クランベリー・バックヤード

作:早川ふう / 所要時間35分 / 2:2

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2021.10.16


【登場人物紹介】

松本颯太(まつもと そうた)
レストランのマネージャー。正社員。(正社員は店長と松本の二人体制。)勤続2年半。25歳。
仕事はそこそこでき、主婦のベテランパートさん達に可愛がられている。彩夏と付き合っている。

高橋大智(たかはし だいち)
レストランのバイト。ランクはトレーナー。勤続5年半。21歳。
厨房ではベテラン。親しみやすい。愛すべき馬鹿。優衣と付き合っている。

小林彩夏(こばやし あやか)
レストランのバイト。ランクはマネージャー。勤続5年半。21歳。
社員業務も任されている。基本はホール。裏表のないさばさばした姐御肌。颯太と付き合っている。

内田優衣(うちだ ゆい)
レストランのバイト。ランクはA。勤続2年半。20歳。
ホールの仕事は一通りできる。女の子らしい。大智と付き合っている。



【配役表】

松本颯太・・・
高橋大智・・・
小林彩夏・・・
内田優衣・・・



(レストランの従業員休憩室。
 颯太が休憩中。優衣がクレーム対応の報告にやってくる。
 彩夏は退勤していたが、一緒に話を聞いている)

内田 「本当にすみませんでした!」

松本 「状況はわかった。クレームが起きてしまったことは仕方がない。
    店として今後どうしていくかっていうのをちゃんと考えていこう」

小林 「優衣ちゃんは、お客様へのフォローもそうだけど
    野口さんへのフォローもすぐ入れて、いい対応だったと思うよ」

内田 「いえ……本当は泣いてしまう前に行けたらよかったですし、
    もっと言うなら、バッシングが完了してないことに気付くべきでした」

小林 「メニューの裏に隠すようにストローのごみがあるなんて……
    たとえ私がホールにいたとしても気付けたかどうかわからないよ」

松本 「でも野口は入ったばかりだし、
    焦ってバッシングして、メニューの裏までチェックしなかったってのは、
    見ててやれば、防げたことだからな」

小林 「それはそうだけどさ……」

内田 「あたしが至らなかったので、いいんです小林さん」

小林 「優衣ちゃん……」

内田 「その時間帯の責任者はあたしでしたし、
    あたしがちゃんと目を配れていなかったせいなので」

松本 「今後はメニューを整える時にゴミがないか、皆で気を付けていこう」

小林 「トレーニングの時にも一言添えるようにします。
    今いる人たちへは……連絡ノートですかね」

松本 「そうしよう、ノート頼んでいいか」

小林 「わかりました」

松本 「内田はあまり気にしないように」

内田 「はい、すみません」

(大智、休憩室に入ってくる)

高橋 「お疲れさまです、今大丈夫ですか」

内田 「大智くん、お疲れさま」

高橋 「うん、そっちもお疲れ」

小林 「うーん、いいタイミングで入ってきたじゃない。ナイス甘酸っぱーい」

内田 「もー、からかわないでくださいよー」

小林 「ふふふ」

松本 「小林は発言がいちいちオヤジくさいんだよなあ」

小林 「嘘っ! ショック……」

高橋 「えっと、マネージャー」

松本 「俺? あ、発注わからないところあったか?」

高橋 「いえ。終わったので一応チェックしてもらいたくて」

松本 「おう、……えーっと……、うん、いいと思う。
    祝日のこと考えて数も設定できてるし、パーフェクト」

高橋 「ありがとうございます」

小林 「私、発注苦手だから、できる人増えてくれると助かるよ。
    大智もやればできる子だよねえ」

高橋 「おい馬鹿にしてないかそれ」

小林 「気のせい気のせい」

松本 「しょうがない、小林のランクを下げよう」

小林 「あーっ、パワハラ反対!」

松本 「はっはっは」

内田 「うわー、甘い空気ー」

小林 「え? どこが?」

内田 「だってマネージャーがそういうからかい方するの、小林さんにだけですしー」

高橋 「確かに。結構にやにやするよな」

小林 「ぐぬぬ……そうなのかなあ……」

松本 「高橋、このまま発注入力していいよ」

高橋 「了解っす」

松本 「じゃあパソコンよろしく」

高橋 「はい。何かついでに発注するものありますか?」

小林 「レジロール紙(し)、入れておいて」

内田 「あっ、つまようじも!」

高橋 「へーい」

松本 「……高橋もこの分なら次の査定でランク上げられそうだな」

内田 「すごーい!」

松本 「何言ってんだ。内田も次で昇格だって話、してあっただろう」

内田 「え? でもあたし今日……」

小林 「社員がこう言ってるんだからいいんだよっ」

松本 「今日の対応は、評価としてはプラスに見てる。
    野口のトレーニングも、小林と二人でしっかりできていたし、
    安心してトレーナーを任せられると思ってるんだ」

