明日、もし空が晴れたら GLver.

作:早川ふう / 所要時間30分 / 0:2

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2024.01.12.


【登場人物紹介】

紬(つむぎ)
 高校生。詩とは友達同士。
 会社員の彼女に浮気された挙句捨てられ落ち込んでいる。
 素直で少し真面目な性格。

詩(うた)
 高校生。紬とは友達同士。
 年上の彼女がいた経験もあるが今はフリー。
 思ったことはストレートに口にするが、根は優しい性格。



【配役表】

紬・・・
詩・・・



(放課後の屋上)

紬 「はぁ……」(溜息)

詩 「あ、こんなとこにいた」

(ひとり黄昏れている紬のところに詩がやってくる)

紬 「はぁ……」(大きな溜息)

詩 「つーむぎっ。帰らないの?」

紬 「あぁ、詩ちゃんか」

詩 「屋上なんかでなーに黄昏れてたの。何かあった?」

紬 「何かあったっていうか……うーん、やばいな、私病んでるかも」

詩 「悩み事?」

紬 「いや、悩み事っていうかさ……」

詩 「よかったら話聞くけど」

紬 「迷惑でなければ聞いてほしい気もするけど……でも、うーん」

詩 「もしかして恋愛絡みかな?」

紬 「うぅ、正解。最近、浮気されて別れたんだよね」

詩 「ああ、それはつらかったね」

紬 「自分の見る目のなさにへこむっていうか、
   うまく付き合えなかった自分がいやになるっていうか」

詩 「うんうん」

紬 「浮気にも全然気づかなかったし、彼女はいつから浮気してたのかなとかさ」

詩 「ん? 彼女?」

紬 「え? ……あっ、いや、えっと、ごめん、ちがう、えっと」

詩 「紬、女の子と付き合ってたの?」

紬 「えっと……」

詩 「そんな顔しなくて大丈夫だって。
   多様性の時代だよ? 同性と付き合うなんて全然アリでしょ。
   実は私もどっちかっていうと女の子が好きだったりするし」

紬 「えっ、そうなの? ほんと?」

詩 「うん、ほんと」

紬 「……そっか、よかった」

詩 「知られたくないなら、誰にも言わないよ。
   だから安心して。
   あ、私のことも、内緒でよろ」

紬 「うん、わかった。ありがとう」

詩 「で、その浮気した彼女って誰? 同じ学校の子?」

紬 「んーん、働いてるひと」

詩 「あー年上かあ」

紬 「詩ちゃんは年上と付き合ったことある?」

詩 「大学生とだったらあるよ。結構すぐにだめになったけど」

紬 「詩ちゃんでもだめだったんなら、私なんか最初から無理だよなあ」

詩 「そんなことないって」

紬 「……年上ってやっぱ難しいよね」

詩 「んー、まぁ人によると思うよ」

紬 「そっかー。うーん。
   なんか、どんどん愚痴みたくなっちゃいそう」

詩 「いいよ、遠慮しないで何でも言って」

紬 「ありがとう。
   でも、いざ話そうとすると、あれだね、どこから話したらいいか悩むね」

詩 「その彼女とは、どこで知り合ったの?」

紬 「マッチングアプリ」

詩 「あーね」

紬 「でも、相性は、そんなによくなかったかもしれないなあ」

詩 「まぁ所詮はアプリだから」

紬 「彼女さ、私の話、全然聞いてくれなかったんだよね」

詩 「どうして? 忙しいとか?」

紬 「んーん、聞く価値ないって」

詩 「は?」

紬 「私みたいな子供の言うことは、聞く価値もないって言われてたんだ」

詩 「彼女、いくつの人?」

紬 「26」

詩 「言うほど大人って年でもない説」

紬 「外で働いてる私と学生のあなたじゃ天と地ほどの差がある、って言ってた」

詩 「何それどういうこと?」

紬 「いい大学出て一流企業に入ったすごい人なんだよ。
   私の為だって言って、色々なこと教えてくれたんだけど、
   私、全然内容理解できなくてさ、
   頭弱いんだねっていつも言われてて……どんどんつらくなっちゃって。
   私自身、彼女の為にできることが何もないのもしんどくて」

