【登場人物】
男
20代後半の会社員。
女
20代後半、カフェ勤務のバリスタ。
【配役表】
男・・・
女・・・
(営業終了後のカフェ。照明も薄暗いなか、カウンターで作業する女。
CLOSEの札のかかったドアをあけ、男が入ってくる)
男 「よう」
女 「おう」
男 「お前、お疲れさんくらい言えんのか」
女 「お疲れさんって、ウチまだ仕事中やねんけど。
あんたの方こそ、仕事してるウチ見てお疲れ様くらい言うてもええんちゃうん?」
男 「ほー、それはどーもオツカレサマー」
女 「うわ何その言い方、全然心こもってへんやん!
あーあ、ほんまに今日は疲れてんねんけどなぁ」
男 「なんや、今日忙しかったんか」
女 「そ。さっき雨降ったやろ?
閉店間際に雨宿りのお客さんでいっぱいになってめっちゃ忙しかってんで?
閉店時間なってもお客さん帰ってくれへんし」
男 「そら大変やったな、お疲れさん」
女 「ん、ありがとう。まぁ嬉しい悲鳴やからええねんけど」
男 「そーか」
女 「ほら、そんなとこぼーっと立ってんと、ここ座りぃ」
男 「おう」(カウンター席に座る)
女 「……で、今日は何かあったん? 疲れた顔やな」
男 「今日ってわけやないけど最近忙しかってなぁ、
まぁひと段落着いたからええねんけど」
女 「そういや接待続く言うてたもんなぁ」
男 「まあ、おかげで仕事一つ取れたから、良しとするわ」
女 「ふーん、それやったらええんやけど」
男 「……なぁ」
女 「んー?」
男 「バリスタ、って……ええよな」
女 「ちょ、急になんなん?」
男 「いや何かかっこええなぁ思て」
女 「あー、名前の響きがやろ?」
男 「そうそう、城でも攻め落とせそうやん」
女 「そやねん! 大阪城なんか一発や、ってなんでやねん!
ボケがマイナーすぎるわ、ゲームのやりすぎ!」
男 「ノってるんやからええやろが。
まぁそれはおいといて、仕事としてもかっこええと思うで」
女 「ありがとう。
褒めてもなぁんも出ぇへんけどな」
男 「んなもんハナから期待しとらんわ」
女 「へー、そうなんや」
男 「なんや、期待してほしかったんかぁ?」
女 「ちゃうわ!」
男 「ふふん。
……そやけど、お前なんでこの仕事しようと思ったん?」
女 「前言うたやん」
男 「え、そうやった?」
女 「そやで。
知り合うたとき、『なんでそんなにバイトするん?』って訊いてきたやん」
男 「覚えてへんわ、どんだけ前の話しとるねん」
女 「んー、ざっと10年ぐらい前ちゃう?」
男 「聞いたような気もするけど忘れたわ」
女 「うっわ、もうボケ始まったん?」
男 「そうそう。
今日も朝、スーツに着替えたつもりやってんけど……パジャマのままやってん」
女 「ただのアホやん」
男 「うるさいわ」
女 「その調子やったら、ウチがどこでバイトしてたかも忘れてるんちゃう?」
男 「覚えてるわ!
駅前のオープンカフェやろ?
お前に似合わんおしゃれなとこやったな」
女 「一言多いねん!」
男 「駅前開発でなくなってもうたけどな」
女 「……そやなぁ。
あの頃とはいろんなもんが変わってしもたわ」
男 「しっかしお前、頑張ってたんやなぁ」
女 「なにが」
男 「コーヒーコーディネーターやったっけ?
勉強して資格も取ってたやろ」
女 「ぼけてきたくせに、そういうとこは覚えてんねんな〜」
男 「それはもうええっちゅーねん。
そやけど、学校卒業してこの店就職して。
その道目指してえらい努力してきたやん」
女 「今日なんでそんな褒めるん!?」
男 「別にええやん、ほんまのことやし」
女 「あんたに褒められると気色悪いわ」
男 「……で、なんでこの仕事しようと思ったん?」
女 「小っちゃい頃からの夢やってん」
男 「そんだけ?」
女 「そやで」
男 「いいや、ちゃう。確かなんかあったやろ理由!」
女 「……おとんとの思い出があるからやけどな」
男 「ぁー……、すまん……」
女 「ええよ。
そういや、あんまり詳しく言うたことなかったっけ」
男 「そやな」
女 「……昔な、家族で旅行行ったときに喫茶店入ってん。
そんでな、そん時おとんが注文したカプチーノにめっちゃ可愛いウサギが描いてあってん。
ウチ、ほんまはしゃいでもうてな、
『ウサギさん飲んだらアカン!』って、おとんを困らせてしもてな。
そんときの旅行先がどこやったかは忘れてもうてんけど、
カプチーノのことだけは鮮明にずっと覚えとって……。
小学校の卒業文集の将来の夢、"カプチーノに絵を描く人"って書いてんよ。
ウチも誰かの記憶に残る一杯を淹れる人になりたい…
そう思てずっと働いてんねん」
男 「ふーん……なるほどな、そやったんか」
女 「ほら、真面目な理由やろ?」
男 「確かに真面目やな。
……けど、お前も小さい頃は可愛らしかってんなぁ」
女 「今もじゅうぶんかわええやろ?」
男 「どこがやねん」
女 「あんた……どこに目ぇつけてんの」
男 「えっわからん!? ここに2つ、つぶらな瞳がついてるやろ!?」
女 「つぶらすぎてわからへんから、このトングでしっかり開いたるわ」
男 「わっ、ちょっ、待てやお前!