内田 「ありがとうございますー」

高橋 「よかったな」

内田 「うんっ」

松本 「順調に人が育つってのはいいもんだなあ。
    まぁ、学生は期間限定なのが痛いところだけど」

小林 「今は結構順調ですもんね。どの時間帯も責任者いるし、頭数もいるし」

松本 「ああ、ありがたいことだ」

小林 「来年、私達卒業組が抜けた後のことは考えたくないけどね」

高橋 「ははは……」

内田 「考えたくないのは、クレーム対応ですよー。
    マニュアル通りになんていかないし……ほんときつかったです!」

小林 「わかる。クレームってすごく胃にくるよね」

高橋 「客がキレてる時って、何であんな怖いんだろうなあ」

松本 「お客様からすればサービスへの期待ってのがあるからなあ。
    裏切られた時のがっかりした気持ちが、怒りに変わってしまうんだよ」

内田 「でもー、ファミレスに高級店並みのサービス期待してる人はどうかと思いますー」

高橋 「それな」

松本 「うーん、難しいところだなあ」

小林 「クレームはまだこっちに非がある場合が多いから、
    申し訳ありません、って気持ちで対応できるけどさ、
    それこそ、さっきの場合で言うと、
    ストローのごみを隠した、前の客の神経どうなのって話だよ!」

高橋 「意味不明だよな、どういうつもりで隠してるんだ?」

内田 「あたしちょっと思ったのは、
    ペーパーとかを三角POPの中に詰めて遊んでる子供と同じなのかなーって」

高橋 「あー、たまに卓上のペーパー全部だめにされたりとかあるよなー!
    30円払ってくれマジで!」

小林 「私さ、スープ系のお皿とかで、少しだけ残ってる中にゴミまとめられるの
    地味に嫌いなんだよね。
    捨てる時手汚れるし、その都度手洗いしなきゃいけなくなるし。
    まとめてくれるのはありがたいんだけどさあ……」

内田 「あー、薬飲んだ後のゴミとか一緒にされてると分別がーってイラってきます!」

小林 「わかるーー!」

高橋 「俺そんなにホール入るわけじゃないじゃん?
    それでも思う時あるんだけどさ」

内田 「なになに?」

高橋 「客が食い終わったあとのテーブルで、マジで殺意湧く時ないか?」

内田 「あー……」

小林 「すっごい食べ散らかしてるテーブルは……一瞬時が止まる」

内田 「わかります」

高橋 「ああいう客って何なんだろうな、家でもそうやって食ってるとしたらやばくね?」

内田 「お母さん大変だろうなー。
    食器をシンクに運ぶこと前提にしてない散らかし方っていうかー」

小林 「うんうん、育ちがわかるっていうか、
    それこそお里が知れるってこういうことだよねって思うわ」

高橋 「何だよそのお里が知れるって」

小林 「えー言わない?」

内田 「使いませんよ、そんな言葉ー」

小林 「おっかしいなー」

松本 「小林!!!」

小林 「っ……」

松本 「言いすぎだぞ。そのへんにしておけ」

小林 「す、すみません」

高橋 「待ってよマネージャー。何で小林だけ怒るんですか」

内田 「そうですよ、確かにちょっと盛り上がりすぎたかもしれませんけど」

松本 「……外でタバコ吸ってくる」

(颯太、店外へ。少し荒く扉の閉まる音が響く)

高橋 「……何だよあれ」

内田 「ちょっとおかしかったですよねー」

小林 「うん、でも、私も悪ノリしすぎたし」

高橋 「あれくらい悪ノリでもないだろ」

内田 「クレームのあとで、嫌なお客さんの話で盛り上がるって、
    そういう不謹慎を怒られるとしたら、当事者のあたしだと思うんです。
    でも、明らかに小林さんに怒ってましたよねー」

