メランコリーは突然に

作:早川ふう / 所要時間 10分

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2018.02.26.


夕焼け色に染まる校舎を抜けると、
まるでそれが未来に続くようにも思える、校門までの並木道が広がる。
私はこの景色がとても好き。
いつも完全下校時刻ぎりぎりまで学校に残るのは、
この時間にとても綺麗になるこの場所を、歩きたいからだったりする。
でも。まさか、こんな場面と、出くわすなんて。

靴を履いて帰ろうとした時、
見つけてしまったのは、背が高くて、意外にがっちりしてる、彼の後姿。
たとえ逆光でシルエットしかわからなくても、それが確かに彼だとわかってしまう。
そして、彼と寄り添っているのは、髪の長い女の子。
ああ、あの子なんだ、彼女って。
去年同じクラスだった彼女は、可愛くて、思いっきり私とは正反対。
だから、私は「友達」で、あの子は「彼女」なんだろう。
これ以上わかりやすいことってない。

彼女の細くて華奢な指が、彼の腕に絡みつく。
甘える仕草がとても自然で、可愛くて、微笑ましいとすら思うけれど、
その光景は、どうしようもなく、苦しかった。

私が彼に恋をしているなんて、自分でも信じられないんだ。
本人が気付くはずもなければ、きっと周囲だって気付いていないはず。
だからこんなことなんて、
自分にとっても他の誰にとっても、
どうってことないことなんだよ。

最初からどうしようもないことだったんだから。
と、何度自分に言い聞かせても、そこから足を踏み出すことはできなかった。
昇降口から出てすぐの階段に座り込んで、膝を抱える。
スカートが濡れるほど泣く、なんて乙女な芸当はできないけれど。
視界がぼんやりする程度に、涙は溢れてきた。
もうとっくに二人の姿は視界から消えていたのに、未だにダメージは大きい。



「……具合でも悪いんですか?」

不意に男の人の声がして、視線をやると、
彼よりひとまわり小さい背格好の下級生がいた。
もちろん知らない、話したこともない後輩。
今日は嫌な偶然が続く。
すぐに取り戻した平常心で、奥歯を噛んだ。
今の私の気持ちは、誰にも見せたくない。

「大丈夫です」

そう言って立ち上がると、後輩は強引に私の腕を掴んで引き留めた。
驚いて、その腕を振り払おうとしても、びくともしない。
嫌悪の眼差しを向けてやっても、視線を合わせない後輩には効果がなかった。

「あんなやつの為に泣かなくてもいいんじゃないですか」

ぼそっと言われた、信じられない言葉。
今の私の状況を、知っているとでも言いたいのだろうか。
……気味が悪い。
なぜ、と思う気持ちもあったけれど、言われた言葉を肯定したくもなかった。

「何のこと」

思いっきり冷たく言ってやると、腕の力が緩んだ。
その隙に思いっきり、なかば突き飛ばすように振り解き、
やっと自由になった腕を、わざとさすりながらその場を去った。
あの後輩は、誰だったんだろう。
でも、今はどうでもいい。
もう、どうでもよかった。



ツイていない日というのは往々にしてあるものだ。
見たくもないものを見てしまう、
身の程を思い知らされる、
心の中に土足で踏み込まれる……。
平穏な日々を過ごしていたくて、
ごくごく普通に生活していたとしても、
そうならないことなんて、よくあることなのだ。

だから……私は辛くなんかない。
辛くなんかない。
この場にいたくなくて、足早に歩を進めていても、
私はちっとも、辛くなんかはないんだ。

今日の夕陽の色を思い出すことは、できそうにないけれど。








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