大江戸捕物帳 〜恋幽霊〜 第四話『想いの果て』

作:早川ふう / 所要時間 25分 / 比率 3:3

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2014.03.16.


【登場人物紹介】

片平喬之助(かたひら きょうのすけ)
  『町方同心(まちかたどうしん)』として、江戸の見廻りなど、今でいう警察業務にあたっていた。
  雅という『御用聞き(ごようきき)』(岡っ引のこと)を雇っている。他にも雇っている御用聞きは何人かいる。
  職務に関しては一応真面目だが、口が悪いのが玉に瑕。

雅(まさ)
  喬之助に仕える『御用聞き(ごようきき)』。独身。人はいいが、そそっかしい。
  町人でありながら十手を持つ岡っ引である。一人称は「あっし」。

りょう
  喬之助の姉。しかし、事情により離れて育てられた。
  小料理屋を営んでおり、霊感がある為、そういう相談も受けている。
  頼れる姐御といった気性。美人。

ゆき
  団子屋の看板娘で、田島屋の手代・清吉の許婚でもある。気立てのいい優しい娘。
  今は殺された薬種問屋(やくしゅどんや)田島屋の娘のきぬが身体を操っている状態。
  きぬは、よくも悪くも素直な女性。

なつ
  町医者良庵の娘で、おきぬが結婚するはずだった功庵の妹。
  明るく元気な性格で、おきぬとも仲が良く、祝言(しゅうげん)を楽しみにしていた。

功庵(こうあん)
  町医者・良庵(りょうあん)の息子で、父のもとで医師として働いている。なつの兄。
  女性にだらしないが、うまく女性を騙せる天性のたらしタイプ。
  おきぬの許嫁だった。


【配役表】

喬之助・・・
雅・・・
功庵・・・
りょう・・・
なつ・・・
ゆき・・・



りょう   花のお江戸と申せども、人々の心までが花のように美しかったわけじゃあございません。
      憎しみ、悲しみ、苦しみと、心の闇というものは、いつの世も人の道を狂わせる……。
      殺されたおきぬの、叶わぬ恋心ゆえの暴走がなんとかおさまったところで、
      恨みの原点、自らを殺した相手のもとへあたしらを案内してくれることになった。
      いよいよ物語も大詰め。
      さあ喬之助、下手人(げしゅにん)を挙げて手柄をたてな!



喬之助  「おいおゆき……じゃなかったおきぬ」

ゆき   「はい?」

喬之助  「もう一度訊くが、お前さんがおゆきの身体にとり憑いてることで、
      おゆきに害はないのか?」

ゆき   「少し、疲れさせてしまうとは思うわ」

りょう  「清吉さんを想う気持ちに同調しているとはいえ、
      急いだ方がいいのは確かだね」

喬之助  「そうか。それで、お前さんを殺した野郎の居場所がわかってるってことは、
      顔見知り、なんだな?」

ゆき   「ええ。……だからこそ知りたいの。
      どうしてあたしを殺したのか」

りょう  「家は近いのかい?」

ゆき   「もうすぐ、ですね」

喬之助  「……おい。まさか……」

ゆき   「さすが片平の旦那ですね。どこに向かっているのかわかりましたか」

りょう  「どこなんだい喬之助?」

喬之助  「……許婚だった、医者の功庵のところだな」

ゆき   「……はい」



功庵   「これはこれは、片平の旦那じゃありませんか。
      しかもおゆきちゃんと、もう一人綺麗な女性をお連れになって。
      一体どうなさったんです?」