高橋 「そこが納得いかねえよな。
    俺は仕事中だから喋ってたことを怒られたとしてもしょうがないけど、
    小林はあがったあとじゃねぇか」

内田 「あがったあとに、あたしのクレームの話に付き合ってくれてたのに、
    あんな言い方ないですよねー」

小林 「うん……」

高橋 「小林、大丈夫か?」

小林 「だいじょぶ、どうってことないよ」

内田 「強いんですね」

高橋 「こいつの強さは俺でもかなわない」

小林 「うるさいよ馬鹿」

高橋 「……っと、そろそろ俺キッチン戻るわ。
    発注行くって言ってきてるから、あんまり遅いと恨まれる」

内田 「うん、いってらっしゃい」

小林 「ありがとねー」

(大智、休憩室を出ていく)

内田 「……小林さん、やっぱ凹んでますよね」

小林 「ははは、まぁ、うん……。
    マネージャーたぶん、怒ってたからほんとに」

内田 「えー怒るとあんな感じなんだー」

小林 「わかるんだよ。
    私があそこであんなふうにノっちゃいけなかったんだろうなって。
    たぶん、私のランクがマネージャーだから」

内田 「バイトマネージャーだと、
    仕事終わった後の雑談にも気をつけなきゃいけないんですか?
    社員が口出してくるのが普通なんですか?
    だったらあたし、ランクなんか上がりたくないですー」

小林 「まぁそう言わずに。
    私が相応しくない発言したのが悪かったんだから、たぶん。
    でも、うーん。
    あんなに怒られるようなことなのかなって、ちょっともやっとするよね」

内田 「マネージャーは元から社員だから、小林さんの苦労がわからないんですよ」

小林 「え?」

内田 「あたし思うんですけど、小林さんって、めっちゃ中間管理職じゃないですか?」

小林 「中間管理職?」

内田 「社員としての姿勢でいなきゃいけないけど、
    バイトの気持ちもわかってなきゃいけない、板挟みっていうか」

小林 「あー、うーん、どうだろ。あんまり意識したことなかったけど」

内田 「さっきのって、小林さんがあたしの味方をしてくれただけじゃないですか。
    クレームあって、ちょっと嫌な空気になったから、
    気を遣って、話を盛り上げてくれたっていうか」

小林 「そんな大層なもんじゃないけど」

内田 「それなのに、あれだけ怒るとか、
    小林さんの気遣いを評価もしなければ察することもしないなんて
    マネージャーにはちょっとがっかりしました」

小林 「でも、さっき優衣ちゃんも言ってたけど、
    マネージャーおかしかったよね。
    らしくなかったよ。何かあったのかもしれない」

内田 「そこでマネージャーの心配をしちゃうあたり、ほんと小林さんなんですよ」

小林 「ほんと私ってどういうこと」

内田 「優しいってことですー」

小林 「はは、ありがと。
    まぁほら、一応彼氏だから。一応、ね」

内田 「あたしも、あとで大智くんの機嫌とっとかないと」

小林 「あはは。怒ってくれたのありがたかったよ、よろしく言っておいて」

内田 「わかりました。
    大智くん、正義感強いですからね、すーぐ熱くなっちゃうから困りますー」

小林 「でもそういうところが好きなんでしょ?」

内田 「まぁ、はい」

小林 「素敵ー。
    二人がうまくいってるようで何よりです、ごちそうさまっ」

内田 「あ……もしかして、また喧嘩してました?」

小林 「んーん、喧嘩なんてしてないよ。
    だから、余計さっきのにびっくりしてるの」

内田 「何かあったんですかねぇ……」

小林 「わからないけど……まぁ、あとで話してみる」

内田 「もし何かあたしでも力になれるようなことがあれば声かけてください」

小林 「うん、ありがとう優衣ちゃん」

内田 「いえいえ。あ、大智くんのことも、使ってくれて構わないので!
    マネージャー殴る時とかっ、いつでも貸し出しますよー」

小林 「あはは! 殴らないよっそんな喧嘩しないから!」

内田 「わからないじゃないですかー。今回は殴るかもしれないですよ」

小林 「そうだね、じゃあその時は頼むわ」

内田 「はいっ」

(間)
(外。店の裏で煙草を吸っている颯太のところに大智がやってくる)

