始まりは終わりの訪れる刻に

作:早川ふう / 所要時間 10分 / 比率 0:1:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2012.09.21.


【登場人物】

セリア
  小国の女王。小さい頃はお転婆だった。

アリューゼ
  女王の側近。性別不問。


【配役表】

セリア・・・
アリューゼ・・・



アリューゼ  それは、遠い遠い時代の、遠い遠い何処かの国。

セリア    農耕以外にこれといった特色もない小さな国。

アリューゼ  男尊女卑の考えが根強く残る、王の長女ですらも王位継承順位が低い国。

セリア    しかし、実際に王が崩御(ほうぎょ)したそのときに、

アリューゼ  王位を継承できたのはその長女のみだった……。

セリア    建国以来初の女王の即位と治世は、困難を極めた。

アリューゼ  女王は民を想い、国を治めようとした。

セリア    けれどその年からさまざまな自然災害が国を襲った。

アリューゼ  長引く飢饉(ききん)は、女王は不吉だ、と唱える者たちによって、
       王政への不満へと、すりかえられていった。

セリア    そしてついに、民衆が武器をとり、喚声を上げて、城へ突入しようとしていた。



アリューゼ  「陛下」

セリア    「アリューゼ! 貴方、まだいたの?」

アリューゼ  「……お逃げに、ならないのですか」

セリア    「何故?」

アリューゼ  「暴徒達はもうすぐそこまで来ているではありませんか」

セリア    「暴徒、ね……」

アリューゼ  「大臣達などは真っ先に逃げ出したではありませんか。
        今ならまだ間に合います」

セリア    「あれは私が守ると誓った国民達よ。
        逃げる必要などないわ」

アリューゼ  「間もなく門も破られるでしょう。
        すぐに奴らはここへ来ます」

セリア    「私はそれを待っているのよ」

アリューゼ  「待つなど! 本気で仰っているんですか?」

セリア    「ええ」

アリューゼ  「女王は不吉という世迷言を信じている輩ですよ。
        見つかれば殺されてしまいます」

セリア    「そうでしょうね」

アリューゼ  「陛下!」

セリ ア   「私の命で民たちが救われるなら、それも女王の務めなのでしょう」

アリューゼ  「そんなことを本気でお考えですか!?」

セリア    「もちろんよ」

アリューゼ  「暴徒達は! 冷害や害虫の大量発生を、
        ただ女王のせいにしているだけではありませんか!
        大体にして、この国は女性の地位が低すぎます!
        私の生まれた国では、こんな理屈は通りませんよ!」

セリア    「それでも、この国の民がそれを望むのですから。
        皆が、私の命ひとつで救われると信じている……。
        たとえそれで救われなくとも、
        いっときは、民の心が安らぐでしょうから
        意味がないことでもないでしょう」

アリューゼ  「っ……」

セリア    「貴方だけなら、今からでも逃げられるかもしれないわよ」

アリューゼ  「……逃げるつもりなら、とっくに逃げています」

セリア    「私が言っても、逃げるつもりはないの?」

アリューゼ  「陛下。私が逃げることなどできないと、わかっていて仰ってるんですか?」

セリア    「ふふ、そうね、わかっていても言ってしまうのよ」

アリューゼ  「意地の悪い」

セリア    「あら、貴方ほどじゃないわ」

アリューゼ  「……陛下がお逃げくださるのなら、私もご一緒致します」

セリア    「逃げるつもりはないわ」

アリューゼ  「でしたら、私も逃げるつもりはございません」

セリア    「……そう」

アリューゼ  「……はい」

セリア    「……」

アリューゼ  「……」

セリア    「ねぇ」

アリューゼ  「はい」

セリア    「これが女王としての、最後の命令よ」

アリューゼ  「はい」

セリア    「逃げて」

アリューゼ  「……」

セリア    「逃げなさい」

アリューゼ  「……その命令だけは、きけません」

セリア    「それは貴方の口癖?
        私が何を言っても、貴方は馬鹿の一つ覚えみたいに
        『その命令だけはきけません』を繰り返してた」

アリューゼ  「それは陛下が無理なことばかりを仰るからです」

セリア    「……そんなに無理な命令をした覚えはないわ」

アリューゼ  「覚えが、ないと?」

セリア    「ええ、覚えはないわよ」

アリューゼ  「……」

セリア    「何よその目は」

アリューゼ  「いいえ別に」

セリア    「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

アリューゼ  「……では言わせていただきますが」

セリア    「ええ」

アリューゼ  「兄になりなさい、弟になりなさい、姉になりなさい、妹になりなさい……」

セリア    「うっ……」

アリューゼ  「まさかあんな命令をされるとは思いませんでしたし、
        その命令をしたことを忘れているとも思いませんでしたけど」

セリア    「そ、それはただのごっこ遊びじゃないの。
        子供の頃の話だわ、命令のうちに入るの?」

アリューゼ  「やはり覚えておいでではないですか」

セリア    「まぁ、それは、ね」

アリューゼ  「はぁ……」

セリ ア   「……」

アリューゼ  「……恋人になりなさい、と仰られたこともありましたね」

セリア    「……そう、ね」

アリューゼ  「ずいぶんと無理な命令をなさる……」

セリ ア   「貴方がその命令をきいてくれていたら、
        私は結婚できていたかもしれないわよ?」

アリューゼ  「数ある縁談がまとまらなかったのを私のせいになさるのですか」

セリア    「国のために結婚するのも女王の役目、
        後継を産むのも女王の役目でしょう。
        でも、そうは言われても、愛することができなければ役目も果たせないわ」

