【登場人物紹介】
元木
年齢は20代後半以上。クリスマスの今日、10年付き合っていた彼にフラれた会社員。
瀬崎
年齢は20代後半。10年前のクリスマスにフラれた恋を、今でも引きずるバーテンダー。
【配役表】
元木・・・
瀬崎・・・
元木 「なんでだよ……なんでこんな日なんだよっ……ちくしょう!!!」
瀬崎 「お客様、……少し飲みすぎなのでは?」
元木 「いいんだよ!
どーせ明日は休みだし、こんな日だ、浴びるくらい飲んだっていいだろ!!」
瀬崎 「さすがに御身体も心配なんですけどね。
うちに入ってきたときから、少し酔ってらしたでしょう?」
元木 「ああ、ここで3件目だよ。
別に普段から酒には強いし、金もあるから心配すんな!」
瀬崎 「そういうことではなく……」
元木 「俺今日、ふられてきたんだよ。クリスマスなのによ。ははっ。
……酔いたいんだ、頼むよ」
瀬崎 「……そうでしたか」
元木 「……バーで絡み酒なんて最低な真似したくなかったけどよ、
大声出しちまったのは悪かった……」
瀬崎 「いえ、御気になさらず。こちらも配慮が足りず申し訳ありません」
元木 「いや、悪いのはこっちだから。
……なんか、ガツンとくるの頼むよ、目が覚めるようなやつ」
瀬崎 「はい、かしこまりました」
(間)
元木 「……あんた、手きれいだな」
瀬崎 「バーテンダーは、お客様から常に見られてますから、
手元や姿勢に気をつけていますからねぇ」
元木 「いや、そういうんじゃなくて、……指、細いなーって」
瀬崎 「そうですか?
こういう仕事していると、ほら、タコなんかもできちゃうんですけど」
元木 「……あいつは、学生時代ずっとバスケやっててさ、
ごつごつしてて、指も太くて……
あれと比べたらすっげぇきれいだよ」
瀬崎 「そうですか……」
元木 「……あ……っと、
(小声で)……俺が付き合ってたの男だったんだよね……その……」
瀬崎 「ご心配なく、バーではお客様のいかなる秘密も守られますから」
元木 「うわ、胡散臭ぇ」
瀬崎 「えーそんな、本当なんですよぉ?」
元木 「はは、冗談だって」
瀬崎 「……お待たせしました、こちら」
元木 「(カクテルの名前を言おうとするのを遮る)
いい! ……名前言われても、覚えられないからさ」
瀬崎 「そうですか。どうぞ、お召し上がりになってください」
元木 「……美味い!!」
瀬崎 「お口に合いましたのなら何よりです」
元木 「……別れたヤツがさ。ワインとかカクテルとか、とにかく酒に詳しくて、
俺も酒は好きだったし、一緒に色んなトコ飲みに行って……」
瀬崎 「お客様はウィスキーばかり注文されてましたが、お好きなんですか?」
元木 「洋酒はてっとりばやく酔えるからな……。
カクテルやビールだとすぐ飲み終わっちまう割りに酔えないだろ」
瀬崎 「まぁ、そうかもしれませんね」
元木 「でも、あんたの作ったこのカクテルは美味いな。
あいつがここにいたら、由来がどうだとかウンチクが始まるんだけど……
ハハ、だめだな、さっきっからあいつのことばっか思い出してる」
瀬崎 「忘れる、って簡単なようで難しいですから」
元木 「……簡単にふっきれたら、こうして酒飲んでないよなぁ」
瀬崎 「ここが都会だからかもしれませんね」
元木 「え?」
瀬崎 「都会って、寂しいところだと思いませんか」
元木 「さびしい、」
瀬崎 「こんなに人で溢れているのに、みんなどこか孤独……
だからこんな季節は特に、寄り添いあいたくて、
ぬくもりを求めてる……」
元木 「確かに。
カップルがうざってぇくらいにいるもんな……」
瀬崎 「都会は特に、寂しくなりやすいものなのでしょう。
だから、……いいんですよ、無理に笑わなくても」
元木 「…………」
瀬崎 「わたしは、うまれが東北なんです。
だから、こっちの冬はあたたかいと思うんですよ。
気温だけでいったら全然違いますし。
でも、……故郷より寒く感じますよ、……ひとりだと」
元木 「そう、だな……(カクテルを飲み干す)」
瀬崎 「次は何をお召し上がりになりますか?」
元木 「任せるよ。あんたの腕なら何でも美味いだろうからな」
瀬崎 「ありがとうございます」
元木 「あんた、名前は?」
瀬崎 「瀬崎です」
元木 「かってぇ名前。なんか似合わねぇなぁ」
瀬崎 「そうですか?」
元木 「なんか、堅実に公務員にでもなってそうな名前だ」
瀬崎 「はは、偏見ですよ」
元木 「まぁそうだけど。
……俺は元木。こんなつまんねー男にぴったりの、つまんねー名前だろ」
瀬崎 「いいえ、そんなことありませんよ。
……どうぞ、次のカクテル、お試し下さい」
元木 「おう!」
(間)
元木 「……はー…………、飲んだなー……、ひっさびさ酔ったぁ……」
瀬崎 「これだけ飲まれて、酔ったとおっしゃる割に変わらないですし、
本当にお強いんですね」
元木 「バーで醜態晒すほど落ちぶれる気はねーよ。
……でも…………、あー……、酔ったからかな……、なんか、泣けてきた……」
瀬崎 「…………」
元木 「……10年付き合ったんだよ。
ガキんときから一緒で……なんかずっと意識してて、
でも友達だって言い聞かせてたんだ……。
