夏の海で逢いましょう

作:早川ふう / 所要時間 20分 / 比率 0:2

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2012.07.16.


【登場人物】

光希(みつき)
  高校生。抑圧された毎日を過ごしており、消極的。
  唯一の理解者だった祖母を亡くしたばかり。

アヤ
  23歳。2児の母。
  未亡人だというがどことなく不思議な雰囲気がある。


【配役表】

光希・・・
アヤ・・・



光希    大好きだった祖母が亡くなった。
      でも、悲しいのに、涙が、出ない。
      なんて薄情な子なんだ、って親や親戚連中が言ってるのが聞こえてくる。
      そんなお通夜の場にいたくなくて、私はひとり、海にきた。
      このまま、海に入って死んじゃおうかなぁ。
      そうすればお葬式も一度ですむじゃん、なーんて。
      本気で思ったわけじゃないけど、でもちょっぴり本気で、波打ち際まで向かう。
      今夜も熱帯夜のはずだけど、
      この入り江は涼しい風が吹いていて、水も冷たい。
      夏になると必ず祖母の家を訪ね、ここでひとり遊んだ。
      ここは祖母に教えてもらった秘密の場所だから
      誰にも邪魔されない、と思ってたんだけど……。


アヤ   「ねえ!
      ここで何してるの?」

光希   「……え」

アヤ   「あなた高校生? 見ない顔ね」

光希   「お葬式でこっちにきてるだけだから」

アヤ   「ふーん。だったら家に帰った方がいいんじゃないの?」

光希   「私の勝手でしょ」

アヤ   「でも、家の人心配するんじゃない?」

光希   「しないしない。だからほっといてよ」

アヤ   「そっか。……ってことは暇だよね?」

光希   「私、ほっといて、って言ってるんだけど!」

アヤ   「ちょっとだけ私とお喋りしない?
      私もさ、家飛び出してきて、しばらくは戻らないつもりだから。
      よかったら話そうよ」

光希   「はぁ?」

アヤ   「地元の子じゃないんでしょ?
      だったら私が何しゃべったって平気だし、
      そっちが何言っても、平気じゃない?
      もう会うこともないかもしれないんだしさ?」

光希   「うざ……もしかして、酔ってる?」

アヤ   「あったりー!
      やっぱ酔ってるのわかるー?
      私23なんだけど、実は今日はじめてお酒飲んだんだよね〜」

光希   「最悪。酔っ払いの話し相手なんてやってらんないよ」

アヤ   「そう言わずにさー!」

光希   「しつこい!」

アヤ   「……だって、こうでもしなきゃ、今にも死にそうなカオしてるんだもん。
      ほっとけないじゃない」

光希   「……っ、別に、死ぬ勇気なんかないから」

アヤ   「そう?
      それならいいんだけど」

光希   「……なんかあなた変」

アヤ   「アヤ。私アヤっていうの。
      私のどこか、変?」

光希   「……なんか、普通に喋れるから」

アヤ   「え? どういうこと?」

光希   「えと……アヤ、さん?」

アヤ   「うん?」

光希   「私、あまり人と喋るの得意じゃなくて。
      でも、アヤさんとは、……なんか、普通に喋れる、かも」

アヤ   「それはちょっと嬉しいかもー。
      ねぇ、あなたの名前は? 教えてくれないの?」

光希   「あ、私は……光希」

アヤ   「みつき……光希ちゃんか、そっかそっか」

光希   「……あのね」

アヤ   「なに?」

光希   「さっきね。死ぬ勇気はないって言ったけど、
      でも、楽に死にたいなって思うことは何度もあるんだ」

アヤ   「……どうして?」

光希   「私、うまくやれないんだよね。人付き合いってやつ」

アヤ   「うん」

光希   「小学校でも、中学校でも、今の高校でも。
      集団の輪に入れないし、いじめられたことも一度や二度じゃないし」

アヤ   「いじめは……つらいよね……」

光希   「たいしたことはされないの。
      ただ、無視されたり、たまに意地悪されたりするだけだから。
      耐えられないほどじゃない。
      こっちが黙ってれば、飽きて手ェ出してこなくなるしね」