喬之助  「残念ながら、俺は先生のように女をはべらす趣味はねぇんだよ。
      おきぬの事件、目撃者が出てきたもんでな。面通しってやつをしようかと」

功庵   「面通しですって?」

喬之助  「ツラみせりゃわかるだろ。
      ……あの日、おきぬを殺したのは誰なのか」

功庵   「なるほど。この御二人は目撃者、というわけですか」

喬之助  「ま、そうなるな」

功庵   「それで……? 御二人は、わたしを見たと?」

喬之助  「……どうなんだ?」

ゆき   「いいえ。功庵先生では、ありません」

喬之助  「違うのか?!」

なつ   「兄さん、お客様?
      あら、片平の旦那じゃありませんか!
      珍しいですね、雅さんはご一緒じゃないんですか?」

喬之助  「ああ……まぁ、ちょいと野暮用でな」

りょう  「突然ごめんよ、おなつちゃん」

なつ   「ああ、おりょうさんまで。
      今日は皆さんどうなさったんです?」

喬之助  「すまねぇな。
      とりあえず、紹介しよう。
      こちらが医者の功庵先生と、妹のおなつ。
      あー、こっちの口の悪い年増が、俺の行きつけの小料理屋をやってるおりょうで、」

りょう  「一言多い!(喬之助を殴る)」

喬之助  「っづ!!!!
      ……で、こっちが甘味処の看板娘のおゆきさんだ」

なつ   「初めまして。どうぞ、おあがりくださいな。
      今お茶をお淹れしますから!」

ゆき   「(きっぱりと)いいえ、お構いなく。すぐお暇しますから」

りょう  「……もしかして?」

ゆき   「ええ」

喬之助  「間違い、ないんだな?」

ゆき   「間違いありません」

なつ   「何の話です?」

功庵   「ちょ、ちょっと旦那! いくらなんでもそれはあんまりでしょう!」

なつ   「兄さん?」

功庵   「おきぬとおなつは仲良くやっていましたよ。
      実の兄のわたしから見ても、最初から姉妹だったかのように、仲がよかったんです。
      それを、まさか……」

喬之助  「可愛さあまって憎さ百倍とも言うからなぁ。
      本当のところは、当人同士にしかわからねぇもんだ」

なつ   「一体何のお話なんですか?」

ゆき   「貴女が、わた、……おきぬさんを殺しているのを、見ました」

なつ   「っ!?」

ゆき   「間違いなく、貴女です」

なつ   「ええっ!?
      ……あはははは!
      何であたしがおきぬさんを殺さなきゃいけないんです?」

喬之助  「何か引っかかってたんだが、今思い出したぜ。
      昨日話を聞いたとき、お前さん言ったよな?
      『おきぬさんを殺した男、見つかったんですか』って。
      下手人(げしゅにん)が男か女かもわからねぇのに
      どうしてお前さんは、男と言ったんだ?」

なつ   「……え? 嫌だわ、あたしそんなこと言いましたっけ?」

喬之助  「自分に疑いの目が向かねぇように、さりげなく男、と言ったんじゃねぇか?」

なつ   「おきぬさんのような素敵な方を殺すなんて、
      よほど頭のおかしい男じゃないかと思ってましたから、つい口から出たんでしょう。
      それだけで決め付けないでくださいな」

りょう  「それだけって言っても……こうして目撃者がいるからねぇ。
      立派な証拠だと思うけど?」

なつ   「それこそ言いがかりってもんですよ!
      あたしは団子屋には行ったこともないんです。
      面識もないのに、ひと月前にちらっと見た顔を覚えていて、
      今更名乗り出るなんて、怪しすぎると思うんですけど」