詩 「ごめん待って。訊きたいことありすぎて渋滞してるわ」

紬 「訊きたいことって?」

詩 「えーと、まず、紬の為に教えてくれたって何を?」

紬 「世の中とは、とか、大人とは、とかそういう感じのことかな。
   私がわからないからいつも怒らせてて。
   質問とかも、しちゃいけなかったんだよね。
   子供は大人の言うこと聞いてないといけないから、口挟むの禁止でさ」

詩 「それ、所謂モラハラってやつじゃない?」

紬 「モラハラ?」

詩 「別れて正解だと思う。
   そんな人の言うこと聞く必要まったくない、全部忘れな」

紬 「忘れなって言われても……」

詩 「世の中とはこういうもので、大人とはこういうものだから
   子供は黙って言うこと聞いとけ、口挟むのは禁止です。
   もしこれを自分の親が言ったらどう思う?」

紬 「親が……んー、変だなって思うかな。
   うちの親は『紬はどう思う?』って訊いてくれる人達だし」

詩 「そう、それが普通なんだって。
   人はみんな違う生き物だし、それぞれ考えを持ってるし、
   それらを否定する権利は誰にもない。
   本気で言ってる親がいたら毒親もいいとこでしょ。
   恋人に強要してたならそれは立派なモラハラです。
   そんな人とは、さっさと離れてよかったんだよ」

紬 「彼女、普通の人だったんだけどな」

詩 「最初はみんなそうなんだよ。
   でも実はその中身は全然普通じゃないっていう。
   紬の意見とか気持ちとか、まるっと無視するのが普通なわけないでしょ」

紬 「……そっか……」

詩 「最近付き合い悪かったのってその女に振り回されてたせい?」

紬 「会う時間とか、やっぱり夜になっちゃうし、
   そうすると、課題とか家の手伝いとかできなくなっちゃうから……」

詩 「尽くしてたんだね」

紬 「そんな……何も、できなかったよ。
   彼女なのに意味ない役立たずっていつも言われてたし」

詩 「そんなことないって。
   むしろ恋人にそんなこと言える方がおかしいから。
   その人の方こそ彼女の意味ないって思わなかった?」

紬 「……」

詩 「紬は紬のままでいいんだよ。
   役立たずだなんてそんなこと絶対にないからね」

紬 「……そう、かな」

詩 「そうだよ」

紬 「はは……なんか、弱ってる時のそういう優しい言葉って、やばいね。
   全肯定してくれるなんて思わなかった。ちょっと泣きそう」

詩 「泣いてもいいよ」

紬 「さすがにそれはね、ほら、メイクも崩れちゃうし」

詩 「……ふぅん」

紬 「……何?」

詩 「紬のそういうとこ、いいね」

紬 「え?」

詩 「がんばりやなとこ。自分がつらいのに遠慮しちゃうとこ。それを隠すとこ」

紬 「えー何がいいのかわかんない」

詩 「つまり、可愛いってこと」

紬 「かっ、可愛い!?
   そういうことさらっと言わないでよ、照れるでしょ!」

詩 「照れるんだ?」

紬 「そりゃ、ね」

詩 「ふふ、紬めっちゃ可愛い」

紬 「だから! 言わないでって言ってるのに!」

詩 「えー、そう思ったから言ってるだけなのに」

紬 「悪ふざけがすぎるよ」

詩 「そう?」

紬 「うん」

詩 「しょうがないな。そういうことにしておいてあげる」

紬 「詩ちゃん。思わせぶりに言うのってずるいと思う。
   私が勘違いしたらどうするの?」

詩 「んー、私的にはさ、モラハラ浮気女のことなんか早く忘れてほしいわけ。
   紬が悲しむ必要まったくないんだからさ」

紬 「でも……私なりに好きだったし、やっぱ別れたのは悲しいんだよ」

詩 「モラハラ浮気女相手でも、まだ悲しい?」

紬 「……うん」

詩 「紬みたいな優しい子に限って変な女に引っかかるんだよねえ」

紬 「詩ちゃんは、うまくいかなかった恋愛を引きずることってないの?」

詩 「ないね」

紬 「それはそれで羨ましい」

詩 「そう? 薄情とかよく言われるけどね。
   うまくいかなかったことは、考えても意味ないって思ってるし。
   だからすぐ気持ちもリセット、次の出会いとか探しちゃう」

