた廃寺(はいじ)で、ひっそりと暮らすしかなかった。
      食べるものにも事欠く日々、飢えや寒さで何度死にかけたことか」

雪汪   「どこぞで野垂れ死ねばよかったのだろうが、
      残念だったな、わたし達は生きている!
      お前達に復讐することが、わたし達の生きる糧だったのだ!」

如月   「……」

月子   『貴方達の激しくも哀しい恨みはよくわかりました。
      人の世を憎むも、此の世に鬼を解放したいと願うも当然。
      けれど雪汪、ひとつ訊きたいのですが、貴方から感じる鬼の気は……?
      その力はどうしたのです?』

雪汪   「……母上が倒れ、里に降り、その男に追い出されたあと、
      わたしは、帰りの道すがらある男と出会った。
      『人の身で扱うには限られるが、母君を助けてあげなさい』
      男は、青く光る珠をそっとわたしに飲み込ませたのだ」

月子   『……青く、光る……』

雪汪   「強く願えば、青き炎が望みを叶えてくれた。
      母上の病の痛みを取り去ることも、
      こうして、人を操ることも。
      青き炎が鬼の力だと知ったとき、わたしは悟った。
      天がわたしに味方をしたのだと……!
      此の世を支配すべきは、人ではなく鬼!
      人を滅ぼし、鬼を解放するわたし達の願いは、天の願いと同義!!」

華凛   「この地は、この国は滅びる、わたくしの命と共に!!」

雪汪   「次代の『ヒメ』、そして『御護』殿。
      真の外道とは誰か、よぅくわかっただろう。
      『ヒメ』が外道ならば、『ヒメ』の守る人間に、生きる価値など無い。
      此の世を滅ぼす為に、わたしは与えられた鬼の力をこの身で使える限り鍛錬してきたのだ!」

月子   『それは違います。違うのです』

雪汪   「何が違うというのだ」

月子   『貴方に与えられたその力は、間違いなく鬼のもの。
      その青き炎は、私の兄、蒼右鬼(ソウキ)の力です。
      でも、兄様は、決して人を滅ぼす為に、貴方に力を渡したわけではないはずです』

華響   「兄……?」

睦月   「祖先である月姫様の兄君が、鬼……?」

雪汪   「どういうことだ」

月子   『結界の為に力の消費を抑えている私の代わりに、
      兄が、貴方達の嘆きに応えたんだわ。
      人を滅ぼす為じゃない、貴方たちを助けたかったのよ』

雪汪   「違う!! わたしは天に選ばれたのだ!!」

華凛   「ぐっ……ぁ……」(苦しみ始め、その場に膝をつく)

雪汪   「母上!?」

月子   『雪汪の持つ力は永続的なものではありません。
      珠に込められた力を使い果たせば、それで終わるはずです。
      貴方は、力を使い過ぎた』

雪汪   「そんな……母上、……」

華凛   「雪、汪。
      母に、構わず……っ、わたくし、達の、願いを……」

月子   『……華凛、雪汪。
      その目でしかと見ていなさい。
      如月、睦月、華響。……儀式を、始めましょうか』

如月   「お待ちください月姫様!
      今この状況で儀式を行うというのですか!」

月子   『こうなってしまったのは、私にも責任があるわ。
      でも、私は、決してこんなことを望んだわけではなかったのよ。
      ……雪汪。
      貴方がいくら望もうと、貴方は何もできないのです。
      鬼を解放することも、封じることも。
      『御護』として悠丸を操っているとて、それには何の意味もありません」

雪汪   「……意味がない……? 何も、できない……?」

月子   「『ヒメ』は……産声をあげた瞬間に、その運命(さだめ)を背負うのです。
      『ヒメ』の子供が一人と決められたのも、このような混乱が起こらぬ為でした』

雪汪   「そんな……」

華凛   「……どうしろと、いうの……
      ここ、ま、で人を、憎んできた、わたくし達に、
      別の、道など、もうない……」

雪汪   「いや、……『ヒメ』になろうとなれまいと、こうすればよいのだ。
      死ねえッ睦月ーーッッ」(斬りかかろうとする)

睦月   「ァ……あ゛、うああああああッッ」

雪汪   「ッッ!?」(赤い炎に包まれた睦月に近づけず、身を退く)

