Boy’s Luxury

作:早川ふう / 所要時間20分 / 2:0

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2018.10.27.


【登場人物紹介】

中林燿(なかばやし ひかる)
  大学卒業後、就職していたが、祖父の介護のため休職→退職。
  祖父の経営していた銭湯を引き継ぎ、営んでいる。

山口啓介(やまぐち けいすけ)
  広告代理店勤務。豪快な性格。
  銭湯を愛する少しだけ古風な男。


【配役表】

中林・・・
山口・・・



(年季の入ったレトロな銭湯。人の姿はない。
 がっしりとした体格の男、中林が番台に座っている。
 そこへ、山口がやってくる)

山口   「やあ」

中林   「どうも。お久しぶりですね、お元気でしたか」

山口   「まぁそこそこだよ」

中林   「お忙しかったんですか」

山口   「まぁ、帰りが此処の閉館に間に合わないくらいにはな」

中林   「そうでしたか。お疲れさまです」

山口   「今日も閉館間際だってのに悪いな。
      もう他に客いなかったりする?」

中林   「ええ、10分くらい前に最後のお客様がお帰りになりまして。
      そろそろ閉めようかと思ってたところでした」

山口   「悪いね、来ちゃって。
      いやーーやっぱ此処のお湯に入りたくてさーー」

中林   「……このご時世にわざわざ銭湯になんか来なくてもいいんじゃないですか?」

山口   「わざわざって。癒しを求めて来てんだけど?」

中林   「いや、だから、別にこんなボロいとこじゃなくて、
      それこそ駅の向こうにできたスーパー銭湯とか、
      普通にどっか泊りに行ったりとかでもいいんじゃないかと思うんですよ」

山口   「なんだよ。わかってねぇなあ」

中林   「何がです?」

山口   「もともと先代の爺さんが、道楽みたいにやってたとこだもんな。
      爺さん具合悪くなったから、もう此処のお湯には入れないと思ってた。
      ヒカルさんが此処継いでくれて、ほんと感謝してるんだよ」

中林   「……ただの銭湯に、そこまで思い入れってあるものですか?」

山口   「ヒカルさんって、此処あんま好きじゃないの?」

中林   「いえ、そういうわけでは……」

山口   「……思い入れか。他の客はどうかわかんねぇけど、俺はあるよ」

中林   「そう、ですか……」

山口   「……、……客、結構取られてるの?」

中林   「最近は厳しいですね。
      まぁ皆さん新しくて綺麗な方がいいでしょうし、仕方ありませんけど」

山口   「このレトロ感がたまらねぇんだけどなァ」

中林   「山口さんみたいな方は、なかなかいませんよ」

山口   「……なあ」

中林   「はい?」

山口   「……、……番台に座ってるって、どんな気分なの?」

中林   「え?」

山口   「いやー、ほら、一段高いところから俺たち客を見てるわけだろ」

中林   「まぁそれが仕事ですから」

山口   「……夏場とか、薄着の女性の胸が見えたりとかする?!」

中林   「そんなことを楽しみになんてしませんよ」

山口   「でも見えるんだ?」

中林   「見えませんし、見ようとも思いません!」

山口   「……じゃあ、ヒカルさんの仕事って、何が楽しい?」

中林   「……楽しい、っていうのは、……よくわかりません」

山口   「……爺さんはさ、楽しそうにそこに座ってたぜ」

中林   「……、……山口さんは、此処が好きですか?」

山口   「愚問だな」

中林   「具体的に、どこが好きなんですか。
      レトロ感がってのはさっき聞きましたけど……」

山口   「……風呂入りに来たんだよなー俺」

中林   「あ、……す、すみませんお引き留めして」

山口   「よかったら風呂付き合ってよ。入りながらだったら、話すからさ」

中林   「えっ!?」

山口   「だめ?」

中林   「俺まで風呂に入る意味、あります?」

山口   「たぶんその方が説明しやすい」

中林   「……」

山口   「……なーんてな。ごめん、仕事中なんだから普通に無理だよな」

中林   「……いいですよ」

山口   「え」

中林   「実は……入ったことないんです、此処のお湯」

山口   「そうなの!?」

中林   「とりあえず、表を閉めてきますから。
      ……先に入っててください」

山口   「OK!」



(間)



中林   「遅くなってすみません」

山口   「おう、いいよー。先入ってっけど」

中林   「のぼせませんか?」

山口   「俺長風呂なの知ってるだろ」

中林   「そうでしたね」

山口   「心配してくれるのは、ありがたいけどさ」

中林   「……お湯入る前に、少し汗だけ流しちゃいますね」

山口    そういって、ヒカルさんは、身体を洗いはじめた。
      此処でレンタルできる、ごわついて肌触りのよくないタオルに、
      泡立たないボディソープをつけて、ごしごしごし。
      お湯をかけて、少しでも泡立てようとしている姿が面白かった。