紬 「そういうのシンプルでいいなあ」

詩 「紬は愛が深そうだから、こういうの難しいんじゃない?」

紬 「え、私って愛が深そう?」

詩 「うん。めっちゃ深いでしょ」

紬 「私は……愛した分だけ相手からも愛してほしいって思うだけだよ。
   こういうのって愛が深いっていうよりも、重いっていわない?」

詩 「んー、ライトな関係を好む人も多いし、重いって人はいるかもしれない。
   でも、嬉しいって人も一定数いると思うから、いいんだよ」

紬 「よかった」

詩 「私とか嬉しいタイプだけどね」

紬 「うわ、調子いいな」

詩 「ほんとだって」

紬 「えー」

詩 「ただ愛されたいっていう、シンプルな話だよ」

紬 「……うん」

詩 「私、あんまり本気の恋愛に選ばれないタイプでさ」

紬 「そうなの?」

詩 「手軽に遊ぶにはちょうどいいんだろうけどね。
   どうしてか、たったひとりには選んでもらえないんだ」

紬 「切ないね。
   ほんとさ……たったひとりでいいのにね。
   たったひとりでいいから、深く深く愛されたら、絶対幸せなのに」

詩 「そう。そしたらめっちゃ愛するのにってね。
   ……ま、現実そんなにうまくいかないから、
   私もフリーだし、紬は失恋して泣いてるわけだけど」

紬 「泣いてないから」

詩 「泣いていいよって言ってるのに。
   それとも啼かされたい?」

紬 「ちょっと! それはあれだよね、意味が違うやつでしょ!」

詩 「あ、伝わってる。嬉しい」

紬 「嬉しいじゃないから。困るから。
   私の状況とか、気持ちとか、今言ったばっかなのに。
   それでそういうこと言われるとか、それはさぁ……違う、でしょ」

詩 「違う、かなあ。まぁ困らせたいわけじゃないけどね。
   紬はもっとシンプルに考えればいいんだよ」

紬 「シンプルにどう考えろと?」

詩 「紬は私のこと嫌い?」

紬 「嫌いじゃないよ。嫌いだったらこんなに話してない」

詩 「じゃあ好き?」

紬 「好きか嫌いかでいえば、好きだよ」

詩 「手」

紬 「手?」

詩 「手、出して」

紬 「え、うん」

(紬の手をおもむろに触る詩)