華響   「睦月!?」

睦月   「ぅ……あ……」(赤い炎を纏った睦月が虚ろ気な表情でゆらゆらと立っている)

如月   「赤き炎……。覚醒するか……」

月子   『睦月。さあ、応えて。
      貴方の内に眠る力を、全て解放するのです!!』

睦月   「ア゛ァァァぁぁぁああああああアアッッ!!!」

(一際激しい赤い嵐のあと、人の姿はなく、赤い鬼として覚醒した睦月の姿がある。
 赤い風が吹き荒れる中、一同驚きの眼差しで、事態を見守る)

雪汪   「……赤い、鬼……だと……」

華響   「……っ……もしかして……この鬼が睦月なの……?!」

如月   「そうだ。……これが、『ヒメ』が代々行ってきた、儀式だ」

雪汪   「鬼となることが儀式だというのか!?」

如月   「そうではない。……『ヒメ』は……もともと鬼の血をひいているのだ」

華響   「……鬼の、血を……」

月子   『私のまことの名は緋左鬼(ヒサキ)。
      雪汪、貴方に力を授けた蒼右鬼(ソウキ)と対の名を持つ双子の鬼なのです』

雪汪   「人の身を捨て鬼となろうとしていたわたしの望みは……
      『ヒメ』であれば叶えられたことだったのか?
      先に生まれてさえいれば!?
      は……ははは……結局天はわたし達に背を向けたのかっ……」

月子   『私が睦月が持つ鬼の力を、極限までこの身に取り込むこと。
      それが、この儀式を行う、意味なのです』

華凛   「何……何、が……お、こってい、るの……
      この、禍々しい気は、……何……」

雪汪   「母上ッ……動いてはなりませぬ」

月子   『鬼は、命を生み出すことのできない生き物です。
      けれど私は人間と恋におち、この身に命を宿してしまった。
      私は、貴方達人間の平和な世界を守る為に、
      鬼の世界を封じる結界を張ろうとしました。
      けれど、その為には兄様と私、二人分の命と力が必要でした。
      子を産めば、私の鬼としての命も力も子に引き継がれてしまいます。
      それでも、私はどうしても、子供を諦めることができなかった。
      不完全な封印をし、20年ごとに、後裔に継がれる鬼の力で、結界を補填する。
      ……そうして、平和を守ってきたのです』

睦月   『あ゛ぁぁぁあああああ!!!』

華響   「……苦しんでる? どうして?!」

月子   『鬼の力は強大です。
      加えて、私達は、鬼の世界を束ねる者として、更に大きな力を与えられていました。
      ……人の身でそれを感じることは、とてつもない恐怖を伴うでしょう。
      襲い掛かってこないとしても、あの力を前に貴方達も恐怖を感じるのではない?』

睦月   『あ゛ぁァァアアアア!!!!!!!!!』

華響   「睦月!!」

雪汪   「……身震いがする。
      確かに、睦月のこの力に比べれば、わたしの力など赤子も同然。
      斯様な鬼になろうとしていたなど、わたしは、愚かだったのだな……」

月子   『雪汪、貴方は賢明だわ。
      自らの過ちに気付くことができれば、人はやり直すことができます。
      大丈夫。貴方はきっと、その強さも持っていますよ』

華響   「ねえ、睦月は!? 睦月はどうなるの!?」

月子   『大丈夫、もう終わります……。
      私がこの力を取り込めば……貴方達の知る睦月が、帰ってくるのですから』

華響   「本当に!?」

月子   『心配しないで。
      でも、これだけは、『御護』である貴方にお願いしたいの。
      戻ってきた睦月を、人間として、受け入れてあげて。
      この儀式さえ終われば、『ヒメ』は純粋な人間として、貴方たちと同じように生きるのだから』

華響   「……睦月は、……睦月よ!!」

月子   『ありがとう』

如月   「月姫様、お願い致します」

月子   『古の盟約に従い、聞けよ、応えよ、応えよ、聞けよ。
      赤き炎よ、沈みし月にたゆたいし、架け橋を渡れ。
      ……はああああああああああああッッ!!!』