松本 「……さすがに……近いうちに話さないとだな……」

高橋 「マネージャー」

松本 「高橋か。……あいつらは?」

高橋 「帰りました」

松本 「そうか。で、どうした」

高橋 「佐野が仕込み全部終わったんで、少し早いですけど先にあげちゃいました。
    今、新規もいないんでキッチンは芳川に任せてます」

松本 「おう、わかった」

高橋 「芳川が掃除やってくれてるんで、俺は他に何かやることないかと思って」

松本 「んー、今は特に、ないかもしれないな」

高橋 「……じゃあちょっと、さっきのこと、話してもいいっすか?」

松本 「さっきのことって?」

高橋 「お里が知れるってそんなにマズい発言でしたか?」

松本 「……」

高橋 「俺や内田を怒るならわかるんですけど、
    空気悪くしても、小林に言う意味があったとは思えないんすよ」

松本 「小林は、マネージャーだからな」

高橋 「でもバイトですよ」

松本 「バイトとか社員とか関係ないだろうこの仕事は」

高橋 「客にとってそれが関係ないのはわかります。俺もそのつもりで働いてますよ。
    でも、本当に関係ないんなら、社員と同じ給料要求していいってことになりますよね」

松本 「極論だろそれは」

高橋 「でもマネージャーが言ったのはそういうことです。
    そのランクならわかっていなきゃいけないこと、って言うなら、
    俺のことも怒るべきですよね。
    俺にもわかるように、怒ってください」

松本 「……いや。……言い方がまずかったのは認めるよ。悪かった」

高橋 「それは俺に言うことじゃないと思います」

松本 「わかってる。
    ……こういうしっかり意見を言えるところが、高橋の強みだよな。
    小林と高橋のツートップで、しっかり下を育てていってくれ」

高橋 「え?」

松本 「店を頼むよ」

高橋 「もしかして、異動が決まったんですか?」

松本 「ああ。もともと、小林と付き合ってすぐ、話は出てたんだ。
    店長の耳に入った時点で、エリアマネージャーにも伝わるしな」

高橋 「そう、なんですか」

松本 「社員はバイトと恋愛禁止、一応ルールだからな、覚悟してた」

高橋 「……小林は、知ってるんですか」

松本 「まだ言ってない」

高橋 「だから急にもう一段上に、って俺らを育て始めたり、
    もしかして、小林に厳しくなったのも……?」

松本 「そういうことだ。残せるものは残していきたいからな」

高橋 「……異動先、どこなんですか」

松本 「まだ正式じゃないが、都内で調整中とは聞いてる」

高橋 「じゃあ尚更、早く話した方が」

松本 「わかってるよ。わかってるけど、なあ……」

高橋 「何か、あるんですか」

松本 「都内なら、まぁ場所にもよるけど、たぶん引っ越すだろうから」

高橋 「そうだとしても、遠距離ってほど離れるわけでもないし……」

松本 「まぁな。でも一般論として、距離ができると、続けていくのは難しいだろう」

高橋 「そうですかね……」

松本 「俺はお前たちと、そう精神年齢は変わらないつもりだけど、
    環境はやっぱり違うだろう?
    大学生ってのは、楽しい時期じゃないか。
    俺は社会人で、これから距離もできるんじゃ、
    寂しい時にそばにいてやれなくなることも増える」

高橋 「小林なら大丈夫ですよ」

松本 「大丈夫そうなイメージはあるけどな、あいつだって21歳の普通の女の子だ」

高橋 「まぁ、確かに……」

松本 「同じ学生で、距離や年齢が近い相手は、あいつのそばにたくさんいるんだ。
    俺じゃない方が、いいかもしれないだろ」

高橋 「すみません、先に謝っときますね。
    マネージャー馬鹿なんですか?」

松本 「え?」

高橋 「だって、社員がバイトと付き合えばどうなるかなんて、
    わかってたことなんですよね?
    すぐ手放せるくらいの気持ちで小林に手を出したんですか?」