アヤ   「先生は何もしてくれないの?」

光希   「それくらいのことってね、いじめ認定されないんだよ。
      協調性ない、って私の方が悪く思われるの」

アヤ   「……助けてくれる友達とかは誰もいないの?」

光希   「初めていじめられたとき、みーんないなくなっちゃった。
      それ以来、誰も信じられないし。
      友達なんていらないよ。ひとりでいい」

アヤ   「……若いのに、さびしいこと言うのね」

光希   「……だって、ひとりだから」

アヤ   「ご両親やご兄弟は?」

光希   「ひとりっこ。
      それに、親だって……。あんなん、親じゃないよ」

アヤ   「あんなん、って?」

光希   「登校拒否したことがあったの。
      そしたらもう、私の存在全否定!
      そんなみっともない娘に育てた覚えはない、とか
      学校行けなくなったら人生終わるのよ、とか
      とにかくすごい剣幕でさ」

アヤ   「……そう」

光希   「家出したこともあったの。
      中学のときかな。
      こっちにいる祖母の家に、ひとりできて。
      祖母はかくまってくれたんだけどさ、
      親戚から連絡が行っちゃって、次の日には連れ戻されちゃった」

アヤ   「そっか……」

光希   「しょうがないから学校も行ったよ。
      いじめに耐えながら、勉強もして、
      高校も親が行きなさいって言ったところに行ってる」

アヤ   「そんな生活じゃ、心休まるときなんて、ないんじゃない?」

光希   「うん……。家も学校も、だいっきらいだよ。
      早く家を出て、生きていけるようになりたいと思うけどさ、
      実際どうやっていいのかもわからない。
      だから……たまに消えてしまいたくなるんだ……」

アヤ   「そっか。そういうことなんだ……。
      窮屈だものね……」

光希   「唯一、夏と冬の長期休みにね、ここに来ることだけが、
      私の楽しみだったんだ」

アヤ   「そうなの?」

光希   「祖母の家に家出したことがあるって言ったでしょ。
      おばあちゃんだけは、信じられたんだ。
      私がたったひとり、信じて、大好きだった人なの」

アヤ   「どうして過去形なの?」

光希   「死んじゃったから。……今日、お通夜」

アヤ   「それなら尚更戻った方がいいんじゃないの?」

光希   「私、泣けなくて!
      休みごとにこっちにきて、おばあちゃんにお世話になっておきながら、
      涙が出なくて……
      みんなが私のコト薄情だって白い目で見てくるの。
      だから、戻りたくない」

アヤ   「でもお別れくらいはきちんと……」

光希   「おばあちゃん、きっと呆れてるよね……。
      ひどい孫だって怒ってるかな……」

アヤ   「そんなことないよ、きっとわかってる。
      むしろ心配してるんじゃないかな?」

光希   「そう、かな……」

アヤ   「絶対そうだよ!」

光希   「なんでそんな自信満々に言い切れるの?」

アヤ   「んー……まぁいっか、話しちゃおうかなっ。
      あのね、私ね、実は未亡人なんだ!」

光希   「……え、なに?」

アヤ   「あ、伝わらない?
      えっと、後家さん、もわかんないかな。
      夫を亡くしてるの!」

光希   「あ、ああ……」

アヤ   「夫がさ、15才上なんだけど、事故で亡くなってね。
      子供も小さいから、ばたばたしちゃって。
      落ち着いて命日を迎えられたのは、これがはじめてかな」

光希   「子供!? アヤさんいくつ!? 何歳で結婚したの!?」

アヤ   「17のときにお見合い結婚、今23よ。
      今日三回忌でお酒を飲んでね、それでここに来たんだ」

光希   「今時そんな結婚あるんだ……」

アヤ   「お見合いは、家の事業の都合上、仕方なかったの。
      でも、夫はとてもいい人でね。
      私は夫を愛することができたし、夫も、私を愛してくれた。
      子供も二人授けてくれたし……。
      結婚生活は短かったけど、それでもとても幸せだった。
      あとは家と、子供たちを守っていくだけ」

光希   「アヤさんって、強いんだね」

アヤ   「うぅん。強くないよ」

光希   「え?」

アヤ   「強くしてくれたのは、この海と、夫なの」

光希   「どういうこと?」

アヤ   「ここは夫との思い出の場所なんだ。
      お見合いをして、初めて二人で出かけたとき、ここにきたの。
      夫はここで小さい頃遊んだって言ってたわ。
      夏でも涼しいし、私もすぐこの場所が気に入って。
      結婚の申し込みを受けたのもここだったし、
      本当に……この場所には、夫との思い出がたくさん詰まってるのよ」

