澪標

作:早川ふう / 所要時間30分 / 2:0

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少しでも楽しんでいただければ幸いです。2023.05.09(2020.05.17)


【登場人物紹介】

渡守
 三途の川の渡守(わたしもり)。
 穏やかな雰囲気を持つが、本心がわかりづらいタイプ。

久米 倫太郎(くめ りんたろう)
 31歳で亡くなり、三途の川にやってきた男。
 死んだことを穏やかに受け止めてはいるものの、
 好きな人に会いたい一心で、三途の川を渡ろうとせず、留まり続けている。



【配役表】




渡守 「こんにちは」

久米 「こんにちは」

渡守 「何をなさっていたんですか?」

久米 「特に何も。ぼーっと川を眺めていただけですよ」

渡守 「そうですか。まぁ、ここには何もありませんものね」

久米 「携帯でもあれば、ゲームやって暇もつぶせるんですけどね」

渡守 「さすがにここは圏外です。
    携帯があったとしても、まずアプリのダウンロードすらできませんよ」

久米 「そっかあ……。
    ハマってたゲームができればなあって思ったんだけど。
    でもログインできずにもうどれくらい経ったっけ……
    さすがに同盟からはキックされてるかなあ」

渡守 「久米さんがここにきて、現世の時間でいうと、二週間が経ってますね」

久米 「もうそんなに経ちましたか。
    イベントも終わったかあ……報酬のアバター欲しかったなあ」

渡守 「あの。……そろそろ、行きませんか?」

久米 「ははっ。……向こうに、ですか?」

渡守 「はい。何度もご説明してますけど、ずっとここにいられるわけではないんですよ」

久米 「わかってますから。もう少しだけ、見逃してくださいよ」

渡守 「……ずっと、ここで待つおつもりですか」

久米 「うん。もう一度……一目だけでも会いたいからさ」

渡守 「そんなに、愛してらっしゃるんですね。お相手さんを」

久米 「そりゃあそうですよ。俺が一目惚れしたくらいですから。へへへ」

渡守 「ふふっ、そんな顔で笑うのはずるいですねぇ」

久米 「無理言ってすみません」



渡守  ここは三途の川。
    僕は、ここへやってくる亡くなった人を、向こう岸へと案内する、三途の川の渡守だ。
    今、この川原に留まっている人間がいる。
    彼の名は、久米倫太郎さん。享年31歳だ。



久米 「渡守さんは、恋したことってあるんですか?」

渡守 「人並みにはあるつもりですけど」

久米 「それは、この仕事をしていて、ですか?
    それともこの仕事になる前?」

渡守 「それはノーコメントで」

久米 「あはは、すみません」

渡守 「いえいえ」

久米 「……あの、渡守さんは、
    やっぱりこの人じゃなきゃだめだって、
    どうしても思ってしまう気持ち、わかります?」

渡守 「ええ、わかりますよ」

久米 「死んでも、いや、死んだからこそですよね。
    どうしても、もう会えなくなるのは耐えられなくて」

渡守 「そうは言っても、あなたはもうお亡くなりになったんですから
    ……本来もう二度と会うことは叶わないんですよ」

久米 「わかってます。……でもせめてもう少しだけ……奇跡を待ちたくて」

渡守 「お相手が亡くなるまで、待ちたいということですか?」

久米 「いやさすがにそれは……きっと俺が耐えられない」

渡守 「でも、待てるだけ待ちたい?」

久米 「まぁ、そうですね。
    それに……希望はあります。
    生きていても、ここに来れることがあるんでしょう?」

渡守 「はい。生死の境をさまよっている時や、
    夢と繋がる場合なんかもありますね。
    しかし、それはおっしゃるとおり奇跡のような確率の話です。
    それでもお待ちになるんですか?
    あなたの魂の為には、早く向こう岸に渡って、
    裁きを受けた方がよいと思うのですが」

