雨色クリスマス

作:早川ふう / 所要時間 45分 / 比率 2:1

利用規約はこちら。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。2013.12.10.


【登場人物紹介】

斉藤 美和 (さいとう みわ)
  31歳女性。会社員。内向的な性格だが社交的になろうと努力はするタイプ。
  千秋と幼馴染。学生時代、恭梧とも親交があった。少し子供っぽいところがある。

千秋 拡 (ちあき ひろむ)
  31歳男性。バーテンダー。成人と同時にカミングアウトした俗に言うオネエ。
  女装はしていないが、女言葉で話す。美和と幼馴染。恭梧とは学生時代から親友。

井上 恭梧 (いのうえ きょうご)
  31歳男性。会社員。昔から爽やかな印象が変わらない。少し頼りないが、真面目で優しい。
  千秋とは学生時代から親友で美和とも親交があった。


【配役表】

美和・・・
千秋・・・
恭梧・・・



(クリスマス。ビルの地下にある、小さなバー。
 店内に客はひとり。恭梧が座ってウィスキーを飲んでいる。
 外の様子を見に行っていたバーテンダーの千秋が戻ってくる。)


千秋   「恭梧〜、本格的に降ってきちゃったわよ〜。
      この分じゃ電車も止まっちゃうかもしれないわ」

恭梧   「まぁ、帰れなくても問題はないさ。
      けど雨かぁ、せめて雪なら雰囲気もあるのにな」

千秋   「あら、アタシと二人で素敵なクリスマスを過ごす?」

恭梧   「雪が降ったとしても、お前とじゃムリ」

千秋   「そうよねぇ〜」

恭梧   「来るときに街頭販売の女の子がいてさ、
      サンタの衣装が寒そうだったんだよなぁ……濡れてないといいけど」

千秋   「書き入れ時だってのに、ケーキ屋さんがかわいそうだわ。
      せっかく若い女の子にそんな衣装着せても、
      ケーキは売れない上に時給だけ持ってかれるんじゃぁねぇ」

恭梧   「相変わらず女に厳しいな」

千秋   「それで?
      なぁに、もしかしてそのミス・サンタに一目惚れでもしたの?」

恭梧   「お前はいつもそういう方向に持っていくんだから……」

千秋   「恭梧がまた恋ができるといいなって心配してるだけよ」

恭梧   「そいつはどーも。
      だが、残念ながらただの世間話の延長だ」

千秋   「あらそう」

恭梧   「千秋こそ、最近どうなんだ? 恋人とか」

千秋   「ひ・み・つ!」

恭梧   「何だよそれ。別に他に客もいないんだから話してくれたっていいだろ」

千秋   「そうねぇ……、恋はいつでもしてるわよ」

恭梧   「へぇ。千秋の好みってどんなタイプ?」

千秋   「年はまぁどうでもいいけど、
      手取り足取りアタシが教えてあげられるようなコがいいわね〜」

恭梧   「何も知らない無垢なコドモに、強引に迫ったりするなよ?」

千秋   「そんなことしないわよ。
      可愛い子は見てるだけで充分だから。
      そうそう、この間、駅のあっち側でチキンの街頭販売してた男の子がいて、
      もう、すごーく可愛かったのよ〜」

恭梧   「なんだ、街頭販売のサンタに一目惚れって、自分のことだったんじゃないか」

千秋   「あらやだバレちゃったぁ。
      もうねぇ、”チキンじゃなくて、あなたが欲しい!”
      ……って言いそうになっちゃった」

恭梧   「思いとどまったのはエライと思うぞ」

千秋   「そのかわりに、チキン1パック買っちゃって、
      胸焼けしながら食べたけどね」

恭梧   「ははは……!」


(そのとき、ドアが開き、女性客が入ってくる)


千秋   「いらっしゃいませ」

美和   「すっかり濡れちゃったあ。
      ちーちゃーん、雨宿りさせて〜!」

千秋   「はいはい。ほら、このタオル使いなさい。
      あ、そのコートかけておくから脱いじゃってね」

美和   「あ、お客さんいたんだ、ごめん」

千秋   「いいから、謝る前にちゃんと拭きなさい、風邪ひくわよ」

恭梧   「ちーちゃん、ねぇ……。
      なんだお前、女と付き合ってたのか?」

千秋   「え?
      冗談はよしてよ。腐れ縁なだけなんだから」

美和   「……あれ、もしかして、井上くん?」

恭梧   「あ、はい、井上だけど……」

美和   「わあっ、変わってないなぁ!
      10年以上経ってるけど、ほんっと変わってない!」

恭梧   「えっ……?」

千秋   「やぁね、これだから男って!
      覚えてないの? このコも同じクラスだったじゃないの。
      赤い眼鏡かけてショートカットだった、斉藤美和よ、アタシの幼馴染の!」

