【登場人物紹介】
瀬崎
年齢はぎりぎり20代。
10年前のクリスマスにフラれた恋を引きずっていたが、今の恋人である元木と出会い吹っ切る。
千秋
年齢は30代。
オネエのバーテンダー。パートナーは長くいないらしい。
【配役表】
千秋・・・
瀬崎・・・
千秋 「いらっしゃ……あーら、珍しい顔じゃない」
瀬崎 「千秋さん、久しぶり」
千秋 「瀬崎ちゃんがアタシの店に来るなんて、どういう風のふきまわし?」
瀬崎 「いや、ちょっと……。酒飲みたくなったからさ。
こんな日のこんな時間に空いてる店ってここしか知らないし」
千秋 「今夜はいつにも増して閑古鳥が鳴いてるから……って
やっだもう! 言わせないでよォ!」
瀬崎 「ははは、千秋さん相変わらず面白い」
千秋 「まぁいいわ、座んなさいよ」
瀬崎 「失礼します」
千秋 「ほらコート寄越して」
瀬崎 「すみません」
千秋 「いいのよ。ここはアタシの店で、瀬崎ちゃんはお客様なんだから」
瀬崎 「……はい」
千秋 「確か瀬崎ちゃん、ウィスキー好きだったわよね」
瀬崎 「ストレートを、ダブルでもらえますか」
千秋 「ダーメ」
瀬崎 「えっ、なんで。飲ませてくださいよ」
千秋 「外寒かったでしょう。今あったかいカクテル作ったげるから、
まずはそれを飲んでからネ」
瀬崎 「……はーい」
千秋 「さてと……生クリームと、砂糖は控えめで作るわ」
瀬崎 「あ。僕の好み、覚えてたんですね」
千秋 「そりゃぁね」
瀬崎 「……千秋さん」
千秋 「なぁに?」
瀬崎 「去年ってどうしてました?」
千秋 「去年? ……去年の、今日ってこと?」
瀬崎 「店やってたんですか?」
千秋 「ええ、やってたわよ。
雨が降ってたから、客足はそれほどでもなかったけど」
瀬崎 「恋人と過ごさなかったんですか?」
千秋 「あーら喧嘩売ってる!?
一緒に過ごせる恋人なんてここ数年いません!」
瀬崎 「それって寂しくないですか」
千秋 「なぁに? 喧嘩売りに来たわけ!?」
瀬崎 「違いますよ! ……単純な、質問です」
千秋 「……そうね。
この季節だし、人恋しくはあるけど。
適当に遊んだところでもっと寂しくなるだけじゃない。
かと言って、仕事してれば出会いの数は限られるし、
新しい出会いを求めてる時間もないしねぇ。
この商売である以上、しょうがないってあきらめてるわよ」
瀬崎 「……僕は、適当に遊ぶのもアリだなって思ってました」
千秋 「ふふ。瀬崎ちゃんは若いんだから、遊ぶのもいいんじゃない?」
瀬崎 「またそうやって子ども扱いする。
少ししか変わらないじゃないですか」
千秋 「アナタまだ20代なんだから充分若いの!」
瀬崎 「ハハ。……あれ、このカクテルにそのボトル使うんですか?」
千秋 「やだやだ同業って目ざといんだから」
瀬崎 「だって珍しいなって思って」
千秋 「瀬崎ちゃんがそんなカオしてるから、ね」
瀬崎 「ああ、なるほど」
千秋 「……はぁい、お待たせ。アイリッシュコーヒー、召し上がれ」
瀬崎 「勉強させていただきます」
千秋 「こら。……今は普通に飲んで頂戴」
瀬崎 「じゃ、いただきます。…………美味い……」
千秋 「ふふ、よかった」
瀬崎 「さすが千秋さんですね」
千秋 「持ち上げても何もでないわよぉ」
瀬崎 「そんなつもりは」
千秋 「でも、瀬崎ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」
瀬崎 「……あの。何があったか、訊かないんですか?」
千秋 「話したいんだったら、聞くわよ」
瀬崎 「……こんなこと、人に話すの、ホントは嫌なんです」
千秋 「でしょうね、アナタ人を頼るタイプじゃないもの。
人当たりはいいけど、一線ばっちり引いて、他人を踏み込ませないし、
自分も踏み込んでいかない。
誰も傷つけない、自分も傷つかない、小利口な大人の生き方よね」
瀬崎 「……僕、そんなんですか……小利口って……」
千秋 「少なくともアタシにはそう見えてたわよ」
瀬崎 「そうですか……」
千秋 「でもそれも過去形じゃない?