久米 「今の俺の魂が、ここにいたいと叫んでるんです」

渡守 「……なるほど。
    愛に触れると、誰でも詩人になる、ということですか。
    誰でしたっけね、この言葉」

久米 「プラトン、だったかと思いますが」

渡守 「久米さん博識なんですね」

久米 「そんな。渡守さんだって御存知だったじゃないですか」

渡守 「僕は、聞いたことがあっただけですから」

久米 「いつも……こんな実のない話に付き合わせて……ご迷惑かけてますよね……?」

渡守 「いいえ。死んで心残りがない人の方が珍しいですからね。
    この川原に留まりたいという人も結構いるんで、大丈夫ですよ」

久米 「本当ですか?」

渡守 「ええ。
    少し前の話になりますが、恋人ではなく、
    友人を待つために川原に留まっていた方がいらっしゃいました」

久米 「友人を?」

渡守 「火葬される際に、御棺に入れられたものが気に入らず、
    文句を言ってやらないと成仏できないから、と」

久米 「それはすごい理由ですねえ」

渡守 「本当に、色々な方がいらっしゃるんです。
    向こう岸で待っている家族に会いたいからさっさと渡りたい、と
    急かしてくるような方もいらっしゃいますからね」

久米 「あ、それはわかる気がするなあ」

渡守 「でも、さっさと渡ればいいってものでもないんです」

久米 「へえ、どうしてですか?」

渡守 「三途の川の渡り方は三通りあるって、聞いたことありませんか?」

久米 「それは知らないなあ、そうなんですか?」

渡守 「ええ。僕たち渡守は、その方の人となりと申しますか、
    魂を拝見して、どう渡るかを判断してから、お送りしているんですよ。
    実は責任重大なんです」

久米 「あ、じゃあ俺も?
    俺がどういう渡り方をするかも、決定しているんですか?」

渡守 「はい、とっくに。
    決まっているから、もう行きませんかとお声がけしてるんですよ」

久米 「……それは、すみません」

渡守 「とは言ってもね。
    さっきも言った通り、ここには色々な方がいらっしゃいますから。
    結局は人それぞれってことなんです。
    なのであまり気になさらないでください」

久米 「でも、渡守さんは大変でしょう。
    その時のお客様のニーズに合わせて動かなければいけないというのは」

渡守 「ははは、これ別にサービス業ってわけじゃありませんから。
    そこまで大変じゃあないです」

久米 「……渡守さんは、ここに来てない時って、何をされてるんですか?」

渡守 「ああ、案内をしてますよ、他の人の」

久米 「えっ。……亡くなった人が全員ここに来るというわけでは、ないんですか」

渡守 「全員ここに来ていたら、渋滞で大変なことになりますよ。
    渡守一人じゃとてもじゃないけど捌けません」

久米 「そっか……そうですよね」

渡守 「よっぽどの繋がりがある人しか、同じ川原には辿り着かないんです。
    それをご縁と呼ぶんですよ。
    だから奇跡のような確率だと言ったじゃないですか。
    ……ここで待つの、おやめになります?」

久米 「いえ。奇跡でもいい。待ちたいんです」

渡守 「そう、ですか……」

久米 「馬鹿みたいだと思いますか」

渡守 「いいえ」

久米 「本当に? お優しいんですね」

渡守 「そんなことはないですよ」

久米 「……また会いたい」

渡守 「え?」

久米 「本当にただそれだけなんです」

渡守 「あ、ああ……お相手さんのことですね?」

久米 「ええ。
    俺は、結構病み体質というか。
    毎日でも連絡を取りたいし、会いたいし、
    相手と四六時中、一緒にいたいタイプで。
    ウザがられることもよくあったんですけど」

渡守 「でもそれって、寂しがり屋の方にとっては、いい恋人なんじゃないですか?」

久米 「はは……まぁ、そうかもしれないですけど。
    相性が合わないなってことも今までたくさんあったんです。
    そんななか、最後に出会った人だったから。
    どうしても、離れたくないって思っちゃうんですよね。
    また会いたいって」