恭梧   「え、斉藤!?」

美和   「うん、斉藤です、久しぶり井上くん!」

恭梧   「斉藤かぁ、綺麗になったんだな! 言われるまでわからなかった!」

美和   「お世辞なんかいらないよ」

恭梧   「いやいや、ホントに!
      あ、斉藤も千秋の店の常連なのか?」

美和   「あー、うーん……」

千秋   「このコはここ半年くらいよ。
      大体月イチくらいでしか来ないし、あんたと時間帯もずれてたからね」

恭梧   「へぇ。あ、他にも同級生って来てたりする?」

千秋   「まさか。田舎から何人こっちに出てきてるか知らないけど、
      アタシがここでお店やってるって、家族にだって言ってないんだから」

美和   「私も知らなかったの。
      偶然、知り合いに連れてこられて……。
      そしたらちーちゃんのお店だったからびっくりしちゃって。
      同じ東京にいるなら連絡くらいくれればいいのに、薄情だよねぇ」

恭梧   「そりゃ薄情だ」

千秋   「はいはいゴメンなさいね、アタシが悪ぅございましたっ」

恭梧   「俺は職場がこの近くなんだ。
      だから開店したときにどんな店かなって覗いたんだよね。
      そしたらこいつの店だっていうし、それから結構通ってるんだ」

美和   「そうなんだ……」

恭梧   「懐かしいなぁ。
      千秋の店に通ってずいぶん経つけど、まさか斉藤とも会えるなんて嬉しいよ。
      あ、そういえば学生時代、いつも本読んでたよな?」

美和   「よく覚えてるね……」

千秋   「文学少女って言えば聞こえはいいけど、このコの本好きは度を越してるから問題よぉ?」

美和   「いいじゃん別に!」

恭梧   「どんな本が好きなんだ?」

美和   「えっ……うーん、色々だよ。
      推理小説とかも好きだし、ファンタジーも、恋愛も……。
      結構何でも読むけど、物語が多いかな、うん」

恭梧   「ってことは家にいっぱい本があったりする?」

美和   「うん、まぁ」

恭梧   「どれくらい?」

美和   「……」

千秋   「ふふふ」

恭梧   「どうかした?」

美和   「……二千から先は、数えてないの」

恭梧   「二千!??!?!」

千秋   「本棚にしまえる量を超えちゃったら普通処分するでしょう?
      でもこのコ、新しい本棚を置くために広い部屋に引っ越したのよ!」

美和   「だって本って捨てられないよ。
      また読みたくなるし、一度読んだらオシマイってできないもん」

恭梧   「俺、活字が苦手だから素直に尊敬するよ」

美和   「そんな、尊敬されるようなことじゃ……」

恭梧   「はは、そのすぐ俯くところとか変わってないな!
      あの頃、千秋と仲良くなって斉藤とも話すようになったけど、
      人見知りだからって言って、よくそうやってた」

美和   「昔よりは社交的になろうって努力してるんだけど」

千秋   「努力が空回りしてる時の方が多いけどね〜」

美和   「もうっ、ちーちゃんの意地悪」

恭梧   「ははは、仲いいんだな相変わらず」

千秋   「幼馴染だから遠慮いらないしね。
      それより恭梧、そろそろグラス空くわよね、次は何飲む?」

恭梧   「水割りがいいな」

千秋   「美和、あんたは?」

美和   「んー、なんかすっきりしたやつ飲みたい」

千秋   「はいはい」


(千秋、ウィスキーとカクテルを用意しはじめる。
 美和はタオルで身体を拭き終え、一瞬迷うが、恭梧の隣に座る)