アリューゼ  「役目に愛という感情は不要です」

セリア    「そうかしら?
        伴侶を愛さずして、どうやって民を愛するの?
        どうやって民を守る政治を行うの?」

アリューゼ  「それは……」

セリア    「だから、私が独身の女王のまま、この国の王政が滅びるのは貴方のせい」

アリューゼ  「……申し訳ありません」

セリア    「だから、……逃げなさい。
        申し訳ないなんて言葉は要らない。
        貴方は逃げなさい」

アリューゼ  「それはできません」

セリア    「逃げなさい!」

アリューゼ  「嫌です!!」

セリア    「どうして!!!!!」

アリューゼ  「どうしてもです!!!!!!!」

セリア    「……強情ね」

アリューゼ  「陛下ほどではございません」

セリア    「お願い。逃げて」

アリューゼ  「陛下……」

セリア    「決心が、鈍るわ……」

アリューゼ  「え?」

セリア    「私は女王。ここで死ぬ運命から逃げるつもりはないわ。
        それでも、貴方がここにいたら私は……」

アリューゼ  「……私も、陛下と共にここで散る覚悟です」

セリア    「何故!」

アリューゼ  「おわかりでしょう?」

セリア    「それは、どういう意味?」

アリューゼ  「さぁ、どうでしょうね」

セリア    「ズルイわ」

アリューゼ  「え?」

セリア    「……私に全てを任せるのは、ズルイわ」

アリューゼ  「この国の女王陛下に、私ごときが何もできるはずがないでしょう」

セリア    「だったら!(王冠をはずし投げ捨てる)
        ……この王冠さえとってしまえば、誰も私を陛下とは呼ばないわ」

アリューゼ  「!」

セリア    「私は、ただのセリアよ。アリューゼ」

アリューゼ  「……っ、……!」

セリア    「あの声は……」

アリューゼ  「門が、破られたようですね……」

セリア    「民達がここにくるのも、間もなくでしょう」

アリューゼ  「……はい」

セリア    「アリューゼ、それまでの少しの間だけでいい。
        私をただのセリアでいさせて」

アリューゼ  「セリア様……」

セリア    「お願い、アリューゼ……!」

アリューゼ  「……、」

セリア    「言って。命令じゃないわ、お願いよ!」

アリューゼ  「セリア様……」

セリア    「アリューゼ!!!」

アリューゼ  「……お慕いして、おります」

セリア    「アリューゼ……!」

アリューゼ  「セリア様は? 仰ってくださらないのですか?」

セリア    「……愛してるわ。
        ずっと、ずっと傍にいた貴方を、ずっと、ずっと愛してたわ……!」

アリューゼ  「セリア様。それは私の台詞です。
        ずっと、ずっとお傍にいた貴方様を、ずっと、ずっと愛していました」

セリア    「赦されるはずがないと……」

アリューゼ  「わかっていても……」

セリア    「アリューゼ……」

アリューゼ  「触れても、よろしいですか……」

セリア    「きかないで」

アリューゼ  「セリア様……セリア様……!!」

セリア    「アリューゼ、もっと強く抱きしめて!」

アリューゼ  「口付けたい……、もっと貴方に触れたい……、もっと……!」

セリア    「やっと素直になってくれたわね……」

アリューゼ  「セリア様……」

セリア    「最後の最後に、やっと……」

アリューゼ  「遅すぎましたか?」

セリア    「そうね、もっと早く言ってほしかったわ」

アリューゼ  「申し訳ありません」

セリア    「でも、今だから、こうできるのよね。
        最期だから……」

アリューゼ  「……はい」

セリア    「アリューゼ」

アリューゼ  「はい?」

セリア    「私、幸せよ」

アリューゼ  「私も。貴方と共に死ねるなら、こんなに幸せなことはありません」

セリア    「ええ」

アリューゼ  「神よ。感謝致します……」

セリア    「……願わくば、来世は共に生きられる道を……」






アリューゼ  それは遠い遠い時代の、遠い遠い何処かの国。

セリア    王政の終わりは戦を招き、隣国に飲み込まれ国は滅びた。

アリューゼ  不吉と呼ばれた女王とその側近の、

セリア    愛と死と共に。





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