大江戸捕物帳 〜恋幽霊〜 第一話『散った おなごの恋心』

作:早川ふう / 所要時間 30分 / 比率 3:2

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2014.03.16.


【登場人物紹介】

片平喬之助(かたひら きょうのすけ)
  『町方同心(まちかたどうしん)』として、江戸の見廻りなど、今でいう警察業務にあたっていた。
  雅という『御用聞き(ごようきき)』(岡っ引のこと)を雇っている。他にも雇っている御用聞きは何人かいる。
  職務に関しては一応真面目だが、口が悪いのが玉に瑕。

雅(まさ)
  喬之助に仕える『御用聞き(ごようきき)』。独身。人はいいが、そそっかしい。
  町人でありながら十手を持つ岡っ引である。一人称は「あっし」。

りょう
  喬之助の姉。しかし、事情により離れて育てられた。
  小料理屋を営んでおり、霊感がある為、そういう相談も受けている。
  頼れる姐御といった気性。美人。

きぬ
  薬種問屋(やくしゅどんや)田島屋の娘。
  薬を扱う商いをしているので、医師とも交流があり、
  その縁で、町医者良庵の息子、功庵との縁談が決まっていた。
  しかし、何者かに殺されてしまい、幽霊となって清吉のそばにいるようで……。

清吉(せいきち)
  薬種問屋田島屋の手代。真面目で働き者の青年で、雅とは昔馴染み。
  団子屋のおゆきと結婚の約束をしており、おきぬに迫られてもきっぱりと断った。

なつ
  町医者良庵の娘で、おきぬが結婚するはずだった功庵の妹。
  明るく元気な性格で、おきぬとも仲が良く、祝言(しゅうげん)を楽しみにしていた。


【配役表】

喬之助・・・
雅・・・
清吉・・・
りょう・・・
きぬ・なつ・・・



りょう   花のお江戸と申せども、人々の心までが花のように美しかったわけじゃあございません。
      現代の世からゆうに三百年は昔。
      これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の話でございます。



清吉   「さてと。帳簿もつけ終わったことだし、そろそろ休むか」

きぬ   『清吉さん……』

清吉   「ん? 今何か声がしたような……』

きぬ   『こっちよ、清吉さん。あたしに気付いて……』

清吉   「この声どこから……? いや、それよりこの声……」

きぬ   『清吉さん……!』

清吉   「……っ! お嬢さん!?(きぬの姿を見つけて)
      あ、ぁ、うわああああああああああああ!!!」



雅    「ってなわけなんで、何とかしてやってくだせぇ、片平の旦那!」

喬之助  「ってなわけなんで、なんて言われたってちっともわかんねぇよ!
      お前の話はどうしてそう突拍子もねぇんだ!」

雅    「そう言われましても、あっしは清吉から聞いたまんま旦那に報告してるだけですから、
      突拍子もへったくれもねぇってもんですよ」

喬之助  「お前は、その清吉とやらに相談されたのか?」

雅    「ガキの頃からの付き合いなもんで!」

喬之助  「はぁ……
      お前は人が好いのかお節介なのか、両方なのかはわからんが、
      とんでもなく馬鹿なのはよぅくわかった」

雅    「旦那に褒めていただけると、なんかむずがゆいですよぅ!」

喬之助  「褒め言葉に聞こえている時点で救いようがねぇな。
      まぁ、それは置いておくとして。
      おい雅」

雅    「へぇ!」

喬之助  「いくつか確認したいことがある」

雅    「なんでしょう!」

喬之助  「まずひとつ。ここは番屋だな?」

雅    「その通りで!」

喬之助  「そしてお前は、『御用聞き(ごようきき)』だ。お前の仕事は何だ?」

雅    「そりゃあ、町の治安を守る為、不審者がいねぇか見回りをして、
      何か事件がありゃあ下手人}(げしゅにん)をとっ捕まえて、
      奉行所に突き出すことです!」