美和   「井上くんってウィスキー飲めるんだ?」

恭梧   「飲めるようになったのは、ここに通うようになってからなんだ。
      千秋に美味いやつを教えてもらったからさ」

千秋   「伊達にこれを商売にしてないわよ、
      アタシだってお客さんにお金いただくプロなんだから」

美和   「私も、お酒って苦手だったんだけど、
      ちーちゃんが作ってくれたカクテルだったら飲めるの!」

恭梧   「へぇ、カクテルの腕もいいのか」

千秋   「腕がどうこうっていうよりも、このコはお酒に弱いから。
      口当たりのいいお酒を出してるだけよ」

恭梧   「千秋のカクテルは飲んだことないんだよな」

美和   「おいしいよ〜」

恭梧   「じゃあ俺も次はカクテル頼もうかな」

千秋   「ふふ、お試しくださいな」

美和   「ねぇ、なんか……同窓会みたいだね」

恭梧   「三人しかいないけどな」

千秋   「……そんなこと言うならお店クローズにしてきちゃうわよ。
      どうせこの天気じゃ他にお客さんも来ないだろうし、
      今夜は三人の貸切ってことにしちゃいましょ。
      クリスマスだし、ね」


(間)


美和   「では、三人の再会と、クリスマスに、乾杯!」

千秋   「乾杯」

恭梧   「乾杯」

美和   「外はどしゃぶりだし、ケーキもないし、恋人もいないけど……
      こんなクリスマスも悪くないね」

恭梧   「斉藤、恋人いないのか」

美和   「……うん、まぁね。井上くんは?」

恭梧   「俺もいないよ」

千秋   「やだやだ、寂しい三人が集まっちゃったわね」

美和   「恋人と過ごすクリスマス、なんて、
      もうそういうのにはしゃぐ年でもないんだからいいじゃん」

千秋   「そう捻くれたことばっかり言ってると、どんどんブスになるわよ」

美和   「どーせですよーっだ」

恭梧   「……昔、それこそまだガキんときとか、
      理想のクリスマスってなかった?」

美和   「あったあった。
      恋愛小説みたいなベタな展開に憧れたり」

恭梧   「俺も憧れたよ」

美和   「クリスマスに、一緒にどっか高いホテルでごはん食べて、
      一泊したあとにプロポーズされる、とかさ!」

恭梧   「わかる!
      俺シャンパンに指輪入れて、プロポーズしてみたかった!」

千秋   「やだなにそれ、そんなのに憧れるのぉ?」

恭梧   「そういうことをさらっとできたらカッコイイだろうなとか思ってたんだよ」

千秋   「もう、馬鹿ねぇ」

美和   「薔薇の花束をもらうとか、そういうのに憧れるのと一緒だよ。
      実際にされたらちょっと引くかもしれないけど、
      それでも何故か憧れちゃう、みたいな!」

恭梧   「そうそうそれそれ!」

千秋   「乙女思考なのねぇ、二人とも」

美和   「ちーちゃんはそういうの思わない?」

千秋   「アタシは、好きな人がそばにいてくれればそれでいいわ」

恭梧   「……まぁ、それが一番だけどな」

千秋   「好きな人の為にクリスマスの特別なお料理を作って、
      テーブルにお花でも飾って、シャンパン冷やして彼の帰りを待つの。
      お帰りなさい、お仕事お疲れ様、とか言って、
      彼がメリークリスマスってアクセサリーとかくれて……」