睦月   『あ゛ぁァァ……あああああああああああああああぁぁぁっ…………』

華響   「睦月ぃぃぃぃっっ!!!」



(赤い嵐がやみ、人の姿の睦月があらわれ、倒れる
 駆け寄る華響)

睦月   「ぅ…………」

華響   「睦月!
      ……大丈夫? 私がわかる!?」

睦月   「ん……春華……?」

華響   「よかった、睦月……!
      儀式は終わったよ……睦月、お疲れ様……」

睦月   「……俺……、俺……は……」(まだ震えている)

月子   『これが儀式の全てです。
      睦月は、20年後にまた儀式を行うべく、
      一刻も早く子を成し、鬼の魂を引き継がせる必要があります。
      『ヒメ』とは、私の愚かな願いの尻拭いをしなければならない、
      運命(さだめ)のことなのです。
      ……本当に、ごめんなさいね……』

華凛   「……そう……、なら……わたくしは、むしろ……喜ぶべきね……
      大事な、我が子が、過酷な運命を背負わずに、済んだのだから……」

月子   『雪汪、大変な人生の中で、母を愛する心を持ってくれた貴方を、
      私は誇りに思います。
      そして、雪汪を育てた華凛のことも。
      儀式を終えた今、私も少しなら力を使うことができます。
      華凛の病は私が預かりましょう』

華凛   「……いい、え、それ、には、及ばないわ……。
      自、分の身体の、こと、は、自分、が一、番よくわ、かるも、の。
      ……もう、わたくし、に、は寿命、がない……」

如月   「華凛、雪汪、そなた達のわたしへの恨み、憎しみは当然のことだ」

華凛   「『ヒメ』、とも、あろう御、方が……ふふ、情けな、い顔ね……」

如月   「すまない……。
      遅くなったが、今、償いをさせてくれ」

華凛   「今更、何を……、がっ……」(吐血する)

如月   「華凛!
      ……月姫様! 愚かな後裔の願い、叶えていただけるか。
      月姫様の御力で何卒……わたしの命を、華凛に……!」

雪汪   「なっ、何を!?」

華響   「如月様!?」

月子   『如月……』

如月   「雪汪。これが、わたしが父としてお前にしてやれる、最初で最後のことになるだろう。
      すまなかった。
      里に戻り、華凛を支え、これからは、人として、幸せな道を生きよ。
      そして願わくば、睦月を支えてやってくれ」

雪汪   「そんな、わたしは……許さぬ……!
      最期にこんなことで償おうというのかッ」

如月   「憎んだままでよい。
      赦されようと思ってはおらぬ。
      ただ……己が過ちを少しでも償う為、そして我が子の為、
      儀式が終わった今、わたしはただ一人の父親として、生きることができる。
      これは自己満足、それで構わぬ」

月子   『雪汪。
      兄様が貴方に渡した青く光る珠は、あたたかかったでしょう。
      本来兄様は、あちらの世界から動けないはずなの。
      無理をしてでも、貴方に力を渡した意味、今なら伝わるでしょう?
      貴方は愛されているわ。
      母からも、そして父からも。私達も、皆、貴方を愛しているの』

雪汪   「しかし……!」

月子   『赦すまでには時間がかかるでしょう。
      けれど、わかってあげて』

雪汪   「そんな……」

如月   「睦月。……父親として、お前と接することができたのは、
      昨夜のひとときだけだったが、わたしは信じているぞ。
      お前は、大切なものを決して見失わず、
      わたしのように、過ちを犯すこともなく、
      里を守ってゆけるだろう。
      里を、この国の平和を頼むぞ睦月。      
      そなたはもう『ヒメ』なのだから!」

睦月   「ち、父上……?」

如月   「華響。……目覚めた睦月の心労は相当なものだ。
      どうか、わたしの分まで支えてやってくれ。
      『御護』として、……そして、
      ……睦月が望んだその時には、春華としてでも構わぬ」