松本 「そういうわけじゃない!」

高橋 「だったら悩む必要ないでしょう!?
    マネージャーは、小林の気持ちも疑ってるんですか?」

松本 「……情けないけど、自信がないんだ」

高橋 「小林は、ちゃんとマネージャーのこと好きだと思いますけど」

松本 「たとえ好きでも、どうにもならない時だってあるからな」

高橋 「……よく、わかりません」

松本 「そうか、いや、もしかしたら俺も、よくわかってないのかもしれない」

高橋 「でもマネージャー」

松本 「ん?」

高橋 「小林なら、絶対大丈夫ですよ。
    だから話してやってください」

松本 「……ああ。ありがとな」

高橋 「俺、キッチン戻ります。
    仕込み終わってるんで、マネージャーもう少しゆっくりしてていいですよ」

松本 「っていっても、もう吸い終わるぞ」

高橋 「……携帯、持ってないですか?」

松本 「え? あるけど……今電話しろって?」

高橋 「そのくらいの時間はありますよ」

内田 「今ならタイミングばっちりだと思いまーす」

高橋 「あれ、優衣」

松本 「内田、帰ったんじゃなかったのか?」

内田 「忘れ物に気付いて戻ってきたんですー。
    そしたら、二人がいたからー」

高橋 「小林は大丈夫だったか?」

内田 「うん、たぶんねー」

高橋 「そっか、よかった」

内田 「今なら小林さん帰ってる途中ですし、電話できると思いますよ」

松本 「……ありがとう、かけてみるよ。
    高橋、悪いけど、キッチン頼むな」

高橋 「了解っす」

内田 「あ、戻るならあたしも行くー。シャツ持って帰らないと」

高橋 「何だよ、シャツ忘れたのか」

内田 「うん、袋には入れたんだけど、袋ごと忘れちゃったの」

(間)
(大智と優衣、休憩室へ)

内田 「シャツあったー」

高橋 「ああ、それか」

内田 「うん。…………ねぇ大智くん、ちょっとだけいい?」

高橋 「ん、どうした?」

内田 「大智くんて、結構、んーん、かなり、面倒見いいよね」

高橋 「そうかあ?」

内田 「そういう優しい大智くんのこと、好きだけどさ、
    たまには、あたしにもかまってよって思っちゃうんだ」

高橋 「寂しいとかそういうこと?」

内田 「んーそうじゃなくて、他の人のことで一生懸命になってる大智くん見るの、
    好きだけど、嫌いなの」

高橋 「……あ、拗ねてる?」

内田 「駄目?」

高橋 「駄目じゃないよ」

内田 「みんなの大智くんになっちゃうの嫌だなって思うんだもん」

高橋 「みんなのって何だよ。俺は優衣の彼氏だろ」

内田 「もっとあたしだけの特別感が欲しいの。……わがままかな?」

高橋 「いいんじゃない。そういうわがままは大歓迎」

内田 「でもあたしね、ほんとはすごくわがままなんだよ」

高橋 「え、そんな感じ全然しないけど」

内田 「普段は、嫌われたくないから、すごく我慢してる」

高橋 「別にわがままくらい我慢しなくていいよ」

内田 「あたし、すぐ不安にもなっちゃうんだよ」

高橋 「全部俺に言っていいよ。我慢される方が心配だ」

内田 「うん。ありがと。
    ……ねえ、今度どっか遊びに行きたいな」

高橋 「いいよ。休み合わせて行こう」

内田 「約束だよ」

高橋 「ああ」

内田 「ありがと、仕事頑張ってね」

高橋 「おう。そっちも気を付けて帰れよ。仕事終わったらLINEするから」

内田 「うん、わかった。じゃあね」

(間)
(外、彩夏帰宅途中)

