駅前にショッピングセンターと共に建設された、30を超えるマンションたち。
パークシティ梅里は、当時マンション村と揶揄された。
駅前の開発に加えて、大規模なマンションの誘致。
これで人口が一気に増える、はずだった。
結局、開発が微妙な状態でストップしてしまい、
マンションも6割程度の入居率に留まった。
とはいえ、そんな事情は、子供には関係がない。
マンションの敷地内には公園がいくつもあり、
ショッピングセンターには、おもちゃ屋にゲームセンター、カラオケもできていた。
つまり、子供にとってはそれでじゅうぶん楽しい生活になりえたのだ。
僕の家は5号棟の101、
同じ日に引っ越してきた縁で仲良くなった女の子は、6号棟の101に住んでいた。
僕らはいつも5号棟と6号棟の間にある三角公園で遊んでいた。
彼女は僕より2つ年上で、周囲からみれば、僕の面倒をみてくれていたんだろうけど、
僕は、僕の方が彼女と遊んであげているつもりでいた。
彼女はゲームを持っていなかったし、お小遣いも貰っていなくて、
僕はいつも自分のお小遣いで買ったおやつを半分こしたり、
ゲームを貸したり、教えてあげたりしていたから。
そんな彼女が、ある日あやとりを持ってきたんだ。
「基本から橋を作って……かめ……ゴム……飛行機!」
「わあ、すごいね!」
「すごくないよ、簡単だよ」
「僕にもできる?」
「教えてあげるよ!」
ただの毛糸のひもなのに。あれよあれよといろんな形に変化する。
それがとても新鮮で面白かった。
僕があやとりのやり方を覚えるのには結構時間がかかったけど、
それでも、冬になる頃には、二人でおしゃべりをしながらずっとあやとりを続けていられた。
同じ学年の子と一緒に遊ぶ時もあったけど、でも、彼女と遊ぶのが一番楽しかった。
こんな日は、永遠に続くのだと思っていた。
それは、マンション村にたくさん植えられた梅が、
一斉に咲いたすぐあとの、雨の日だった。
僕らは珍しく、僕の家で遊んでいた。
なんとなしにつけていたテレビの中で、
歌のお兄さんが、ギターを抱えて、冬の曲を歌っている。
一緒になって口ずさんでいると、横で彼女がぽつりと言った。
「私、引っ越すことになったの」
「……えっ、なんで……?」
「……お父さんと一緒に暮らすことになったから」
「……そっか……」
彼女は、手紙を書くと言ってくれた。
毎年年賀状は手渡しだったけど、
僕の住所は覚えやすいし、きっと大丈夫だろうと思った。
でも……遊べなくなるのは、寂しかった。
手紙のやりとりは、結局2年くらいで終わってしまったんだけど、
子供にしては長く続いた方だと思う。
ギターの寂しげな音色と、冬の曲、そして梅の香りと、あやとり。
すべてがこの、淡い初恋に繋がっていた。
手紙を書かなくなっても、ふと今何してるかなと考えることは何度もあった。
だからこそ、鮮明に、ずっと覚えていられたんだ。
「……私もずっと覚えてたよ。あの時が一番楽しかったから」
面影のある、柔らかい笑顔で、彼女は言った。
だから僕は言ったんだ。
「二番目に楽しい思い出にしようよ。
一番は、これからたくさん、二人で作っていけるだろ?」
でも、彼女は相変わらず生意気だと言いやがった。
まだ子ども扱いをするのかと、むくれてやった。
別れのあの冬から20年近くの時が流れている。
新居は、あのマンション村と、少し似た雰囲気のアパート。
荷物をほどきながら、なんとなしにつけたテレビで、歌のお兄さんが歌い始めたのは、あの曲だった。
相変わらず物悲しいメロディ。
でも、なぜか今日は、ギターの音色が弾んで聞こえた。