美和   「ちーちゃん、妄想が現実的!」

恭梧   「まさに理想っちゃ理想なんだろうけどな」

千秋   「いーじゃないの、乙女の夢ってこういうものでしょう!?」

美和   「やっぱり一番乙女思考なのはちーちゃんなんだね〜〜っ」

恭梧   「だな〜っ」

千秋   「あーあっ、彼氏がいたら、お店も休んで、二人で過ごすのにぃ〜」

美和   「プロらしからぬ発言、バーテンダーのくせに!」

千秋   「プロである前に、恋に生きるオンナでありたいのー!」

恭梧   「ま、そういう情熱は大事だろ。
      燃え上がりすぎるのも問題だけどな」

千秋   「そうそう。だから恋はいつでもしていた方がいいのよ?
      あなたたち二人もね!」

美和   「ハイハイ」

恭梧   「斉藤は、今恋もしてないの?」

美和   「あー、うん……そうだね」

千秋   「恭梧、野暮なこと訊くんじゃないわよ。
      そういうのはね、女から話すまでは訊かないのが男の礼儀!」

恭梧   「ごめん」

美和   「ああ、いいのそんな気にしないで」

恭梧   「……俺はさ、実はバツイチなんだ」

美和   「えっ?!」

千秋   「いきなりそれぶっちゃけちゃうの?
      心の準備くらいさせてあげてから、言いなさいよね」

恭梧   「いや、なんか、人に訊く前に自分が話さないとと思って」

千秋   「ほんっと、男ってこれだから……。
      美和も怒っていいのよ?」

美和   「そんな、別に怒ることなんかじゃ。
      井上くんがいいなら全然、……話くらい聞くし」

千秋   「せっかく乾杯したっていうのに、暗い話なんかしたくないわ〜。
      こんな雨の日にもっとしめっぽくなっちゃうじゃない」

恭梧   「まぁ、暗い話だけじゃないから聞いてくれよ」

千秋   「しょうがないわねぇ。言ってみなさいよ」

恭梧   「あー、前の奥さんとは2年前に別れたんだ。
      月並みな話だけど、浮気されちゃってね。
      相手と一緒になりたいって言うからさ」

美和   「……そっか」

千秋   「恭梧は優しすぎるのよ。
      本当だったら奥さんからも相手からも慰謝料ふんだくれる立場なのに、
      財産分与をしないってことだけで離婚届にハンコ押しちゃうんだから」

恭梧   「面倒だろ、裁判とかって。
      それに、慰謝料請求したところで、奥さんに捨てられたって事実は変わらないしな」

美和   「……それで奥さんとはそのまま?」

恭梧   「ああ、連絡もとってない。相手と幸せに暮らしてるんじゃないのかな」

美和   「……幸せになっててほしい?
      それとも不幸になれとか思う?」

恭梧   「そりゃ……昔は相手の男共々地獄に落ちろとか思ったよ」

美和   「そうだよね……」

千秋   「別れたばっかりの時はすごく荒れてて、見てられなかったわ。
      二度と結婚なんてしない、とか言っちゃって」

恭梧   「そりゃあ、女性不信にもなるだろ、あんだけのことされたら」

千秋   「最近は落ち着いてきたから安心してるのよ。
      でもまだ新しく恋をしようとしないのが心配だけど」

恭梧   「いや、ようやく希望が持てた」

美和   「希望?」

千秋   「あら、それってもしかして……?」

恭梧   「千秋も人が悪いよな。
      斉藤がこの店に来てるんなら、教えてくれればよかったのに」

美和   「えっ私?」

千秋   「なるほど、そういうことね」

恭梧   「そうだよ」

美和   「え……なぁに?」

恭梧   「いや、はは、まぁ、うん。
      千秋、何かカクテル作ってくれよ」

千秋   「はいはい、わかったわよ。
      恭梧、白ワイン平気?」

恭梧   「おう、大丈夫」

美和   「ちーちゃん、私もカクテルー!」

千秋   「はいはい。待ってなさい」


(千秋、カクテルの準備を始める)


恭梧   「……なんか、プロの手つきって見とれるよな」

美和   「うんわかる」

千秋   「バーテンダーだからね、姿勢に気をつけるのは勿論だけど、
      お客様に綺麗に見える仕草を研究したりするのよ」

美和   「魔法みたいだよねぇ……さっきまでボトルに入ってたお酒がさ、
      ちーちゃんの手を通して、色も味も混ざり合って、きらきら光ってくの……」

恭梧   「ああ、そうだな。
      って言いつつ、実は俺、前まで、バーでカクテル飲むなんて金の無駄って思ってたんだ。
      スーパーで買える缶のカクテルの方が安いだろ。
      でもこうやってバーで酒を飲むようになったら、全然違うのがわかったし。
      バーテンダーの力ってすごいよなあって……」

千秋   「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
      はい、二人ともお待たせ」

恭梧   「あれ、白ワインって言ってたのに、赤いけど?」

千秋   「カシスに白ワインを注いだカクテルなの。試してみてね。
      美和には軽くカシスソーダ」

美和   「ありがと。
      ねぇ、井上くんに作ったやつってキール?」

千秋   「あらよくわかったわね」

美和   「だって……あ、……何でもない」

恭梧   「お、美味い!!!!!」

千秋   「よかったわ」

美和   「私のも美味しいよ〜」

千秋   「友情と、ささやかなるお節介をこめて作ったからね」

恭梧   「どういうことだ?」

千秋   「花言葉とか宝石言葉と同じで、カクテル言葉っていうのがあるの知ってるかしら?
      貴方達に出したカクテルにも意味があるのよ」

美和   「へー、どんな意味?」

千秋   「カシスソーダのカクテル言葉は『貴方は魅力的』よ」

美和   「えっ……やだちーちゃん、何言ってんの!」

恭梧   「じゃあ俺のは?」

千秋   「キールのカクテル言葉は『最高のめぐり逢い』」

恭梧   「あっはは、なるほどね」

千秋   「……何かあたたかい料理が欲しいところよね。
      簡単に何か作ってくるわ。ちょっと二人で適当にやっててちょうだい」


(千秋、カウンター奥へと退場)