喬之助  「ほう……よくおゆきの店が団子屋とわかったな?
      俺は甘味処としか言ってねぇぜ?」

なつ   「っ……!」

功庵   「わ、わたしが!
      団子屋のおゆきちゃんは可愛いといつも話していたから、
      それを覚えていたんじゃないでしょうか」

りょう  「そいつはちょっと苦しい言い訳じゃないかい?」

功庵   「しかし……言葉のあやだけで妹を下手人と決め付けるなんて横暴というものでしょう。
      おなつには、おきぬを殺す動機はないんですよ?」

りょう  「いや……あるね。
      おなつちゃんからは、とてもわかりやすい、嫉妬の気が見えるよ」

功庵   「嫉妬ですって? 何に!?」

喬之助  「……はー、なるほどな。妹とは、盲点だった」

りょう  「業の深い恋をしてしまったんだね……」

功庵   「お二人が何をおっしゃっているのかさっぱりわかりません!」

喬之助  「この期に及んでとぼける気か!」

りょう  「いや……功庵先生は嘘をついていないようだよ。
      秘めていたんだろう、ずっとずっと」

ゆき   「どういうことです?
      おなつさんが功庵先生を……実のお兄さんを、好いていたということなんですか!?」

功庵   「お、おなつが!? まさか! そんなことがあるとお思いですか!?
      おなつ、お前も怒っていいんだよ!!」

なつ   「……ええ、本当。言いがかりもいいとこだわ。いい加減にしてください!」

喬之助  「あくまで白を切るっていうんだな?」

なつ   「だってあたしは、おきぬさんを殺してなんかいませんから!」

ゆき   「嘘つき!」

なつ   「なっ……」

ゆき   「……殺したくせに。
      後ろからいきなり刺してきて、倒れこんだあたしをメッタ刺しにしたくせに。
      大きな月に照らされた貴女は、笑いながらあたしが息絶えるまで刺し続けた。
      あたしは覚えてる。
      どうして、どうして嘘をつくの……」

りょう  「おやめ!!
      抑えるんだよおきぬちゃん、それはおゆきちゃんの身体だ。
      ちゃんとおゆきちゃんを清吉さんのもとへ返すと約束しただろう?!」

なつ   「おきぬ、さん、ですって?
      馬鹿馬鹿しい! 死んだ人間が何を言えるっていうの?!
      そんな小芝居で騙されると思ったら大間違いですからね!!」

功庵   「……いや……わたしはおゆきちゃんをよく知ってる。
      あの子はこんな話し方はしない。芝居とも、思えない。
      ……この話し方は、おきぬそのものだ」

なつ   「兄さんまでやめてよ!!
      どうして!? そんなにあたしを人殺しにしたいの!?
      そんなにあたしが邪魔なの!?」

功庵   「そんなことは言っていないだろう!」

喬之助  「おきぬの仏が発見された時、山吹色の着物が血で真っ赤に染まってたってのは、
      野次馬にも見えただろうし、瓦版にも載ったことだ。
      けど、どこをどう刺した、なんてのは、公にはしてねぇんだ。
      目撃者か、おきぬ自身か、下手人にしかわからねぇ事なんだよ」

なつ   「だから何だっていうの?!
      頭のおかしいその女が言ってることを信じるっていうの!?」

喬之助  「少なくとも、信憑性はあるからな」

なつ   「片平の旦那ともあろう御方が!
      そんな女の言いなりだなんてお笑いだわ!」

喬之助  「そんなに否定するなら、おきぬが殺されたあの晩!
      お前さんはどこで何をしていたんだ!?
      おきぬを殺していない証明をしてみせりゃいいじゃねぇか。
      簡単なことだろう?」

なつ   「……! あの、夜は……兄さんも出かけていたし、
      一人で家にいたから、誰も証明なんてできないわ……!」

功庵   「……いや。お前は……いなかっただろう……」

なつ   「えっ……」

功庵   「……あの日、わたしは茶屋で知り合った娘さんと一緒だったんだが、
      持病があるというので、家に連れてきて薬を処方してあげたんだ。
      その後送るのに出かけたから、行き違いになったのかもしれないけれど……。
      片平の旦那は、わたしのことも調べたようですし、
      おわかりですよね?」

喬之助  「ああ。証言の裏もとれてる。
      功庵先生は、おきぬが殺されたあの日は、
      昼から夜半すぎまでずっとその娘さんと一緒だったってな。
      一度家に戻っているのは知らなかったが……」