はぁ……なにすんねん」
女 「……そんな気ぃつかわんでええよ」
男 「え?」
女 「わかってんねんで。
いらんこと訊いた思て、空気変える為に茶化してくれたんやろ?」
男 「そんなことあらへん」
女 「顔に図星って書いてんで?」
男 「うるさいわボケ」
女 「……ほんまに気にせんでええんよ」
男 「うん」
女 「……」
男 「……」
女 「……」
男 「……少なくとも、俺ん中にはしっかり残ってるで、お前の味」
女 「ぷっ……あっはははははは!!!!
(笑いながら)そやから気ぃつかわんでええって言うてるやろ?」
男 「つこてへんわ」
女 「ウチのこと真面目や言うけど、あんたの方こそ生真面目やんな」
男 「そーかぁ?」
女 「それに、ウチの味を覚えてても当然ちゃう?」
男 「あ?」
女 「毎週ウチのオリジナルメニューの試作品、こうやって飲んでるわけやし」
男 「そういう意味で言うたんちゃうけどな」
女 「やったらどーゆー意味なんよ」
男 「……」
女 「まさか、ウチの淹れるコーヒーに飽きたから、
もう飲みたない思てそんなん言うてるんちゃうやろな?」
男 「んなことないわ」
女 「それやったら、ええけど……」
男 「で、今日はどんなコーヒー淹れてくれるん?
先週新しいブレンド試したい言うてたやろ?」
女 「そやで、今回のは、ちょーっと自信あんねん」
男 「へー楽しみやな」
女 「まぁもうちょっとしたらかたし終わるから、
それまで待っとって」
男 「おぅ、待っとくわ。
……そう言うたらもうすぐやんな?
なんやったっけ、大会ある言うてたやろ?
あの、あれや、ジャパンー……バリスター……」
女 「ジャパンバリスt」
男 「(被せて)ここまで来てんねんここまで!
ジャパン・バリスタ……なんちゃらシップーーー!!!!」
女 「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップや!」
男 「おーう、それそれ!」
女 「んー、今年はまだ挑戦せぇへんよ」
男 「え、そうなん!?
今日のは自信作ちゃうんか?」
女 「美味しい一杯を淹れることは大前提やけど、それだけやったらあかんねん。
プロのサービスができてこそ、その味が活きるってもんやろ?」
男 「そやなぁ」
女 「サービスに関してはまだまだ勉強したいこともあるし。
プレゼンテーションできるだけの余裕もまだウチにはないからな。
来年かその次か……もうちょい余裕が出来たら、上に頼んで挑戦してみるつもり」
男 「そやったら何でこんな毎週試作品作ってんの?
大会ってこんな早よから準備するもんなん?」
女 「……迷惑やった?」
男 「いやそんなことあらへんけど」
女 「ウチそんな不味いモン出した覚えないけどなぁ〜」
男 「そんなん言うてへんやん!」
女 「それやったら、毎週タダで飲めるんやからありがたく思いや」
男 「ほんまありがたいわ。
仕事帰りの夜にコーヒー飲ませてもろて、
週に一回は寝不足なるからな!」
女 「っ、…………うん、」
男 「……」
女 「……」
男 「……」
女 「……」
男 「ちょ、なんか言えやぁ」
女 「(無視)んー、そやなぁ、今日はオリジナルやめて、基本に戻ろかな」
男 「無視すんなっちゅーねん!!」
女 「(溜め息)」(コーヒーを淹れはじめる)
男 「何やねんその溜め息」
女 「(黙々と作業)」
男 「……おい」
女 「(黙々と作業……)」
男 「……」(カウンターを人差し指でトントンしながらいらいら)
女 「(黙々と作業……)」
男 「あーもぉお!!
言いたいことあるんやったら言うたらええやろ!?!?!?」
(女 コーヒーを男の前に出す)
女 「……お待たせいたしました」
男 「っ! お、おぉ……?」
女 「どうぞお召し上がりください」
男 「……あ、あのー、」
女 「どうされましたか、お客様」
男 「これ、なんやねん?」
女 「カプチーノですが」
男 「んなもん見たらわかるわ!
こ、このハートマークはなんやっちゅーてんねん!」
女 「……ハートマークの意味くらいわかるやろ?」
男 「えっ、えっ、えぇえええっ!?」
女 「はっ、あんた、ほんまにアホやな」
男 「うるさいわ!」
女 「どうぞ、冷めないうちにお召し上がり下さい」
男 「……おう……、(一口飲む)」
女 「……お味はいかがですか?」
男 「……美味いで、今まで飲んだ中で、一番」
女 「……ありがと」
(照れくさそうに笑う二人)