中林   「……あれ……」

山口   「ん? どうした?」

中林   「……いや。あの、うちのボディソープって……こんな香りなのかと思って」

山口   「ぶっ……なんだよそれ」

中林   「家でも使ったことのない香りだから……なんとなくひっかかって」

山口   「家だと何使ってんの」

中林   「今なんだったっけ……。
      その時安売りしてるものを買うので、
      自分ではあまりこだわりはないと思ってたんですけど、
      なんかこの香りは気になるなって……」

山口   「まぁ……言っちゃあなんだが、あまり上等なもんじゃないよな。
      いい匂いだとは思うけど、キツイって思うヤツはいそうな感じだし」

中林   「……シャンプーとかもそうなんでしょうか」

山口   「んー、髪にあわないってヤツはいるかも」

中林   「変えれば、お客様は戻ってきてくださるかな……」

山口   「さぁなあ……」

中林   「……ま、今更ですかね」

山口   「少し面白がるのはあるよ、きっと」

中林   「……優しいんですね」

山口   「え?」

中林   「すみません、なんとなく、……すみません」

山口   「別にそんな謝んなくていいって」

中林   「(洗い終わって体を流しながら)……ふぅ」

山口   「……結構いい身体してるよね」

中林   「え?」

山口   「筋肉質でさ。がっしりしてる。スポーツしてた?」

中林   「ボクシングを少し」

山口   「ボクシング!?!?」(大きく驚く)

中林   「そんな驚きます……?」

山口   「……いや、ほら、普通サッカーとかバスケとか……
      そういうの想像するだろ……」

中林   「中学は陸上でしたよ」

山口   「ボクシングはいつから?」

中林   「高校からです」

山口   「ボクシング部なんてあったのか」

中林   「いえ、兄貴が近くのジムに通ってて、俺もその影響で」

山口   「ふーん……それでそんな筋肉なのかあ。いいなあ」

中林   「既成の服があわなかったりするから、ちょっとだけ不便ですけどね」

山口   「あー、それで普段Tシャツが多いのか?」

中林   「まぁ、それもあります」

山口   「俺は筋肉つきにくいから羨ましいよ。
      すーぐ脂肪になって、たるんじまう……くっ……」

中林   「良質なたんぱく質をきちんととって、適度に運動するのが一番ですよ」

山口   「それができりゃ苦労しねぇわー」

中林   「ははは」

山口   「頭洗うなら待ってるけど?」

中林   「あ、いや、朝シャン派なんでこれで」

山口   「んじゃお湯入りなって」

中林   「ハイ……じゃ、失礼、します……」

山口   「おう、どうぞどうぞ」

中林   「……ふー……」(お湯につかってためいき)

山口   「どうだ。いいだろう!?」

中林   「……お湯熱くないですか」

山口   「いや、丁度いいけど」

中林   「……そうですか」

山口   「低めの風呂が好きなのか?」

中林   「家では結構低めですね、半身浴するんで」

山口   「半身浴って……男でそんなんやるヤツ初めて見たぞ……」

中林   「読書したり、録りためていた番組を観たりするんですよ。
      飲み物は必須ですけど」

山口   「理解できねぇ……」

中林   「ははっ、山口さんって古風なんですねぇ……」

山口   「風呂は、確かに長いが、風呂場で何かしようとは思わねぇなあ。
      むしろ風呂上がりのビールと何の録画を観るか考えてる」

中林   「読書の趣味はないんですか?」

山口   「ねぇなあ。たまに漫画は読むけど」

中林   「じゃあ録画してる番組は何です?
      スポーツとか?」

山口   「いや、ドラマが多いな」

中林   「ドラマ? ……日本の?」

山口   「海外でも、何でも。
      時代劇からSFから、学生の恋愛モンまで、何でも観るよ」

中林   「意外ですね」

山口   「よく言われる。
      会社の若い子との交流にはいいんだけどよ。
      最初は怪訝そうに見られたな」

中林   「そりゃ恋愛ドラマの話にノってくるとは思いませんよ普通」

山口   「今どきの恋愛モンはな……あまり質のよくないやつも多いんだが、
      音楽がよかったり、いい俳優が出てたりするんだよ」

中林   「それで最終話まで観ちゃう?」

山口   「まぁな」

中林   「映画は観ないんですか?」

山口   「あー……観たいもんはたくさんあるんだがなぁ……
      一人で映画館に行けねぇタイプなんだよ俺」

中林   「かわいい」

山口   「なんだと!?」

中林   「すみません、つい。
      ……俺は、一人で映画館、よく行きますよ」

山口   「一人で観る派か?」

中林   「いえ、そういうわけじゃないんですけど。
      一人でも別に平気ってだけです」

山口   「観た後語るヤツって苦手だったりする?」

中林   「むしろ俺は語りたいタイプですね。
      映画観て、語りながら食事して、ってのが理想です、
      ただ、相手いないんで、最近は感想は脳内にしまってますけど」