喬之助  「うむ。その通りだ。
      じゃあ、ふたつめだ。俺の役職を知っているか」

雅    「もちろん!
      旦那は、『町方同心(まちかたどうしん)』片平喬之助様!!
      あっしら『御用聞き(ごようきき)』を雇ってくださって、いつも感謝しておりやす!」

喬之助  「わかってんなら話は早ぇえ」

雅    「へ?」

喬之助  「(すぅっと息を吸って一息にまくしたてる)
      事件が起きたわけでもねぇのに同心である俺を呼び出し、
      幽霊騒ぎなんて馬鹿げた話をするとは何事だこのすっとこどっこい!!!」

雅    「うわっ……。
      だ、旦那ぁ、そんな怒らなくてもいいじゃねぇですかぁ」

喬之助  「(遮る)いいからとっとと見回りに行きやがれ!」

雅    「清吉を放ってなんておけねぇですよ!!」

喬之助  「大体その清吉とやらが相談に来てるわけじゃねぇじゃねぇか!
      幽霊騒ぎなんざ、どうせ勘違いだろう。
      もしくは、お前がかつがれたかのどちらかだ」

雅    「違いますよ、清吉は真面目ないい奴なんですから!!
      もうすぐ所帯をもつって時に、あっしを騙したり、
      幽霊騒ぎだとか言い出すはずはねぇんです!」

喬之助  「ほう。清吉はもうすぐ所帯をもつのか?」

雅    「へぇ。お相手は団子屋の娘さんで、おゆきって名でして!
      とってもいい子で、そりゃあ似合いの二人なんですよ!」

喬之助  「だとしたら冗談でもこんなこたぁ言わねぇか…」

雅    「でしょう!?
      もし祟られでもしてたら……あっしはそれが心配で!
      だからお願いですよぅ旦那!!」

喬之助  「……よぅし、雅がそこまで言うなら話を聞きに行くか。
      それで、清吉とやらはどこにいるんだ?」

雅    「清吉は、薬種問屋(やくしゅどんや)の田島屋で手代(てだい)をやってるんですよ」
             
喬之助  「何ぃっ田島屋!?
      ってことは、もしかして、清吉が見た幽霊ってのは、
      ひと月前に殺された田島屋の一人娘のおきぬか!?」

雅    「その通りで!」

喬之助  「それを早く言え!!!」

雅    「へ?」

喬之助  「おきぬを殺した下手人(げしゅにん)はまだ挙がってねぇんだ!
      もし幽霊話が嘘だとしても、何か手がかりが掴めるかもしれねぇ!
      ったくお前は肝心なことを最後に話しやがって!!!
      行くぞ雅!」

雅    「ありがとうごぜぇやす旦那!」

喬之助  「阿呆、用件はあくまでも、おきぬ殺しだ。
      幽霊の話はついでだからな!」

雅    「がってん!」



喬之助  「邪魔するよ!」

清吉   「いらっしゃいませ、これは片平の旦那……」

喬之助  「よう清吉、……ずいぶんとやつれているじゃねぇか」

清吉   「おかげさまで忙しくさせていただいておりまして……」

喬之助  「事件からひと月も経つってのに、まだ下手人を挙げられなくてすまねぇな」

清吉   「いえそんな。
      あ、主人に用事でしたら只今呼んで参りますが」

喬之助  「いや、今日はお前さんと話がしたいんだ」

清吉   「わたくしと、ですか?」

雅    「清吉っ」

清吉   「雅? あっ、もしかしてお前、昨晩の話を旦那にお聞かせしたのか!?」

雅    「そりゃあ、親友の一大事だからな」

清吉   「それは申し訳ありません、なにぶん仕事で疲れておりまして。
      きっと見間違いでございましょう。
      片平の旦那のお手を煩わせるようなことでは」

