ジャッカルという男

作:早川ふう / 所要時間 20分 / 比率 1:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。 2017.7.5.


【登場人物紹介】

ジャッカル
  腕のいい殺し屋として、裏の世界では有名。
  慎重に相手の隙を狙い、大胆に仕事をする、その仕事ぶりの評価は高い。
  煙草とブランデーをこよなく愛している偏屈な男。
  外見・年齢設定等は、お任せいたします。

テス(テレサ・ヘイウッド)
  ジャッカルの仕事によって地獄のような生活が変わったことで、
  恩返しがしたいとやってきた女性。
  外見は、美しいというよりは可愛いタイプで、性格は少しヒステリック。
  思わぬところで爆発します。


【配役表】

ジャッカル・・・
テス   ・・・



(レストランと呼ぶのもためらわれるほどの、汚い店内。
 隅の席に男女が二人。男はブランデーを飲んでいる。)


ジャッカル 「俺が殺し屋をやってる理由……?
       そんなん聞いてどうするってんだ」

テス    「どうもしないわ。ただ、あなたのことが知りたいだけなの」

ジャッカル 「ふぅん……」

テス    「……気を悪くしたかしら。
       ごめんなさい、他意はないのよ」

ジャッカル 「そうかい。
       まぁ、そうだなァ……もう少し仲良くなったら、教えてやるよ」

テス    「それって、体のいい断り文句ね。
       もし私があなたとベッドを共にしたとしても、
       教える気なんて、さらさらなさそうだけど」

ジャッカル 「どうだかな。
       試してみるか?」

テス    「……やめておくわ」

ジャッカル 「そりゃ残念だ」

テス    「ふふ、微塵も思ってないのによく言うわ」

ジャッカル 「俺は坊主でも不能でもねぇぞ」

テス    「でも結末は見えてるじゃない」

ジャッカル 「何が見える?」

テス    「あなたに嫌われる未来よ」

ジャッカル 「嫌う?
       まぁ確かに、寝相の悪い女は好きじゃないがな」

テス    「自分の寝相なんてわからないわよっ」

ジャッカル 「あんたが翌朝男に文句を言われたことがないなら、問題ないだろうよ」

テス    「だといいけど。
       ……はぁ、そうやって、うまくはぐらかすんだから」

ジャッカル 「そんなつもりはない」

テス    「その言葉を真に受けて、もし、今夜あなたとそうなったら……
       二度とあなたとは会えないじゃないの」

ジャッカル 「どうしてそう思う?」

テス    「あなたはきっと……そうね……
       私を抱かないで殺すか、
       抱いて殺すか、
       抱いて姿を消すか……
       いずれにせよ、考えられる未来は、私にとって望ましいものじゃないわ」

ジャッカル 「じゃあ訊くが、あんたは何がしたいんだ?
       俺に何を望む?
       おしゃべりはこのくらいにして本題に入ろうじゃねぇか。
       俺を此処に呼び出しておいて、依頼がねぇとは言わせねぇ」
 
テス    「……そうね。
       でも、ルール違反だとわかっていても、
       あなたのような裏の世界の住人と会って話すには、
       依頼だと言うしかないのよ……」

ジャッカル 「……会って話してどうする?
       まさか、ティーンエイジャーじゃあるめぇし、
       会いたかっただけとかいうオチだとでも?」

テス    「そうよ」

ジャッカル 「……何が狙いだ?」

テス    「……疑って当然よね。
       ごめんなさい。
       その殺気、少しの間だけしまっていただけないかしら」

ジャッカル 「そりゃ、あんた次第だな」

テス    「……本当に、裏なんてないのよ」

ジャッカル 「……で?」

テス    「……私は、……あなたの、役に立ちたいの」

ジャッカル 「残念ながら、俺は今パートナー募集中ってわけじゃねぇ。
       公私共にな。
       教会ボランティアか、ハウスキーパーの求人でも探したらどうだ」