山口   「んじゃあ、今度俺とどうだ?」

中林   「え?」

山口   「……ヒカルさんとは、此処でちょいちょい話すだけだけど、
      なんとなく、気が合うんじゃねぇかとは思ってたんだ。
      俺なんかとで嫌じゃなければ、今度行かねぇか、マジで」

中林   「……、えっと…………」

山口   「……ってな。
      こういう付き合いが始まるのが、銭湯の楽しみなんだよ」

中林   「あ……、」

山口   「最初は風呂で、なんとなく喋るようになって、
      顔見知りが増えて、世間話が増えて。
      趣味のあうヤツと、風呂以外の付き合いが始まったりする。
      裸から始まってるから、遠慮もいらねぇ。
      ……古き良き下町の絆っつーと三流映画みてぇなフレーズだが、
      こういうのが落ち着くヤツは結構いるんだよ」

中林   「ああ……」

山口   「でっけぇ風呂に足を伸ばして浸かってよ。
      気の合うヤツと時間を過ごせるってのは、楽しいもんだよ。
      いつも背中の真ん中に泡を残しちまう爺さんにお湯をかけてやったり、
      俺と同じ時間帯に来るリーマンと、
      コーヒー牛乳をかけた長風呂勝負したこともあったな。
      常連の学生がロッカーに忘れた財布を、追いかけて届けてやったこともある。
      名前は知らねぇ人も多いが、
      みんなあったかくて、いい距離感でよ。
      こんな時代だから、なかなか隣近所との付き合いなんてのもできねぇけど、
      此処でなら……できたんだよ」

中林   「……スーパー銭湯にはない魅力が、それですか」

山口   「ああ。
      あとは、先代の癒し効果も大きかったぞ。
      番台のとこで、女の客の相談聞いてたりしたこともあってよ」

中林   「そんなことが?」

山口   「話聞こえた男の客が、アドバイスしたりとか、
      それがきっかけで付き合うようになったカップルもいたな。
      女湯に来てた客は、半分以上、爺さんに会いに来てたんじゃねぇかな」

中林   「じゃあ……今更俺が何かしたところで、
      お客様は戻ってこないですね」

山口   「んなことはねぇさ。ヒカルさんは爺さんの孫だろ。
      面影みて、懐かしく思うんじゃねぇかな」

中林   「……俺は、祖父のようには、できないと思いますけど」

山口   「そりゃあ違う人間だもの、しょうがねぇさ。
      けど、ちゃあんと、ヒカルさん自身に癒されるヤツはいると思うぜ」

中林   「いるでしょうか」

山口   「いるだろ、まずここに一人確実にな」

中林   「え……」

山口   「爺さんみたいにニコニコしてるわけじゃねぇが、
      穏やかな空気はやっぱ似てるよ」

中林   「……ありがとう、ございます……」

山口   「で、最近の映画、何か気になってるのあるか?」

中林   「……?」

山口   「なんだよ、俺誘っただろ、さっき」

中林   「あれ、本気だったんですか?」

山口   「……むしろ、どうして嘘だという発想になるんだ?」

中林   「此処の魅力を話すための、会話の糸口的なものかと思ってました」

山口   「確かにそれもあったけどよ。
      言ったろ?
      ヒカルさん自身にも、俺は癒されてるって」

中林   「それも、……別に、お世辞とかではなく?」

山口   「ぷっ……、世辞なもんかよ!」

中林   「すみません……」

山口   「普通に考えて、
      世辞を言うために風呂に誘うと思うか?」

中林   「……誘わないですよね、確かに」
    
山口   「…………うーん」

中林   「……?」

山口   「これで、俺に何の得があるってんだ、とか訊いたら
      同意しそうだな」

中林   「ええ、同意はしますけど……?」

山口   「ヒカルさん、鈍いって言われねぇか?」

中林   「ええ!? ……あー、天然と言われることは何度か。
      そんなボケてますかねぇ……」

山口   「なるほどな。
      まぁ、それを騙くらかして、
      爺さんに顔向けできねぇような付き合いするつもりはねぇから安心してくれ」

中林   「……だまくら、……え、何です?」

山口   「はっはっは!
      いいよいいよ、焦る年でもねぇからな。
      ゆっくりいくさ。
      ……で、映画どうする?」

中林   「あの、でも、その、平日ですよ?」

山口   「構うこたねぇよ。有休とるさ。
      気にするなら夜の回でもいいが、次の日に差し障っても悪いしな」

中林   「俺とで、本当にいいんですか?」

山口   「今までの話のどこで自信なくしたんだよ。
      ヒカルさんさえ嫌じゃなきゃ、一緒に行こう」

中林   「……」

山口   「で、次の定休日の予定は……?」







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