言い訳

作:早川ふう / 所要時間 15分

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2013.11.08.


あたしには親友がいる。

別に幼馴染ってわけでも、中学が同じってわけでもない。
同じ高校で、なんとなく仲良くなって、同じ大学に進んだだけの、
とても陳腐でチープな関係の、親友。
悩み事の相談とか、そんな面倒な付き合いはしないけど、
趣味が合うから一緒に居て楽しかった。
洋服や、音楽、食べ物なんかもそう。
これいいよね、って思う価値観が一緒。
それなりに仲がいいと思う。
そんな親友に、ある日、彼氏を紹介された。

「はじめまして」なんて、ありきたりな自己紹介だって、
あたしはちゃんとできていたか、自信はないの。
「こんにちは」と、ただ一言……その一言だけで、オちてしまったから。
とても、とても素敵なひとだった。
穏やかな雰囲気と言葉遣いで、眼差しが柔らかくて、
なんてあたしの理想どおりの彼氏なんだろう……。

二人の雰囲気から、すごくうまくいっているのもわかったし、
間に割って入るなんて、絶対に無理だってわかってるし、
略奪愛なんて、そんな疲れることしたくない。
ひっそり想うだけでよかった。
でも、……。

あの彼の全てに包まれている親友は、いつもとても幸せそうで。
あんなふうに愛されたらどんなにいいだろう、なんて、
心の中で呟いていた言葉は、時間と共に膨らんでいく。
それはやっぱり苦しくて、早く忘れてしまいたい、と何度も思ったこの想い。
街中で偶然会って、紹介されて、ほんの少し、会話しただけ。
それなのにこんなキモチになるなんて、漫画じゃないんだからさ。
そう思っても、これは現実、あたしに起こったことで。



休日、ひとりで買い物に出かけて、運悪くナンパに出くわした。
うざい、うざい、うざい。
しつこい馬鹿な勘違い野郎なんて絶滅しろよ、って
あたしが不機嫌に怒鳴るよりちょっとだけ早かった。

「俺の彼女に汚い手で触らないでくれる?」

あたしには、俺の彼女に汚い手で触らないでくれる、なんて、
かっこいいこと言ってくれるような彼氏はいない。
どうして。どうして。
あなたが、それを言ってくれるの?
人の多いこの駅前の通りで、あたしを見つけてくれたの?
そんな台詞、あたしを庇う為に、言ってくれるなんて。
あたしを、助けてくれるなんて……。

「危なかったね、気をつけなきゃだめだよ」

そんなふうに微笑まないで。
ばかだよね。単純だよね。自分でもわかってるの。
でも、胸がこれ以上ないってくらいどきどきしてる。
嬉しすぎて死んでしまいそう。
どうしよう、顔がものすごい熱い。
だめ。いくらなんでもこれはマズイよ。
彼だってきっと、おかしいって思うじゃない。

「ありがとう、助けてくれて……」

お礼を言わなきゃ、とやっとの思いで台詞を搾り出した。
だって、もっと話したい。
おしゃべりするなんて緊張するけど。
助けてくれたお礼にお茶、とか……ちょっと大げさかな、わざとらしいかな。
だって今日、あの子は、親戚の法事に行ってる。
だから今日は一人で買い物に来たんだもん。
いま、あたしが彼と一緒に居ても、彼女には、わからないじゃない。
黙ってればいいんだもん。
なんて、考えてる。ひどい女だ、あたし。
そんなこと、彼ができるはずないのに。
するはずなんてないのにね。

彼は笑いながら言った。

「なんか思い出すなあ」

「え? 何を?」

「あいつと付き合いだしたのも、ナンパから助けたのがきっかけだったんだ」

「そう、なんだ?」

あの子のことを名前で呼ばれるよりも、ずしんときた。
あいつ、って呼ぶって、ほら、何かとっても距離が近いじゃない。
あの子が彼女だから、彼はあの子の彼氏だから。
そんなのあたりまえだ。
……ああ、また、苦しいよ。
嫉妬だ。
これは嫉妬。
コイゴコロがこのどす黒い感情によってまた育っていく。

「まぁ俺も男だから、声かけたくなるのもわかるけどね」

「え?」

「可愛い子が一人で歩いてたら気になるし」

「可愛いって……」

わかってる、あたしのことじゃない。
ただの話の流れ。お世辞。
それで舞い上がるほど、ガキじゃない。
……はずだけど、昂ぶってるのはなんでだろう。
心臓がうるさいよ……あたし、ガキなのかな。
自分で思ってたより、ずっと、コドモだったのかな。

その瞬間、ふわっと香る、男性物のフレグランス。
距離が、近い。

「俺だって、手ぇ出したくなるよ」

そんなこと耳元で囁かれてしまったら、
それがホントか冗談かなんてわからなくて、
どう返していいかわからなくて。
数秒固まっていたら、距離が元に戻って、やっと、声が出た。

「あ、あは、やだなぁ、そんな冗談、あの子が聞いたら勘違いするよ?」

あの子にじゃない、今目の前にいるあたしに向けられる笑顔に、
いちいちときめいてしまうから、目をあわせられない。
顔を背けていたって、耳まで真っ赤だろうから、ごまかせないかな。
あたしの身体が、気づいて欲しいと、言っているんだ。
あたしの気持ちを受け取って欲しい、と。
だから浅ましいほどに高鳴ってるんだ。
どうしても手に入らない存在に、すでに苦しくなっていたはずなのに。
もっとつらくなるのもわかっているのに。
この感情をもう止められそうにない。
あたしの身体も心も、もう限界なんだ。
助けて。
誰か、助けて……なんて思っても無理だよね。
きっと助けられるのは、この世にひとりしかいない。

彼は笑った。

「あいつの親友ってわかってるから、我慢してるんだよ。
 ……もしかして、同じキモチだったりする?」

彼からの、とどめの一撃。
故意に、恋を、乞い、昂ぶるココロが暴走する。
……こうなるって、わかってたのかもしれない。
だってあたしはその時何の迷いもなく………。


あたしには親友がいた。
あの日、彼を、紹介されるまでは。







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