華響   「如月様……。
      はい……っ、はい!!」

如月   「……お前達は、後悔なき人生を歩め……!
      わたしのようには、決してなるな!!」

月子   『……如月。……本当によいのですね?』

如月   「お願いいたします」

月子   『……では。
      さようなら。しばらくのお別れです。
      ……20年後を待っていますよ』

如月   「さらばだ!!!」

華響   「きゃっ!! また赤い嵐がっっ」

睦月   「父上!!」

雪汪   「……きさら…… くっ、父上ぇッッ!!」



【陸】

(赤い嵐がおさまると、如月の姿はもうそこにはない。
 まだよろけている睦月を支える華響
 華凛に寄り添う雪汪
 そのそばには、悠丸も倒れている)



睦月   「……………………父上、……」

華凛   「……ぅ……ん?
      ……どうして……? 嘘のように、身体が楽に……」

雪汪   「母上!」

華凛   「雪汪……」

華響   「伯母上様……、
      如月様が月姫様の御力をお借りして、自らの命を伯母上様にと……」

華凛   「……如月が?」

雪汪   「長い間……憎んでいた……。父である如月も、人間も……。
      しかし結局は……如月が、母上を助けた……。
      このやり場のない感情を……わたしはどうすればよいのだ……!!」

睦月   「雪汪……」

華響   「……雪汪、伯母上様、里へ戻りましょう。
      儀式が無事終わり、平和が守られたこと、皆に伝えねば……」

華凛   「わたくし達は里を追放された身。
      あの里に戻っても、居場所などないわ」

睦月   「父上は、御二人に生きてほしかったんだ。
      自らの過ちを悔いて、償えるほど軽い罪ではないとわかっているから
      せめて、御二人にもう一度、幸せに生きる機会をと……。
      父上にとっては、満足な最期だったと、思う……。
      その父上の想いと、月姫様の計らいを無下にはさせない」

雪汪   「ハッ、それこそ綺麗事だ!
      わたし達が戻っても、現実に歓迎する者はおるまい。
      つい先刻まで、わたし達はお前達の敵だったのだぞ」

睦月   「……先代の『ヒメ』は亡くなり、今の『ヒメ』は俺だ。
      『ヒメ』の名に於いて、二人を里へと戻す。
      誰にも何も言わせはしない!!」

雪汪   「……」

華凛   「……」

睦月   「お前達の所業は里の者は誰も知らない。
      それに、二人は儀式を間近で見ている。
      このまま里の外へ出すわけにもいかないだろう」

雪汪   「里に戻る以外の選択肢を与えるつもりはない、ということか」

睦月   「そうだな」

雪汪   「……気に入らん」

華響   「……睦月〜?
      素直に弟と暮らしてみたいって言ったら?」

睦月   「ばっ…… おっま、なんてことを!?」

華響   「昔から兄弟がいる私をうらやましがってたものねぇ」

睦月   「なんっでそれを今言うんだよ!!
      せっかく『ヒメ』として威厳出して言ったのに台無しじゃないか!!」

華響   「威厳なんて元からないから大丈夫」

睦月   「お前なぁ!」

華響   「無理しなくていいんだよ、睦月。
      支えがほしいと願う気持ちは、
      儀式を終えた『ヒメ』にとってあって当然の感情だよ。
      如月様だって仰っていたでしょう」

睦月   「……っ」

華響   「雪汪、伯母上様、……御二人は儀式の全てを知っている。そして私も。
      だから睦月の支えになれるわ。
      儀式の秘密を守り、睦月の心を守る、本当の意味での『御護』に。
      共に里へと戻り、睦月を、里を、
      ……この国の平和を、守っていきませんか?」

雪汪   「わたし達を受け入れると……?
      憎くはないのか!?」

華響   「恨みや憎しみからは、何も生まれない。
      その感情から解放された御二人なら、わかるはずでしょう?
      それに……赦すことは難しくても、受け入れて生きることは、きっとできるわ」

雪汪   「…………」

華凛   「……ふふ、貴方は本当に、清華の子なのね。
      そういうところ、そっくりだわ」

華響   「え?」

華凛   「及ばずながら、妹と共に、『御護』の家を守る手伝いを致しましょう。
      姉よりしっかりしている妹だなんて癪ですしね」

睦月   「……雪汪、お前はどうする」

雪汪   「……っ……」

華凛   「雪汪……」

華響   「……泣いているの……?」

雪汪   「……何故、涙が出るのだろう……。
      ……自分で自分がわからぬ……」

悠丸   「う、ん……?
      ここ、は……?」

華響   「っ!? 悠丸……!?」

悠丸   「姉様……?
      僕はどうしてここにいるんでしょうか……?」

睦月   「どうして。
      雪汪、お前……」

雪汪   「わたしの鬼の力も、完全に消えたのだろう。
      月姫様の言ったことは真実だったのだな」

睦月   「いや、そうじゃなくて!」

雪汪   「言っただろう、人の身で使える力は限られていた。
      鬼の呪詛とはいえ、仮死状態にして操るのが精一杯……。
      力が消えた今、息を吹き返すのは当然だ」