テス    「あなたの役に立てないのなら意味がない」

ジャッカル 「どうして俺に固執するんだ?」

テス    「……恩人だからよ」

ジャッカル 「は?」

テス    「あなたは、私の恩人なの」

ジャッカル 「初対面の人間に何を言いやがる」

テス    「確かに初対面だわ。
       でも私は、あなたが私の恩人であることを知っているのよ」

ジャッカル 「はぁ……まわりくどい言い方は好きじゃねぇんだ」

テス    「……殺し屋って、とても大変な仕事だと思うわ。
       危険と隣り合わせで、……まともな神経じゃ、つとまらないでしょう」

ジャッカル 「俺は、はなっからまともじゃねぇからな、こういう生き方しかできねえ」

テス    「……そうなの」

ジャッカル 「……まわりくどいのは好きじゃねぇと言ったはずだ。
       これ以上はぐらかすようなら、殺気だけじゃすませねぇぞ」

テス    「っ、ごめんなさい。
       ……話すわ」

ジャッカル 「なるべくシンプルに頼むぜ」

テス    「ええ。
       ……あなたは、私をどん底の生活から救ってくれたのよ。
       あの日々は、本当にひどいものだったわ。これ以上ないってくらいね。
       生きてる実感もなければ、死のうとすらも考えられない、
       感覚が麻痺してたし……きっとあのままだったら、今頃私の命もなかったと思う」

ジャッカル 「……」

テス    「……でも。
       あなたが仕事をしてくれたおかげで、すべてが変わったわ。
       私は私を、私の人生を取り戻せたの。
       あなたのおかげで今の私があるのよ!!
       恩人に会ってお礼を言いたい、
       恩を返すために、何かしたい、
       そう思うのは当然じゃない?
       私にとってあなたは、まさに神よ。
       助けてくれないキリストより、救ってくれた殺し屋を崇めて何が悪いの!!??」(机を叩く)

ジャッカル 「声がでけぇ。
       ……馴染みの店とはいえ、他の客もいるんだぞ」

テス    「ごめんなさい……」

ジャッカル 「……ブランデーだ、飲んで落ち着け」

テス    「……ありがとう、いただくわ……」

ジャッカル 「……とりあえず、あんたの事情は把握した。
       俺に固執する理由も、納得はできる。
       俺は、殺した人間をいちいち覚えてねぇし、
       誰を殺ったことであんたが救われたのかはわからねぇ。
       ま、それに興味もねぇし、聞く気もねぇがな」

テス    「優しいのね」

ジャッカル 「どこがだ。
       あんたに興味がねぇと言ってるのがわからねぇのか」

テス    「いいのよ、それで。
       だって、あなたの言葉には嘘がない。
       それだけで、私にとってどれだけ優しいかわからないわ」

ジャッカル 「……あんたも歪んでるな」

テス    「あんたも、ってことは、あなたも歪んでいるの?」

ジャッカル 「ああ。俺のコックは少し右に歪んでる」

テス    「ぷっ……やだっ……」

ジャッカル 「……味わってみるか?」

テス    「えっ?」

ジャッカル 「言っておくが、朝メシはいらねぇ。
       グァテマラに、砂糖とミルク1つずつ」

テス    「それって……。
       ……案外甘党なのね、ブラックかと思ってた」

ジャッカル 「フン、がっかりしたか?」

テス    「少しね」

ジャッカル 「その言葉、後悔させてやるから忘れるなよ?」

テス    「まぁ怖い。ちゃんとコーヒーの時間に起きられるかしら私」

ジャッカル 「……食事はすんでるのか?」

テス    「ええ」

ジャッカル 「もし、あんたの家が近いなら、招待してくれりゃあありがたいんだが」

テス    「ああ、ごめんなさい、ルームシェアをしているので、それはちょっと……」

ジャッカル 「……しかたねぇ。俺の宿にいくか。
       この地域だからな、モーテルならキレイってオチもねぇ。
       此処に負けず劣らず汚ねぇとこだが、構わねぇか?」

テス    「もちろんよ。……あ」

ジャッカル 「どうした?」

テス    「……私、あなたの通り名しか知らないのよ、ジャッカル。
       ベッドでも、ジャッカルと呼べばいいのかしら?」

ジャッカル 「名を呼ぶだけの余裕があればいいがな」

テス    「またそうやってからかって」

ジャッカル 「……あんたの名前も、聞いてなかったな」

テス    「私?
       私の名前を、呼んでくれるの?」

ジャッカル 「あんた、とだけ呼んでいても別に事足りるがな」

テス    「それはちょっと、スマートじゃないわよ」

ジャッカル 「そうか?」

テス    「……テス。私の名前よ」

ジャッカル 「テス……テレサ?」

テス    「いいえ、ただのテスよ」



(間)