小林  あんなことのあとは、やっぱり気分が沈む。
    何か甘いものでも買って帰ろうかなあ……あれ、着信……

小林 「もしもし?」

松本 『彩夏?』

小林 「どうしたの? 休憩じゃないよね?」

松本 『今落ち着いてるって高橋が言うからさ』

小林 「だからって勤務中に電話していいのー?」

松本 『半分は仕事の電話だから見逃して』

小林 「仕事の話? 何?」

松本 『……さっきのこと、謝りたくて』

小林 「え……でも、私が悪ノリしたのがいけなかったんだよね?」

松本 『いや、俺の言い方がよくなかった、悪かったよ』

小林 「……うん」

松本 『……あのさ』

小林 「うん?」

松本 『…………』

小林 「あれ、もしもーし、あれ、繋がってる? 颯太ー?」

松本 『ごめん、大丈夫、切れてないよ』

小林 「どうしたの、何か、言いづらいこと?」

松本 『いや、そういうわけじゃない、けど。
    ……俺、近いうちに異動になるみたいなんだ』

小林 「え……、……そっか、やっぱそうなっちゃったかぁ」

松本 『もう店で会えなくなるんだな』

小林 「そうだね、ちょっと寂しくなるよね」

松本 『ちょっとだけなの?』

小林 「意地悪」

松本 『まぁ、だから、さ』

小林 「うん」

松本 『これからのこと、話しておきたいって思ったんだ。
    俺たちの今後っていうか、未来について、
    俺はちゃんと考えてるってこと、伝えておきたいから』

小林 「未来、って……」

松本 『顔見て言いたいから、仕事終わったら会いに行くよ。
    遅い時間に申し訳ないけど、出てこれる?』

小林 「思わせぶりな言い方して、何話すつもり?」

松本 『直接言わせろよ』

小林 「……わかった、待ってる」

松本 『彩夏』

小林 「なぁに?」

松本 『いや、……じゃあ、また夜にな』

小林 「うん、仕事頑張ってね」

松本 『ありがとう』

(間)
(数日後、休憩室にて)

内田 「……それで!? どうなったんですか!?」

小林 「優衣ちゃんっ近い近いっ」

内田 「何ですか未来の話って!! まさかのプロポーズですか!?」

小林 「い、いやぁ……どうなんだろ、そういうことじゃないと思うけど……」

内田 「じゃあどういう話だったんですか!!」

高橋 「優衣、ちょっと落ち着けって」

内田 「だって気になるんだもん」

高橋 「気持ちはわかるけどな」

小林 「まあ、異動の話を聞いて、寂しくなるねって話をしただけだから」

内田 「それは聞きましたけどそういうことじゃなくてー!」

小林 「正式に異動先が決まってさ、
    引っ越しの話が具体的にでもなれば、また違うだろうけど、
    今の段階じゃそんなに話すこともないんだよほんとに」

内田 「いいえ、そんなんじゃ誤魔化されませんよ!
    思わせぶりに、直接言いたいような話って何だったんですかっ」

小林 「その、ほんと、何もないって……」

高橋 「何もないわけはないよなー、マネージャーだって男だしさー」

内田 「うんうん」

小林 「ちょっと大智までやめてよ」

高橋 「優衣ほどぐいぐい訊くつもりはないが、気になるのは一緒なんだよ」

内田 「気になりますー!」

小林 「もうっやめてよー!」

(颯太、休憩室に入ってくる)

