初恋

作:早川ふう / 所要時間 5分

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2018.10.27.


駅前にショッピングセンターと共に建設された、30を超えるマンションたち。
パークシティ梅里は、当時マンション村と揶揄された。
駅前の開発に加えて、大規模なマンションの誘致。
これで人口が一気に増える、はずだった。
結局、開発が微妙な状態でストップしてしまい、
マンションも6割程度の入居率に留まった。
とはいえ、そんな事情は、子供には関係がない。
マンションの敷地内には公園がいくつもあり、
ショッピングセンターには、おもちゃ屋にゲームセンター、カラオケもできていた。
つまり、子供にとってはそれでじゅうぶん楽しい生活になりえたのだ。

僕の家は5号棟の101、
同じ日に引っ越してきた縁で仲良くなった女の子は、6号棟の101に住んでいた。
僕らはいつも5号棟と6号棟の間にある三角公園で遊んでいた。
彼女は僕より2つ年上で、周囲からみれば、僕の面倒をみてくれていたんだろうけど、
僕は、僕の方が彼女と遊んであげているつもりでいた。
彼女はゲームを持っていなかったし、お小遣いも貰っていなくて、
僕はいつも自分のお小遣いで買ったおやつを半分こしたり、
ゲームを貸したり、教えてあげたりしていたから。
そんな彼女が、ある日あやとりを持ってきたんだ。



「基本から橋を作って……かめ……ゴム……飛行機!」


「わあ、すごいね!」


「すごくないよ、簡単だよ」


「僕にもできる?」


「教えてあげるよ!」


ただの毛糸のひもなのに。あれよあれよといろんな形に変化する。
それがとても新鮮で面白かった。
僕があやとりのやり方を覚えるのには結構時間がかかったけど、
それでも、冬になる頃には、二人でおしゃべりをしながらずっとあやとりを続けていられた。

同じ学年の子と一緒に遊ぶ時もあったけど、でも、彼女と遊ぶのが一番楽しかった。
こんな日は、永遠に続くのだと思っていた。



それは、マンション村にたくさん植えられた梅が、
一斉に咲いたすぐあとの、雨の日だった。

僕らは珍しく、僕の家で遊んでいた。
なんとなしにつけていたテレビの中で、
歌のお兄さんが、ギターを抱えて、冬の曲を歌っている。
一緒になって口ずさんでいると、横で彼女がぽつりと言った。


「私、引っ越すことになったの」


「……えっ、なんで……?」


「……お父さんと一緒に暮らすことになったから」


「……そっか……」


彼女は、手紙を書くと言ってくれた。
毎年年賀状は手渡しだったけど、
僕の住所は覚えやすいし、きっと大丈夫だろうと思った。
でも……遊べなくなるのは、寂しかった。

手紙のやりとりは、結局2年くらいで終わってしまったんだけど、
子供にしては長く続いた方だと思う。
ギターの寂しげな音色と、冬の曲、そして梅の香りと、あやとり。
すべてがこの、淡い初恋に繋がっていた。

手紙を書かなくなっても、ふと今何してるかなと考えることは何度もあった。
だからこそ、鮮明に、ずっと覚えていられたんだ。



「……私もずっと覚えてたよ。あの時が一番楽しかったから」


面影のある、柔らかい笑顔で、彼女は言った。
だから僕は言ったんだ。


「二番目に楽しい思い出にしようよ。
 一番は、これからたくさん、二人で作っていけるだろ?」


でも、彼女は相変わらず生意気だと言いやがった。
まだ子ども扱いをするのかと、むくれてやった。



別れのあの冬から20年近くの時が流れている。
新居は、あのマンション村と、少し似た雰囲気のアパート。
荷物をほどきながら、なんとなしにつけたテレビで、歌のお兄さんが歌い始めたのは、あの曲だった。
相変わらず物悲しいメロディ。
でも、なぜか今日は、ギターの音色が弾んで聞こえた。





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