(モーテルの一室。
 ベッドに寝ているテス。ジャッカルは煙草に火をつけ、窓の外を見ている)


ジャッカル 「……」

テス    「(目を覚ます)……ジャッカル?」

ジャッカル 「起きたのか。
       ……まだコーヒーの時間じゃねぇぞ(軽くキスをする)」

テス    「……眠れないの?」

ジャッカル 「まぁ、そんなところだ」

テス    「……もしかして、私と一緒だから?」

ジャッカル 「そういうわけじゃねぇ」

テス    「そう……優しいのね」

ジャッカル 「……お前はどうしても俺を優しい人にしたいらしいな」

テス    「だって、優しいじゃない」

ジャッカル 「……お前にとっては、優しく感じるだけだろう。
       俺の仕事が役に立ったようだからな」

テス    「一度きりの人生よ?
       他人の価値観に委ねても仕方ないじゃない。
       私が優しいと思ったんだから、それでいいのよ」

ジャッカル 「変な奴だ」

テス    「失礼ね」

ジャッカル 「……お前になら、話してもいいかもしれねぇ」

テス    「え……?」

ジャッカル 「……一度きりの人生だ。
       俺も俺の価値観がすべてだと思ってる。
       お前と同じくな」

テス    「……じゃあ私は、変な奴、なの?」

ジャッカル 「……それは照れ隠しだ」

テス    「ふふっ、嬉しい」

ジャッカル 「…………眠いなら、寝てもいいが」

テス    「平気よ」

ジャッカル 「少し、語るぞ」

テス    「いいわよ」

ジャッカル 「……お前の人生と比べるわけじゃねぇが、俺の人生も、ろくなことはなかった。
       俺はスラムの生まれでな。
       家はこのモーテルの半分もねぇ狭さで、家族がぎゅうぎゅうになって暮らしてた。
       ……食うもんも、ろくになくて……
       俺は六人兄弟なんだが、……今生きてんのは、俺と弟だけだ。
       ほんの一本の注射で治るような、屁みてぇな病気で、
       みんな死んじまった……俺が11の時だったよ」

テス    「そうだったの……」

ジャッカル 「スラムの人間にはまともな仕事なんざ、まわってこねぇ。
       ガキの俺にはなおさらだ。
       ……俺と弟が生きていく為には、裏の世界に入るしかなかった」

テス    「……あなたは、懸命に生きてきたのね、自分の力で」

ジャッカル 「……殺し屋になったのは、これが一番割のいい仕事だったからだ。
       俺たちが生きていくには、金がかかる。
       ……弟は、身体が弱くてな……」

テス    「まぁ……」

ジャッカル 「今も入院してるが……手術には金がかかる。
       ……だから俺はこの仕事をしてる。
       何が何でも、俺はあいつを守り抜く……」

テス    「ジャッカル……」

ジャッカル 「らしくねぇことはするもんじゃねぇな。
       シラフでこんな話をしたら鳥肌がたっちまった」

テス    「……私に何かできることはない?」

ジャッカル 「……あ?」

テス    「私に、何かできることはないかしら」

ジャッカル 「……俺の為に?」

テス    「ええ。私にできることなら何でもしたいわ」

ジャッカル 「口だけなら何とでも言えるさ」

テス    「……ねえ、ジャッカル。
       もし此処が教会なら、……どうなってると思う?」

ジャッカル 「どうって?」

テス    「……教会って、実は、他人を助ける気なんて毛頭ない人間しかいないのよ。
       チャリティーとかボランティアとか人助けっていう言葉が大好きで、
       誰かの役に立ってると思いたいだけのクソ共が、十字架の前に集まってる」

ジャッカル 「ははは、言い得て妙だな」

テス    「これは子供のころの話だけど……
       家の近くの教会が、ホームレス相手に炊き出しをしてたの。
       ごはんをあげて、お話を聞いて、いつでも頼ってね、と言うのよ。
       でも実際頼ったらなんて言われたと思う?
       まず根掘り葉掘り事情聞かれて、
       大変だったのね、わかるわって、言われた後に、
       頑張って、いつでも話くらい聞くから、……それで終わり。
       具体的な助けが貰えないのなら意味がないじゃない!!
       救いを求めたのにそんな仕打ちをされたら、どれだけ絶望すると思ってんのよ!!!」