……今アタシのところに来たってことは……
瀬崎ちゃんの人生を変えちゃう何かがあったからなんでしょう」
瀬崎 「……人生を変える……そうですね」
千秋 「……今、すごく苦しいカオしてるけど……
でも、瀬崎ちゃんが生きてる、本当の表情だから、
そういうカオを見られて、アタシちょっと嬉しいわ」
瀬崎 「意地悪ですね」
千秋 「あらっ皮肉で言ったつもりはないのよ?
……なにも取り繕ってない素の表情は、その人の魅力が詰まってるんだから」
瀬崎 「……もしかして僕、褒められてるんですか?」
千秋 「ふふっ、口説いてるのかもしれないわよ?」
瀬崎 「……ありがとうございます」
千秋 「……ほんっと、変わったわね。
そこで軽口で乗っかってこないなんて」
瀬崎 「だって、慰めてくれてるんでしょう?」
千秋 「それがわかるなんて、ほーんと大人になっちゃたんだから。
誰かしらー瀬崎ちゃんをこんなに変えたオトコって」
瀬崎 「……やっぱ、そっちカンケイだってわかります?」
千秋 「わかるわよ。
恋して悩む、素敵な男の顔してるもの。
アタシの大好物」
瀬崎 「ははっ趣味悪ー」
千秋 「そうなのよねー。
誰かを好きでいる男ばっかり魅力感じちゃって!
アタシ一生幸せになれないわーー!」
瀬崎 「そん時は、俺が幸せにしますよ」
千秋 「バカね。
そういう台詞は、ちゃあんと身辺整理が終わってから言ってちょうだい」
瀬崎 「……そうですね。すみません」
千秋 「怒ったわけじゃないわよ。
ただ、冗談で言われるには、ちょっとツライ台詞だから」
瀬崎 「……ごめんなさい」
千秋 「……で、何があったの?」
瀬崎 「……何があった……。
何か、あったわけじゃ、ないんです。
むしろ、何もないっていうか……」
千秋 「ふぅん?」
瀬崎 「……はぁ……。
千秋さん。……約束って、あてにならないですよね」
千秋 「それは、相手と内容によるんじゃない?」
瀬崎 「恋愛における約束なんて、あってないようなもんじゃないですか」
千秋 「……アタシ達みたいなのには特に、って言いたそうね」
瀬崎 「それもありますね」
千秋 「……何か、約束を破られたの?」
瀬崎 「……僕達みたいなのに、将来の約束ってありえないじゃないですか」
千秋 「そうね、色々難しいわよね」
瀬崎 「一昨年のちょうど今日ですよ。……出会いました」
千秋 「あら、神様の思し召しかしら」
瀬崎 「運命も神様も信じてなかったけど、実際そう思いましたよ。
……10年引きずってた恋を忘れられるくらいの出会いだったから」
千秋 「まぁ素敵。
そんな出会いがあったのなら、アナタが変わるのも納得ね」
瀬崎 「彼は10年付き合った恋人にフラれたばかりでした。
お互い傷の舐めあいをしただけなんですけど……
でも、僕は……本気で、好きになったから……」
千秋 「10年付き合った恋人を忘れたい男と、
10年引きずった恋愛を忘れたい男……
そんな二人が聖夜に出会って付き合うことになったの?
んーーロマンチックねぇ〜!! アタシそういうのダイスキッッ!!
ねぇ、その彼はどういう人なの?」
瀬崎 「……彼は……すごく、アツいヤツです。
僕とは正反対」
千秋 「へぇ」
瀬崎 「一度家に遊びに行ったら、実家住みで。
普通にご両親がいらして、恋人だって紹介されて、ご飯ご馳走になって」
千秋 「……カムアウトしても、そうやって家族が壊れずにいる、
それはご両親もだし、彼も、家族が互いを尊重しているからできることよ。
素敵な人なのね」
瀬崎 「夢みたいでした。
彼と一緒にいる時間は。全部、夢みたいに……現実味がなかった……」
千秋 「……そんなにオープンにいられる環境、なかなかないものね……」
瀬崎 「……プロポーズされました。
出会ってちょうど一年の、去年のクリスマスに」
千秋 「……そう」
瀬崎 「指輪と、養子縁組の紙を……もらって……
僕は……怖くなって……」
千秋 「わかるわ。幸せが過ぎると、怖くなるものよね」
瀬崎 「僕は家族に何も話せてないし、
ろくに連絡もしないだめな息子だから。
……もし彼とそうなろうとするなら、越えなきゃいけないハードルが高すぎる」
千秋 「……そうね。
それにしても、お互い10年別のものを引きずっていたことを知っているのに、
たった1年で未来を決めるのは結構強引なような気がするわ。
何か事情があったの?」
瀬崎 「……彼が、転勤で……」
千秋 「ああ、なるほど」
瀬崎 「だから、1年、時間をくれって言いました。
……プロポーズの返事はもちろん保留。そのまま転勤する彼を見送って。
1年なんてすぐ過ぎますよね。
毎日きてた連絡が週末だけになって、今はもうたまにしかきません。
離れれば、そんなものですよ。
約束だって、1年経てば……きっとなかったことになってる」
千秋 「……なかったことになってる、って……
まだ確かめてないってコト?