雅    「おい清吉ぃ、あっしがせっかく」

清吉   「このようなことでご足労いただき、申し訳ありません」

喬之助  「……そうか、」

なつ   「こんにちはぁ!」

清吉   「ああ、おなつちゃん」

雅    「おなつちゃんじゃないか、今日も元気だね」

なつ   「ありがとう。
      あら、雅さんとご一緒ってことは、もしかしてそちら片平の旦那様?」

喬之助  「おぅそうだが、お前さんは?」

なつ   「あたしは、なつっていいます。
      父と兄が町医者をしていて、手伝いをしているんですが、
      今日は薬を受け取りに来たんですよ」

雅    「(喬之助に耳打ちする)
      殺されたおきぬの許婚の妹さんです」

喬之助  「なるほど。そいつぁ感心なこったな」

なつ   「それほどでも。
      ああ、旦那と雅さんがこちらに来ているなんて、
      もしかして、おきぬさんの件かしら!?」

清吉   「おなつちゃん!!
      ……今薬を持ってくるから」

なつ   「はぁーい」

喬之助  「……なるほどねぇ。随分と気にしてるじゃねぇか」

雅    「そりゃぁそうですよ」

なつ   「ね、ね! それで、どうなんです?
      おきぬさんを殺した男って見つかったんですか?」

喬之助  「……いや、まだだ。手がかりが少なすぎてさっぱりだ。面目ねぇ」

なつ   「おきぬさん、もう少しでお姉さんになるはずだったのに」

喬之助  「おきぬとは、仲が良かったのかい?」

なつ   「ええとっても!
      まるで最初から姉妹だったみたいに気が合ったんです。
      あたしだっていつかはお嫁に行く日が来ると思うけど、
      せめてその日までは、仲良く一緒に暮らしたかったわ」