ジャッカル 「……俺の子猫ちゃんはずいぶんとヒステリックだな」

テス    「……、ごめんなさい」

ジャッカル 「……いいさ」

テス    「あのね。
       私が言いたかったのはね、ジャッカル。
       私は偽善者にはなりたくない、ということなの」

ジャッカル 「ほう?」

テス    「私は、助けてくれないキリストより、助けてくれたあなたを探したわ。
       あなたの役に立ちたいと思ったからよ。
       ……話を聞くだけの偽善者になるつもりはないわ。
       私が具体的にあなたの役にたてることを、
       あなたが私に望むことを、言ってちょうだい」

ジャッカル 「……何でも?」

テス    「ええ。あなた専用のハウスキーパーでも、コールガールでもいいわ。
       弟さんの面倒をみろというのなら、看護師の資格をとる。
       ……私があなたから受けた恩を、……私は倍以上にして返したい!!」

ジャッカル 「身が持たねぇぞ」

テス    「もう死んでいた命よ。
       あなたの為に有効に使うわ!」

ジャッカル 「……フッ。やめておけ。
       俺は何も望まねぇよ」

テス    「……やっぱり、私なんかじゃだめかしら……」

ジャッカル 「……いや……。
       弟の誕生日が、もうすぐなんだ。
       俺は次の仕事で行けそうにねぇから、
       ……プレゼントを渡しに行ってくれねぇか?」

テス    「ジャッカル……。
       任せて、お安い御用よ!」

ジャッカル 「……頼むぜ」



(間)



(某病院。ノックをして病室に入るテス)

テス    「こんにちは。
       あなたのお兄さんに頼まれて、プレゼントを持ってきたのよ。
       ……よく眠ってるようね。
       はじめましてピーター……そして、さようなら……」

(銃口をベッドに向けた瞬間、後ろから撃たれるテス)

テス    「ぁアッ…………」

ジャッカル 「…………殺しを生業にしている人間を殺ろうってんなら、
       もう少し演技を勉強した方がいい」

テス    「ジャッ……カル……ッ
       あなた、なぜ……」

ジャッカル 「……目的は、……復讐か」

テス    「なんのこと……
       いきなりどうしてこんな……」

ジャッカル 「プロの殺し屋を前にしてよく言えるな。
       お前の殺気や、今咄嗟に隠した銃に気づかないとでも?」

テス    「……クソが……」

ジャッカル 「それで?
       お前は、人生を救ってくれた恩人とやらを俺が殺したから、復讐しに来たのか?」

テス    「……全部、わかって……?」

ジャッカル 「案外つまんねぇ理由だな、テス。
       ……いや、テレサ・ヘイウッド」

テス    「ちっ……。
       ……てめぇがライアンのことを思い出したのは、いつだ?」

ジャッカル 「……お前がテスと名乗った瞬間だ」

テス    「……ンだよ、殺した人間のコト、ちゃぁんと覚えてんじゃねーか……」

ジャッカル 「まあ、だてに人の死肉を喰って生きちゃいねぇ」

テス    「ハッ……クソくらえだ」

ジャッカル 「……せめてテスと名乗らなければ、もう少しは騙せたかもしれないぞ」

テス    「それでもどうせ失敗しただろう?」

ジャッカル 「女だてらによくやった方だと思うぜ。詰めは甘いが素質はある」

テス    「お前に褒められても嬉しくもなんともねーよ」

ジャッカル 「で、……何故俺ではなく、弟を狙った?」

テス    「何故だって?
       そんなの、あんたの大事なもんを、
       この手でぶっ殺してやりたかったからに決まってる!!
       アタシと同じ絶望を……あんたにもっ……あんたにもっっ!!!」

ジャッカル 「お前の人生に興味はねぇ。
       女の涙でほだされるような情も、持ち合わせてねぇしな」

テス    「クソがぁッ!!!!」(銃を向ける)

ジャッカル 「遅ぇ!」(テスを撃つ)

テス    「っ……」(ほぼ即死)

ジャッカル 「さようならだ、ヒステリックな子猫ちゃん」



(間)



(病室のベッドに腰かけ、煙草をふかすジャッカル)


ジャッカル 「嘘のなかに真実を少しだけ混ぜておくと、その嘘は信用されやすい、
       ……まぁよく聞く話だな。
       そしてそれは、お前も然り、俺も然りだ。
       ……子猫ちゃん、此処は、お前のようなヤツを殺すための部屋なんだよ。
       俺には大事なもんなんて、もうねぇからな……」





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