功庵   「……おなつ。何故嘘を?」

なつ   「……。また、女……」

功庵   「え?」

なつ   「兄さんは、一体何人女を作ったら気が済むの……?」

功庵   「何人、って……」

なつ   「吉原に通うのも、そこらへんの女に手を出すのも、しょうがないって思ったわ。
      兄さんが何もしなくても、女が兄さんを放っておかないもの。
      どれだけお金を持ち出されても、あたしは穴埋めをしてきたわ!
      兄さんが使いたいだけ使えるように、あたしが工面してきたのよ!!
      どうして気付いてくれないの!?
      兄さんのことを守れるのは、あたししかいないのよ!?」

功庵   「守るって……」

りょう  「……っ!! まさか!!」

喬之助  「おりょう?」

りょう  「あたしとしたことが、こんなことに気付かなかったなんて!!」

喬之助  「どうした?」

りょう  「……今にわかるよ。今にね」

なつ   「おきぬさんなら、兄さんを助けてくれると思ったわ。
      薬種問屋とご縁ができれば、家業も安泰だし、
      兄さんの仕事に理解のあるお嫁さんなら安心だもの。
      何より、しっかりした人だったから、兄さんをちゃんと捕まえててくれるって。
      だからあたしはこの縁談に賛成したし、祝うつもりだったのに!!
      それなのにあの女は! あの女は…っ!! 裏切ったのよ!!!!」

ゆき   「……あたしが、他に好きな人がいる、と言ったからね?」

なつ   「そうよ!!
      おきぬ……あの女があたしを、兄さんを裏切ったから!!
      だから殺してあげたのよ!!!」

功庵   「どういう、ことなんだ……」

なつ   「あの女はねぇ! 殺されて当然なの!
      兄さんと結納まで済ませておいて、他に好きな人がいるって
      このあたしにぬけぬけと言ったのよ!?
      あたしから兄さんを奪っておいて、あの女はッ、ァああああああああああ!!」

功庵   「……っ!? ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

喬之助  「なんだこれはっ……蛇か!?」

りょう  「出たね!
      こいつだよ。この蛇が、全ての元凶さ!!」

ゆき   「どういうこと!?」

りょう  「おなつちゃんの嫉妬心につけこんで、その身の内に巣食い、
      そしておきぬちゃんの命を奪ったことで力を増し、今あたしたちの前に現れたんだよ。
      幽霊なんて生易しいもんじゃない。
      こいつは妖(あやかし)そのものさ!!」

ゆき   「あたしは……この蛇に殺されたってことなの……?」

りょう  「……そうだね。おなつちゃんが必死に押し殺してきた恋心を利用したんだよこいつは」

喬之助  「おきぬはおなつに、清吉を好いてるってことを言ったのか!?」

ゆき   「ええ。確かに、打ち明けました……。
      あたしがいけなかったと思います。
      嫁ぎ先の妹さんに言うべきことじゃなかったわ……」

りょう  「そこでたががはずれたか……」

なつ   『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いいいいいいいいいいいいいいいい!!!
      あたしから兄さんを奪う女はみんなみぃんな殺してやる!!!』

功庵   「う、うわあああああああああああああ!!!」

なつ   『どうして逃げるの……?
      またどこかの女のところへ行くのね?!
      行かせない、もうどこにも行かせない!!!』

功庵   「ぐあっ!!! 離せえええっ!!! うああああああ!!!」

喬之助  「あっ、功庵が蛇に巻きつかれてっ!
      こんの蛇野郎! 離しやがれ!!」

りょう  「おなつちゃん!!」

なつ   『兄さんはあたしのものよ! もう誰にも渡さない!
      渡すもんですかあああああああアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