渡守 「それだけお好きなんですね」

久米 「……本当は、向こう岸に渡った方がいいのもわかってるんです。
    ご迷惑をおかけしてますし、待ってたからって必ず願いが叶うわけじゃない。
    それでも、まだ……どうしても……諦めきれない」

渡守 「どんな方なんですか、そこまで惚れ込んでいるお相手さんというのは」

久米 「普通の人ですよ。
    ただ……そうですね。思いやりがあって……
    少し控えめに笑う感じがありますね、そこが可愛いなって思ったりします」

渡守 「絶滅危惧種の大和撫子というわけですか。僕のタイプじゃないなあ」

久米 「え、渡守さんのタイプってどんな人なんですか?」

渡守 「僕は元気な人が好きです」

久米 「元気……」

渡守 「……あとは、一途な人かな。
    これ、笑われることも多いんですけど。
    僕は、相手が元気に笑っていてくれればそれでいいんです。
    僕のものにならなくても」

久米 「……」

渡守 「僕じゃなくてもいい、一途に誰かを想っている人って、とても魅力的です。
    だって、とても幸せそうに笑うじゃないですか」

久米 「確かにそう、ですね……」

渡守 「僕は、恋は叶わないと思っています。……こういう仕事ですし」

久米 「渡守さんは、モテそうですけど……
    それともこの仕事ってそんなにブラックなんですか?」

渡守 「いえ、そういうわけじゃないです。
    これは昔……まだ、僕が渡守になりたての頃の話ですけど。
    あちらへ送らなければいけない人を、好きになってしまったことがあったんですよ」

久米 「え……」

渡守 「その人は、頑なに渡ることを拒んで、その理由も教えてはくれませんでした。
    なので何度かお話をして……
    そうするうちに、僕の方が、その人を大好きになってしまいました。
    とても、とても綺麗な笑顔の人で……
    またこの人と会いたい、またこの人に笑ってほしいと、
    そう思うようになってしまったんです」

久米 「……それで?」

渡守 「ある日、現世ではバレンタインシーズンですと話をしたら、
    チョコを渡してから死にたかったとおっしゃるので、
    チョコレート作りをお手伝いすることになりました」

久米 「チョコレート……そんなことができるんですか?」

渡守 「サービスオプションと申しますか、まぁ、そういうことが一応できるんです。
    と言っても材料と場所を提供しただけで、実際僕は何もしてないんですけど」

久米 「なるほど」

渡守 「それで、チョコレートムースケーキを作ったんです」

久米 「おお、本格的ですね」

渡守 「スポンジは最低限で、ふわとろのムースが主役ですが、ベリーもたくさんのせて」

久米 「いいじゃないですか、美味しそうだ」

渡守 「四苦八苦しながら作って、可愛くラッピングまでして、手紙まで書いてましたね」

久米 「告白となりゃあ、まぁ力を入れますよね」

渡守 「……それを、渡されましたよ」

久米 「え!?」

渡守 「好きになってしまいました、受け取ってくださいって……」

久米 「両想い、じゃないですか!」

渡守 「そうですね」

久米 「それで!? どうしたんですか?!」

渡守 「ありがとうございますと言って、受け取りましたよ。
    さっき包むのを手伝ったそれを、丁寧に開けて。
    一緒に食べましたよ、チョコレートムースケーキ。美味しかったです」

久米 「そのあとは!?」

渡守 「……向こう岸に連れて行きましたよ」

久米 「っ……!」

渡守 「……僕は、想いを伝えることはできないんです。
    渡守が、亡くなった方の邪魔をするなんて許されませんから……」

久米 「……そ……そう、ですよね……。
    そういうお仕事、なんですもんね……」

渡守 「最初から別れが決まっている出会いは、出会いじゃないんです。
    だって絶対にその恋は、叶わないんですよ。
    たとえ、両想いだったとしてもね」

久米 「……渡守さんは、どうして俺にこの話をしてくれたんですか?」

渡守 「どうしてかな……。久米さんに、わかってほしかったからなのかなあ」

久米 「何をですか」

渡守 「死んでからここに辿り着くといっても、ここは現世とは違う世界なんです。
    ……お相手さんにもう一度会いたいという気持ちは、わかります。
    しかし、それは……とても残酷なことかもしれないんですよ」

