あたしには親友がいる。
別に幼馴染ってわけでも、中学が同じってわけでもない。
同じ高校で、なんとなく仲良くなって、同じ大学に進んだだけの、
とても陳腐でチープな関係の、親友。
悩み事の相談とか、そんな面倒な付き合いはしないけど、
趣味が合うから一緒に居て楽しかった。
洋服や、音楽、食べ物なんかもそう。
これいいよね、って思う価値観が一緒。
それなりに仲がいいと思う。
そんな親友に、ある日、彼氏を紹介された。
「はじめまして」なんて、ありきたりな自己紹介だって、
あたしはちゃんとできていたか、自信はないの。
「こんにちは」と、ただ一言……その一言だけで、オちてしまったから。
とても、とても素敵なひとだった。
穏やかな雰囲気と言葉遣いで、眼差しが柔らかくて、
なんてあたしの理想どおりの彼氏なんだろう……。
二人の雰囲気から、すごくうまくいっているのもわかったし、
間に割って入るなんて、絶対に無理だってわかってるし、
略奪愛なんて、そんな疲れることしたくない。
ひっそり想うだけでよかった。
でも、……。
あの彼の全てに包まれている親友は、いつもとても幸せそうで。
あんなふうに愛されたらどんなにいいだろう、なんて、
心の中で呟いていた言葉は、時間と共に膨らんでいく。
それはやっぱり苦しくて、早く忘れてしまいたい、と何度も思ったこの想い。
街中で偶然会って、紹介されて、ほんの少し、会話しただけ。
それなのにこんなキモチになるなんて、漫画じゃないんだからさ。
そう思っても、これは現実、あたしに起こったことで。
休日、ひとりで買い物に出かけて、運悪くナンパに出くわした。
うざい、うざい、うざい。
しつこい馬鹿な勘違い野郎なんて絶滅しろよ、って
あたしが不機嫌に怒鳴るよりちょっとだけ早かった。
「俺の彼女に汚い手で触らないでくれる?」
あたしには、俺の彼女に汚い手で触らないでくれる、なんて、
かっこいいこと言ってくれるような彼氏はいない。
どうして。どうして。
あなたが、それを言ってくれるの?
人の多いこの駅前の通りで、あたしを見つけてくれたの?
そんな台詞、あたしを庇う為に、言ってくれるなんて。
あたしを、助けてくれるなんて……。
「危なかったね、気をつけなきゃだめだよ」
そんなふうに微笑まないで。
ばかだよね。単純だよね。自分でもわかってるの。
でも、胸がこれ以上ないってくらいどきどきしてる。
嬉しすぎて死んでしまいそう。
どうしよう、顔がものすごい熱い。
だめ。いくらなんでもこれはマズイよ。
彼だってきっと、おかしいって思うじゃない。
「ありがとう、助けてくれて……」
お礼を言わなきゃ、とやっとの思いで台詞を搾り出した。
だって、もっと話したい。
おしゃべりするなんて緊張するけど。
助けてくれたお礼にお茶、とか……ちょっと大げさかな、わざとらしいかな。
だって今日、あの子は、親戚の法事に行ってる。
だから今日は一人で買い物に来たんだもん。
いま、あたしが彼と一緒に居ても、彼女には、わからないじゃない。
黙ってればいいんだもん。
なんて、考えてる。ひどい女だ、あたし。
そんなこと、彼ができるはずないのに。
するはずなんてないのにね。
彼は笑いながら言った。
「なんか思い出すなあ」
「え? 何を?」
「あいつと付き合いだしたのも、ナンパから助けたのがきっかけだったんだ」
「そう、なんだ?」
あの子のことを名前で呼ばれるよりも、ずしんときた。
あいつ、って呼ぶって、ほら、何かとっても距離が近いじゃない。
あの子が彼女だから、彼はあの子の彼氏だから。
そんなのあたりまえだ。
……ああ、また、苦しいよ。
嫉妬だ。
これは嫉妬。
コイゴコロがこのどす黒い感情によってまた育っていく。
「まぁ俺も男だから、声かけたくなるのもわかるけどね」
「え?」
「可愛い子が一人で歩いてたら気になるし」
「可愛いって……」
わかってる、あたしのことじゃない。
ただの話の流れ。お世辞。
それで舞い上がるほど、ガキじゃない。
……はずだけど、昂ぶってるのはなんでだろう。
心臓がうるさいよ……あたし、ガキなのかな。
自分で思ってたより、ずっと、コドモだったのかな。
その瞬間、ふわっと香る、男性物のフレグランス。
距離が、近い。
「俺だって、手ぇ出したくなるよ」
そんなこと耳元で囁かれてしまったら、
それがホントか冗談かなんてわからなくて、
どう返していいかわからなくて。
数秒固まっていたら、距離が元に戻って、やっと、声が出た。
「あ、あは、やだなぁ、そんな冗談、あの子が聞いたら勘違いするよ?」
あの子にじゃない、今目の前にいるあたしに向けられる笑顔に、
いちいちときめいてしまうから、目をあわせられない。
顔を背けていたって、耳まで真っ赤だろうから、ごまかせないかな。
あたしの身体が、気づいて欲しいと、言っているんだ。
あたしの気持ちを受け取って欲しい、と。
だから浅ましいほどに高鳴ってるんだ。
どうしても手に入らない存在に、すでに苦しくなっていたはずなのに。
もっとつらくなるのもわかっているのに。
この感情をもう止められそうにない。
あたしの身体も心も、もう限界なんだ。
助けて。
誰か、助けて……なんて思っても無理だよね。
きっと助けられるのは、この世にひとりしかいない。
彼は笑った。
「あいつの親友ってわかってるから、我慢してるんだよ。
……もしかして、同じキモチだったりする?」
彼からの、とどめの一撃。
故意に、恋を、乞い、昂ぶるココロが暴走する。
……こうなるって、わかってたのかもしれない。
だってあたしはその時何の迷いもなく………。
あたしには親友がいた。
あの日、彼を、紹介されるまでは。