詩 「私に手、握られてどう? 嫌?」

紬 「嫌じゃないよ」

詩 「ってことは、生理的に無理ってわけでもない。
   嫌いでもない、むしろ好き。
   ってことは、私とするっていう選択肢があってもよくない?」

紬 「す、する!?!?」

詩 「そう」

紬 「するって、何を?」

詩 「キモチイイこと」

紬 「思いのほかそのままの意味だった!!」

詩 「当たり前じゃない。で、どう?」

紬 「いやいやいや、ここ学校なんですけど!!」

詩 「でも放課後だし。誰もいないし」

紬 「誰か来たらどーするの!」

詩 「さすがにこの時間から誰も来ないでしょ、みんな帰ったよ」

紬 「……確かに、屋上なんかに来ないか」

詩 「どうする?」

紬 「……ちょ、ちょっと、いったん待って」

詩 「なぁに」

紬 「こういうとき……どうするのが正解?」

詩 「さあ。正解なんてないんじゃない?
   紬のしたいようにすればいいよ」

紬 「そんなの、わからないよ」

詩 「わからないの?」

紬 「わかるわけ、ないよ」

詩 「うん、可愛いね」

紬 「何が。可愛いって言っておけばいいと思ってるでしょ」

詩 「そんなことないよ。
   紬のそういうところ、ほんと可愛いなって思う」

紬 「嘘つき、つまらないの間違いなのわかってるよ」

詩 「それ、モラハラ浮気女に言われた?」

紬 「え? ……うん」

詩 「あーマジでいらつくわ。
   紬のいいところ全部否定して、マジで何様のつもりなんだろう」

紬 「そんなことは、ないと思うけど」

詩 「庇うの? 今もそんなに好き?」

紬 「好きかって訊かれると微妙だけどさ……」

詩 「あーもうあんな女のこと考えないで思い出さないで」

紬 「詩ちゃんが話題に出したくせに」

詩 「私のことだけ考えてよ」

紬 「えっ何それ。いきなり可愛いんだけど」

詩 「うっ。つい、言っちゃった」

紬 「素直か」

詩 「で! 私のことだけ考えてくれるよね?」

紬 「うーん、いいけど、どうやって? 難しくない?」

詩 「そうかな。意外と簡単そうだけど」

紬 「簡単、かなあ」

詩 「紬」

紬 「んー?」

詩 「キスしていい?」

紬 「え? な、なんで?」

詩 「したいから」

紬 「し、したいって……」

詩 「いい?」

紬 「だ、だめ!」

詩 「何でだめなの?」

紬 「何でって、だって、……」

詩 「だって?」

紬 「……」

詩 「いきなりするよりかは、ちゃんと訊いてからした方がいいと思ったんだけどな」

紬 「いきなりなんて、もっと無理っ!
   ……まって、ほんと待って、だめだって」

詩 「何がだめ?」

紬 「……うん。はい。ちゃんと、頭の中詩ちゃんだけになりました」

詩 「はい成功、やったね」

紬 「うん。でも、やりすぎだよ」

詩 「そうかな。押し倒すっていう選択肢もあったんだけど」

紬 「もっとだめ!! ここ学校って何度言えばいいの!!」

詩 「学校じゃなきゃいい、ってこと?」

紬 「そ、そうじゃなくてっ……
   付き合ってるわけでもないのに、そういうことするのはおかしいでしょ」

詩 「紬らしいね。やっぱり順番気にするんだ」

紬 「詩ちゃんはさ、どうしてそういうのできるの」

詩 「ん? そういうのって?」

紬 「だから、こういう、なんていうか、
   やりとりっていうか、駆け引きっていうか?」

詩 「私はそんな駆け引きとかできるわけじゃないよ。
   これでも今は焦ってるし」

紬 「焦ってるの? どうして?」

詩 「愚痴聞くだけのつもりが、
   それだけで終わりにできない自分がいるからさ。
   難しいよね、恋ってちっとも思うようにならない」

紬 「え、……恋、なの?」

詩 「黄昏れてる友達の横顔にきゅんときちゃいました。
   友情から恋に発展するなんて、初体験だ」

紬 「……もしかして今、私、告られてる?」

詩 「そうだね」

紬 「やば……」

詩 「……紬、私と恋愛してみない?」

紬 「そこは、付き合ってみないとかじゃないの?」

詩 「そっちの方が好き? 言い直す?」

紬 「いや、いいけど別に」

詩 「私と付き合ってみませんか」

紬 「言い直されたところで……無理、だよ。
   私、まだ元カノのこと忘れてないし」

詩 「最初はそれでもいいよ。
   私と付き合ってるうちにさ、すぐ忘れるって」

紬 「そう、かな」

詩 「それに、すでに一歩前進してるし」

紬 「え?」

詩 「紬は最初、モラハラ浮気女のこと彼女って言ってたけど、
   今は元カノって言ってるもん」

紬 「えーほんと? 無意識だった」

詩 「ということで。
   さすがにここで押し倒すのはやめとくけどさ、
   キスくらいはしていいでしょ?」

紬 「へ!? キス!?」

詩 「押し倒していいんなら、喜んで」

紬 「待ってそれはほんとに無理!!!」

詩 「じゃあキス」

紬 「キス……」

詩 「すぐ終わるよ」

紬 「そういうことじゃなくて」

詩 「すぐ終わらないキスでもいいならそうするけど」

紬 「よくない!
   もうほんと勘弁してよ色々パンクするから!!」

詩 「いいから、そのまま目閉じてて」

紬 「っ……!」


(詩、紬に軽いキスをする。リップノイズ入れられるなら入れてください)