……1年時間をくれって言って、一年後、つまり今日、
会う約束をしていたんじゃないの?」
瀬崎 「……彼は仕事で。
最終の新幹線で、……こっちに来ます」
千秋 「じゃあこんなところで油売ってる暇なんてないじゃないの!」
瀬崎 「……怖くて!!!」
千秋 「!」
瀬崎 「……怖いから、……来たんです」
千秋 「……最終の新幹線で、彼は来ないかもしれない?
来ても、プロポーズなんてなかったことになってるかもしれない?
もしかしたらもう他に好きな人ができているかもしれない?
会ったら別れ話をされるかもしれない?
かもしれない、かもしれない、
あなたの不安はぜーーんぶ、あなたの妄想じゃないの」
瀬崎 「でも……」
千秋 「彼が約束をやぶるかもしれない、それが怖いのね。
瀬崎ちゃんにとっては、絶対に守ってほしい約束なんでしょう?」
瀬崎 「……僕はこれからもずっと彼と、一緒にいたい……」
千秋 「だったら、アナタから約束をやぶっちゃだめじゃないの」
瀬崎 「……」
千秋 「……飲んだくれて今日会えなかったらどうするの?
せっかくの約束の日なのに。
自分がフェアでいたとしても、相手がフェアでいてくれるとは限らないけど、
自分がアンフェアでいたら、アンフェアしか返ってこないわよ。
相手ときちんと向き合うことは、とても大事なの。
ちゃんと迎えにいきなさい。
もし彼から悲しい言葉をもらうようなら、
その時は責任もってアタシが慰めてあげるから。
手取り足取りたーっぷりね」
瀬崎 「……その時は、ほんとに責任とってよ」
千秋 「ええ勿論。アタシに二言はないわ」
瀬崎 「……うん……」
千秋 「……景気づけにもう一杯だけ飲んでから行きなさいよ」
瀬崎 「え?」
千秋 「ウィスキーは出さないけどね」
瀬崎 「……何を、作ってくれるんですか」
千秋 「ジントニック。
同業の瀬崎ちゃんにこれを出すのはほんとはいやなんだけどっ」
瀬崎 「はは、シンプルだからごまかしききませんしね。
でも千秋さんごまかしたりしないくせに。腕いいんだから」
千秋 「……今のあなたにぴったりだと思うから、作るのよ」
瀬崎 「え?」
千秋 「……知ってる? 花言葉みたいに、カクテルにも言葉があるって」
瀬崎 「あー聞いたことあります」
千秋 「ジントニックのカクテル言葉は、【強い意志】
そして、【いつも希望を捨てない貴方へ】」
瀬崎 「……」
千秋 「はいどうぞ、召し上がれ」
瀬崎 「……いただきます……」
千秋 「……アナタの人生を変えてくれた出会いなんでしょう?
不安な気持ちに負けないで。
自分の想いを、貫きなさい」
瀬崎 「……うん」
千秋 「さあ、さっさと飲んでさっさと行きなさーい!」
瀬崎 「ええっゆっくり飲ませてよーー!」
千秋 「今度は彼と二人でいらっしゃい。
そしたらゆっくり飲ませてあげるから」
瀬崎 「……二人で来れなかったら?」
千秋 「その時は、約束どおり、ちゃんと慰めてあげるわ」
瀬崎 「手取り足取り?」
千秋 「腰も取っちゃうわよ?」
瀬崎 「ははは」
千秋 「……いってらっしゃい」
瀬崎 「ありがとう千秋さん。
ジントニックもアイリッシュコーヒーも美味しかったです!!」
千秋 「よいクリスマスを」
瀬崎 「いってきます!」