華響   「死んでなかったのね!?
      悠丸……よかった!!」

悠丸   「え、皆……どうしたんですか??」

雪汪   「……か、華響、」

華響   「なぁに?」

雪汪   「……弟に、手荒な真似をして、……すまなかった」

華響   「……いいの。もういいのよ」

雪汪   「……ありがとう」

(雪汪、華響を抱きしめる)

華響   「わっ!」

雪汪   「あたたかい……これが、人の、ぬくもりか……」

睦月   「あーーッッどさくさに紛れて春華に抱きつくとは!
      いくら弟でも春華への不埒(ふらち)な真似はゆるさn」

華響   「睦月うるさい!」

睦月   「おまっ……、なんでそう俺と扱いが違うんだ……!」

雪汪   「従姉妹と抱擁して何が悪い、『ヒメ』のくせに器が小さいぞ」

睦月   「この野郎……最後の最後に、おいしい所を全部持っていきやがって……!
      弟のくせに生意気だぞ!!」

雪汪   「お前が兄のくせに度量が狭すぎるんだ」

睦月   「また暴言をっっ!!」

雪汪   「暴言ではない、真実だ」

睦月   「何だとぉ!?」

華凛   「落ち着きのないこと……。
      けれど……これも、いえ、これが……幸せというものなのでしょうか、如月……」



【漆】

華響    それから、私達は里へと戻った。

睦月    里の者達は、先代の『ヒメ』如月の死を悼むと共に、
      里から追放され、語ることすらはばかられていた、華凛と、
      その息子、雪汪の帰郷に驚き、中には異を唱える者もいた。

華響    けれど睦月は、それが如月の遺志であることを伝えた上で、
      『ヒメ』として、二人の帰郷を認め、歓迎した。

睦月    そして、長老達に、二度と、過ちが繰り返されぬよう、
      『ヒメ』の家の掟を、見直すことも了承させた。

華響    後々の平和の為に、
      『ヒメ』としてできることをすると宣言したその姿に迷いはなく、
      ……私の目からも、少し、頼もしく見えた。

睦月    華凛・雪汪の二人は、華凛の生家でもある『御護』の家にその身を預けられ、
      清華と再会することとなる。



(『御護』本家、屋敷内。清華・華凛・雪汪が再会する)

清華   「お帰りなさいませ、姉様」

華凛   「清華、久しぶりね。この家に戻ってこれるとは思わなかったわ。
      ……貴方とまたこうして逢えるなんてね……」

清華   「姉様、わたくしは、お別れしたあの日を忘れたことはありませんでした。
      姉様と、生まれて間もなかった雪汪、貴方を守れなかったことを、
      ……ずっと、ずっと悔やんで……っ」

華凛   「仕方が無いわ、『ヒメ』と『ヒメ』を妄信する長老連中に、
      『御護』の本家が逆らうわけにもいかなかったでしょう。
      だから、貴方は何も悪くないのよ」

清華   「(泣きながら)生きてまたお会いできるとは……。
      わたくしはっ、姉様と雪汪を追放した『ヒメ』を、如月様をずっと恨んで……!」

華凛   「清華……」

清華   「けれど、時は無情にもわたくしから夫を奪い、息子を奪い、
      『御護』本家を背負わせ……娘の運命まで捻じ曲げられ……!
      気づけば『ヒメ』を憎むことすら許されない立場となってしまい……っ!」

華凛   「わたくしもずっと如月を……『ヒメ』を憎んで生きてきました。
      ……憎んだからこそ、生き延びてこられました。
      けれど、結局は、『ヒメ』のおかげでこうして戻ってくることができたのです」