恭梧   「……あいつなりのお節介、か。なるほどね」

美和   「どういうこと?」

恭梧   「あー……こんなことされりゃ薄々気付くかもだけど、
      つまりは、……あの頃、俺、少しだけ斉藤のこと気になってたんだ」

美和   「えっ……!」

恭梧   「淡い初恋ってやつだよ。
      もう恋愛なんて当分いいやって思ってたけど、なんか斉藤の顔みたら、
      密かに憧れてた気持ちとか、どんどん思い出してきたっていうか……」

美和   「それって同じクラスだった時の話?」

恭梧   「そうそう。
      あの頃千秋に相談したこともあったんだよ。斉藤に彼氏がいるのか、とかな。
      結局、何だかんだ言っても俺に勇気がなくてそのままだったんだけど」

美和   「そうだったんだ……気付かなかった……」

恭梧   「千秋から、俺がそういう風に思ってる、とか聞いたことなかった?」

美和   「全然!」

恭梧   「ってことは、昔お節介してくれなかった罪滅ぼしかな、このカクテルは」

美和   「えぇ……そういう意味……?」

恭梧   「クリスマスに、他ならぬ千秋の店で、偶然斉藤に再会できるなんて、
      ほんっと最高のめぐり逢いだよな」

美和   「……」

恭梧   「ごめん、引いた?」

美和   「あ、そんなことはないんだけど……」

恭梧   「斉藤に彼氏がいないから、じゃあ俺と、とか、
      そんなことを言い出すつもりはないんだ。
      警戒しないでほしい」

美和   「警戒もしてないけど……」

恭梧   「ならよかった」

美和   「カシスソーダ……『貴方は魅力的』って、どういう意味だろう……」

恭梧   「自信を持って恋をしてみろってことじゃないのか?
      まぁ、千秋は相手は俺って考えてたのかもしれないけど。
      いやほんと、その、うん、無理強いするつもりはないから!」

美和   「ふふ、井上くん酔ってるの?
      別に大丈夫だってば、そんな強調しなくても」

恭梧   「はは、うん」

美和   「恋かぁ……」

恭梧   「俺はさ、さっきも話したけど、一度結婚失敗してるし、
      どうしても臆病にはなってるんだよなぁ。
      勿論、この年だから、結婚を前提に付き合わなきゃいけないって思うけど、
      失敗した男と家庭を持ってくれる奇特な人を探さないといけないハードルがなあ。
      俺、つまらない男だっていう自覚もあるし……」

美和   「つまらない男だなんて思わないよ」

恭梧   「でも奥さん一人繋ぎ止めていられなかったんだぞ」

美和   「あのさ。昔さ。
      ちーちゃんも、そんなに自分から喋るタイプじゃなかったし、
      私もほら、言わずもがなだし。
      それでも井上くんは、私達と仲良くしてくれたじゃない?
      それに場を和ませる空気っていうか……そういうの、すごく素敵だと思うよ……」

恭梧   「はは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

美和   「お世辞なんかじゃないよ。
      今だってほら、そうやって明るく話してくれてるし」

恭梧   「参ったな。そんなこと言われちゃ、口説きたくなってくる」

美和   「えー、井上くんって軽い男だったんだ」

恭梧   「嘘嘘嘘、冗談!! ……いや、冗談?
      うーん、半分くらい本気だけどまだ冗談!」

美和   「半分は本気なんだ?」

恭梧   「まぁ、昔好きだった女の子がこんな綺麗になってたらね、
      男としては気になりますよ〜」

美和   「口がうまいね」

恭梧   「少し酔ってるからかな。
      普段は恥ずかしくて言えないし。
      ……斉藤は、高校卒業した後どうしてたの? 大学だったよね?」

美和   「うん。大学行きながらバイトして上京資金貯めて、
      こっちに就職したんだ」

恭梧   「へぇ〜、将来設計ちゃんとしてたんだ?」

美和   「そんなんじゃないよ。
      周りに言われたままに何となくそうやってただけ。
      別に人生に夢も目的もないし……」

恭梧   「趣味があるじゃないか」

美和   「読書が夢や仕事に繋がってるわけでもないし。
      本を買う為に仕事してる、ってわけでもないし」

恭梧   「でもそういう楽しみすらもないヤツだっているよ」

美和   「そうなのかな……」

恭梧   「……恋愛、は?」

美和   「え?」

恭梧   「いやほら、今恋人いないって言ってたけど、
      今までの恋愛とか、どうだったのかなーって」

美和   「……別に。面白い恋愛話はなかったかな」


(美和のバックから携帯が震える音がする。
 表情が曇る美和。)