松本 「おいお前ら、ちょっと声がでかいぞー」

内田 「噂をすればー!」

小林 「あーっ、マネージャー助けて!」

松本 「ん? どうした小林?」

内田 「あれ、今気づいたんですけど、
    二人って付き合ってても呼び名変わってないんですか?」

松本 「呼び名?」

内田 「マネージャーって小林さんのこと、二人っきりのときでも小林、って呼んでます?」

松本 「さあね」

内田 「あー、はぐらかした! えー小林さんは?!」

高橋 「小林は名前で呼んでたよな?」

小林 「えっ? 何で知ってるの!?」

高橋 「さてどうしてでしょう」

内田 「名前で呼んでるんだー!」

小林 「もしかして、大智のくせに引っかけた?」

高橋 「ちげーよ。お前呼んでたことあるから」

小林 「うそっ」

高橋 「ほんとですー」

内田 「仕事中は意識して前みたいにしてるってことですよね?
    小林さんらしいなー」

松本 「俺が社員だからな、小林には苦労かけたよ」

小林 「別に苦労なんかじゃないですよ」

松本 「ありがとな」

内田 「……見ててにやにやしちゃいますね」

高橋 「わかる。こういう雰囲気、マネージャー、今日は全然隠してないですよね」

松本 「まぁ、高橋と内田は、事情全部知ってるからなあ」

内田 「いえ、全部じゃないです。あの夜、会って、何を話したのかは聞いてないですから!」

小林 「ちょ、ちょっと、やめてよ優衣ちゃん」

松本 「ああ……その話か」

高橋 「すみません、盛り上がっちゃって」

松本 「俺はそれを話してもいいけど……」

小林 「ちょ、嘘、話すの!?」

内田 「聞きたいですー!」

松本 「小林が嫌がってるから内緒ってことで」

内田 「えーっ」

松本 「あ、じゃあひとつだけ教えるわ。
    異動の話、小林的には一番最初に自分に話してほしかったってさ」

小林 「あーー! あーー! あーーー!!」

内田 「……可愛いですね小林さん」

高橋 「そうだな、小林のくせに」

小林 「馬鹿、ほんと馬鹿!!」

松本 「でもそれは、ほんとそうだったと思う。
    俺の甲斐性がないばっかりに小林にも、高橋や内田にも、悪かったと思うよ」

高橋 「いや、そんな俺たちは別に、なあ?」

内田 「うん」

松本 「初めての配属がこの店でよかった。
    色々学ばせてもらったし、それは店長からも、お前らからも」

小林 「やだ、ちょっと、そういう挨拶するにはまだ早いよ」

内田 「そうですよ、泣いちゃいますよ」

松本 「ははは、でも本当のことだから」

高橋 「俺らも、マネージャーと働けて楽しかったです」

松本 「ありがとう。
    異動まであと少し、この店に何か残せるよう頑張るつもりだから、協力頼むな」

小林 「任せてください」

高橋 「勿論……あっ、やべっ、休憩終わる!」

内田 「えっ じゃああたしもだ! あー過ぎてるー! すーちゃんごめーん!」

(大智、優衣、慌ただしく休憩室を出ていく)

小林 「私も着替えないと……」

松本 「彩夏」

小林 「うっ……ちょ、ちょっと何でお店でそう呼ぶのっ」

松本 「ごめん、可愛かったから、ちょっとからかいたくなっただけ」

小林 「馬鹿」

松本 「ああでも、この間の夜言ったことは、冗談じゃないからな」

小林 「……それは、わかってるけどさぁ……。
    正直、颯太の話って、わかりにくいんだよねぇ」

松本 「え、そう?」

小林 「何が言いたいのかなって。
    ほら、バレンタインの時も、
    『ガトーショコラ、俺のとこ持って来いよ』じゃん。
    私ちゃんと覚えてるんだから」

松本 「一応俺なりに勇気出して言ったんだけどなあ」

小林 「最初は冗談かと思ったもん。
    今は、そういう人だってわかってるからいいけど、
    もうちょっと色々わかりやすい方が助かるよ」

松本 「うーん、でもなあ……。
    この間の夜のことに限って言えば、
    未来を縛る時期じゃないのに、わかりやすい台詞は言えないだろう」

小林 「それって……わかりやすい台詞を、言ってくれる気はあるんだ?」

松本 「そりゃ、その時になればな」

小林 「そうなんだ……」

松本 「俺が店に配属になった時には、まだ彩夏もトレーナーだったよな」

小林 「ん、そうだねぇ、懐かしい」

松本 「それから一緒に頑張ってきて彩夏はバイトマネージャーにまでなった。
    俺も店長の右腕には程遠いかもしれないけど、一般社員からマネージャーに昇格した。
    この2年で見てきた仕事ぶりは、信頼できるものだし、
    付き合ってからも、ずっと一緒にいられるっていう確信がすごくあるのは、
    そこの信頼がやっぱり強いんだと思う」

小林 「……ありがとう。嬉しい」

松本 「飲食って、人の生活に寄り添う仕事だからな、
    その仕事ができる彩夏となら、一緒に生活もしていけるだろうって思える。
    これから離れるけど、だからこそ、これはちゃんと言いたかった。
    彩夏の未来も進路も、制限するつもりはないけど、
    俺はずっと、彩夏の隣にいるつもりだからって」

小林 「……そこまでわかりやすいと、ちょっと照れすぎちゃうんだけど」

松本 「そうか、難しいな」

小林 「じゃあお返しに、私からも、ひとつ言っておこうかな」

松本 「え、何だよ?」

小林 「私、本気で毎年、ガトーショコラ持ってくつもりでいるから、覚悟しててね?
    もし変更を希望する場合は、一週間前までに申請してください」

松本 「シフト希望みたいだな」

小林 「あはは、確かに」

松本 「でも俺たちらしくていいと思う。ずっとこんな感じでやっていこう」

小林 「うん、……ずっと、ね」

松本 「これからもずっと、よろしくな」





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