光希   「そうなんだ……」

アヤ   「だから、夫が亡くなった時、自暴自棄になって、
      私……この海に入って死のうとしたの」

光希   「えっ……」

アヤ   「でも、私が海に入ろうとした瞬間、手をつかんだ人がいてね」

光希   「それって私たちと……」

アヤ   「ちょっと似てるかな、不思議な偶然だよね。
      まぁ、私の手をつかんだのは、小さい男の子だったんだけど」

光希   「へぇ……」

アヤ   「おねーさん、なにしてるの、あぶないよ、って言ってさ」

光希   「うん」

アヤ   「この海、深い所もあるし、溺れちゃう人もいるから気をつけて。
      おねーさんも、子供にちゃんと教えてあげてね、って
      そう言うのよ」

光希   「あ、私も祖母からそう言われた。
      泳ぐときは気をつけなさい、って」

アヤ   「まだ長男も2歳、長女も1歳で…。
      もう少し大きくなったら、海で遊ばせたいって思ってたし、
      夫からも同じことを言われてたから…
      だから、死ねない、子供たちを守らなきゃ、育てていかなきゃって
      思い出せたのよね…」

光希   「そうなんだ…」

アヤ   「それに、親戚連中が、事業の利権云々で夫の死を喜んでるのも知っていたし
      私がしっかりしなきゃって思った。
      夫の遺したものを守れるのは自分だけ。
      こんなところでくじけてちゃ、夫にも、子供にも申し訳ないって、
      そう思えたのよ。
      だから、ありがとう、って言って急いで家に戻ったわ」

光希   「自殺を止めてくれた子って近所の子なの?
      アヤさんの知り合いだった?」

アヤ   「ある時、夫の遺品を整理してて、アルバムを見つけてね。
      そこに、その子がいたの」

光希   「え?」

アヤ   「……夫だったのよ、その子」

光希   「えええ!?
      あはは、そんなまさかぁ!」

アヤ   「信じられない?
      ……まぁ他人の空似だとしてもね?
      それでも、そのときの私は夫が私を止めてくれたんだって
      そう思ったし、だからこそ、この海と夫が強さをくれた、って
      今でもそう思ってるの」

光希   「へぇ……。まぁ、いい話だけどさぁ」

アヤ   「この海を好きでいる人には奇跡が起こるんじゃないかなとか
      そんなことを思ったりもしたわ。
      ほら、あっちの岬には龍神を祀る鳥居だってあるし」

光希   「それは考えすぎなんじゃない?ありえないでしょ、神様とかさー」

アヤ   「そうかなぁ」

光希   「いたらいいなって思わなくはないけどね」

アヤ   「そうでしょ? いたらいいなって思うわよね?」

光希   「まぁ、ね……うん」

アヤ   「……光希ちゃんにも、きっとそのうち、見つかるわよ。
      今は親にも学校にも、何も希望がないかもしれないけど。
      毎日が窮屈で苦しくてたまらないかもしれないけど。
      それでも……いつか、光り輝く希望を見つけて、
      幸せになれる」

光希   「え……?」

アヤ   「そう願って、つけられた名前なんじゃない?
      光る希望、で、みつき、って」

光希   「どうして!?
      私、漢字……教えてないのにっ」

アヤ   「……絶対見つかる。だからあきらめちゃだめよ?
      私との最後の約束。
      ね? ……光希ちゃん」

光希   「……っ、……おばあ、ちゃん……?
      ぅわっっっ!!」


光希    突然風が砂をまきあげて、
      目を開けたそのときには、もう、アヤさんはそこにはいなかった。
      もしかして、もしかして、本当なの?
      私が急いでお通夜の席に戻ると、今日が祖父の命日でもあることを知った。
      もしかして、という気持ちは確信へとかわり、
      私は祖母の部屋の押入れからアルバムを引っ張り出した。
      あの海で撮ったのであろうセピアの写真の中で、
      祖母は、まだ小さいお父さんと、叔母さんを抱いて笑っている。
      最後の約束、と言ったアヤさんと同じ笑顔で。
      その前のページには、祖父とのツーショット。
      そして、ぼろぼろになっている祖父の小さい頃の写真と一緒に、
      「ありがとう、がんばります。 綾子」と、
      綴られた便箋も……。


光希   「おばあちゃん……、っ……おばあちゃんっっ!!!!
      うわああああああああん!!!!!!」


光希    こんなに泣くのは初めてというくらい、泣いていた。
      両親が心配して抱きしめたほどに、涙が溢れ、止まらなかった。

      祖父が祖母にしたように、祖母が私にしてくれたように、
      私も、この海で、大切な誰かを守れるように、
      未来へと歩いていこう。

      ……おばあちゃん、ありがとう。
      私も頑張るから……見ていてくれるよね。
      ね、おばあちゃん……





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