恭梧   「電話、だよね? 出なくていいの?」

美和   「……でも」

恭梧   「あ、俺がいるとまずいかな? 仕事の人?」

美和   「……うん。ちょっと外で話してくる」


(美和、席を立ち、携帯を持ったまま店の外へ出る。
 少しして、千秋が、盛り合わせたソーセージやポテトなどを持って戻ってくる)


千秋   「あら? 美和は?」

恭梧   「何か電話かかってきて、今外にいるけど」

千秋   「……そう。せっかく二人っきりにしてあげたのに、タイミング悪いわねぇ」

恭梧   「むしろ助かったよ。
      こんな急にチャンスを作られても、まだ俺には余裕ないって」

千秋   「その割には積極的だったじゃない」

恭梧   「聞いてたのか!?」

千秋   「聞こえただけよ失礼ね。
      それで? 恭梧は美和じゃ不満なわけ?」

恭梧   「おいおい、そんなこと言ってないだろ。
      不満も何も、俺が申し訳ないっつー話だ。
      バツがついてるって、結構きついんだからな」

千秋   「ぐずぐずしてると、他の男に持ってかれちゃうわよ?
      恋心なんてものはね、後生大事に抱えていても、育って実になるわけじゃないの。
      行動しなきゃ、実にもならないで枯れるばかりよ」

恭梧   「それは学生の時で身に染みてるよ」

千秋   「だったらさっさと行動しなさいな」

恭梧   「千秋は、それでいいのか?」

千秋   「え?」

恭梧   「斉藤は、お前にとって大事な幼馴染だろ?
      俺なんかが手を出していいのか?」

千秋   「馬鹿ね。反対だったらそもそもけしかけてないわよ。
      ……恭梧と美和だったら、いい組み合わせだと思うわ。
      親友と幼馴染がくっついて幸せになってくれたら、
      肩の荷が一気に降りるってものよ」

恭梧   「いつも愚痴聞かせたもんな」

千秋   「そうよ、愚痴より惚気を聞かせてほしいものね」

恭梧   「そうだな、そうなれるように頑張るよ」


(美和、入ってくる。コートを預けたままなので少し震えている)


千秋   「あら美和、電話はもういいの?」

美和   「あ、うん、その……ごめん、私ちょっと用事ができちゃって、もう行かなきゃ」

恭梧   「え!? 外まだ雨すごいだろ? それなのに行くのか?」

美和   「平気、タクシーで行くから。              
      ちーちゃん、今日のお金って5千円で足りるかな?」

千秋   「待ちなさい美和。
      座って。
      ……座りなさい!」

美和   「……」(座る)

恭梧   「おい千秋どうしたんだよ怖い顔して」

千秋   「恭梧は黙ってて。
      美和、アタシが今何を言いたいのか、わかるわよね?」

美和   「……うん」

千秋   「行かせないわよ。
      恭梧の話を聞いた後だってのによくそんなことができるわね!
      ……アタシをあまり幻滅させないでちょうだい」

美和   「……でも」

千秋   「いい加減にしなさい!!!」

美和   「っ……」

恭梧   「おい、せっかくのクリスマスにやめろよ!!!」

千秋   「恭梧は何も知らないからそうのんびりしていられるのよ」

恭梧   「え?」

千秋   「……美和。アタシに口出しされたくない気持ちもわかるわ。
      あんた自身のことをアタシが他人に話すのがルール違反なのも承知してる。
      でも敢えて、そのルール、破るわよ」

美和   「……、」

千秋   「恭梧。このコね、……不倫してるの」

恭梧   「えっ!?」


(間)


美和   「……知らなかったの、奥さんと子供がいるなんて。
      指輪もしてなかったし、職場でそういう話も聞かなかったから、
      真面目な人なんだって思ってたし……。
      食事して、誘われて……付き合うことに、なって……。
      しばらくは楽しかったけど、急にデートをキャンセルされることが続いたんだ。
      何でだろうって思ったけど、仕事も忙しかったし、
      疲れてるんだろうなってあまり気にしてなかった。
      会社で、彼にお子さんが生まれたからお祝いどうするって話を聞くまで、気付かなかったの。
      全部騙されてたんだってわかって、会社も辞めようと思った。思ったけど!
      私が彼と付き合ってるって誰も知らないし、次の仕事の当てだってないし。
      結局、私……」