けど、ちょうど10年前の今日……恋人に、なったんだ……」
瀬崎 「そうでしたか」
元木 「……それなりに、うまくやってきたんだ。
喧嘩だってしたけど、でも、10年、ずっと一緒にいたんだ。
それなのにどうして、よりにもよってどうして今日……」
瀬崎 「……もう、お客様もあなた一人になりましたし、
そろそろ店じまいにしましょうか」
元木 「あー……、悪い、長居しちまって……」
瀬崎 「いえ、そのままそのまま。
今、クローズの札をかけてきますから」
元木 「え?」
瀬崎 「お客様とわたしの間には距離があります。
それは、わたしがバーテンダーで、あなたがお客様だから。
でも。
営業時間が終われば、……その距離も、なくなります」
元木 「あ、……あんたもしかして」
瀬崎 「ええ……わたしも、あなたと同じです」
元木 「あんたも、ゲイ?」
瀬崎 「ええ。しかも、同じなのはそれだけじゃありませんよ。
実は僕も、今日、付き合っていた彼にふられたんです」
元木 「えっ!?」
瀬崎 「といっても、10年も前の話です。
けれどそのときのわたしは、傷心のあまり高校を中退して故郷を飛び出し、
そして、バーテンダーになりました」
元木 「そうだったのか……」
瀬崎 「何かのご縁、とバーテンダーの瀬崎でしたら言うところですが……
もう営業時間外。
これは運命かもしれない、なんて洒落こんでも許されるかな?」
元木 「運命論ねぇ……あいつは信じてなかったなぁ」
瀬崎 「でも、元木さんは信じてたんじゃないですか? 運命ってやつ」
元木 「まぁ、な……」
瀬崎 「……今あなたの目の前にいる僕も、運命なんて信じてませんでした」
元木 「おいおい。だったらさっきの歯の浮く台詞はなんなんだよ」
瀬崎 「今日、運命を信じました。
いや運命なんかじゃない。
10年前僕がふられたのも、今日あなたがふられたのも、
僕たちが出会うための必然だったのかもしれませんよ」
元木 「なんだよ……あんたいつもそうやって客を誘ってんのか」
瀬崎 「いいえ。今日が初めてです」
元木 「はっ、嘘つけよ」
瀬崎 「彼にふられてから10年、恋なんかしてませんよ。
バーテンダーの修行が厳しかったから、というのもありますけどね。
……実は、僕、失恋を引きずるタイプでして」
元木 「引きずっていたヤツが、こんなことすんのか?」
瀬崎 「……せっかくの聖夜ですよ。
寂しい者同士であたためあっても、神様は許してくれると思いませんか?」
元木 「ぁ……」
瀬崎 「綺麗な指、って、誉めてくれましたね。
…………こうされたかったんじゃないですか?」
元木 「や、やめ……」
瀬崎 「頬……」(頬を撫でる)
元木 「あっ……」
瀬崎 「首筋……」(首筋を撫でる)
元木 「んっ……」
瀬崎 「……どうしました?
唇が物欲しそうにしてますよ?」(首筋に手を当てながら親指だけ唇にあてつつ)
元木 「ちが……、こんなの……酒のせい、だ、」
瀬崎 「だったらそういうことにしてしまえばいい……」(口付ける)
元木 「んっ…………ん、…………っ……ぁ……あ……」
瀬崎 「ん…………っ、…………」
元木 「は……ぁ……っ、……っっ……」
(間)
瀬崎 「……あったかいですね、人肌って」
元木 「……うん」
瀬崎 「後悔、してますか?」
元木 「いや……」
瀬崎 「よかった」
元木 「……同じこと、」
瀬崎 「え?」
元木 「同じこと、言おうとした。
人肌って、あったかい、って……」
瀬崎 「そうですか」
元木 「あんた、あったかいよ……」
瀬崎 「……僕にとっては、元木さんの方が、あったかいですよ」
元木 「……なぁ」
瀬崎 「はい」
元木 「これっきり、か……?」
瀬崎 「え?」
元木 「……あいつにふられたばっかりの俺がこんなこと言うのって
それも変な話だけど……
あんたと、これっきりにはしたくない」
瀬崎 「どこまでも奇遇ですね。
同じこと考えてたなんて」
元木 「え……」
瀬崎 「……あなたが、10年付き合った彼を忘れるまで、
僕があたためてあげますよ」
元木 「……じゃあ俺も。
あんたが10年引きずった恋を忘れるまで、一緒に、いるよ」
瀬崎 「ふふ、なかなかロマンチストなんですね」
元木 「あんたほどじゃねぇよ」
瀬崎 「……こういう始まり方も、アリ、ですか」
元木 「ああ。アリ、だろ。
なんてったって、神様の祝福つきだからな」
瀬崎 「あはは、確かに」
元木 「あのさ、……キス、していいか」
瀬崎 「何を改まって……さっきシたときにたくさんしてたでしょう」
元木 「いや、その……」
瀬崎 「なーんて。わかってます。(そっと口付ける)
……これが僕たちの初めてのキス」
元木 「……うん……」
瀬崎 「……今度は元木さんから、してください」
元木 「ああ。(深く口付ける)」
瀬崎 「んっ……ふ…………」
元木 「……(唇を離して)……はは、…………やっぱ、あったかいな……」
瀬崎 「……あったかいですね……」
元木 「……」
瀬崎 「……」
元木 「……なぁ」
瀬崎 「……はい」
元木 「……メリークリスマス」
瀬崎 「……メリー、クリスマス……」