青春フルーツミックス

作:早川ふう / 所要時間 5分

利用規約はこちら。少しでも楽しんでいただければ幸いです。2019.07.03.


今私は非常に困っている。

休み時間、ジュースを買いに学食の隣の自販機に来て
いざお目当てのフルーツミックスを買って、教室に戻ろうと振り返れば、
すぐ後ろに男の子が立っていて、ものすごく吃驚した。
しかも、どうやらジュースを買いに来たわけではないらしい。
私がどうぞ、と言ってもその彼は無言で首を左右に振ったからだ。
そして、ただひたすら私をじーーっと見てくる。

ということで、私はその場から動けなくなってしまった。
ジュース片手に立ち止まって1分は経過してると思う。
その間ずーっと沈黙が続いている。
早くしないと休み時間は終わっちゃうし、
せっかくのジュースを味わう暇がないじゃないか。
でも、目の前にいる彼は私を見ている以上、多分私に用があるんだと思うし。
あ、でも、声をかけられたわけじゃないんだから、
別に私がここにいる理由はないかもしれない。
彼の上履きのラインの色は緑。つまり一つ下の後輩だ。
なにも、後輩に遠慮することはないよね。

ということでスルーする方向で歩き出すと、
なぜか彼は焦ったカンジで言葉を出そうとしてきた。
現段階では、言葉になってはいない。
口をぱくぱくさせて、「あ」とか「う」とか、
でも何か話そうとしているのはちゃんと伝わってきている。
しょうがないからちゃんと言えるまで待ってあげようとまた立ち止まると、
彼は俯いてしまって、活動停止。
アンビリカルケーブル断線したかな、
なんてアニメネタを頭の中でだけ成立させ、ためいきをひとつ。
私は思い切って、いや、痺れを切らして、と言う方が正しいが、
「私に何か用があるの?」と訊いてみた。
彼は大きく頷いて、どもりながらも声を出した。

先輩、と私を呼ぶ声は、少し高めの、爽やかな声。
これはこれは、なかなか外見どおりというか、
ものすごく女の子に人気がありそうな雰囲気だなあ。
なんてぽかーんと考えていた私に差し出されたのは、
見覚えのあるハンカチだった。

「そこで拾ったんです」と、彼はやっと言葉を吐き出してくれた。
それは紛れもなく私のハンカチで、
何かの拍子にポケットから旅に出てしまっていたらしい。
名前なんて書いてないし、事務室に届けられてても証明しようもないから、
気付かなければ、永遠の別れとなっていたと思う。
「ありがとう」と受け取ると、彼は小さく礼をして足早に去ろうとしたので、
私は「ねえ!」と、彼を呼び止めた。

「君、名前は何て言うの?」

彼は嬉しそうにくしゃっと笑って、名前を答え、一礼してまた走っていった。
なるほど。コウくんか。
……ん? 苗字が、コウ? 名前が、コウ?
どっちだろうか。
普通に考えれば、名前を訊かれて下の名前を答えないよねえ。
でもコウって苗字は珍しいし……。
などと考えていたらチャイムが鳴って、
私は結局、フルーツミックスを飲むこともできず、
急いで教室へと戻る羽目になってしまった。






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