千秋   「だから言ったじゃないの。絶対に泣くことになるわよって」

美和   「だって……(泣く)」

千秋   「泣いて甘えんじゃないわよ! 現実を知った後は自己責任でしょう!!」

美和   「っ……」

恭梧   「おい怒鳴るなよ千秋…」

千秋   「怒らないとわからないのよこの馬鹿は」

美和   「……どうせ馬鹿だよ」

千秋   「いい加減にしなさいよ美和!」

恭梧   「まぁまぁ千秋もいったん落ち着けよ。
      なぁ斉藤。
      斉藤の彼は、結婚しようとか言ってくれてたの?」

美和   「……何も」

恭梧   「彼のお子さんが生まれたのはいつ?」

美和   「3ヶ月くらい、前」

恭梧   「その後、話し合ったんだろ? 彼は何て?」

美和   「君のことも大切に想ってるから、関係を続けたいって……」

恭梧   「君のことも大切、ってことは、家庭を大事にした上で都合よく遊びたいってことだよ。
      うちの元奥さんとは違う。向こうは遊びだ。
      それでもいいの?」

千秋   「アタシがとっくにそう言って別れなさいってアドバイスしたわよ。
      それでもこのコったら聞きやしないんだから」

美和   「……遊びでいいの」

千秋   「……呆れた! あんたそこまでその男が好きなわけ?!」

美和   「違う」

恭梧   「じゃあどういうこと!?」

美和   「……遊びくらいで丁度いいの」

千秋   「あんた……何言ってるの?」

美和   「彼のこと、少しは好きだし、情もあるよ。
      でも、違う。
      彼が結婚してて、私とのことは遊びなんだってわかってから、余計離れられなくなったの。
      だって、……だって私だって本気じゃないんだから!」

千秋   「(美和を引っ叩く)
      あんたねぇ! そんな気持ちで他人の家庭を壊すつもり!?
      奥さんとお子さんは何も関係ないじゃないの!!
      人様に迷惑かけて開き直ってんじゃないわよ!!!!」

美和   「忘れられない人がいるの!!!
      ずっとずっと忘れられない人が……!
      もう、絶対に叶わない恋だってわかってるのに、忘れられなくて苦しくて!
      だから彼と付き合ってるの!!
      私と同じくらいずるくて卑怯だから……!」

千秋   「……(大きく溜め息をつく)」

美和   「……」

恭梧   「……斉藤」

美和   「……なに」

恭梧   「あのさ」

美和   「幻滅した? すればいいよ。私だって自分が馬鹿だってわかってる!」

恭梧   「……そんなに自分を痛めつけて、楽しいか?」

美和   「……」

恭梧   「斉藤の気持ち、わかるよ。
      相手に好きなやつができたからって、そう簡単に諦めて気持ち切り替えられないよな。
      俺だって自暴自棄になったし。
      でも恋愛は、努力で叶うような問題ばかりじゃないし、
      どうしたって諦めるって選択をしなきゃいけない時がくる。
      ……けどな、諦めた時から、始まるんだよ。
      諦めた時から、まだ出会ってないかもしれない誰かとの新しい恋が始まるんだ。
      まぁ、そんなこと俺に言われなくてもわかってるだろうけど。
      ……斉藤はさ、本当は好きな人を忘れたくて彼と付き合ったんじゃないのか?
      彼が既婚者だったから、そうして『共犯者』みたいに自分を貶めて傷つけてるけど。
      彼と一緒にいれば、ずっと好きな人を忘れられないままだろう。
      斉藤はそれでいいのか? 本当にそれでいいのか?」

美和   「………よく、ない」

千秋   「わかってるなら、ちゃんと彼と別れてけじめをつけなさい」

恭梧   「斉藤。(名刺を取り出し、裏に携帯とアドレスを書く)
      これ俺の名刺、裏に連絡先書いたから。
      今度、食事にでも行こう。連絡待ってる」

美和   「え?」

恭梧   「彼と別れて俺と付き合ってほしい、とかそんなことを言うつもりじゃないんだ。
      まだ俺も恋ができるかもしれないなあって、そう思えたくらい、斉藤のことは好みだけど、
      今は、学生時代に戻って、友達から始めませんか、ってとこだな。
      気の知れたヤツと遊びたいし」