詩 「……嫌だった?」

紬 「……嫌じゃ、ない」

詩 「よかった」

紬 「……よくない」

詩 「だめだった?」

紬 「すっごいドキドキしてるんだけど、もうっ、どうしてくれるの?」

詩 「あはは、可愛いねぇ」

紬 「馬鹿」

詩 「ごめんって」

紬 「詩ちゃんって、いちいち軽いよね」

詩 「軽いかな」

紬 「そう、見えてますけど」

詩 「それは心外」

紬 「え?」

詩 「……このまま口説いていいなら口説くけど?」

紬 「えっ!?」

詩 「もっといっぱい、それこそ心の底からドキドキさせて、
   私のことしか考えられなくさせてもいいんだけど?」

紬 「どーして、そういうこと言うかなあ!」
    
詩 「あえて軽く言ってあげてるっていうの、わかってなさそうだから」

紬 「素朴な疑問だけど、どうして軽く言う必要があるの?」

詩 「どうしてってそれは……」

紬 「……詩ちゃん?」

詩 「はー……」(溜息)

紬 「ちょっと。今度は詩ちゃんが溜息?」

詩 「……ごめん。それは私の問題だった」

紬 「どうしたの?」

詩 「……んー、……話せないわけじゃないんだけど」

紬 「話したくないなら無理しなくていいよ」

詩 「んーん、話すよ。私の地雷について」

紬 「地雷……何かあるの?」

詩 「まぁね。大したことじゃないんだけど」

紬 「でも詩ちゃんにとっては、大したことなんでしょ」

詩 「まぁ、うん」

紬 「聞くよ」

詩 「……私さ、浮気相手にされるの、もう嫌なんだよね」

紬 「浮気相手?」

詩 「さっき本気の恋愛に選ばれないって言ったけど、
   都合のいい二番目の女にはなりやすくてさ。
   結構揉めたこととかもあって、しんどくて、もう無理だなって」

紬 「それは、誰でもしんどいと思うよ」

詩 「紬さ、もし万が一、モラハラ浮気女とよりが戻ることがあるなら、
   私とはきちんと距離とってからにしてほしいの。
   二股とか、無理だし。
   埋め合わせ要員にされるの、ほんと、きついしさ」

紬 「……よりが戻るっていうのは、ないと思うんだけど」

詩 「頭では違うってわかってるの。
   紬が私にそんなことするわけないって」

紬 「うん、絶対しないよ」

詩 「でも、忘れられない相手がいて、そこに私が入り込んでるんだから
   黄昏れてた横顔に惚れた以上、
   たとえそうなったとしても、しょーがないから。
   でもやっぱどこか、ちゃんと付き合うまではって意味で、
   予防線張って、軽く言っちゃってたんだと思う。ごめん」