久米 「残酷な、こと……」

渡守 「誰かを亡くされた方というのは、死を受け入れて、生きていきます。
    生きているということは、変化するということです。
    それが生きている者の特権ですから」

久米 「変化、ですか」

渡守 「死を受け入れて生きるというのは、簡単なことじゃあありません。
    でも、現世では目まぐるしく時間が過ぎます。
    その流れの中で、生きている人間は、変わってゆく。
    ゆっくりゆっくり受け入れていくんです」

久米 「……」

渡守 「しかし、亡くなった方は、そこで時間が止まります。
    止まってしまうんです。
    確かに久米さんは今、ここにいらっしゃいますが、
    もう生きているわけではないんです。
    三途の川は、現世とは違う世界です。
    繋がっているようですが、戻ることはできない、一方通行の世界。
    この止まった世界から、今を生きるあなたのお相手さんに干渉するのは
    ……残酷ではないでしょうか?」

久米 「俺の気持ちと、相手の気持ちまで……心配してくださっているんですね?」

渡守 「要らぬお節介だとはわかっていますが……」

久米 「とんでもない。ありがたいです」

渡守;「偉そうに説教なんかして……しかもかなり上から目線……、
    お気を悪くされましたよね、申し訳ありません」

久米 「いえいえそんな。
    ……心配してくださってる気持ちは、ちゃんと伝わってますから」

渡守 「……ただ、僕が言いたかっただけかもしれないですよ?」

久米 「え? 何の為に?」

渡守 「……早くあなたを連れてゆく為に?」

久米 「なるほど。
    ……あっ、俺が渡らないことって、ボーナスか何かの査定に響くんですかね?
    だったら納得ですが」

渡守 「あはは! ボーナスですか、欲しいですね」

久米 「……でも、たとえそうだったとしても、俺、それでもまだ、ここにいたいです」

渡守 「……そうですか」

久米 「俺の我儘は筋金入りなんで」

渡守 「我儘ではないでしょう……それだけの愛情と呼ぶべきでは?」

久米 「相手の為にはならない愛情なんでしょうけどね。
    ……安心してください。
    相手が来るまでずっとここにいようなんてことは、考えてないですから」

渡守 「……はい」

久米 「でも、もう少しだけ……。
    せめて俺の気持ちの整理がつくまでは」

渡守 「ええ、大丈夫ですよ。そのお手伝いならお任せください」

久米 「と言っても、別に、チョコレートは、作らなくてもいいんですけど」

渡守 「それはその人だったからで……人によりますよ。何を望まれるのかというのはね」

久米 「……俺が何か望めば、叶えてくれるんですか?」

渡守 「僕がお手伝いできる範囲であれば」

(久米、少し唸りながら考えこんで)

久米 「……編み物がしたいな」

渡守 「編み物、ですか?」

久米 「男が編み物なんて、気持ち悪いかな……?」

渡守 「いえ、いいと思いますよ。
    料理や裁縫の得意な男性も今はたくさんいらっしゃいますから」

久米 「そっか……」

渡守 「何をご用意いたしましょうか」

久米 「ああごめん、興味があっただけで、まだやったことはないんだ。
    最初は何をしたらいいかも、実際わかってなくて。
    ……どうしたらいいかな?」

渡守 「では基本から詳しく書いてある本をお持ちしましょう。
    あとは、何を作りたいか決めてから準備しましょうか」

久米 「うん、頼むよ」

渡守 「はい。少々お待ちくださいね」



久米  本当に編み物をしたかったというわけじゃない。
    チョコレートムースケーキのように、食べたらなくなってしまうものではなく、
    形に残るものなら何でもよかった。
    ……ここに残していきたいと思ったんだ。
    自分がここに、あなたの隣にいた証を」