美和   「でも、私……」

恭梧   「せっかく久しぶりに再会できたんだから、いいだろ?」

千秋   「これも神の思し召しってやつかもしれないわよ。
      …あんたには、新しい恋が必要でしょ。
      無理に恭梧と付き合わなくてもいい。
      ただ、もう少し、誰かを頼りなさい」

美和   「……うん。
      ごめんなさい……」

恭梧   「斉藤、そういう時は、ありがとうって言うんだよ」

美和   「……うん、そうだね。ありがとう」

千秋   「さて。三人の新しい門出と、クリスマスの奇跡に、また乾杯しましょうか」

恭梧   「なんか縁起のいいカクテル作れよ千秋」

千秋   「わかってるわよ」

恭梧   「っと……悪い、ちょっとトイレ」


(恭梧席を立つ。千秋、カクテルを作り始める)


千秋   「作りますかね〜っと」

美和   「私少し軽めがいいな」

千秋   「わかってるわよ」


(美和の携帯が震える)


美和   「あ、電話……」

千秋   「彼から?」

美和   「うん。さっきの電話で迎えにきてくれるって言ってたんだ」

千秋   「……クリスマスに奥さんとお子さん置いて出てきてるなんて、ずいぶんとイイ男だこと」

美和   「……そうだね」

千秋   「美和。
      前にも言ったけど、裁判起こされて慰謝料請求でもされたら、終わりよ?
      既婚者って知ってて付き合ってたら、勝てないんだからね?
      そんな男の為に人生棒に振るつもり?
      ……わかってるわよね?」

美和   「うん……。(電話に出る)
      はい。……ええ。……結構です。クリスマスですから、ご家族と過ごしてください。
      私は一人で帰れます。…大丈夫ですから。
      あの。もう、貴方と個人的なお付き合いはできません。
      ……さようなら。今まで、ありがとうございました」


(美和、電話を切り、そのまま携帯の電源を落とす)


美和   「(溜め息)」

千秋   「頑張ったじゃないの」

美和   「うん」

千秋   「エライエライ」

美和   「子供扱いしないでよ」

千秋   「されたくなかったらもう少ししっかりしてちょうだい」

美和   「はーい」

千秋   「ふふふ」

美和   「……ねぇ、ちーちゃん」

千秋   「ん?」

美和   「あのね」

千秋   「なぁによ」

美和   「私、こんなこと今言うのもなんだけど……私、……私本当は」

千秋   「(遮る)美和。……ごめんなさいね」

美和   「え……?」

千秋   「あんたに対して、アタシすごく厳しくしてたと思う。
      ……でも、それって、あんたの為じゃなかった。
      あんたに自分自身が被って見えていたから、
      だからこそ、苦しんでるあんたを見たくなかったのよ」

美和   「……それってどういう?」

千秋   「アタシにもね、いるの、忘れられない人が。
      絶対叶わないってわかってるのに、ずっと忘れられなかった人が」

美和   「好きな人、ってことだよね……」

千秋   「まぁね。
      でもあんたが頑張ったんだから、アタシだって頑張って前を向こうって思えた。
      不毛な恋は諦めて、アタシを愛してくれる素敵な男を見つけてやるってね」

美和   「……ちーちゃんの好きな人って、もしかして……」

恭梧   「ん? 何の話?」

千秋   「何でもないわよ。
      ちょうどカクテルできたところ。タイミングいいわね」

恭梧   「今度はタイミングよかったみたいだな〜。
      で、これは何てカクテルなんだ?」

千秋   「カカオ・フィズよ」

美和   「……これのカクテル言葉は?」

千秋   「……『恋する胸の痛み』」

恭梧   「飲み干して乗り越えようってことか? はは、いいなそれ!」

千秋   「でしょ?
      アタシ達のアツい友情で乗り越えてやろうじゃないの!」

恭梧   「まだ見ぬ未来に、いい出会いがありますよーに!」

千秋   「ふふふ、では、改めまして、三人の再会と、クリスマスと、恋の終わりに、乾杯!」

恭梧   「乾杯!」

美和   「……乾杯」






普段こんなこと書かないんですが補足的に、書いておきます。

美和は千秋が好きでした。
千秋は恭梧が好きでした。
恭梧は美和が好きでした。
報われない片思いを抱えた三人は、時を経て、その思いにそれぞれの形で終止符をうちます。
今のところ恭梧は何も気付いていないので、一番ラクかもしれませんね。
気付くときがきたとしても、この三人なら、友情が続いていくと思います。多分。



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