喬之助  「おい何とかならねぇのか!
      さっきおきぬを正気に戻したろう!? 同じことはできねぇのか!?」

りょう  「何とかするよ!
      喬之助、おきぬちゃん連れて少し離れてな!
      おゆきちゃんの身体に傷でもついたら大変だからね」

喬之助  「……大丈夫なんだな?」

りょう  「あたしを誰だと思ってるんだい!」

喬之助  「へっ……そんじゃ任せたぜ。
      ……おきぬ! ほらこっちに!」

ゆき   「でも!」

喬之助  「いいから言うことをききやがれ!」

りょう  「……さて始めようか」

なつ   『貴女も兄さんを奪うつもり?
      あはははははははははは!!
      させてたまるもんですか!!
      女なんか、女なんか皆死ねェエエエエエエエエエエエ!!!』

りょう  「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……!」

なつ   『お前も殺してやるわ!!!
      じわじわと全身を締め付けて、苦しませて苦しませて……
      そして一気に潰してあげる!!!」

りょう  「……おなつちゃん。
      あんたの気持ち、同じ女としてわからなくはないよ。
      でもね、やっちゃいけないことってのはあるんだ。
      こんな馬鹿な男の為に、あんたの一生を台無しにすることはなかったのに!!」

功庵   「ううう……ああああたたたたた助けてくれえええええええええええええええ」

なつ   『大丈夫よ兄さん。あたしはちゃあんと兄さんを守ってあげる。
      ずっとずっと、何があっても兄さんを守るわ。
      だからずっとずっとあたしと一緒にいればいいの』

功庵   「やめろやめてくれいやだあああああ離せえええええええええ」

りょう  「鬼魔駆逐(きまくちく)急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!!!」

なつ   『ぐああっ!?!!!』

りょう  「おなつちゃんから離れるんだ!
      もう悪さはさせない! 二度とこんな真似はさせないよ!!!」

なつ   『ああああああ、や、やめろおおおおおっ!!』

りょう  「ハァァァァアアアア……!
      滅(めつ)!! 浄(じょう)ー!!!」

なつ   『ぎゃああああああああああああああああ……!!!』

りょう  「……女の涙の代償は高くつくんだよ。覚えときな!」

(間)

雅    「……で、どうなったんです!?」

喬之助  「あ?」

雅    「あ? じゃないですよう旦那ぁ!
      あっしが清吉を介抱している間にぜーんぶ終わっちまったなんてぇ〜……」

喬之助  「うるっせぇな。大の男が情けねぇ声出すな!」

雅    「その後どうなったか、勿体つけてないで教えて下さいよう!」

喬之助  「ああ、おなつは……、その後……」

(回想)

喬之助  「……終わった、か?」

ゆき   「……そのようですね」

功庵   「ひいいいいい助けてくれ助けてくれ助けてくれえええええっ」

りょう  「終わりましたよ。もう大丈夫です」

功庵   「うぁっ!?
      ほ、本当かっ。大丈夫なのか……?!」

なつ   「……ニイサンハアタシノモノ。
      ニイサン……スキ……ニイサン……ドコ……」

功庵   「おなつ……?」

りょう  「妖が心の奥まで入り込みすぎたんだね。
      残念だけど、もうずっと、このままだろう」

功庵   「そんな……おなつ! おなつ……!」

りょう  「喬之助、あんた、上の人にちゃんと説明できるのかい?」

喬之助  「俺をいつまでガキ扱いするつもりなんだ。
      ここから先は俺の仕事だ。ちゃんとやるさ」

りょう  「任せたよ」

喬之助  「ああ」

(回想終わり)

雅    「気がふれちまったんですか……。
      おなつちゃん……元気でいい子だったのに……」

喬之助  「いや、これでよかったのかもしれねぇ。
      おなつは人一人殺しちまってんだ。
      本来なら打ち首、よくて島流しだ。
      けど、妖に操られてたってのと、気がふれちまったってので、
      お奉行様も減刑してくださるだろうからな」

