夕焼け色に染まる校舎を抜けると、
まるでそれが未来に続くようにも思える、校門までの並木道が広がる。
私はこの景色がとても好き。
いつも完全下校時刻ぎりぎりまで学校に残るのは、
この時間にとても綺麗になるこの場所を、歩きたいからだったりする。
でも。まさか、こんな場面と、出くわすなんて。
靴を履いて帰ろうとした時、
見つけてしまったのは、背が高くて、意外にがっちりしてる、彼の後姿。
たとえ逆光でシルエットしかわからなくても、それが確かに彼だとわかってしまう。
そして、彼と寄り添っているのは、髪の長い女の子。
ああ、あの子なんだ、彼女って。
去年同じクラスだった彼女は、可愛くて、思いっきり私とは正反対。
だから、私は「友達」で、あの子は「彼女」なんだろう。
これ以上わかりやすいことってない。
彼女の細くて華奢な指が、彼の腕に絡みつく。
甘える仕草がとても自然で、可愛くて、微笑ましいとすら思うけれど、
その光景は、どうしようもなく、苦しかった。
私が彼に恋をしているなんて、自分でも信じられないんだ。
本人が気付くはずもなければ、きっと周囲だって気付いていないはず。
だからこんなことなんて、
自分にとっても他の誰にとっても、
どうってことないことなんだよ。
最初からどうしようもないことだったんだから。
と、何度自分に言い聞かせても、そこから足を踏み出すことはできなかった。
昇降口から出てすぐの階段に座り込んで、膝を抱える。
スカートが濡れるほど泣く、なんて乙女な芸当はできないけれど。
視界がぼんやりする程度に、涙は溢れてきた。
もうとっくに二人の姿は視界から消えていたのに、未だにダメージは大きい。
「……具合でも悪いんですか?」
不意に男の人の声がして、視線をやると、
彼よりひとまわり小さい背格好の下級生がいた。
もちろん知らない、話したこともない後輩。
今日は嫌な偶然が続く。
すぐに取り戻した平常心で、奥歯を噛んだ。
今の私の気持ちは、誰にも見せたくない。
「大丈夫です」
そう言って立ち上がると、後輩は強引に私の腕を掴んで引き留めた。
驚いて、その腕を振り払おうとしても、びくともしない。
嫌悪の眼差しを向けてやっても、視線を合わせない後輩には効果がなかった。
「あんなやつの為に泣かなくてもいいんじゃないですか」
ぼそっと言われた、信じられない言葉。
今の私の状況を、知っているとでも言いたいのだろうか。
……気味が悪い。
なぜ、と思う気持ちもあったけれど、言われた言葉を肯定したくもなかった。
「何のこと」
思いっきり冷たく言ってやると、腕の力が緩んだ。
その隙に思いっきり、なかば突き飛ばすように振り解き、
やっと自由になった腕を、わざとさすりながらその場を去った。
あの後輩は、誰だったんだろう。
でも、今はどうでもいい。
もう、どうでもよかった。
ツイていない日というのは往々にしてあるものだ。
見たくもないものを見てしまう、
身の程を思い知らされる、
心の中に土足で踏み込まれる……。
平穏な日々を過ごしていたくて、
ごくごく普通に生活していたとしても、
そうならないことなんて、よくあることなのだ。
だから……私は辛くなんかない。
辛くなんかない。
この場にいたくなくて、足早に歩を進めていても、
私はちっとも、辛くなんかはないんだ。
今日の夕陽の色を思い出すことは、できそうにないけれど。