渡守 「お待たせしました。本をお持ちしましたよ。どうぞご覧ください」

久米 「ありがとう。……うーん、どれも難しそうだなあ」

渡守 「手先の器用さと根気が必要ですよね」

久米 「……初心者におすすめなのはどれになるのかな?」

渡守 「でしたらシンプルに、マフラーを編まれるのはいかがですか」

久米 「マフラーかあ……」

渡守 「少し太めの毛糸を使うのと、
    あとはガーター編みという編み方にすれば
    初心者でも簡単かつ、綺麗にできるそうですよ」

久米 「へぇ……じゃあやってみます」

渡守 「では棒針(ぼうばり)をお持ちしますね。
    それと、毛糸の色はどうなさいますか?」

久米 「あー……どうしようかなあ」

渡守 「お好みの色をご用意いたしますけど……久米さんは何色がお好きなんですか?」

久米 「俺は……青や黒が好きなんだけど……
    自分の好きな色で、自分の為に編むってのも
    モチベあがらないっつーか……」

渡守 「確かに。自分一人の為に作る食事は味気なく感じたりするのと一緒ですね」

久米 「そうそう。そういうこと。
    ……あ、じゃあ、渡守さんの好きな色は?」

渡守 「え……僕、ですか?」

久米 「だめかな?」

渡守 「いや、いいんですけど……あ、いや、すみません。
    てっきり、例の想い人さんのお好きな色で編むのかと思ったのでびっくりして」

久米 「実は、好きな色を知らないんだよね」

渡守 「そうでしたか。それは悩んでしまいますね」

久米 「もし迷惑じゃなければ、渡守さんの好きな色で作ってもいいかな?
    とりあえず、最初の練習だけ!」

渡守 「ええ、僕でいいのでしたら喜んで。
    ……といっても、好きな色と言われて、すぐには浮かばないんですけど」

久米 「ゆっくり考えてくれてもいいんですよ」

渡守 「うーん……」

久米 「じゃあ、好きな色の毛糸を持ってきてくださいっていうのはダメですか?」

渡守 「僕が毛糸ごと選ぶってことですか?」

久米 「そうです。別に普段好きな色ではなくてもいいです。
    この色いいなって思ったものを、持ってきてください。
    その方が難しいですかね?」

渡守 「いえ……でもあの、本当に僕のセンスでいいんですか?」

久米 「お任せします!」

渡守 「わかりました。選んでみますね……」



久米  もしかして。ふと頭に浮かんだIF(イフ)の話。
    渡守さんが過去の話をしたのは、
    他ならぬ俺が残酷だ、と言いたかった、なんていうことはありえるだろうか?
    もしかして、俺の気持ちに気づかれている?
    俺が、他ならぬ渡守さんを好きで、
    彼に会うためにここに残っているんだと彼は気付いていて、
    だから残酷だという話をした可能性は……?
    ……いや、ないな。単なる偶然だろう。
    俺はもう死んでいて、彼と生きる未来すらないのはわかっていることなんだから、
    まさか俺を好きになるはずもない。
    そんなのは、きっと奇跡よりも低い確率の話だ。