雅    「お奉行様ならきっといいお裁きをしてくださいますよ!
      ……あ、功庵のやつはどうなったんで?」

喬之助  「妹がああなってだいぶこたえたみたいでな。
      養生所(ようじょうしょ)で働くそうだよ。
      せめてもの償い、だそうだが」

雅    「へぇ……。
      まぁ、あんなことがあっちゃ町医者としてやっていけないでしょうからね」

喬之助  「元は腕のいい医者なんだ。
      養生所にとってもありがたいだろう」

雅    「……それでおきぬは?
      おゆきちゃんが戻ってきたってことは、おきぬは成仏したんですよね?」

喬之助  「ああ……」

(回想)

ゆき   「本当に、ご迷惑をおかけしました」

りょう  「迷惑なんかじゃないよ。
      あたしのように力を持った人間は、こういう時の為にいるんだからね」

ゆき   「清吉さんも、おゆきさんも、おなつちゃんも、功庵先生も、
      みんなあたしの我儘で振り回してしまいました……」

りょう  「後悔してもはじまらないさ」

ゆき   「……そう、ですね」

りょう  「心配しないでいい。
      天は、あんたのまっすぐな心根をちゃんと見てるよ。
      さあ、行きな。
      見えてるだろう? 自分の行くべき道が」

ゆき   「はい。皆さん……本当に……ありがとうございました」



(回想終了)

喬之助  「おりょうがちゃあんと成仏させたさ。
      せめておきぬだけでも、浮かばれてよかったよ」

雅    「そうですねぇ」

喬之助  「清吉は大丈夫なのか?」

雅    「沈んではいましたけど、
      やっとおゆきちゃんと一緒になる心積もりができたようなんで、
      きっと大丈夫ですよぅ」

喬之助  「ははっ、そうか、そいつはめでたい」

雅    「あー……可愛い嫁さんかぁ〜。
      羨ましいっ」

喬之助  「清吉並に男をあげてからじゃねぇと、嫁の貰い手はねぇぞ」

雅    「あっしだってやるときはやるんですよぅ?!」

喬之助  「そういうことは手柄のひとつでもたててから言うんだな」

雅    「だっ旦那があっしを置いてけぼりにしなきゃ、
      あっしが蛇を退治して手柄はあっしのもんでしたよ!!」

喬之助  「功庵でさえ腰抜かしてたんだぞ?」

雅    「あんな野郎とあっしを一緒にしねぇでくだせぇ!」

喬之助  「お前があの場にいたら小便ちびってたと思うがなァ」

雅    「どんな化け物でもあっしがばったばったとなぎ倒してやりますよ!」

喬之助  「ほう大きく出たなあ、取り消すなら今のうちだぜ?」

雅    「男・雅! やってやりやすよ!」

喬之助  「ふーん……。
      そこまで言うなら、退治してもらおうじゃねぇか」

雅    「へっ?」

喬之助  「お前のお手並みとくと拝見させてもらうぜ?」

雅    「だ、旦那?」

喬之助  「おりょうがとんでもねぇ化け物長屋があるって言ってたんだ」

雅    「化け物長屋!?」

喬之助  「どんなヤツでもそこに住んだらいつの間にかみぃんな消えちまうらしいんだ。
      夜逃げした形跡もねぇし、殺されたような痕跡もねぇ」

雅    「ちょちょちょ……」

喬之助  「もしその長屋に本当に化け物がいたらよ、
      そいつを退治すりゃあ大手柄だぜ?」

雅    「いや大手柄ってったってそれは流石に!」

喬之助  「今からでもおりょうに聞いて行って来い。俺は待ってるから」

雅    「旦那ぁ! そりゃないですよう!!!」



りょう   惚れた男を想うが故に起きてしまった悲しい事件も
      やっとこさ解決いたしました。
      清吉とおゆきは無事に夫婦(めおと)となり、
      叶わなかった想いを胸に散ってしまった者達の分まで
      幸せになってくれることでしょう。
      花のお江戸でまた面倒ごとが起きた時にゃ、あたしらの出番もあるでしょうが、
      そんな日が来ないことを、ただただ祈るばかりだよ。








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