雅    「そうだよなぁ……」

なつ   「おきぬさんを殺すなんて許せないわ。
      絶対お縄にしてくださいね!
      あたし、何でも協力しますから!」

雅    「ありがとうよ、おなつちゃん!」

喬之助  「そのうち話を聞きに行くかもしれねぇから、
      よろしく言っておいてくんな」

なつ   「兄と父にですか? わかりました、伝えておきます!」

清吉   「お待たせ、おなつちゃん。
      良庵先生と功庵先生に頼まれていたお薬、こんなにあるんだけど大丈夫かい」

なつ   「大きな風呂敷持ってきましたから。
      お薬ですからそんなに重くありませんし」

清吉   「気をつけて持っていってね。
      あぁ、そうだ、代金なんだけど」

なつ   「え? お代はもう払ってあるって兄が言ってましたけど」

清吉   「おかしいな、今回は後払いの約束だったんだ」

なつ   「あれっそうなんですか?
      すみません、勘違いしてたかな。
      父に言ってすぐ持ってきますね。それでもいいですか?」

清吉   「ああ、明日で大丈夫だよ。こっちはうまく言っておくから。よろしくね」

なつ   「ありがとうございます。じゃあ失礼しまーす!」

雅    「……相変わらず元気な娘さんだなぁ!」

喬之助  「で、清吉」

清吉   「はい?」

喬之助  「忙しいとこすまねぇが、ちっとばかし時間をくれねぇか」

清吉   「え……?」

喬之助  「お前さん、もうすぐ祝言(しゅうげん)を挙げるんだって?」

清吉   「……っ、はい。
      けれど、お嬢さんがあんなことになって、
      とてもそれどころでは……」

雅    「またそんなこと言って! おゆきちゃんが可哀想じゃねぇか!」

喬之助  「……おきぬ殺しに関わることかもしれねぇんだ。
      昨夜の幽霊話とやら、聞かせてもらうぜ」

清吉   「しかしまだ仕事が残っておりますし」

喬之助  「店を閉めた後でいいんだ。
      馴染みの小料理屋があるんだが、そこで一杯やりながら……どうだい?」

清吉   「……わかり、ました」



りょう  「いらっしゃい!
      ……やだよ、喬之助じゃないか。
      あんたが来るとろくなことがありゃしない!」

喬之助  「随分な言い草だな」

りょう  「今日はお連れがいるのかい、珍しいこと」

雅    「ども! 旦那の下で働いておりやす、雅と申します!」

りょう  「あたしはおりょう。見ての通りちっぽけな小料理屋をやってんのさ。
      ゆっくりしていっておくれ」

喬之助  「清吉、別に取って食おうってんじゃねえんだ。
      つったってねぇで、入りな」

清吉   「……お邪魔致します」

りょう  「あら、そちらさんも初めましてだね。
      よかったらご贔屓に」

清吉   「はい」

喬之助  「とりあえず酒と、何か適当に出してくれ」

りょう  「はいよ」

雅    「……旦那も隅に置けねぇや」

喬之助  「何がだ?」

雅    「こんな別嬪さんのやってるお店の常連だなんて」

喬之助  「別嬪!? あれがか!?」

りょう  「喬之助! 聞こえてるからね!
      ……んふふ、雅さんって言ったっけ?
      別嬪だなんて嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
 
雅    「いやいや……」

喬之助  「世辞に決まってるだろう」

りょう  「五月蝿いね! ちょいと浮かれるくらいいいじゃないのさ!」

喬之助  「雅は女と見れば誰でもこうなんだ、本気にするなよ」

りょう  「あらそうなのかい?
      雅さん駄目だよ?
      女ってのはね、自分だけを特別だと思っていてほしいものなんだ。
      あっちにいい顔し、こっちにいい顔し、ってやってちゃあ、
      いーつーかー刺ーさーれーるーよ〜?」

雅    「ひぃぃ!」

りょう  「あはは! 喬之助、あんた面白い子飼ってるんだねぇ!」

喬之助  「冗談はそのくらいにしておいてくれ。
      今日はまだ仕事なんだ」

りょう  「ああ、そうなのかい。悪いことしたね。
      じゃあお二人さん、不肖の弟をどうぞよろしく〜」

雅    「ええっ弟!?」

喬之助  「……訳あって一緒に暮らしちゃいねぇんだが、あれでも一応姉なんだ。
      清吉、すまなかったな騒がして」

清吉   「いいえ、大丈夫です。気が紛れてむしろ助かります」

喬之助  「そいつはよかった」

雅    「姉……弟……。
      いやあ旦那より年上にはとても見えねぇ……」

喬之助  「雅!」

雅    「へいっ、すいやせん!」

喬之助  「でだ。……おきぬの幽霊を見た、ってのは、本当なのか?」

清吉   「……はい」

喬之助  「詳しく話してくれ」

清吉   「……詳しくも何もないんです。
      昨晩、帳簿をつけ終わったら、蝋燭の火が揺らめくのが見えまして。
      そうしたら、どこからともなく声が聞こえました。
      『清吉さん』と。
      そりゃあ、はじめは気のせいだと思いました。空耳か何かだとも。
      ただ、どうしたって自分を呼ぶ声に聞こえるんですよ。
      『こっちよ、清吉さん、あたしに気付いて』って……」

喬之助  「なるほど」

清吉   「それがお嬢さんの声だと気付いて、お嬢さん、と呼んだら
      目の前にぼんやりとお嬢さんの顔が見えて……」

雅    「そ、それで!?」

清吉   「思わず、うわああと叫んでしまったら、お嬢さんの姿は消えてしまいました。
      本当にそれだけなんです。
      幻でも見たか、それとも寝ぼけていたのか……」

喬之助  「そんな幻があるものかねぇ。
      おきぬは町医者の息子の、えーっとなんつったっけか」

雅    「良庵先生の息子の功庵先生ですよ」

喬之助  「そうだそうだ、その功庵っつー医者と祝言間近だったんだろう。
      功庵の妹のおなつともうまくいっていたみたいだし、
      いくら聞き込みしても、
      おきぬは誰かに恨みをもたれるような娘じゃなかったって話ばかりだ」