紬 「あの、ちょっと、さ」

詩 「何?」

紬 「気になったこと訊いていいかな。
   ……埋め合わせ要員て、何、どういうこと?」

詩 「あー、寂しい時にあたためてくれる相手?
   一時しのぎっていうか、空いた穴を都合よく埋めてくれるって、
   前にそう言われたことがあったんだよね」

紬 「は? 何それむかつく」

詩 「え」

紬 「詩ちゃんのこと都合よく使うとか信じられない! 何なの!?」

詩 「……」

紬 「あ……なんか、ごめん」

詩 「んーん、ありがとう。
   紬が怒ってくれるなんて思わなかったから嬉しい」

紬 「……ちょっといらついちゃった」

詩 「でも私は大丈夫。
   うまくいかなかった恋愛は全部忘れてるからね」

紬 「……シンプル、だね」

詩 「うん。私はいつもシンプル」

紬 「……シンプルイズベストって言うよね」

詩 「無難とも言うけどね」

紬 「……なんかさ。
   付き合うとか付き合わないとかじゃなくて、
   今ものすごく、詩ちゃんと一緒にいたいって思ったよ」

詩 「え?」

紬 「私なら、埋め合わせ要員だなんて、そんなこと絶対しないのにって。
   悲しい顔させないし、言わせないのにって」

詩 「待って。……もしかして私、告られてる?」

紬 「かもね」

詩 「でも、付き合うわけじゃないんだ?」

紬 「だって、キスされて好きになった、っていうのも、おかしくない?」

詩 「おかしくないんじゃない?」

紬 「そうかなあ」

詩 「まあいいや。気長にいくことにする」

紬 「そうして。私もそうする」

詩 「なんか、紬とのんびり恋愛するのも悪くないかも」

紬 「詩ちゃんとだったら、あったかい恋愛できそうな気がしてきた」

詩 「うん任せて」

紬 「あー……いい空だねぇ」

詩 「綺麗な夕焼けだよね。……明日も晴れるかな」

紬 「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ、って言うもん、きっと晴れるよ」

詩 「……紬」

紬 「んー?」

詩 「付き合おう」

紬 「……気長にいくんじゃなかったっけ?」

詩 「それはそれ。適度に口説き続けるから」

紬 「うわぁ、毎日ドキドキだね」

詩 「紬も口説いてくれていいんだよ」

紬 「ハードル高いよ」

詩 「何事も練習あるのみ」

紬 「えー、じゃあ、そのうち」

詩 「待ってる」

紬 「あ……今の声の響き、好きかも」

詩 「え?」

紬 「詩ちゃんの声って、なんかいいよね」

詩 「そうくるか。想定外だなあ」

紬 「想定外?」

詩 「うん。だめだわ。紬には勝てない」

紬 「勝ち負けとかあるの?」

詩 「そんなこと言われちゃどんな駆け引きも意味ないよ。
   はー、私、この声でよかったー」

紬 「詩ちゃんって面白い」

詩 「紬ほどじゃないよ」

紬 「私は面白くなんて、」

詩 「私がそう思うからいいの」

紬 「うん、そうだね。
   ……そろそろ帰ろっか」

詩 「ん、もういいの?」

紬 「じゅうぶん元気出たから。ありがとね、詩ちゃん」

詩 「別に、何もしてないよ」


(間)

(昇降口)


紬 「今日、詩ちゃんと話せてよかった」

詩 「それは私も」

紬 「そっか。あ、そういえば、どうして私のところ来てくれたの?
   何か用事とかあった?」

詩 「んーん、何もなかったけど、何となくかな」

紬 「ふぅん」

詩 「はー……、明日も晴れだね」

紬 「うん? そうだね、きっと」

詩 「雨が降ってても、晴れだよ」

紬 「……そうかもね」

詩 「……紬」

紬 「うん?」

詩 「…………付き合おうよ」

紬 「あははっ」

詩 「笑わないでよ」

紬 「これ、私が頷くまで終わらなそう」

詩 「……かもね」

紬 「詩ちゃんって自転車だっけ?」

詩 「ああ、うん。紬は電車だよね」

紬 「うん」

詩 「電車っていいよね。私定期ってちょっと憧れがあってさ」

紬 「へぇ……なんか意外」

詩 「そう? 可愛い定期入れとか、気分あがりそうじゃん」

紬 「あーね。でも私も、自転車通学って身軽でうらやましいなって思ってた」

詩 「そんなこともないけどね、雨の日大変だし」

紬 「ああ雨はねえ……」

詩 「学校指定のレインコート、あの色はありえなくない?
   気分下がるし、着てたって結局濡れるし、マジでいいことないよ。
   まぁ電車も電車で大変なんだろうけどさ」

紬 「お互いないものねだりだね」

詩 「そうだね」

紬 「……じゃあ……また明日ね」

詩 「うん、また明日」

(紬、帰りかけて振り返り)

紬 「……詩ちゃん!」

詩 「ん、なに?」

紬 「私達さあ!」

詩 「うん?」

紬 「……明日もし晴れたら……付き合ってみようか」

詩 「…………いいね、それ。明日もし晴れたら、ね」

紬 「そう。明日、もし晴れたら」

詩 「……付き合おうね」

紬 「うん」





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