清華   「っ……そう、ですね……。
      でも、……ずっと……ずっと謝りたかった……!
      姉様と、雪汪、貴方に……!」

雪汪   「わたしこそ!
      悠丸を、……あのような形で叔母上から奪い……
      叔母上には謝らなければ……ならない、と、思って……」

清華   「いいえ、貴方達を守れなかったわたくしをも憎んで当然。
      それに奪ってなどいないではありませんか。
      悠丸も、貴方も、姉様も、無事に帰ってきてくれたのですから……」

華凛   「わたくし達を受け入れてくれて有難う、色々言われたでしょうに」

清華   「関係ありません。此処は、姉様の家なんですから」

華凛   「……ふふ、憎しみの全ては、本当にもう、終わったのね……」

雪汪   「わたしは……この里で、役にたてるのでしょうか」

華凛   「貴方もわたくしも、全ては自分次第でしょう」

雪汪   「自分、次第……」

華凛   「少なくとも雪汪には、捻じ曲がった運命の修正という、
      貴方にしかできないことがあるでしょう?」

雪汪   「……あとは、わたしが、行動すればよいのですね」

清華   「姉様……雪汪……。……本当に……ありがとう…………」

(間)

睦月    儀式は終わった。
      しかし、『御護』の継承者の問題は、まだ解決していない。

華響    華凛の子、雪汪にも、清華の子、悠丸にも、そして勿論、
      『ヒメ』の儀式を見届けた私にも、
      『御護』として『ヒメ』を支える資格がある。

睦月    ……けれど、俺にとっては『御護』よりも大事な問題があって……。

(間)

(夜。里を見渡せる山の中腹に寝転んでいる睦月。
 傍らには、睦月が乗ってきた白い馬が草を食べている。
 そこへ黒い馬に乗ってやってくる華響)

華響   「あ、やっぱりここにいた!」

睦月   「春華……」

華響   「(馬を降りて)もう訂正するのも馬鹿らしいよね。
      まだ私は華響だって」

睦月   「ああ……うん、……そうだな」

華響   「どーしたの? 一人で物思いにふけっちゃってさ」

睦月   「別に」

華響   「この間長老達にガツンと言ったときはかっこよかったのに、
      どーしてこうも違うかなぁ」

睦月   「気ぃ抜いたっていいだろ?」

華響   「ま、そーだけどね」

睦月   「……で、どうかしたか、俺を探しに来たんだろ?」

華響   「報告に来たの。
      『御護』の家としての決定が出たから、
      『ヒメ』にはちゃんと報告しないと、でしょ?」

睦月   「おう。……どうなった?」

華響   「『御護』は雪汪が継ぐことになったわ。
      雪汪は悠丸よりも年上だし、『御護』としての能力も充分にある。
      良き日を選んで、『御護』の継承式をするよ」

睦月   「……そうか……。
      じゃあ、『御護』の家を守る為にも、雪汪には早く結婚してもらわないといけないな」

華響   「早く結婚しなきゃいけないのは、睦月も同じでしょ?
      『ヒメ』なんだから。子を成せって言われてたじゃない」

睦月   「……そうだけど」

華響   「あ、そういえば。
      私、伯母上様から、雪汪と結婚してくれないかって言われちゃったんだよね」

睦月   「なッ……雪汪と!?」

華響   「ずっと里を追放されてたし、
      あの『ヒメ』の大号令のあとでも、なかなか雪汪の縁談は難しいよねきっと」

睦月   「お前……それを受けたのか!?」

華響   「何が?」

睦月   「だから、雪汪との……」

華響   「え?」

睦月   「……ダメだ!!
      ダメだダメだダメだダメだ!! 絶ッ対許さない!!!」

華響   「へ?!」

睦月   「他の男なんかに……ましてや雪汪なんかに渡してたまるか!!
      無理強いしないって言ったけど、やっぱりダメだ!!
      その言葉は守れない!!
      俺のそばにいろ!! 春華しかいないんだ!!!」