清吉   「……はい。お嬢さんは、とても素直で、可愛らしい方でした」

雅    「花嫁衣裳着たかっただろうに。
      あんな殺され方されて……」

喬之助  「そこだ。そこなんだよ」

雅    「え?」

喬之助  「毒なら、入手元も多くねぇからそっから辿れる、だが毒じゃあねぇ。
      絞め殺されたってんなら、性質(たち)の悪い輩に絡まれて襲われたって線もある。
      が、おきぬは刺されて殺されてるし、押さえ込まれたり殴られた形跡はねぇんだ」

雅    「そうですねぇ」

喬之助  「心の臓を一突きってんなら、物盗りの犯行とも考えられるが、
      尋常じゃねぇ数の刺し傷があった。
      ありゃあ明らかに、怨恨からくる殺しだろう」

清吉   「……お嬢さんが、恨まれていたと?」

喬之助  「清吉よ、お前さん、何かまだ俺達に話してねぇことがあるんじゃねぇか?」

清吉   「……それ、は……」

雅    「そうなのか清吉! 話してくれよう!
      俺とお前の仲じゃねぇか! 悪いようにはしねぇよ! なっ!?」

喬之助  「どうなんだ清吉!!!」

りょう  「……やだやだ大声あげちゃって」

喬之助  「仕方ねぇだろ、仕事なんだこっちは」

りょう  「下手人の一人も挙げられないで何が仕事だい」

喬之助  「挙げるために仕事してんじゃねぇか!」

雅    「二人とも抑えて抑えて」

りょう  「ちょーっと、お節介してもいいかねぇ、喬之助」

喬之助  「何ぃ……」

りょう  「あー、あんた、清吉さん、っていうんだろう?」

清吉   「は、はい」

りょう  「……いい男だねえ」

清吉   「はぁ?」

りょう  「清吉さん。あんた程のいい男だ。
      女の方から誘ってくる、なぁんてこともあったんじゃないかい?
      女遊びをしたことは?」

清吉   「ありません!!
      わたくしは仕事一筋でここまで来ましたし、
      将来を誓い合った仲の者もおります!
      女遊びなんてそんな……」

りょう  「……だろうね。
      仕事一筋で真面目な働き者。
      将来を約束した女が自分の他にいるなら尚更だ。
      恋に燃え尽きてしまったんだろうねぇ」

喬之助  「おりょう、一体何の話をしてんだ?」

りょう  「清吉さん。
      山吹色の着物で、紅い花のつまみかんざしをつけた、
      若い娘さんに心当たりはないかい?」

清吉   「……お嬢さん!」

喬之助  「……おきぬは、まさにその格好で殺されていたな」

りょう  「おきぬ。そうかい。あんたは、おきぬちゃんって言うのかい」

清吉   「ど、どういうことですか?」

りょう  「いるんだよ、清吉さんのすぐ後ろに。
      あんたをじっと見つめてる。よっぽどあんたが好きなんだねぇ」

雅    「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!
      おりょうさんには、お、おきぬの幽霊がっ、見えてるんですかい!?」

りょう  「まぁね。信じるも信じないもあんた達次第さ」

雅    「そんなことって……」

りょう  「清吉さんの後ろにいる、このおきぬちゃんが殺されてるんなら、
      あたしが何か読み取れることがあるかもしれない。
      そう思って、あたしのところに清吉さんを連れてきたんだろう、喬之助」

喬之助  「……ちっ」

りょう  「素直じゃないねぇ。
      あたしの力を信じようとしないくせに、何かあると頼ってくるんだから。
      しょうがない弟だよホント」

雅    「で、でもよぅ! 清吉にはおゆきちゃんがいるんだ!
      それに、おきぬだって、もうすぐ功庵先生と祝言だっただろう!?
      そんな馬鹿な話があるかってんだ!」