渡守 「久米さん、持ってきましたよ。……この毛糸は、いかがでしょうか」

久米 「ああ……いい色ですね」

渡守 「本当に? 大丈夫でしょうか?」

久米 「ええもちろん! 無理をお願いしてすみませんでした」

渡守 「いえいえそんな」

久米 「これ面白いですね。一本の毛糸なのにグラデーションになってるのかな」

渡守 「はい。アイボリーとブラウンとグリーンのグラデーションで……
    これで編んだら綺麗な感じになるのではと」

久米 「とても落ち着いていて爽やかな雰囲気になりそうですよね」

渡守 「淡いグリーンがいいなと思って。これ裏葉色っていうんですけど」

久米 「へぇ、そんな名前なんだ」

渡守 「葛の葉の裏の色に似てるからって意味らしいです。
    まぁ、本当かどうかはわかりませんけど」

久米 「……ちょっと、ひとつ確認してもいい?」

渡守 「はい?」

久米 「それ、遠まわしに俺のことをクズって言いたい、とか
    そういうことじゃないよね?」

渡守 「ま、まさか!! あるわけないじゃないですかそんなこと!!」

久米 「よかった。ちょっとマイナス思考になっちゃったよ、ははは」

渡守 「あの、本当にそんなつもりはこれっぽっちもなくて……」

久米 「いやいやごめん、こっちが勝手に曲解しただけだから」

渡守 「……本当に、いいなと思った色で……
    名前も知っていたのでちょうどいいかなと選んだだけなんですよ」

久米 「そっか。ごめん、ありがとう。綺麗な色を選んでくれてすげー嬉しいです」

渡守 「よかった……」

久米 「実はさ、俺、葛には結構縁があるんだよね。
    だから、まさかこれを選んでくれる偶然があるなんてって思って、
    深読みしすぎたマイナス思考の結果がこれだ。ほんと反省してる」

渡守 「いえそれはもう……。あの、葛にご縁、というと?」

久米 「俺、誕生日が9月12日なんだけど、誕生花が、葛なんだよ」

渡守 「えっ、そうなんですか!?」

久米 「中学の頃だったかな、自分について調べるっていう課題があって、
    名前の由来を親に訊いたり、誕生花とかも調べたんだ。
    いい評価もらえて、貼りだされたくらいで」

渡守 「すごいですね」

久米 「へっへっへ。ちなみに葛の花言葉まで覚えてるんだけど」

渡守 「え、葛の花言葉ですか。聞いたことないですね、何なんですか?」

久米 「『芯の強さ』と『快活』」

渡守 「へえ……! 久米さんにぴったりじゃないですか」

久米 「そ、そうかなあ?」

渡守 「僕が何の気なしに選んだ毛糸が、久米さんとご縁があるなんて、嬉しいですね」

久米 「何だよ、先に言われるなんて」

渡守 「え?」

久米 「渡守さんが何の気なしに選んでくれた毛糸が、
    俺に所縁のある色だなんて、そんな偶然なかなかないと思うんだ。
    それに、花言葉が俺にぴったりって褒めてもらえたのも、すげー嬉しいよ」

渡守 「ははは」

久米 「好きなやつの為なら、三途の川を渡りたくないってくらい、
    俺の芯は強いし、それは渡守さんに迷惑をかけてるとは思うんだけどさ。
    でも……これが俺だから」

渡守 「……強くて、素敵な心だと思いますよ」

久米 「マジで?
    いやーー俺が遊び人だったら、
    運命の糸は緑色の毛糸なんだなって言うところなんだけど」

渡守 「ぷっ……それうまいこと言ったつもりですか?」

久米 「え、うまくないこれ?」

渡守 「ちょっと無理がありますね」

久米 「そっか……、慣れないことはするもんじゃないな」

渡守 「そうですよ、慣れないことはしない方がいいんです」

久米 「でもさ。
    俺、慣れるどころか、一度もやったことのない編み物に
    死んだ今から挑戦するわけだけど?」

渡守 「それは……しょうがないですね。
    それをしないと成仏しないって言うんですから」

久米 「はっはっは。ま、頑張るさ。奇跡を信じて、ね」

渡守 「はい。僕も見守っていますよ。……あなたが満足されるまで、ずっと……」



久米  どうか俺の気持ちを、知らないままで。

渡守  どうか僕の気持ちを、知らないままで。

久米  もう少しだけ、

渡守  もう少しだけ、

久米  そばにいたい。

渡守  そばに……っ、……いたいです……





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