華響   「……それは『ヒメ』としての命令?」

睦月   「違う!!
      男としての一世一代のこきゅは(告白と言おうとして噛む)!!!」

華響   「……ぷっ……、あはははは!!!!!!」

睦月   「な、なんでこんな大事なときに噛むんだ俺はああああ…………」

華響   「ほんっと情けないヤツ〜!」

睦月   「ったく……どーせそうやって雪汪と俺の悪口で盛り上がったりしてるんだろ?」

華響   「あらよくおわかりで」

睦月   「春華ぁぁぁぁ」

華響   「大体睦月は早とちりしすぎ。雪汪と結婚なんてするわけないじゃない」

睦月   「ふぁ?」

華響   「……一度うちに来て、私達の会話を聞いててごらんよ。
      子供の喧嘩ばっかりだからさ」

睦月   「そうなのか……?」

華響   「結婚の話題が出たとき、あいつが何て言ったと思う?
      『こんな男女(おとこおんな)と結婚など、冗談だろう?』って。
      洞窟で女みたいに泣いてたくせに、まったく失礼しちゃうよね!」

睦月   「雪汪らしいっちゃ……らしい気もする、けど……」

華響   「何よ、睦月まで雪汪の肩持つの!?」

睦月   「そういうつもりじゃないって!!」

華響   「……ねえ睦月」

睦月   「ん?」

華響   「……私が『御護』になってから、
      誰一人、春華としての私を必要とはしてなかった。
      当たり前だよね、『御護』としての御役目を頂いている家なんだもの。
      必要なのは、『御護』の華響でしかなくて。
      ……睦月だけだったんだよ、ずっと私を春華として見てくれてたの」

睦月   「春華……」

華響   「『御護』の家も、雪汪が継ぐおかげで一応は安泰だし、
      悠丸だっているんだし、私は心置きなく春華に戻れる。
      睦月が望んでくれるなら、
      ……春華として、そばにいることだってできるよ」

睦月   「本当に、こんな俺でも、いいのか?」

華響   「さっきは俺のそばにいろって言ったくせに〜」

睦月   「あれはつい……勢いっていうか……」

華響   「勢いで言っていい台詞じゃないと思うんだけど?」

睦月   「う……ごめん……」

華響   「はぁ……まったく睦月は……」

睦月   「……」

華響   「ねぇ。……儀式のせいなんでしょ?
      そんなに自信なくしちゃったのって」

睦月   「……」

華響   「やっぱりそっか……」

睦月   「……父上がいつも厳しくなさっていたのは……
      恐怖を隠す虚勢だったのかもしれないと、今は思う。
      あんなにも恐ろしい思いをしたのは、初めてだった。
      身体が自分のものではないような感覚……
      鬼の強大な力に身も心も引き裂かれそうだった……」

華響   「……うん。
      睦月、ずっと震えていたよね、ずっと支えてたから、わかってるよ」

睦月   「うん……」

華響   「私は『御護』だったから、儀式を全て見ていたから、
      だから、睦月の感じた恐怖ごと、睦月を支えることができる。
      雪汪だってそうだよ。
      『御護』として、弟として、きっと睦月を支えてくれる。
      睦月は、ひとりじゃない。今までもこれからも。
      だから自信を失うことなんてないんだよ」

睦月   「春華……」      

華響   「睦月のおかげで、この国の平和は守られてるんだよ。
      そして、これからも守っていかなきゃいけないんだよ」

睦月   「そうだな」

華響   「……だから、ちゃんと言ってよ、睦月」

睦月   「え?」

華響   「……儀式が終わったら、正式に言ってくれるんでしょ?
      さっきみたいな勢いじゃない方がいいんだけどな」

睦月   「……。
      俺、強くなるよ。
      俺が次に守るのは、守りたいのは、春華だ。
      お前のこと、きっと守れる男になる。
      お前のこと、きっと幸せにする。
      だから。
      ……俺と、……一緒になってください」

華響   「……うん。『ヒメ』の運命に負けない強い子を、産んであげるね」





月子    ただただ人の世の平和の為、儀式を続ける筑尾の里の『ヒメ』一族。
      20年に一度必ず行われる儀式の詳細は定かではない。
      自己犠牲でなりたつ平和ではなく、
      人を愛するが故の、平和への祈りが、
      幾つもの時代と歴史の影で、儀式を成り立たせてきた。
      ……という噂は語り継がれるものの、
      現代に史実としても、文献のひとつですらも、残ってはいない。








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