Enjoy my youth!

作:早川ふう / 所要時間 10分

利用規約はこちら。少しでも楽しんでいただければ幸いです。2019.07.26.


「おじさーん! ボールとってくださーい!」

ころころと足元にやってきた使い込まれた感のあるサッカーボールを、
さっと片手をあげてから蹴ってやった。
少年達は元気よく「ありがとうございます」と言って、また遊び始める。

懐かしい感覚だった。
ボールを蹴ったのは、何年ぶりだっただろう。



若い頃、仲間内に声をかけて、フットサルのチームを作ったことがあった。
芸能人がオフにフットサルをしている、
そんなバラエティ番組の話題に乗っかって、
彼ら以上に時間がある自分達ならば、
彼ら以上に輝けるはずだなんて、調子に乗ったのが始まりで。
少ないボーナスから、チームTシャツや帽子を作って、
フットサルができる場所を探して、週に2回の練習日を設定した。
「ここが俺達のホームだ」なんて、どの口が言っていたのやら。
一ヶ月経つ頃には、練習日は週に1回になっていて。
全員揃うことなんて、一回もなかったくらいの
ゆるい集まりに、苛立ちもして。
それでも続けていたのは、
マネージャーをしてくれていた彼女の存在が大きかった。

正確には、彼女はただの腐れ縁で、
マネージャーも、【やらせていた】と言った方が正しい。
とはいえ俺は彼女に惚れていたし、付き合えたらどんなにいいだろうと思っていた。
しかし俺は素直にはなれず、ただの一度も告白はできなかった。
彼女は、俺からの告白を待っているような節さえあったのに、
「俺たちはこれでいいんだ」なんて格好つけて、何がしたかったんだ、過去の俺は。
あの時に戻れるのなら、二、三発殴ってやるものを。



俺のチームは、小さな大会にすらも出ることはなく、
練習試合を数回しただけで、解散した。
いや正確に言えば、皆抜けていったんだ。
もともと俺の我儘、思い付きで始めたようなものだったし、
明確な目標がなければやる気だって出ないだろう。
仕方ない結果だったと思う。
けれど、当時の俺は、一人抜けるたびに、やさぐれた。
「何が気に入らないんだ」
「もう友達でもなんでもねえ」
酒を飲んでは暴れ、その度その酒に付き合わせていた彼女には、迷惑をかけた。

最後には、彼女と俺と後輩の男の三人になった。
俺は後輩が彼女に惹かれているのを知っていた。
告白も時間の問題だろう。
ああ、俺と彼女は付き合ってはいないんだ。
それを邪魔する権利は俺にはない。
……お前だけは俺のそばにいてくれと、
頭を下げるなんて、プライドが許さなかった。



初夏のある夜。
居酒屋で他の客と取っ組み合いの喧嘩になって、
警察の厄介にまでなってしまったあの夜に、彼女は、泣きながら俺に言った。

「私も、もう抜けるね。……一緒には、いられない」

その横には後輩がいて、彼女の肩を抱いていた。

「……わかった」

そう言って俺は背を向けた。
謝ることもなく、戦うこともなく、負けを認めた俺は、滑稽なほどに惨めだった。

まっすぐ家に帰る気にもなれず、俺は近所の公園で、ただただ泣いた。
自分が悪かったのだとわかっていても、謝らなければ人には伝わらない。
どうして頭を下げるという、ただそれだけのことができなかったのか。

誰もいなくなった。
彼女もいなくなった。
こうなってしまったのは自分のせいだった。
それは世界が終わったかのような絶望だった。

どれくらい時間が経っただろうか、ふと右の頬にあたたかさを感じた。
どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。
閉じていた瞼を開くと、眩しくて、すぐにまた閉じた。
眩しかった方角に背を向け、薄く目を開き、ポケットから携帯を取り出す。
『おはよう』とグループチャットに送信。
もう俺一人だけしかいないグループでは、既読がつくことはない。
痛いほど清々しい空気を吸い込みながら、俺は日の出を眺めた。

誰のせいだ、あいつのせいだ、なんて、
何かのせいにして、自分のせいだ、と考えたくもない弱い心を
いざ絶望に叩き落とされた今、この優しい光が、少しだけ癒してくれるような気がした。
それでももうボールを蹴ることすらないのだと思うと、また涙が溢れた。
それは苦い、苦い、青春の終わりだった。



時は過ぎ、今日、俺は少年達にボールを蹴った。
あの古びたボールは俺のボールじゃあない。
でも、まるで今の自分自身のようじゃないか。
あの頃の俺は、傲慢で人を傷つけて、なんて馬鹿だったんだろうなあ。

なあ、少年達よ。
俺を仲間に入れてはくれないか?
俺はだいぶおじさんだけど、
また、皆とボールを追いかけたいんだよ。





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