清吉   「……すまん、雅。お前にも黙っていて」

雅    「えっ!? じゃあ……本当に!?」

清吉   「……」

喬之助  「それで、おきぬは何と言ってる?」

りょう  「あたしが今この子から感じるのは、清吉さんへの恋心だけさ」

喬之助  「誰に、どうして殺されたのか、聞き出せねぇのか!?」

りょう  「できないわけじゃないけど、今日は日が悪いんだよ。
      陰と陽の気がうまく交わる日でないと、霊と言葉を交わせないんだ」

喬之助  「おきぬには後々話を聞こう。
      おりょう、やってくれるな?」

りょう  「ま、そういう日になったらね」

喬之助  「じゃあ清吉、……話してもらうぜ?」

清吉   「……お嬢さんは、我々使用人にも心を配ってくださる優しい方でしたから、
      縁談が決まった際も、心よりお祝い申し上げました。
      けれど、お嬢さんは、なぜか、わたくしなどに……」



きぬ   『清吉さん、……相談があるんだけど』

清吉   『お嬢さん? 何でしょうか?』

きぬ   『……もうすぐあたしの祝言だけど。どう、思う?』

清吉   『え……。そりゃあ、おめでたいことだと思っております。
      お医者様に嫁ぐのは大変なことかもしれませんが、
      功庵先生は御気性も柔らかく、お優しそうな方。
      お嬢さんはきっとお幸せに』

きぬ   『(遮る)幸せになんてなれるはずないわ!』

清吉   『え!?』

きぬ   『功庵先生のところになんかいきたくないの!』

清吉   『なっ、どうしたって言うんです!?』

きぬ   『功庵先生は優しいいい人だったわ。
      妹のおなつちゃんも、とてもいい子。
      でも……それでもあたしは、好きな人のところに嫁ぎたい!!』

清吉   『他に好きなお人がいらっしゃるんで……?』

きぬ   『そうよ。だから祝言なんて挙げたくないの!』

清吉   『しかし、もう結納も済み、祝言の日取りも決まっているじゃありませんか。
      今更どうにも……』

きぬ   『だから清吉さん、あたしを連れて逃げて!』

清吉   『ええっ!?』

きぬ   『あたしは清吉さんが好きなの!!
      清吉さんのお嫁さんになりたい……。
      贅沢ができなくったっていい。ただあなたと一緒にいたい!!』

清吉   『そ、それは……できません!』

きぬ   『どうして!? 清吉さんはあたしが嫌い!?』

清吉   『そんなことは……』

きぬ   『それともおとっつぁんを裏切れない!? 世話になったから!?』

清吉   『それもございますが……。
      わたくしには、わたくしには、もう夫婦(めおと)になろうと約束した者がおります。
      ですのでどうか……お許しください!!』

きぬ   『……夫婦に……?
      それは、本当?』

清吉   『本当でございます。清吉がお嬢さんに嘘を申し上げたことがありましたでしょうか』

きぬ   『……ないわね』

清吉   『申し訳ございません。
      お嬢さんのお気持ちは、手代のわたくしには勿体無いものでございます。
      ありがたくこの胸に仕舞いまして、誰にも他言は致しません。
      どうか、どうか、功庵先生とお幸せになってくださいませ』



りょう  「なるほどねぇ。そんなことがあったのかい」

雅    「清吉、それはいつの話なんだ?」

清吉   「お嬢さんが殺された日の、夕刻でした」

喬之助  「……そのあと、おきぬは何者かに……。
      清吉、ありがとうよ。
      雅、明日もういっぺん、おきぬの身辺洗うぞ!」

雅    「わかりやした!!」



りょう   花のお江戸で散りゆくものが、おなごの命とは悲しいことじゃありませんか。
      恋に破れた上に殺されちまって、成仏できずに彷徨っているとは。
      おきぬを救うことができるかは、こいつらの働き次第。
      どうか皆様も見守ってやってくださいましよ。
      それでは次回をお楽しみに。







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